陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

優しく抱きしめて 40



そこに早川が入って来た。

「今、出て行ったの、彼女だろう?」

「村沢さんのこと?」

「そうだ。この間も忠告したはずだぞ。彼女に個人的な感情を持っているのなら担当を変われって。」

「そんなんじゃないよ。今、彼女は、不安定な状態なんだ。誰かにすがりつきたいんだ。優しさをもとめているんだ。」

「でも、それは、医師のお前が与えるものじゃあないだろう?カウンセラーを紹介するとか、家族と話しをするとか別の方法があるだろう。」

「もう、その話は止めてくれ。君には関係ないだろう。」

「関係ない?精神科医として君は許されないことをやっているんだ。分かっているだろう。彼女は、感情転移をおこしているんだ。それに、冷静な対応しなければならないだろう。お前も逆感情転移をおこしているんだ。これ以上はダメだ。」

「大丈夫だ。冷静に対応しているさ。」

「そうは見えないよ。」

「失礼するよ。」

森口は、早川の言いたいことは痛いほど分かっていた。

そして、自分がもう精神科医としては入ってはいけない領域に入っていることも分かっていた。

でも、森口は、自分の行為が美奈にとって安心を与え、病状をいい方に持って行っていると思っている。

何よりも自分が美奈に惹かれていることを感じていた。それは、精神科医としてではなく、1人の男性として。

それが精神科医としてしてはいけないことだと知っていても、その気持ちを押されることなどできなかった。

精神科医は、患者と個人的な関係を持ってはいけないことになっている。

森口もそんなことは百も承知だった。

しかし、自分の気持ちを抑えることができない。

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