東方見雲録

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2025.11.30
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カテゴリ: ランドスケープ










































関連日記:2022.01.06の日記  米子城東の砦 飯山城址   こちら

関連サイト:飯山城 こちら



関連サイト:米子市ふれあいの里 慰霊碑除幕式 こちら

米子・飯山英霊塔 今秋、代替施設を建設へ
2015年02月19日 12:50 日本海新聞
鳥取県米子市は18日の市議会市民福祉委員会で、飯山(いいのやま)(同市久米町、標高約60メートル)の頂上にある英霊塔について、代替施設となる戦没者慰霊碑をふれあいの里(同市錦町1丁目)に建設する方針を示した。飯山に登ることができない高齢者や障害者に配慮
引用サイト: こちら

関連サイト:一般戦災死没者の追悼  総務省   こちら





空襲等の概況


 米子市においても数回の空襲を受けるようになり、7月24日から28日にかけて艦載機の攻撃にさらされた。特に28日は、午前6時から午後4時過ぎまで、警戒警報、空襲警報の発令解除の連続であった。被害も28日に集中している。大谷町の変電所も攻撃され、駅前の旅館の家族4人と土間に逃げ込んだ3人はロケット弾により死亡した。
(鳥取県の戦災記録)
・・・・
昭和20(1945)年7月28日の米子市の被害
 昭和20(1945)年7月28日は特に空襲の被害が大きく、航空隊に勤労動員に出ていた生徒1名が機銃掃射によって死亡した。旧富益村では機銃掃射で1人が死亡。大篠津駅、弓ヶ浜駅も襲撃され2名の負傷者が出た。逓信省の航空機乗員養成所があった三柳飛行場も、激しい攻撃を受け負傷者が1人出た。「西部の空襲の主目標は大篠津の海軍航空隊であり、28日は早朝からロケット弾による兵舎炎上の黒煙がたちのぼり、艦載機は悠々と編隊を組んで日本海の上空を旋回していた。」「米子市内も28日はいたるところが攻撃され、米子駅、日本曹達米子工場を目標にロケット弾投下、機銃掃射が繰り返された。」「駅前の柏木旅館はすでに疎開になっていたが、その裏に住んでいた旅館の家族4人全員と、その土間に逃げ込んだ3人の計7人が死亡した。一家4人死亡は、本県被災中、その例を見ない悲惨事であった。駅舎をねらったロケット弾がそれたのだと、多くの証言者はいう。」
(鳥取県の戦災記録『米子市とその周辺の戦災』)

 同じ攻撃隊によって、山陰本線大山口駅では上り列車が遭難、切り割りに待避はしたが爆撃・銃撃を執拗に繰り返したため大きな被害を受け、その災害車2両を米子駅に曳行し、遭難死体43体をトラック2台に積んで火葬場に運び仮埋葬した。
(『米子市30周年史』)
・・・・
米子市英霊塔と米子市戦没者慰霊祭
 昭和41(1966)年10月、米子市飯山山頂に、米子市出身戦没者の霊を永遠に鎮め祀り、世界の恒久平和を祈願するため、米子市英霊塔が建設された。






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Last updated  2025.11.30 07:00:08
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