東方見雲録

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2024.02.12
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カテゴリ: ランドスケープ




















【ネットオリジナル】仁風閣裏になぜ日本庭園? 大規模改修でよみがえった和洋折衷の世界
 鳥取市のランドマーク、国指定重要文化財「仁風閣」。明治に建築された白亜の洋館なのに、裏庭は江戸の品格漂う日本庭園。和洋折衷の美しい世界だが、なぜこのような構造になっているのか。歴史をひもとき、観賞法も探ってみた。

■庭園そばの屋敷跡に建った
 仁風閣があった場所には元々、鳥取藩11代藩主池田慶栄(よしたか)の妻、宝隆院の扇御殿があった。慶栄は若くして亡くなったため、宝隆院を慰めようと、12代藩主慶徳(よしのり)が1863(文久3)年に扇御殿とともに造ったのが、「宝隆院庭園」と別邸となる「宝扇庵」だった。

 時代は移って1907(明治40)年。旧鳥取藩主・池田家の14代目、池田仲博侯爵が同家の別邸として、扇御殿跡に建築したのが仁風閣だ。

 設計したのは、当時の宮廷建築の第一人者で、赤坂離宮(東京都)や京都国立博物館(京都府)など、数多くの有名建築を手掛けた片山東熊(とうくま)。その後、皇太子時代の大正天皇が行啓の際に宿泊したことで有名だ。

 なぜ、扇御殿跡に仁風閣が建築されたか。鳥取市文化財課の職員は「当時あの規模の建物を建てるための敷地は、標高が高すぎず、平らな場所にある扇御殿跡しかなかった」と分析する。さらに「元からある美しい日本庭園の景観を活用して仁風閣は建てられた。和と洋がけんかしていない。よく考えられた景観になっている」と指摘した。

 一目見て江戸と明治が共存する空間は全国でも貴重だという。その素晴らしい景観は、映画「るろうに剣心」のロケ地にも選ばれたほどだった。

■不要な樹木を伐採
 和洋折衷の美しい景観を楽しめる観賞場所はどこなのか探してみたところ、実は新たなスポットが宝隆院庭園の東側にある高台に誕生していた。



 高台からの眺めは、宝隆院庭園と仁風閣の対比がよく分かる。品格ある日本庭園と豪華な洋風建築の共演は、息をのむ美しさだ。

 江戸の雰囲気を存分に楽しみたければ、宝扇庵の前にある飛び石の中で、ひときわ大きな石の上に立ってみることをお薦めする。

 大きな石は目印になっており、宝隆院がそこから一番良い景色を眺めていたとされる。実際に立って庭を眺めると背景には鳥取城跡が構えている。「ここに城があったら素晴らしい光景だったろう」と、歴史のロマンに思いをはせた。

 この時季は周囲が新緑に囲まれ、一層美しさを増している。新たな仁風閣の姿、一度は見てほしい。(記事・写真/黒阪友哉、動画・写真/富村智子)

日本海新聞 仁風閣動画   こちら

関連日記 2023.05.03  こちら

江戸の雫と明治の息吹 ~城跡に建つ洋風建築・仁風閣~  twilightexpress-mizukaze   こちら





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Last updated  2024.02.14 00:25:56
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