東方見雲録

東方見雲録

2025.09.11
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カテゴリ: 文化




 パトリック・ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は1850年6 月27日にギリシャ・イオニア諸島のレフカダ島に生を享け、父チャールズの実家のあるアイルランド・ダブリンに移るまでの約2年間をギリシャで送りました。
ミドルネームの「ラフカディオ」はこの地名に因んでいます。
また、レフカダと松江とは、ふしぎにも「潟」の風景としての共通点があります。

ハーンは、ギリシャ人の母、ローザ・カシマチ(18231882)と4歳の時に生き別れて以来、2度と会うことはありませんでした。しかし、母への強い愛惜の念とともに、ギリシャ人としての アイデン ティティを 誇り高く持ち 続 けました。
古代ギリシャの神々が奔放に活躍する多神教世界や小動物にも魂を認めるアニミズム的感情に、日本文化の共通性を重ね、自分の心の中に理想郷としてのギリシャ像を思い描いていったのです。
・・・・
ハーンはよく子どもの頃、ノートの余白に筋肉の絵を描いていたという。そして、その後も古代ギリシャ彫刻にみる並外れた肉体美について永く自問してきた節がある。ハーンが出した答え、羞恥心がない時代だからこそ「愛の直観を通して、彼らは人体についての神々しい幾何学的観念の秘訣を発見したのです」(チェンバレン宛書簡)というものだった。
つまりギリシャ芸術はキリスト教的な倫理観にとらわれないからこそ美しいと考えた。

後年、ハーンはみずからも、10キロのダンベルで体を鍛えることを怠らなかった。

弟ジャームズに宛てた手紙に、自分の長所はあの浅黒い肌をしたギリシャ人種の魂から受け継いだものだと書いている。
「私が正しいことを愛し、間違ったことを憎み、美と真実を崇め、男女の別なく人を信じられるのも、芸術的なものへの感受性に恵まれ」たことも。つまり、自らが自信をもって貫いてきた価値観をギリシャからの賜り物と考えている。
後にハーンが「夏の日の夢」に書いた「ある場所と、ある不思議な時の記憶」「小さな王国」「神さまのようなその人」が、原風景のギリシャと母のイメージを重ねたものであるとすれば、ギリシャへの憧憬は母への愛惜の念がその中核をなしていたといえるかもしれない。
松江の大雄寺に伝わる子育て幽霊の話を「母の愛は死よりも強し」と言い換えて結んだことからも母への強い想いが伝わる。
引用サイト: こちら

関連サイト:神話の舞台・現代ギリシャ:イオニア海に浮かぶレフカダ島 こちら
関連サイト:レフカダ島のベストビーチ20 こちら

キシラ島




ルーブル美術館に所蔵されているロココ美術の画家アントワーヌ・ヴァトーノの作品 “シテール島の巡礼” はこのキシラ島をモチーフに描かれたものです。


オリンポス十二神の中の1人(1神?)の彼女はキシラ島東部のアブレモナス海岸で実の息子クロノスに切り落されて海へ投げ捨てられてしまったその父親ウーラノスの男性器の泡から産まれたと言われています。


ホラ城から見たホラ村の景色。画面右端奥側の建物が中学校と高校。左手前にある肌色の建物でローザが産まれました。
引用サイト:小泉八雲の母 ローザ カシマチが産まれたキシラ島ってどんなとこ?   こちら

関連日記:2023.08.01の日記 こちら





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Last updated  2025.09.11 10:42:49
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