東方見雲録

東方見雲録

2022.08.22
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カテゴリ: 宙(そら)学入門
昭和30年(1955年)、糸川英夫博士率いる東大生産技術研究所が、国分寺市本町一丁目の南部銃製造所(現早稲田実業学校)で、日本初のロケット発射実験を行ないました。 ロケットの全長が23センチメートルであったことから、「ペンシルロケット」と呼ばれています。
引用サイト:​ こちら

ペンシル型ロケット

引用サイト:JAXA こちら

ウキペディア情報: こちら
戦後日本における初の実験用ロケットである。1954年に年間予算560万円で開発が開始された。予算の制約から超小型の火薬式ロケットを実験装置として使用し、鉛筆(ペンシル)のようであるところからこの愛称が生まれた。

合計150機あまりが発射された。ロケットとしては非常に小さく、また、能力もペイロードを載せたりできるような代物ではなかったものの、単体でロケットシステムとして成立しており、ノーズコーンや尾翼の材質、形状、重心の変化等による空力特性の変化による分散の影響などが調べられた。後のカッパロケットやラムダロケットの開発時におけるフラッター現象の解析においては、これらのデータが有効に活用されたという。

国分寺実験


関連日記:​ 2005.08.21 雲の話
関連写真: こちら

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