東方見雲録

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2026.06.24
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カテゴリ: アーカイブス





そもそも、なぜこのスペースは「幻のホーム」と呼ばれているのでしょうか? その理由には、日本の鉄道開業史が関係していました。

日本初の地下鉄を開業するまでには、資金調達や工事の面で、関係者の多大な尽力がありました。特に大きく貢献したのは、後に「地下鉄の父」と呼ばれることになる早川徳次(はやかわ・のりつぐ)氏と、彼の設立した「東京地下鉄道株式会社」と言えるでしょう。

暗い地下を掘り進める工事自体も大変だった上に、不況や関東大震災のあおりも受けた当時。当初の計画からルート変更を余儀なくされながらも、1927年、「東京地下鉄道株式会社」により日本初となる上野~浅草間の地下鉄が開業。1934年には、当初の計画通り浅草~新橋間まで開通したのです。

やや遅れて、1939年1月には別会社の「東京高速鉄道株式会社」が渋谷~新橋間で地下鉄を開業。「東京地下鉄道株式会社」と「東京高速鉄道株式会社」、2社の「新橋駅」が存在することになり、地下鉄を利用する乗客たちは新橋駅で乗り換える必要がありました。

紆余曲折の末、1939年9月、2社は浅草―渋谷間で相互直通運転を開始。これが現在の銀座線の基盤となります。

相互直通運転をする上で、2つあった「新橋駅」のうち、使用されるのは「東京地下鉄道株式会社」のホームになりました。「東京高速鉄道株式会社」の新橋駅は閉鎖が決まり、わずか8カ月間使用しただけの「幻のホーム」となったのです。

その後、1941年、地下鉄は国のもとで一元管理されることになり、特殊法人「帝都高速度交通営団(営団地下鉄)」が誕生します。この営団地下鉄こそ、やがて「東京地下鉄株式会社(東京メトロ)」となるのです。
引用サイト: こちら



【幻の駅①】旧東京高速鉄道・新橋駅
「幻のホーム」「幻の新橋駅」と呼ばれて、メディアで時折取り上げられるのが、旧東京高速鉄道の新橋駅。現在の銀座線新橋駅の虎ノ門寄りの場所にあります。



イベント時には見学が可能
跡地は、銀座線車両の留置線(翌日の運転などに備えて、車両を車両基地に戻さずに留めておくための線路)のほか、職員の会議室や休憩室などに利用されています。一般の人は立ち入れませんが、東京メトロのイベントで「幻の駅」が公開されることはあります。
引用サイト: こちら


関連サイト:新橋「幻のホーム」が10年ぶりに公開 こちら









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Last updated  2026.06.24 07:00:06
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