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67年の生涯の中で「愛人」の数、数百とも、21人とも言われるエカテリーナ2世。 15歳でロマノフに嫁ぎ、その後8年間は「淑女」として生きていたようだ。結婚後8年経って、世継ぎに恵まれないことを危惧したエリザヴェータ女帝が絶世の美男子(どんなんだ?)セルゲイ・サルトゥイコフを差し向ける。パーヴェル1世誕生。エカテリーナは真剣だったようだが、セルゲイはお役目を果たすと、とっとと別の女性に走り、二人の関係は終わった。 ロマノフ家の安泰の為とは言え、もしセルゲイが王子の父親は自分だと公にしたり、摂政になるとか言いだすリスクだってあった筈だ。(暗殺されるのがオチだと思うけど)次はスタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキ。 スタニスワフの出現により、エカテリーナは当時たくさんいた愛人を全て捨てる。エカテリーナの後押しでポーランド国王になったものの、失政続きで結局ポーランド王国を消滅させてしまい、彼女から多額の年金を受けることで晩年をおくった。二人の間にはアンナが生まれる。次はオルロフ。無骨であり、思慮深いとは言えない将校の彼が新鮮だったそうだ。 エカテリーナの夫である、ビョートル3世をクーデターにより暗殺したのはオルロフ兄弟。愛人に夫を殺害させて、女帝の座についたのだった。(いくら元々愛のない結婚だったとは言え、殺してしまうんだー、幽閉じゃだめだったのかな)それも死亡した理由は「痔の手術中の事故」 オルロフは結婚したかったらしいが、野望はかなえられなかった。(そりゃ、手を汚してまでエカテリーナを女帝にしたんだから、それくらい望むのは当然か)二人の間にはアレクセイが生まれ、ボーブリンスキー伯爵家を創設。(寡婦だから、実子としては宮殿に残せなかったんですね)その後女帝の愛が若いヴァシリコフに移り、焦ったオルロフはダイヤモンドを贈るが功を奏せず、そのうちポチョムキンの出現により、完全に2人の関係は終わる。 ポチョムキン36歳の時に10歳年上のエカテリーナとの関係が始まった。 エリザヴェータ・チョムキナが生まれる。極秘結婚したとの説もあるが、ロシアvsトルコ戦争で彼が戦ってる間もとっかえ、ひっかえ、若い愛人と楽しんでいる。オルロフがいなかったら、女帝になれなかったかもしれないし、ポチョムキンがいなかったらロシアはこれほど広大ではなかったかもしれない。多分、エカテリーナが浮かれて恋をしたのはセルゲイあたりまでで、後は権力を手に入れたい女と、その権力に群がる男達の果てしない戦いだったのだろう。得られるのは「唯の女」の愛ではない。地位、名誉、冨。彼らの全てだったろう。ポチョムキンもポンパドール夫人のように、選りすぐりの若者を女帝に贈り続けた。自分への愛が冷め始めた時、彼らは意のままに操れる玩具を提供することで権力者とのつながりを保ち続けた。 (まったく知らない誰かに寵愛をとられるより、ずっと安全だもんね) ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 30, 2008
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レンブラントは好きな画家の一人。 光と影の魔術師で肖像画なんかは、今、まさに動き出すのではないかと言うくらいリアルなのがいい。 特に中世独特の真っ白な襟を描かせたら天下一品だ。エルミタージュにあるレンブラントは暗めのレンブラントの作品の中でも更に暗い、ちょっと重苦しい系統のコレクション。 ★放蕩息子の帰還★財産分与の後、跪いている弟は散在を繰り返し、豚の世話係をしながら豚の餌で飢えを凌がなければならない程になり、父の元へ戻った。(聖書のルカ福音書の「放蕩息子」からの題材) レンブラントは粉屋さんの息子として生まれ、若くして画家として成功し、冨を得たものの、浪費癖がひどく、莫大な借金を抱え、最後には共同墓地に埋葬された。この弟と自らを重ねていたようだ。レンブラントは色盲だったという説もある。 ★ルーペンス 「バッカス」★いくらバッカスだからってこんな描き方いいのか・・・このぶよぶよ感すごすぎ・・・・ルーベンスの描く天使はとても可愛いけど、「裸婦」はルノワール同様すごいことになっている。ふくよかさが美の象徴なのだな・・・ ルーベンスと言えば、私的には「フランダースの犬」なんだけれど、地元ベルギーでは「フランダースの犬」は全くと言って良いほど知られていない。感動の名作なのだ、涙なくして読めないのだとヘドウィッグに話したら、子供の為の物語がそんな悲惨な結末なんてヨーロッパでは考えられない、おじいさんが亡くなった後、まわりの人々がネロを援助しないのも不自然だし、ベルギー人は鬼ではないと偉くご立腹だった。 ★ヴァン ダイク★★エル グレコ Peter & Paul★エル グレコは8頭身の人物を描くのでルーベンスやルノワールの後に見ると、未来人間みたい。★ルノワール★★マグダラのマリア★やっぱりダヴィンチコードを思い出してしまう・・・ ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 29, 2008
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やっぱりここでもダヴィンチは別格扱い。 ★ダヴィンチホール★ダヴィンチは結構な美男子だったらしい。おじいさんみたいなデッサンしか見てないから知らなかった。 ★リッタのマドンナ★ これぞルネッサンスの理想の美なんだそうだ。美しく健康な肉体があってこそ、内面の美が生まれると言うことらしい。肌と影がとても自然に美しく書かれている。リッタと言うのは初めにこの絵を買った人の名前。ダヴィンチは生涯20点の絵画を残しているが、そのうち2点はこのエルミタージュにある。 彼は芸術のフィールドにいたのかと思っていたけれど、チェーザレ.ボルジアの教皇軍の軍事顧問をしたり、フランソワ1世と教皇の和平交渉の調停役なんかもやっている。いくら天才と言っても、どんな経緯で各フィールドを渡り歩いたのだろう。 ★ラファエロの廊下★ラファエロだって勿論、別格扱い。この回廊はエカテリーナ2世がオーストリアの版画家にラファエロの壁画を模写させて作ったもの。で、「ラファエロの廊下」の名前までつけちゃって、許される? ★コネスタビレの聖母★ラファエロはとても人当たりがよくて、そつない人だったらしく、教皇や貴族のパトロンを数多く持ち、画家としては珍しいくらいの冨と権力を持った人だった。 ★聖家族★でも37歳の若さで没。今日では性感染症だったという説が有力。ああ、モーツァルトもラファエロもそんなことで命を落としたのか・・ 二人がもっと長生きしていたら、もっと素晴らしい作品がこの世にたくさん残ったのに。 ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 27, 2008
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孔雀石(マラカイト)って言うのをそれまで知らなかった。 コリント柱(緑.碧色?)がそれ。★孔雀石の間★マントルピース、食器、調度品、殆どの物が孔雀石で統一されている。左の壷もそう。孔雀石はギリシャでは子供のお守り、イタリアでは魔よけなんだそうだ。 単色ではなくて、こうして年輪のような、大理石のような模様が入っている。 ★パビリオンの間★右側のショーケースの中はポチョムキンがエカテリーナ2世に贈った孔雀のからくり時計。月に2度この孔雀が羽を広げ、手前の籠の中のふくろうが首をふり、にわとりが鳴くらしい。テレビで見たことがあるけれど、すごかった。黄金製、イギリスで特注。 皆様、黒海にポチンと出ているクリミア半島もポチョムキンからエカテリーナ2世への贈り物でございます。 ★ローマ時代の戦を再現したモザイクの床★エルミタージュは、それぞれの床の装飾がとても凝っている。ちゃんと写真撮ってくればよかった・・ ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 26, 2008
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アレクサンドル2世とマリヤ皇后の居室「白の間」を通過し ★「黄金の客間」★これは黄色ではなくて、金ぴかの金色。天井もこんな感じ。壁も天井も金。テーブルの上のテント型のショーケースたち。(さすがに床は金ではない)ヨーロッパ屈指の宝石やカメオが展示されている。 でも殆どスタスタと通り過ぎて1つ1つは全然みられない。 ★マリヤ皇后の閨房★思いっきりロココスタイル。「閨房」とは寝室や女性の居室を意味するらしい。英語表記でこの部屋はBoudoirと書くんだけど、きっといい意味じゃない。 辞書では一応、寝室、すねた女性が気持を落ち着ける部屋となっている。でもなんとなく、映画に出てくる高級娼館みたいなインテリアにも見える。別名「ラズベリーの間」マリヤ皇后の趣味はちょっと、私は落ち着かないかも。(ってこんなところに住めるわけもないですが) キンキラキンの黄金の間もラズベリーの間もこういう部屋があってもいいけど、長時間いるのはちょっと耐えられない・・(そんな心配いりませんが) ★10月の階段★1917年の10月革命の際、暴徒はこの階段から侵入した。ここまで駆け上がった時、彼らは何を思ったろう。興奮か、憎しみか。 ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 25, 2008
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★1812年祖国戦争の長廊下★ナポレオンに勝利したことは、ロシアにとって、それは物凄く大きなことだったらしい。 広場のアレクサンドルの円柱もそうだし、街中には凱旋門もあるし、この戦いの間もそうだ。壁にかかる332枚の肖像は1812-1815年に参戦した少将以上の官位のロシア軍人たち。殆どは実物を前にして書かれたが、その時までに亡くなってしまった軍人は生前の絵姿を元にしたそうだ。 肖像画を書けなかった人物たちは額を空にして30ヶ所ほど残っている。描かれるはずだった人物の名前と功績は後世に残されるべきたと考えられたからだそうで、ロシア人の考え方と言うのは意外とロマンチックでもあり、人情深いんだなー。 1837年の大火の時には兵士たちにより一番に運び出され、焼失を免れている。ずらーっと並んだ将軍たちは勿論それなりのお年である為、あらーなんてhandsomeはいないから、うむうむ、そうなのねー程度に説明を聞いていく。 ナポレオンと言えば、真っ先に思い浮かぶその姿は白馬に乗り、ナポレオン帽をかぶり、なんか疾風のごとく現れたような絵だけれど、やっぱりあれは権力者への配慮と言うか、遠慮だと思う。実際はこんなもんか、もっと・・・イタリア系だからかヨーロッパ人としてはあまり大きくない167cm禿げてからの肖像画は必ず帽子をかぶってるものしか許可しなかったそうだけど、その前に、ちょっと太めな上に足が短め・・・ St.Georgeと書いてサンクト ゲオルギーと読む。次はゲオルギーの間、別名「大玉座の間」大きな公式儀式の殆どはここで行なわれた。★正面の玉座★聖人ゲオルギーがドラゴンを退治するレリーフがある。この最も大切な「玉座の間」の入り口が軍人の肖像画でうめつくされた廊下であるのは偶然ではなく、彼らの功績を称えるとともに、いつまでも皇帝を守って欲しいと言う願いがこめられているんだそうだ。 この時代は結構暖かい考え方をしてたんだな。 ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 24, 2008
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★ピョートル大帝の間★正面にある肖像画はピョートル大帝と知恵と戦の女神ミネルヴァ。「知恵と戦」ねぇ・・・ 大帝は臣下の歯の治療までしたと言う。治療なら嬉しいだろうけど・・・そもそもプロに治療されたって昔は麻酔も技術もないんだから大変だったと思う。皇帝(逆らえない)、素人に歯なんて触って欲しくない。でも「外科医」と称する手術道具も歯の治療道具も持ってたんですよ、大帝は。 そしていつも患者を探していた。治療したくてうずうずしてたろうな。「歯が痛い」なんて絶対に言えない。。言いたくない。。 肖像画の前にある小さな玉座は何故かパーヴェル1世のもの。ピョートル大帝と言えば、ロマノフ朝いやロシアにおいて重要な役割を果たした皇帝なのに、多分、ロマノフの血が入ってないパーヴェル1世の玉座を前に置くとは。違和感、感じる。 ピョートル大帝はここには住んでおりませぬ。小さい玉座の間と言われるだけあって、椅子は小さく見える。 ★紋章の間★うほー、すごい! 金ぴか!ロシア全県の紋章がある。皇帝がここで、各県の貴族や都市の代表などと引見した。う、美しすぎる。奥に並ぶ彫刻は古代のロシア兵士。兵士の服の細かい皺も見事に彫られてとても綺麗。古代の兵士だと他の国では素肌が出てるけれど、やっぱりロシアは古代からちゃんと着てる。寒いもんね! ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 23, 2008
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ヨルダンギャラリー、トレジャールームを通り過ぎる。 あっと、宝石でできたブーケは見逃せないんだった。あー、本当にうっとりするけれど、じーっ、じーっと見ている時間はない。ヘレニズムの間を通り、(彫刻、天井、床の細工が綺麗!)ヘラクレスの間を通り、どんどん進んでいかなければ。 あー、勿体ないなー、時間がないー。★愛と美の神アフロディーテ★愛と美の神と言うからには、これが理想の体型ってこと?これくらいの「くびれ」とおなかでいいなら、ほっとするー。脚もむちむちだしぃ。 あ、また宝物だ。この冠は1世紀の物らしい。で、どこで見つかったの? ああ、わかんないけど、もう行かないと! エルミタージュの所蔵品は300万点だそうで、1つにつき5秒で見るとしてもまるまる1ヶ月はかかる計算だ。(不眠、不休で)全部は見る必要ないんだけれど、(展示してある他にも倉庫で眠ってる物がまだまだあるらしいし)それにしても、こんな通勤と同じ速度でどんどん通り過ぎるには勿体ないなー。 これでいいの、grand floor ! ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 22, 2008
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ルーブル美術館は宮殿だったけれど、王の関心がヴェルサイユに移ってしまって建設が頓挫した為か「宮殿」という豪華さは感じない。 オルセー美術館は元々駅だった。大英博物館は図書館だし、メトロポリタンはヨーロッパのような古い歴史はない。 エルミタージュの豪華さはコレクションを所蔵しなくても充分なのに、華やかなバロック宮殿の中でこれだけの芸術にふれることができるのは素晴らしいと思う。 芸術がわかってなくても、この素晴らしさには驚嘆するばかりだ。★大使の階段★各国大使が皇帝に謁見する為に訪れた際、ここを登ることから大使の階段と言う。真っ白な階段に真っ赤なカーペット。きらびやかな装飾に美しい彫刻。★階段の装飾★フランス語で「Hemitage」は「隠れ家」だけれど、こんな隠れ家、有り得ない。 入場してすぐだと言うのに、「ほう」「wow」「Oh」と各国語のため息であふれ、シーンとなった後、徐にカシャカシャ撮影が始まる。 その昔、各国の大使もこうして、圧倒されていたろうか。 ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 21, 2008
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エルミタージュの大型バス専用駐車場に着いた。雲ひとつない気温30度のサンクトペテルブルグの空に「冬の宮殿」は映える。神々しいくらい。 皆様、ひとくちに「エルミタージュ」と言っても、それはそれは広いのです。上空からの見たエルミタージュ。右上、アレクサンドルの円柱の辺りに立つとこんな感じ。背側は旧参謀本部。1905年の「血の日曜日」事件、1917年の10月革命はこの広場で起こった。 現在、冬はスケートリンク。これだけ広ければ、楽しめそう。 アレクサンドルの円柱は1812年のナポレオン戦争に勝利した記念碑で、花崗の一枚岩なんだけれど、完成したのは1833年で、勝利したのはいいのだけれど、20年も経ってから記念碑というのも随分悠長な話だ。2000人の退役軍人がこの柱を直立させたそうだが、唯でさえ、寿命が短いロシアで、20年待たせたら、せっかく戦ってくれた兵士の相当数は亡くなってしまうではないか。 旧参謀本部と聞くと、ええっKGB? SPY?なんて血が騒ぐがこれもナポレオン戦争の勝利を記念して建てられた物で旧海軍省へと続く。シェーンブルーン宮殿のマリアテレジアイエローよりは薄い黄色だが、軍の建物とは思えないくらいの美しさ。 流石にエルミタージュは混んでいるので、開館前に来て、こうして待っている。「もっとあっちに行きなさい」「もっと遠くに行かないとアーチが入らない」暇だからって、写真撮影の為、随分広場を走らされた。 暑いんですけど。 ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 20, 2008
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サンクトペテルブルグ2日目の朝。 パンやケーキを選んでいると、 またメキシコおじさんがにこにこして現れた。 「おはよう。サンクトペテルブルグはどう?」ど、どこにいたの。家族は遠くにいるのか、おじさんしかいない。 オリンピックのTシャツも着てない。「昨日はどこに行ったの?」エカテリーナ宮殿と市内をちょっと・・・「僕達はエルミタージュに行ったよ! 素晴らしいよ!」私は今日行くんです。「日本の映画は素晴らしいね。クロサワ好き? サムライはいいね」エルミタージュの話は終わったのか・・いきなりクロサワか。外国人と話すと必ずクロサワなんだけど、実際海外での絶賛評価からみれば日本人はクロサワ映画の価値を認識していないと思う。「サムライの・・・すごく貧乏なサムライの・・映画見たよ」 クロサワの?「いや、クロサワじゃない。セイベイ」セイベイ ? 「ラストサムライ見たよ。セイベイはラストサムライに出てたね」 ラストサムライにセイベイが出てた? 真田広之? あ、たそがれ清兵衛のことか!んー、しかし、「たそがれ清兵衛」観てないな・・「もう一つ単語を知ってる」え、もう清兵衛の話は終わったの?私が答える間もなく、おじさんの話題はどんどん進んでいくのであった。今度は何。「Senbei」え?「Senbei. I love it 」え? rice crackerの?せ ん べ い ?「Yeeeeeeeees」っもうっ、そうじゃなくてー。 Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 19, 2008
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キエフ風カツレツはウクライナの伝統料理ではなくて、ソ連時代にキエフ周辺で作られたレシピ。 鶏肉のカツでナイフで切るとガーリックバターソースがジュワーっと出てくる。そのソースにパンもつけちゃう。これはおいしい。ガーリックバターの替わりにマッシュルームクリームソースのレシピもあるらしい。それも絶対おいしそう!ボルシチもウクライナ発祥の料理で、吉祥寺のカフェロシアで出てくる綺麗なピンクのボルシチは家族で眼鏡さん、赤ビーツの自然の色です。ボルシチは例によってスープ皿からソーサーにじゃぶじゃぶこぼれなから 運ばれてきた。いやー、本当に繊細さにかけるなー。お店のコたちはみーんな「ブリジット.ジョーンズ」みたいだ。ボルシチには必ずサワークリームが入っている。 サワークリームと言うからにはヨーグルトみたいに酸っぱいんじゃないか、そんなの野菜スープと合わないんじゃないかと退けて食べようとしたら、マリアさんに見つかり「酸っぱくありませんからー、混ぜて、混ぜてぇ」いや、ホント、生クリーム程濃厚じゃないけれど、まったく酸味はない。ロシアではスメータナと言う。ウクライナ料理はあのあたりが穀倉地帯であること、歴史的にギリシャやトルコの影響を受けていることから非常にバラエティに富んでいるし、おいしい。私が絶対だめだなぁと思うのは、「サーロ」と言われる豚の脂肪の塊で、豚の角煮のお肉の全部脂身バージョンって言うのがあるらしい。生、塩漬けでウォッカのつまみにしたり、野菜と炒めたり色んな料理に使うんだそうだ。豚の脂肪、生なんて、絶対嫌だー。塩漬けでも火をとおしても、それだけでなんて食べられないなー。 そんなの食べちゃうから、あの土地の方は・・・・。Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 18, 2008
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早めにホテルに戻ったので、売店をのぞきに行く。 ★ロシアの白樺工芸品ベレスタ★白樺の樹皮から作られていて、一切人工接着剤等は使われない。防腐、殺菌作用があり、パンや穀物入れとして一般家庭で使われている。白樺は水洗いできる上に、耐久性が高いので10年以上の使用に耐えられるそうだ。 細やかな細工が美しく、お弁当箱みたいな物やピクニックバスケットみたいのもあった。とても小さい箱はピチッと蓋が閉まり、クリーム等化粧品を入れたりもするらしい。 年々、職人さんが減っているそうだ。ホテルの売店だからなのか、8000円以上はする。hand madeとは言え、ロシアの物価を考えると高すぎる。 ★いかにもロシアの塗り物★これはすごく綺麗だなー、記念に買おうかなーと思ったけれど、1万円以上したので止めた。(この教会(右)の形が好きで) ★ホフロマ塗り★新宿西口のスンガリーで出てくるのは使い込んであって褪せているけれど、こうして新しい物がずらーっと並ぶととても綺麗だ。 衣類、革製品、毛皮製品のお店もあったけれど、日本で買うよりも高いのではないかという価格帯でびっくり。きっと外国人価格なのだろう。それにしても、各お店に入っても、いらっしゃいませでも、何かお探しですかでもなく、店員は座ったままこちらを向こうともしないのがロシアチックだ。 ↑PepsiをClick!blog ranking参戦中★子犬をclickして頂けると頑張れます
September 17, 2008
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ソ連時代は医療費、薬代は無料だったそうで、社会主義は悪いシステムではないとロシア人は言う。 現在、病院にかかることも薬代も高額なので、人々は自力で風邪を治すらしい。いろんな方法があって、1.コップに蜂蜜を1/3入れ、レモン1個を搾って飲む。2.桶にお湯をはり、カラシパウダーを入れて寝る前に足を浸ける。(浸けた足は洗っていいの?)3.寝る前に熱いミルクにたっぷりのバターを落とし飲む。4.紅茶にウォッカを入れて飲む。5.ガーゼをウォッカに浸し、一瞬火をつけて消す。それを油紙で包み、喉と背中のくぼみにあてる。(使い捨てカイロで代替可)ロシアではマスクをつける習慣がなく、花粉症の時期の日本の映像を見て、それはびっくりしたそうだ。マスクをつけるのは非常事態宣言が出るような時だけらしい。★聖ニコライ大聖堂★サンクトペテルブルグは海の町なので、水兵、漁師の無事を祈って建てられた。エリザヴェータ女帝の時代に9年をかけて建設され、正面の柱はコリント様式。Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 16, 2008
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1992年まではレニングラード.キーロフ劇場と呼ばれていたマリンスキー劇場。 淡いグリーンと白のコントラストが美しい。これは劇場裏側。マリインスキーはアレクサンドル3世の皇后マリアの名前が由来。 キーロフはスターリン時代、スターリンをも凌ぐ人気があった指導者の名前。1934年、キーロフは不倫相手の夫(反スターリン派)に暗殺される。これを機にスターリンの大粛清が始まった。フルシチョフの時代に入り、スターリンを神格化しない風潮が高まると真実が公となる。キーロフの人気に焦りを感じたスターリンが彼を殺した。有力対抗馬を暗殺し、それを反スターリン派のせいにして大粛清。邪魔者を一気に一掃したスターリンは理不尽だ。マリインスキー劇場の総裁ワレリー.ゲルギエフはモスクワ出身のオセチア人である。(若ノ鵬、露鵬、白露山、みーんなオセチア人)1988年ソ連崩壊の混乱の中、35歳の若さで総監督に就任、外国からの援助をとりつけ、どんどん才能を開花させていく。46歳で19歳の音楽学校卒業生と結婚。自身でこれは犯罪だと語っている。笑2004年の北オセチアで起きた小学校占拠事件の際はチャイコフスキーの「悲愴」を涙を流しながら指揮したそうだ。(ゲルギエフは幼少期~青年期までこの地方で育った)そして、今、グルジアの侵攻により2000人もの犠牲者を出したオセチアを憂いている。 日本ではロシアが悪者、あちら側ではグルジアが悪者という見方だ。どちらがどうとは言えないけれど、確かに日本の報道は偏っているかもしれない。チェチェン、北オセチア、アゼルバイジャン、アルメニア、グルジア等は所謂コーカサス(カフカス)地方。「白人」と和英辞書を引くとCaucasianと出てくる。コーカサスとは元々スキタイ語の「白い雪」だったらしい。でもヨーロッパ系白人を表すのが何故Caucasianなんだろう。マイナー過ぎるなー。と思っていたら、「ノアの箱舟」が辿り着いたとされるアララト山がコーカサスにあって、ヨーロッパ人の起源はその神聖な地、コーカサスだと言うことなんだそうだ。強引だ・・・・。Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 15, 2008
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昼食を終えて外に出ると、ひゃーって言うほど暑い。よく見ているとロシアの方々はみんなピンクになってる。血管が肌の近くにあるんだナぁ。★聖イサク大聖堂★ドーム部分は写真で見るよりもっと金ピカで、これがまた、ピカー、ピカーッと光ってますます暑く感じる。★ニコライ1世の像★ニコライ1世はエカテリーナ2世の孫にあたる。父はパーヴェル1世。エカテリーナ2世とピョートル3世の子ではなく、セルゲイ・サルトゥイコフ伯爵の子かもしれない。実のところ、この時点でロマノフの血は途絶えていた可能性の方が高い。エカテリーナ2世は皇太子妃時代に公然とセルゲイ・サルトゥイコフ伯爵と付き合っていたし、エリザヴェータ女帝が「子供を持つこと」を優先にその関係を推奨したとも言われている。 ロマノフの血じゃなくてもいいってこと?生まれてすぐにエリザヴェータ女帝に引き取られ、母とは接点なく育ったパーヴェル1世はエカテリーナ2世と折り合いが悪く、彼女に暗殺されるのではといつも怯えていたという。ニコライ1世は身長205cmの長身で、ピョートル大帝もそれくらいだった。 だからメドヴェージェフがTVに映る度、小さい、小さいと思ってしまう。頭の大きさの割りに肩幅が狭いし。サンクトペテルブルグ-モスクワの線路図はニコライ1世が自ら定規を引き、たまたま3本の指に当たって3箇所でこぼこっとなったのを誰も指摘できずそのまま作られた。ほんと? Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 14, 2008
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Baltikaはサンクトペテルブルクのビール。 バルチック艦隊の兵士も飲んだの? と聞いたら設立は1990年。 バルティカの製品名は番号で 数字が大きい程、濃くなるのが、おもしろい。開発者が1.2と番号で呼ぶのならわかる。番号で売り出すのに反対意見はなかったのだろうか。 歴史上の人物名とか選択肢は多々あったはず。最高峰の食器に科学者の名をつける国ならではなような気がする。 ◆Baltika No.0◆ non-alcoholic beer made from light barley malt. ノンアルコールを0番に持ってきたあたりも合理的。大麦の麦芽か。◆Baltika No.1(Light)◆ 4.4% characterized by "light colour.malt and hops taste." ◆Baltika 2 (Pale Beer)◆ Lager brewed from pale barley malt, rice, and "exclusive varieties of hops." こ、米も入ってる?◆Baltica No.3◆ 5.1% pale lager. This is also known as Klassicheskoe (Classic). ★楽天で買える★ 日本人が最も好む味なんだそうだ。 御茶ノ水の「サラファン」でちょっとだけ飲んだ。炭酸がしっかりしていて、おいしかった。 ◆Baltika No.4◆ 5.6% amber coloured lager brewed from caramel and rye malts. Such coloured lagers are often termed Vienna. This is also known as Originalnoe (Original). No.4にして既に琥珀色!caramel maltsは濃色麦芽のことでヨーロッパには数種類ある。ウィンナービールってことか。◆Baltika No.5 (Gold beer)◆ lager brewed with both pale and caramel malts. 金色なだけあって、神々しい、綺麗だー。◆Baltika No.6 (Porter)◆Baltika 6 is a bottom-fermented 7% dark beer that the brewery classes as a porter "brewed according to traditional English recipes." Such strong dark lagers are often termed Baltic porters. 「ポーター」の名は、テムズ川流域からロンドンまで荷物を運んだポーターたちが好んで呑んだのが由来。元々はイギリスのオリジナルがバルト海沿岸まで輸出され、地元でも作られるようになった。これも少しだけ「サラファン」で飲んだ。7%なのでちょっと舐めてみただけだけれど、炭酸、コク、深みがしっかりしていた。◆Baltika No.7 (Export)◆ 5.4% pale lager. 輸出用で、日持ちさせるためAC℃高め、ホップも多め。ピルスナーよりも濃度が濃く、甘味が強いビール。ピルスナ-とダークラガ-の中間的性質のビ-ル。◆Baltika No.8 (Pshenichnoe)◆ 5.0% an unfiltered wheet ale . 小麦を濾過しない?!◆Baltika No.9 (Krepkoe)◆8-10% strong lagerPepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 13, 2008
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お昼。 バスを降りてレストランに入るまで、とにかく例の半裸の女の子たちが目につく。近くで見ると更に迫力!レストランは高級と言うよりも、小じんまりしていて、アットホームな感じ。真っ白なテーブルクロスやナプキンは高感度up.サンクトペテルブルグには、勿論、エアコンはない。室内に入ってしまえば、そんなに30度超してるーって感じはなかった。★冷たいじゃがいものスープ★ ★ロールキャベツ★ スープは両手のついたスープボウルに入った冷たいじゃがいものスープ。 これが、ソーサーにじゃぶじゃぶとこぼれて豪快に運ばれてくる。お国柄だ・・・。と、ブイヨン+多分クリームで煮込んだロールキャベツ。 これまでロールキャベツが好きじゃなかったけど、こうして時間をかけて味が染みているキャベツだと全然問題なく食べられる。↑ あたたまった、キャベツと白菜は好きじゃないのできっと半日以上、いや、1日は寝かせているのかもしれない。サラダは通常私たちが食べるサラダと変わりなく、ありがたいことにドレッシングがかかっている。スペインやトルコならオリーブオイルだから、あまり食べられない。パンはライ麦パン。ホテルのお菓子みたいなパンの方が好みだけれど・・・・。デザートのケーキは食後に食べるにはあまりに大きい。これが通常の量なの?普通に紅茶が出てきて、ジャムはお決まりなのかと思っていたので、ちょっと拍子抜け。ロシア人は紅茶に最低3倍か角砂糖3個以上はいれてるー。もう止めた方がいいってば。 Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 12, 2008
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金色に輝くのは王族専用礼拝堂。★ロシアのクーポラは本当に美しい★★教会内部★夏の離宮だからか、外も白とブルーだし、教会もブルー。確かにブルーは涼しげであるけれど、夏は短いだろうに。冷水浴施設やハマムも宮殿内にあったようだ。宮殿から外に出るとガイドブックを手に1000円! 1000円と叫ぶ若者たちに囲まれる。 持っている本と絵葉書はみんな一緒で値段も一緒。不思議とおじさんはいなくて、若い大学生くらいの男の子ばかりだ。ガイドブックを売るよりちゃんと働いた方が将来の為ではないかと母に話していたら、マリアさんが、「彼らは若くて可愛いから雇われました。おじさんになったら本は売れません。それまでに仕事を探さなければなりません」ほう、基準は容姿端麗か。と言ったら花島sistersがすかさず、「あなた、それはそうよー、おじさんなら無視できるけど、こんなかっこいいコに声かけられたら、立ち止まっちゃうわよ」んー、70歳すぎてもそうなんだ。庭園はベルサイユやシェーンブルンのように人工的な壮麗さはない。鬱蒼としていない森と言う感じか。大きな池があり、コテージがあり、たまにブロンズ像がある。★loversを住まわせる為の館★エカテリーナ1世から始まり、歴代の主は多くの愛人を持ち続けた。どれくらいの頻度で引越しが行なわれたものか。彼女達は「質素な食事を好んだ」と言われている。それぞれの肖像画を見る限り、絶対そんなことは有り得ない。宮廷ではフランス料理が好まれたようだ。女帝の寵愛を失いかけると、男達はポンパドール夫人のように、自分たちの意のままになる若い、美しい献上品を次々に贈り続けたと言う。そんな話を聞いてる最中だが、どうもお尻の下あたりが急に痒くなってきた。絶対、蚊に刺されたんだ。 Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 11, 2008
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エカテリーナ宮の入場料は3000円くらい。↑ 外国人料金。エントランスからすぐの階段。現在はロココ様式。 入り口で靴にかぶせるシャワーキャップみたいなのを受け取り、カシャカシャ、カシャカシャと登っていく。階段の壁にあった美しい時計。 1717年 エカテリーナはドイツ人に夏の離宮として建設させた。↓アンナ女帝がロシア人に増築を命ずる。↓エリザヴェータ女帝がイタリア生まれのロシア人 ラストレッリに抜本的な改築を命ずる。全長325m.★食卓 ちょっとやっぱりお皿の形やデザインが独特★ロシアのロモノーソフはセーブルやウェッジウッドより古い。1744年「ロシア皇帝専属磁器工房」がサンクトペテルブルグに設立1925年モスクワ大学を設立したことや、現在の分子と原子に相当する粒子と元素の区別を主張したことで知られるロシアの科学者、ミハイル・ロモノーソフの名から窯名を「ロモノーソフ」へ改称。プーシキンは「ロモノーソフ自身が大学である」と称えたらしいんだけど・・・。窯名が科学者の名前?コバルトネットシリーズは分子と原子の計算の賜物だとか?ロモノーソフはロシアの公式晩餐会で使われている。★サロン★★エカテリーナ2世 お気に入りの緑の食堂★ 「英国心酔」と自らを分析していたエカテリーナ2世はスコットランド人建築家にこの食堂を作らせた。どうりでウエッジウッドっぽい。臣下の心情を配慮して公にはロシア式を通していた。ドイツ名を改名し、ロシア正教に改宗し、好みの部屋は公にせずひっそりと楽しむ。女帝も自由なようでいて、何かと気を遣うんだ。 Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 10, 2008
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ロシアに行くにあたり、数冊の本と「おろしや国酔夢譚」を手に入れた。大黒屋光太夫はエカテリーナ宮で女王と謁見している。柱の間 ロシア領に漂着してから、サンクトペテルブルグに行くまでの道のりの長いこと。ペチカはオランダのデルフト焼き。大黒屋光太夫がエカテリーナ2世と謁見する大広間。★ソフィー.マルソーの「アンナ.カレーニナ」の撮影もここ★撮影時には宮殿内で「火」を使うのが厳禁な為、ろうそくの火は電気を工夫してちらちらと本物に見えるように工夫したそうだ。なぜ「おろしあ」なんだろう。現地で謎は解ける。ロシア人が「ロシア」と言うとき、私達のようにはっきり「ロ」とは言わず、舌を丸めてるのか、「ォロシア」か「ンロシア」と発音している。「戦争と平和」の中でオードリーが弟を「ベーチャ! ベーチャ!」と呼んでいてベーチャって名前かと思ったら、ピョートル(Peter)→ベーチャプーチンだとウラジミール(Vladimir)→ワロージャとなるらしい。エリツィンのフルネームはボリス.ニコラェビッチ.エリツィン。ロシアの男性の名前には父称が必ずまんなかにつく。ビッチ→〇〇の息子の意だから彼の父の名前はニコライ。離婚が多いロシアでは父称が変わったり、兄弟全員の父称が違ったりするそうで、父親がわからない場合は「わからない」と言う意味の単語がつくらしい。それもちょっと。。 Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 9, 2008
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琥珀(amber)とは、4000万年前の樹脂が化石となった物である。*バルト海沿岸は産地として有名エカテリーナ宮の琥珀装飾は元々1701年にドイツのフリードリヒ1世が製作を命じ、その後ロシア-ドイツの友好の証としてロシアに寄贈される。このユニークな「装飾板」はエルミタージュに飾られた。エカテリーナ1世が最高級の琥珀装飾を施し、1755年にエリザベータの命でエカテリーナ宮に移され、1770年に祝典応接室として完成する。 エカテリーナ2世は琥珀の間がお気に入りで許可した者のみ入室を許された。ん? 意外に狭い。「うわー!」「はぁー!」あちこちで日本語が飛び交う。琥珀の艶って独特だなぁと思う。きんぴかでもなく、クリスタルほど、透明じゃなく、木から見ればやっぱり光っているし。色んな色の琥珀があるし、天然のものを寄木細工やモザイクのように集めてあるので、単色じゃない分、落ち着かないと言えば落ち着かない。 樹脂の化石をこれだけ集めたエネルギーや労力、財力に感嘆するばかりだ。1941年、ドイツがソ連に侵攻した時、ドイツ軍は6-7人で36時間かけて琥珀の間を解体し、持って帰ってしまう。またまた泥棒。その上、略奪の限りを尽くした後は、この美しいエカテリーナ宮を爆破しようとした。地下に爆薬がしかけられたのをすんでのところでソ連兵が阻止したと言うのがロシア側の発表。ってことはソ連兵は国の至宝が略奪されて行くのを見ていたってこと?6tの琥珀をトラックに積むのを?1944年までは琥珀博物館としてケーニヒスベルク城で展示された。*ケーニヒスベルグはフリードリヒ1世ゆかりの土地フリードリヒ1世はまさか自分が友好の証として寄贈したあの琥珀がもっと高価な物となり、帰郷するとは思ってもみなかっただろう。しかも略奪。今度はソ連がドイツに侵攻。琥珀の間は見つからないまま、城は爆破された。腹いせのようにソ連はこのドイツ固有の土地をカリーニングラード(スターリンの腹心の名。飛び地のロシア領)と改め、北方領土の様に奪う。今でもオリジナルの「琥珀の間」を探すトレジャーハンターが世界中にいると言う。 Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 8, 2008
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ツァールスコエ.セロー(皇帝の村の意)に向かう。 エカテリーナ宮はピョートル1世から2番目の妻エカテリーナへの贈り物。*後のエカテリーナ1世。エカテリーナ大帝と呼ばれるエカテリーナ2世ではない。エカテリーナは元々現ラトビアの貧しい農民の娘で一家がペストで次々と倒れる中、子守をしていたドイツ人牧師の家庭に引き取られて育つこととなる。スウェーデン兵士と結婚するも、ロシアvsスウェーデン戦争で夫は戦士。彼女自身もロシア側の捕虜となった。 その後ロシア軍将校の愛人となり、ロシア貴族メンシコフの愛人となり、ピョートル1世の愛妾となる。一家がペストで全滅、兵士と結婚、死別、捕虜になる・・・・。あー、なんて過酷なんだ人生は。 将軍の愛人→貴族の愛人→皇帝の愛人。今度はわらしべ長者みたいにどんどん駆け上がっていく。彼女が美しかったと言う記録は残っておらず、体躯のがっちりとした、豪放な人だったらしい。ピョートル大帝は科学分野に強い関心があり、当時ドイツが最先端の技術を有していた。エカテリーナはドイツ語が話せる。寵臣メンシコフの愛人だったエカテリーナをピョートルが気に入り、献上した。献上・・・。貧しい農民の娘はそして皇后になり、12人の子供を持った。しかし、月日は流れ、暴飲、暴食を繰り返すエカテリーナは (12人も産んでるんだし、それだけじゃないと思うけど)著しく器量が落ちて、ピョートル大帝はエカテリーナを疎んじていたと言う。ピョートル大帝の死後、エカテリーナはロマノフ朝2代目となるエカテリーナ1世となった。 2年だけだけれど。「テーブルとベッド」に快楽を求め続けたロシア初の女帝は1727年没。 Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 7, 2008
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バスから見ていると、↑ 初めは半裸に驚いて建物は目に入ってなかったが元貴族や大富豪の屋敷とか、classic styleの綺麗な建物ばかりでなく、工事中むき出しの現場や皆様の住んでらっしゃる巨大アパートなんかも見える。殺伐としていて、日本ではない光景だ。アパートはバルコニーの外側にもガラス戸がついているタイプ。日本にはありそうで、ない。トルコやドイツと違って、窓を拭く習慣がないのか、どの窓も綺麗ではないので、尚更殺伐として見える。 週2回も窓拭きをするトルコの主婦が見たら、卒倒するに違いない。 西側のヨーロッパの様に、バルコニーから鉢をぶら下げたり、窓の内側に装飾したりとか、そういうしゃれっ気はない。多分、ロシア人はそういうことに気が回らないのだろう。 でも、芸術的なあの素晴らしいセンス、見事な舞台や衣装、装飾はどうやって生まれているのか。ロシア語のキリル文字はブルガリアからロシアに入った。9世紀ブルガリアの正教会の修道士、キュリロスとメトディオス兄弟がスラブにキリスト教を伝道する為にギリシャ文字を元にして、グラゴル文字を作ったのだがグラゴル文字はすぐに廃れ、兄弟の弟子が考案したキリル文字が広く普及して今に至る。グラゴル文字は原形がギリシャ文字だなぁと素人でもわかるような、記号の様な文字化けの様なアルファベット。 どうしてスラブ人は聖人の作った文字をお気に召さず、弟子の作った文字を選んだのだろう?イクラはロシア語のikra.(つぶつぶしたもの、魚の卵の意) 赤いikraはイクラを、黒いikraはキャビアを指す。ロシアのikraは樺太鱒(pink salmon)の卵。ikraが日本に入ったのは大正時代、樺太庁水産試験場が保存の利く塩蔵品を試験的に製造したのが始まりで、当時はロシアから伝わった製法だったらしい。どんなの?ってことは、日露戦争に負けていたら、今、いくらを食べる習慣はなかったかもしれない。 ロシアの赤いikraは缶詰か瓶詰めしかないそうだ。新鮮なikraは食べる機会がないと言う。なんか・・・それ・・・おいしいの? Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 6, 2008
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日本を発つ前、YahooとMSNの世界の天気で週間天気予報を見て行った。予報では1週間晴れだけれど、最高気温が10-15Cで最低は5-6Cと書いてあったので、キルティングのコート、ジャケット、長袖の服を多めに持った。 ★ヘレンミレンの父方の祖父はロシア帝政の軍人・外交官・貴族。ロシア革命の混乱後、ロンドンに移る。どうりでこの風格★ ガイドさんがバスに乗り込んで来た時にびっくり。ノースリープ!?? 60本以上の川と100以上の島でできた街、サンクト・ペテルブルグは300以上の橋で結ばれ「北のヴェニス」と呼ばれる古い都。モスクワよりずっと北に位置するサンクトペテルブルグの川は冬には凍る。「夏」はないのかと思った。それが、なんと本日は30度越えるらしい! ! バスから通りを眺めていると、殆どの若者は上半身裸で歩いている。街中でこんなのありなのか。 それにしても肌が真っ白で羨ましい。男の子にしてしおくのは勿体無いぞ。 ★ウクライナ出身のミラジョボヴィチとボンドガールのオルガキュリレンコ★ 女の子達はもうギリギリの露出ですごいことになっていた。ロシア製品というのがこういうものなのか、ペラペラの生地のキャミに超ローライズのジーンズや超超超ミニスカート。あれでは座れまい。キャミは胸繰り、背中の露出がすさまじく、胸なんかはテレビで放送してはいけない部分を除いて全て見えている。あなたたち、それは半裸です!もう胸が大きいのはわかりましたからー。それにしても、大きいからか、透き通るような肌ゆえか、まぶしすぎてくらくらしそうだ。肉付きのいいことったらこの上ない。太腿なんかはものすごく太いんだけど、腰高なのでそう太く見えないのも羨ましい。ロシア人はたいてい20代前半で結婚し、その6割が数年で離婚する。離婚の原因はお酒がトップらしい。2-3回の結婚を繰り返すので、とても大家族になるそうだ。「皆さん、とてもラッキーです。マリアさんは普段商用のアテンドが主で指名が多くなかなかつかまらない優秀なガイドさんなんです。」「いえ、そんなことはありません」ほう、ロシアの女性も謙虚なことをいうのか、それともマリアさんのお人柄か。 マリアさんは離婚されて一人でお嬢さんを育てている。もう結婚はこりごりなんだそうだ。Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 5, 2008
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さて、ロシアの朝食ってどんなだろう。食べられる物あるのかな。カフェテリアはすごーく広い。結婚式場だってこんなに広くないってくらい。洗練されたおしゃれさはないものの、どこかアットホームな雰囲気だ。 日本人はそんなにいなくて、ロシア正教の集まりがあったのか、黒いドレスに長い髭の聖職者たちがたくさんいる。す、すごいことになってる。 パンと果物の一部。ソーセージ、ハム(生ハムもいっぱい)、ゆで卵、オムレツなんかの定番はちゃんと揃っている。野菜も果物もヨーグルトも結構あって、心配することはなかった。席につき、母が取りに行ってるのを待っていると、あまり背の高くない、弾丸みたいな体をしたおじさんがニコニコしてやってきた。「Japanese?」そうと答えると、去年、関西に行った、素晴らしかった、美しかった、日本人は優しくて真面目で謙虚だと大興奮になってしまった。どうして朝からそんなハイテンションなの・・奥様らしき女性が両手にお皿を持ったまま近づいてきて、ご主人が何かを告げると、「OH Japanese!」また誰かが近づいてきて「OH Japanese!」5-6人の家族旅行なのか、全員黒のオリンピックのTシャツにウエストバッグ、両手には山盛りのお皿、去年はこのメンバーで日本に来たようだ。京都や大阪に来たのはわかったんですけど、それで、私はどうすれば?↑ 後ろに見えるのがメキシコ人家族。「どこから来たの?」東京「ロシアはどこに行くの?」サンクトペテルブルグとモスクワ「何歳なの?」XX「結婚してるの?」はい。「どうして太らないの?」えっ。「メキシコに来る?」いいえ。「何食べる?」え?あのー、私は聖徳太子じゃないんですよ。ひとりずつか代表で聞いてもらえませんかー。パンの、それも菓子パンみたいなパン、ケーキの多さに驚いたものの、やっぱりこれは嬉しい。こちらもパティシェ云々と言うよりはママが作ったパン、ケーキと言った感じで甘いけれど、素朴だけれど、それぞれがなかなかおいしい。ここに泊まる3日の間に、菓子パンとケーキ、全種類、制覇する!Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 4, 2008
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サンクトペテルブルグには3連泊する。巨大なホテルの前にバスは着いた。ロビーもうんざりするほど広くて、ここで待ち合わせするのは×って感じだ。プリバルチスカヤとは「バルト海沿いの」と言う意味でフィンランド湾が見える。ササーっとcheck inを終えた。内部は迷路のようになっていて、自分がどこにいるのかわからない。各階に鍵付のドアがあって、エレベーターを降りたらまず階の鍵をあけ、部屋に向かう。なんだか物々しいな。部屋は充分な広さでなかなか清潔だし、心配は無用だったようだ。バスタブも広いし、お湯もちゃんと出る。あとは停電しないことを祈るばかり。ロビー脇の両替で円→ルーブル可能なので、一旦降りる。部屋からロビーに辿り着くまで結構うろうろしたものの、なんとか到着。ロビーを通過中、年配のドイツ人夫婦に話しかけられた。「Japanese?」どこから来たの、どこに行くの、私たちはねぇ、息子はねぇ、と言う話をし、「今度は日本に行きたい」「是非、一度来てください」とその場を後にした。階に上がるとツアーのケンイチさんがいて「あれ、どうしたの、一人でうろうろしてると危ないよ」と言う。うろうろしてるように見えるかもしれないけど、私はこれでもまっすぐ部屋に向かってるつもりなんですが。 Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 3, 2008
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サンクトペテルブルグに向かう。チェックインカウンターの女性たちも笑顔や謙虚さなんてまるでなく、チケットをしゃーっと投げてよこす。社会主義だったとか、ロシア人だからとか、そういう問題なのか。 薄暗い廊下を抜け、また更にもっと薄暗い待合室に入る。椅子なんかボロボロだ。国際線、国内線とも定刻出発だったのはラッキーだった。機内にはロシア人ビジネスマンや家族連れなんかが乗っている。それにしても大きくて白い。夜食のサンドイッチとスナックが出る。特別おいしいわけでも、まずいわけでもなく普通、よかった。ロシア人が持っていると妙に小さなサンドイッチに見える。サンクトペテルブルグではスーツケースを受け取れるだろうか。スーツケースが次々と出てくる。また、このターンテーブルのレトロ感と言ったら・・ なんだかものすごくピカピカして光る物が下りて来た。ロシア人と日本人グループツアーの何組かのスーツケースはサランラップか、透明のプラスチックテープで全面ぐるぐる巻き! !そんなのがいっぱい、次々と出てくる。 あそこまでしないと、ロシアでは盗難防止できないのか・・と、言うことは、私のスーツケースは・・・危ない? 出てきたけど、どう? 大丈夫でよかった。どうせ、着替えとおせんべいくらいしか入ってない。カネメの物が入ってないと、腹いせにつばを吐きかけたり、ゴミを入れたりするらしいし・・命のおせんべいがなくなっても困る。 服はロシア人とかなりサイズが違うので盗んでもねぇ。あ゛ー、よかった。あのスーツケース、ホテルに入って開くの、大変じゃないの。。。手荷物にはさみ入れられないのに、どうやって開けるんだろう。テープのあとでネトネトしそうだけど。。 Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 2, 2008
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どうやら無事に空港についたようだ。 西欧諸国に行くよりはフライトが短くていいや。タラップを降りるとそこには送迎バスなんかなくて、飛行機が着いた地点から空港ビルまで徒歩。(結構ある)空港ビルの概観もちょっとかなりレトロな感じ。1959年開港って、まだ生まれてないし。ビルの中も、なんか暗い。このレトロな感じ。入国審査の長蛇の列にうんざり。当然、審査員は急ぐでもなく、きびきび動くわけでもなく、とろんとろんと横柄に、のったり審査を行なう。どれくらいで、あそこを通過できるだろう・・同じ青い目でもアメリカやイギリス人と違い、青がグレーに近いと言うか、薄い青なんだ。肌の色も抜けるように白い。顔の表情が殆どないけれど、普段もこうなのか。 あっ、あまりジッと見ていてspyなんかに間違われて拘束されたんじゃかなわない。長距離移動で疲れきっている可哀想な日本人とわかってもらわなきゃ。できる限りの余力を使って、思いっきりにかやかにパスポートを渡した。にこにこ、にこにこ。すると向こうもちょっとだけ、にこっとしてパスポートを返してくれた。ちょっとは笑ったりするんだ。空港の設備、職員の対応、市内へのアクセスなどあらゆる面で評価が低いことで知られる、シェレメーチエヴォ国際空港。だから殆どの外国系航空は新しい空港に乗り入れ変更。ここは、アエロフロートのハブ空港。JALで行けばもっとましな空港だったかな。掃除しないアエロフロート+おんぼろシェレメーチエヴォ国際空港だから、すぐにサンクトペテルブルグに乗り継ぎできるんだからしょうがない。 Pepsiをclick!Pepsiをclick!★ブログランキングに参戦中↑子犬をclickして頂けると頑張れます
September 1, 2008
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