郵便馬車

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ルーキー!・1



     物心付く頃、父の知人が置いていったバスケットボールをおもちゃに遊んでいた程、流川の人生にバスケットが無かった
     記憶は無い。

     決して沢村のように、小さい頃から父の特訓の元で覚えてきたわけではない。
     もう殆《ほとん》ど独学と言って良かった。

     両親は普通のサラリーマンと専業主婦。
     あの(当時)体に余る大きなバスケットボールを置いて行った人は、流川が6歳の頃、九州へ転勤して行った。

     日本ではバレーボール以上に光が当てられないバスケットの試合。
     1年の内、どれだけ放送されるのか定《さだ》かでないこの頃は、NBAの中継放送があると知れば、父が楽しみにしている
     野球放送を強引に変えて、自分の見たい番組にする。

     それがたったの5秒の放送でも、流川は目に映った画面を脳裏に焼き付けては、近所の総合体育館に飛び込んでは、
     届かないリングに向かって真似して練習していた。

     本格的に始めたのは、意外なことに小学校の体育の授業からだった。
     その頃まで、読み書き中心の学校教育に賛成していた両親の元、流川は不承不承《ふしょうぶしょう》それにならった。

     それもこれもバスケの為に。

     何故バスケの為なのかと言えば、それは文字が読めなかったからだ。
     余り…いや、とても嫌いな勉強が祟《たた》り一向に成績が上がらない流川に、両親は当分の間はバスケ関連の本を
     買い与えない方針を固めた。

     この時ばかりはあせったが、図書館や書店に行けば、漫画じゃないのでカバーが掛けられておらず、いわゆる「立ち読み」で
     ストレスを解消していた。

     しかし、”ふりがな”なんぞ、お子様向けの本でもない限り、一般書籍に小学生の流川が読める字は少なかった。

     一時は辞書を勝手に持ち出しながら読んでいたが、度々店員に注意され、終《しま》いには親を呼ばれてしまった。

     小学5年生になると、体育の授業にバスケットが始まると、流川はここでようやく、『知識』しかなく、『指導』が無かった為
     それまで見よう見まねで覚えてきたバスケも、学校教育という場で、初めて『基礎』から覚えるようになった。

     天性の素質が表面化したのは中学に入ってから。
     入学してすぐバスケット部に入った。
     地味な『基礎』練習に明け暮れる毎日。
     だがどんなに愚痴を零《こぼ》してきても、決して途中から投げ出さなかった。

     そのかわり、まともなプレイが出来なかった後、必ず近所のコートでシュートなどの練習を続けていた。

     流川は基礎練習の間でも、才能の頭角を静かに発揮していた。
     日々エスカレートするメニューを、黙々とこなしていく姿に、何時しか周りの目が変わっていった。

     3ヶ月経とうとする頃には、15人いた新入部員も、4人に減った。

     やがて夏の選抜が近づく頃、流川は初めて実際に”試合”の舞台に足を着いた。
     それでも、1年は殆んど応援に専念を義務付けられ、まともに実力に合った扱いはされなかった。

     1週間続いた選抜も、4位で終わった。
     だがこの年、一度も試合中ボールを触らせてくれなかった不満すら吹き飛ばす出来事があった。

     それは3位決定戦、富ヶ丘中 対 武石中の試合で起きた。

     武石中の3年、三井 寿との出会いだった。
     この試合で13本もシュートを決めていた三井に、流川は自分が今こんな所にいる事への憤慨を呼び覚ました。

     最近ようやく顧問の指導を受けて鍛錬に勤しむ流川のシュート練習に、三井のこの完成度が高いシューティングが、
     強い刺激剤になったのも頷(うなず)けた。

     その日を境に流川の猛練習ぶりは、周囲を震撼させた程凄かった。
     中学3年を終わろうとする頃には、シュート回数100万本をゆうに越え、”一人バスケ”と称される程多くの役割を
     一人でこなしてきた。

     三井 寿が湘北高校に行ったことは随分前に知ったから、3年寝太郎の流川でも、高校受験だけは睡眠学習までして
     合格を目指したのだった。

     湘北なら自転車で行ける距離だし、三井がそこにいる監督の下へ行きたいために受けたのだから、きっとバスケを
     やっていると、そう信じてこれまで頑張ってきた。

     だが現実は、流川が夢描いていた事態とは、懸け離れていた。


(2へつづく)

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