東方見雲録

東方見雲録

2026.06.28
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カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日    1997年7月22日
意匠図案説明   世田谷美術館、区花・サギソウを描く
開設場所     〒156-0054 東京都世田谷区桜丘3-28-2
引用サイト: こちら

桜丘 地名
明治時代、桜丘の子どもたちは桜小学校に通っていました。大正11年(1922年)9月に横根村に分教場ができ第二桜尋常小学校(現、桜丘小学校)として独立しました。その後、昭和16年(1941年)には、桜丘国民学校に改名されました。

桜丘という名称はこのとき名づけられたもので、特に桜の多い丘があったからではなく、母体であった桜小学校の名称の下に「丘」の一時を付したものです。また、桜小学校の「桜」という名称は、世田谷城内にあったという「御所桜」という由緒ある桜に因んだものです。

参考「ふるさと世田谷を語る 経堂・宮坂・梅丘・豪徳寺」(世田谷区、平成10年2月発行)
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豪徳寺 地名
豪徳寺の町名は、広い境内とその周辺一帯を所有する豪徳寺の名をつけたもので、この豪徳とは井伊直孝の法名からとったものです。(「ふるさと 世田谷を語る 経堂・宮坂・梅丘・豪徳寺」(平成10年2月発行)
こちら

世田谷城址公園(世田谷城)

東京都世田谷区豪徳寺2丁目にある世田谷区で唯一の歴史公園が、世田谷城址公園。中世、世田谷吉良氏の居城・世田谷城の城跡で、吉良御所、世田谷御所と呼ばれていました。小田原の後北条氏と親戚関係を結んだ吉良氏の城跡には、土塁や丘、壕が残され、中世の城郭の雰囲気を伝えています。
引用サイト: こちら



御所桜 

長野県阿智村の、のどかな農地の中にひっそりとたたずむ「御所桜(ごしょざくら)」は、推定樹齢250年のエドヒガンです。
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醍醐天皇の孫を祀る一本桜
引用サイト: こちら



世田谷美術館





引用サイト: こちら


関連サイト:建築家 内井昭蔵   こちら
建築家 内井昭蔵は、1933年に東京の神田でに生まれました。祖父の河村伊蔵と父の内井進も建築家であり、建築一家といえます。

1958年に早稲田大学大学院を卒業し、菊竹清訓建築設計事務所へ入所します。

こちら





引用サイト: こちら


向井潤吉 アトリエ館

引用サイト: こちら


向井潤吉 ~生涯古い民家の絵を描き続けた作家~
向井潤吉は1901年に京都府京都市に長男として生まれました。
向井が物心ついた頃には、家で10人近い職人を雇い輸出向けの刺繍屏風や衝立を製造していたそうです。

その後は家業を手伝いながら、という条件で関西美術院に入り、4年間学びました。
1919年には二科会第6回展に初入選。
翌年家に無断で上京し、半年ほど新聞配達で働きながら川端画学校に通いますが、年内には再び京都に戻り生活していたようです。



フランス留学と戦争画
1927年、25歳で単身渡欧し、同時代の美術の潮流にふれるとともに、ルーブル美術館での古典絵画の摸写を重ねていき、油彩画の技法を研究しました。
滞仏中は、午前中はルーブル美術館で模写、午後は自由制作、夜はアカデミー・ド・ラ・ショーミエールで素描を行うという事が日課だったそうです。
フランスから帰国後の戦時中には従軍画家として中国、フィリピン、ビルマに赴き、作戦記録画の制作に従事します。
戦地の真っ只中で、向井は現地の自然風景や、休息する兵士達の姿などをたくさんスケッチに残しました。
1930年 帰国、同年に浦宗静枝と結婚します。
1945年以降の第二次世界大戦終結後、向井の描いた戦争画4点『四月九日の記録(バタアン半島総攻撃)』、『マユ山壁を衝く』、『バリッドスロン殲滅戦』、『水上部隊ミートキイナの奮戦』は連合国軍最高司令官総司令部に軍国主義的なものであるとして没収され、他の戦争画とともにアメリカ合衆国に持ち出されました。
1970年に他の戦争画とともに無期限貸与という形で日本に返還され、今現在は東京国立近代美術館に収蔵されています。

「民家の向井」 と呼ばれるまで
戦争末期は爆撃のため、しばしば防空壕に逃れる生活をしていました。
そんな過酷な生活の中、ふと手にとった図録から民家の美しさに気付いたそうです。
そして戦火の中で失われようとする美しいものを絵に残したい、後世に伝えていきたいという思いを強くしていきました。
終戦後の1945年11月には行動美術協会を設立しました。
同年の秋、新潟県川口村で取材した作品「雨」を制作し、それ以後は生涯の主題として草屋根の民家を描き続けます。
ですが、初期の頃は労働や生活の現場を画面に取り込んだ作風を見せ、いかにも向井らしい民家作品としての作風が確立したのは昭和30年代に入ってからでした。
そこから、「民家の向井」と呼ばれるまで画家としての頭角を現していったのです。
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簸川平野の家(島根県簸川郡斐川町)

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区花・サギソウ
関連日記:2026.06.19の日記    こちら





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Last updated  2026.06.28 06:03:59
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