2006年04月15日
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カテゴリ: 信仰

ポール・スティーブンスの 「結婚の霊性」 を用いて進める集会の2回目です。


まずは、今日の聖書日課であるコリント人への手紙第一11章から感じたことを分かち合います。
前半は男女の秩序について、後半は聖餐について述べられています。




   すなわち、主イエスは、渡される夜、パンを取り、感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。

   「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行ないなさい。」

   夕食の後、杯をも同じようにして言われました。

   「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行ないなさい。」



これまた、2月のケズィック大会のメッセージで小林和夫先生が語って下さったことですが、パウロ自身は最後の晩餐の場にいませんでした。
ですから、パウロにとって聖餐式は、他の弟子から伝えられたことを、見よう見まねで行ったに過ぎません。

それにも関わらず、聖餐の場がイエスさまと交わる深い世界であるという奥義を見出し、手紙に書き記しています。
あたかも自分が直接体験したんじゃないかと思わせられるほど、確信に満ちた書き方なんですね。



パウロ先生は、1節で 「私がキリストを見ならっているように、あなたがたも私を見ならってください。」 とまで言い切ります。
3年半の間、寝食を共にし、最後の晩餐と裏切りを経験し、十字架・復活を目撃した弟子たちと同様の、またはそれ以上の心境であるようにさえ思えてきました。

「見ずに信じるものは幸いです。」

私たちもパウロと同様、イエスさまとお会いしたことはありません。
しかし、見ずとも、聖霊によって同じ経験をさせていただけるはずではないかと思うのです。



さて、「結婚の霊性」、今日は第一章「祈り ~特別な親しさを共有する~」です。

 ●(夫婦が)一緒に祈る時の問題・障害

   ・祈りは、自分自身の防備を放棄する
   ・夫婦の祈りは、お互いの関係を明らかにする
   ・祈りは、親しさのレベルを暴露する



 ●(夫婦が)祈らなかった時の問題

   ・夫婦の一方が夫婦で祈ることを求め、他方がそうでない場合に生じる期待の衝突
   ・豊かな冨を手にし損なっている
   ・大事なレベルでの親密さを手にし損なっている


 ●(夫婦がいっしょの時間をとって)祈っても祈らなくても・・・

ために 祈ることは強調しているが、配偶者と 共に 祈ることについては何も語っていない
   ・配偶者が、神の愛の「広さ・長さ・高さ・深さ」を経験し、理解できるように祈ることができる
   ・配偶者が、相手の愛を経験する以上に「人知をはるかに超えたキリストの愛を知ること」の大切さ
   ・夫婦が、神の家族との関係を経験的に知ることができるように祈る
   ・夫婦が、神の力=この世の生き方に同調しない力を知るように祈る


 ● 実際にやってみる


というような項目が述べられていました。印象に残った部分をメモしておきます。
(特に心に響いたところに、勝手に 下線 をつけました。)


<特別な親しさを共有する」ことについて>

祈りは呼吸と同じように自然なことであるはずだが、結婚している夫婦にとっては、しばし祈りは難しく感じられる。実際には、ほとんどの夫婦は結婚して一緒に祈ることがだんだん難しくなっていると感じているのだ。結婚した時に自分の祈りの生活は死んでしまったように思うという人さえいる。だから、もしあなたが祈ることが難しくなったと感じているなら、本当は、あなたは一緒に祈る可能性をもつ仲間と一緒なのだ。



<「(夫婦が)一緒に祈る時の問題・障害」について>

霊的な友人関係の他の面でもそうだが、祈りの場合でも、平等、相互依存、自分とは違う相手に対する感謝が前提になる。結婚関係における「かしら」ということを、支配すること、統御すること、あるいは力だと解釈し、また妻の服従を譲歩だと考えると、夫と妻の祈りはひどく傷つけられる。


夫婦が一緒に祈る祈りは、よい夫婦関係を築き上げるための手段ではない。 むしろその結果である。
 ( ←今日一番のヒット です!)


<「親しさのレベル」について>

女性はしばしば口に出して祈ることを恐れる。親密であるということは黙って抱きしめられ、大事にされ、安心させてもらうものだと考えているからだ。逆の言い方をすれば、拒絶されたくない、失敗したくない、裏切られたくないという恐れが働いているのだ。こんな状況の中で、相手の中に苦々しさや無視、あるいは疑いなどを感じると、彼女は自分自身を開こうとはしなくなる。

男性は、自分が愛されていない、理解されていない、尊敬されていないと感じる時、親しくなることを恐れる。さらに、多くの男性は 自分の心の深みで働いている感情に直面することを恐れる。それは男の力では抑えることのできないもの なのだ。また、大事なことで妻を失望させたことに対する苦い思いを隠しもっていることもある。あるいは罪の意識との葛藤に悩まされていることもある。妻に対する告白されていない罪がある場合には特にそうだ。



また私はときどき、もっともらしく自分を正当化するために祈りを利用することがある。あるいは別のやり方、たとえば「悪いのはいつも私です。」というような 自己否定的な個人の祈りによって逆に自己正当化を試みること がある。このような 非聖書的な意味の自己嫌悪は実は誇りの裏返しにすぎない のである。その時、私はなお 自分を中心に置いている のだ。しかし、私がそのような自己正当化や、あるいは自分を悪者にすることばを配偶者の前で口に出すなら、その瞬間、私は配偶者の前で自分の正体を暴露することになってしまう。そのように自分をさらけ出すことは私ができるだけ避けたいと思うことである。




<「祈りは霊的な戦いであること」について>

人の人格の中に救っている罪の構造は、普通ことばで説明されているような個々の行為や思いにおける故意の不服従よりもはるかに複雑である。聖書的な定義によれば、罪は、悪い行いの個々の事例や行動パターンに限られるものではなく、 心理学の用語である コンプレックス に近いもので、われわれの態度や信じている事柄や行動が互いに強制的に結びあわされた有機的ネットワーク である。それらはすべてわれわれが神から離れていることに深く根を下ろしているのである。



<「共に祈ること」について>

はっきりしていることは、他の信者のために祈れと何度も繰り返し命じられ、また勧められていることだ。もし夫婦がお互いのために祈ることに多くの時間を使うなら、自分たちは実際に共に祈っていると言えるのだろうかという不安は軽減される。実際に一緒に祈るということが「起こる」かもしれない。いろいろなかたちでの愛の交換がなされた一日の終わりに、肉体的な抱擁が起こるのと同じように、 この霊的な交わりは、肉体的な性の交渉と同じく、無理をしてしなければならないものではなく、良い関係が自然に生み出すもの なのだ。


おそらく、エペソ書の最大のしるしと不思議は、 家庭から政治的な力の駆け引きを取り去ること であろう。あなたの配偶者が力を持つように祈ることは、完全に正しいように見える。しかし、それは 配偶者の力があなたの力よりも大きな力を持たないかぎりでのこと ではないか。結婚生活の霊的成長を妨げるものは、平等性についての誤解が暴威をふるうことだ。平等というのは同じになることではない。あなたの配偶者が彼(あるいは彼女)独自のやり方で、 霊的にあなたよりも進歩することをあなたが望まないならそれは悪 なのだ。


「悪い祈りでも祈らないよりはましだ。」 夫婦の祈りも例外ではない。神はあなたがどんなに上手に祈ったかよりも、 あなたが祈るということにより深い関心をもっておられる のだ。ひとりでであろうと一緒にであろうと、イエスの名によって祈って 何事も起こらなかった という人は一人もいない!




<「実際にやってみることを共有する」ことについて>

一緒に祈ることを躊躇させる最大のものは盗み聞きされるかもしれないという恐れである。祈りにおいて正直であろうとすることは信仰の行為である。しかし神の前で私たちは何を失うのであろうか。沈黙の祈り、短い祈り、あるいは紙に書いた祈り、どんな祈りでもとにかく祈りなさい。祈りを学ぶただ一つの道は祈ることである。



   わたしたちの先祖の神よ
   あなたとあなたの御名は
   代々限りなくたたえられますように。

   天とあなたの造られたすべてのものは
   あなたをとこしえにほめたたえますように。

   あなたはアダムを造り、
   また彼の助け手、支え手として
   妻エバをお造りになりました。
   そしてその二人から
   人類が生まれてきたのです。

   そのときあなたは仰せられました。
   「人がひとりでいるのはよくない。
    彼のために、彼と同じような助け手を造ろう。」

   今、わたしは、このひとを
   情欲にかられてではなく、
   御旨に従ってめとります。

   どうか、わたしとこのひとを憐れみ
   わたしたちが共に年老いていくことが
   できるようにしてください。

     トビト書8:5~7



夫婦で共に祈るなんて、こっぱずかしいような、何か違和感があったというのが正直なところです。
自分自身でさえ、自分の本音を取り扱ったり、見つめたりすることに抵抗感があるからです。

本当は、今日のテーマ、できれば避けたくなるようなテーマでしたが、今日の文章を通して、「困難があること」を 認めさせて くれました。
困難を認めさせられてしまった(笑)ことは、小さな一歩ですが、逃げまくっていたことに比べれば 重大な方向転換 です。



今日は特に「 夫婦が一緒に祈る祈りは、よい夫婦関係を築き上げるための手段ではない。むしろその結果である。 」には、う~んとうならされました。 (でも、かなり気が楽になりました。)

また、夫婦一緒に祈る以前に、まず個人個人の祈りの時間の中で、相手の必要を想起し、相手のために祈ることが基本であり、大切なこと。
相手のためにとりなすことは「むしろその結果」と呼ばれることの「過程」として必要とされていることであり、さっそく始めてみました。



遠く先は見えないけれど、一歩一歩、必要な指示が与えられるオリエンテーリングに参加している感じ。
きっと本当の意味における夫婦の一致・一心・一体に向けて歩み出している、そんな確信と落ち着きと平安があります。 わくわく。






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最終更新日  2006年04月30日 00時06分24秒
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はじめまして。  
lapis さん
初めてこのブログを読ませて頂きました。
まず、アタシはクリスチャンでは無いということを伝えておきます。
しかし、クリスチャンでは無いアタシですが、この文章を読ませて頂き、表現出来ない程の感銘を受けました。
クリスチャンでは無くとも、実はアタシも教会に通っています(残念ながら毎週は出られませんが)。
そこで出逢った素晴らしい友人達と、たまにクリスチャンの考え方等についても語り合います。それでもまだアタシには理解し難い内容があったりします。
その中でも、特に恋愛については謎ばかりです。多くの友人達はクリスチャン同士の恋愛をしたいと語ります。しかし、アタシはそれについて上手く理解出来ないでいました。それでも、今回この文章を通して、何か感じるものがありました。もしかしたら、本当に理解出来た訳では無いかもしれません。ですが、確実に何かを感じたのです。それが、アタシのこれからに繋がればと思います。。。
(2006年04月30日 23時13分29秒)

Re:はじめまして。(04/15)  
ぽん#  さん

lapisさん、ようこそ!

「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」(新約聖書テモテへの手紙第二 3:16) 
とあるように、聖書は「知性」「感情」にも染みこみますが、心のさらに奥深くの、神さまを感じる部分にも染みこみます。

lapisさんが、何かを直感的に感じられたこと、それは、この「心の奥深く」の部分に何かが触れ、反応しているようにお見受けしました。

キリスト教は、道徳や教えの宗教ではありません。
神さまとの関係です。
悪いものに触れると、例えばホラーやオカルトに触れると深い部分が悪い影響を受けますが、神さまの与えてくださる良いものに触れると、確実に深い部分に良い影響があるのです。

「求めなさい。そうすれば与えられます。」
聖書の約束です。祈ってみてください「神さま、教えてください」って。
聖書を読んでみてください。神さまが聖書を通して直接に教えてくださいます。

教会に行かれているのですね。そして、恋愛や結婚について、お話しできるクリスチャンのお友達が与えられているのですね。すばらしいですね。


恋愛も結婚も、未だに、謎だらけですよ。^^
私たち夫婦も、お互いクリスチャンとしての熱烈な恋愛結婚でしたが、11年11か月の結婚生活の中で、泥沼も経験しました。 だからこそ、修復と回復の恵みが、ものすごい喜びに感じられるんです。あ、これは自分たちの力じゃないって。

lapisさんが、真理に触れることができますように、お祈りしています。

神さまの祝福と平安がありますように。

  (2006年05月01日 01時40分40秒)

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