Dobrze Widzi Sie Tylko Sercem

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ブルガリアでのホームステイ4

kurisumas


13.クリスマスの次の日

次の日はクルムがプロヴディフに到着。クルムも夏に私たちと同じワルシャワの語学学校に来ていた。ヴェセリナと仲がよくて、彼も優秀。二人はブルガリア二番目の大学、プロヴディフ大学に通う。二人とも奨学金を勝ち取り、これから一年間ポーランドに留学する。クルムは、私たちがブルガリアに来る、と言っていたことをギャグだと思っていたらしく、本当に来た事を心から喜んでくれた。

この日は日本人の友達のルームメイトだったイリナに会った。彼女はちょっと不良っぽくて、ワイルドでかっこいい。彼女も頭がよく、きれいなポーランド語を話す。すごく気さくで、みんなから好かれている。料理は嫌いだと言っていたけれど、私たちのためにブルガリアの典型的な料理をご馳走してくれる、と約束してくれた。それで、次の日はイリナの家に行くことになった。


14.イリナ宅で

彼女が作ってくれたブルガリアの典型料理とは、「カヴァルマ」だった。トマト、野菜、チーズなどを煮込んだものに、目玉焼きが乗っかっている。料理は嫌いだと言っておきながらとてもおいしかったので驚いた。イリナの家にも家族がいて、私たちをもてなしてくれた。この日の晩、教会仲間でレストランに行き、ここでもブルガリア料理を食べた。この日は一日中食べていたのでお腹がはちきれそうだった。
ヴェセリナの大親友のルヴォも一緒だった。彼はジョークの塊のような人。トランクに入って日本に行きたいから日本語名をくれ、と言うので友達が「玉三郎」と名づけてあげた。彼にはぴったりなネーミングだった。以来私たちは彼のことを「玉三郎」と呼ぶことにした。


15.バチコヴォ僧院、と目の当たりにした差別

次の日。私たちはクルムとヴェセリナとでプロヴディフ郊外にあるバチコヴォ僧院へ出かけることにした。バチコヴォ僧院は、リラの僧院に次ぐ、ブルガリアで2番目に大きな僧院だ。僧院は山の上にあり、とてもきれいなところだった。信心深いクルムは、僧院への道に車が乗り入れていることに対して腹を立てているようだった。

バチコヴォ僧院へ行くのに、プロヴディフから30分くらい電車に乗る。降りた駅から、バスで僧院へと向かった。この駅の周辺でロマ(ジプシー)を多く見かけることができた。しかし、ここでみんなのロマに対する軽蔑や差別を目の当たりにし、ショックを受けた。この駅周辺にはロマのマーケットがあったのだけど、クルムは「あれはジプシーの市場だ」と嫌悪感をあらわにして言った。道路にはロマの馬車が何回か通りかかった。馬車といっても労働用の馬で、立派な馬ではなく、小さい、やせた馬だった。それを見ながらクルムは嘲笑しているようだった。乗っていたバスの中ではジプシー音楽がかかっていた。「これはブルガリアの音楽じゃないよ」と彼は言う。その後、ブルガリアの音楽が流れた。「これがブルガリアの音楽さ。よく覚えておいて」と言われた。彼は、ジプシー音楽が嫌いだった。ロマに対して嫌悪感を持っているのは彼だけではない。ヴェセリナのお母さんに、「この後ルーマニアに行く」と告げると「あそこはジプシーが多いから気をつけなさい」と言われたし、ヴェセリナもジプシーと自分たちとは全く違う、ということを強調していた。私がここで会った限り、ロマに対していい感情を持っている人は皆無だった。日本だって別に差別がないわけではないことは知っている。しかし、ここでは、ロマに対する差別の風潮が至極当然のものとしてあることを肌で感じた。でもここで、「差別はいけないことじゃない?」という勇気はとてもなかった。とてもじゃないけれど、言える雰囲気ではないのだ。言っても聞き入れるはずはなく、何も知らない部外者の日本人にそんなことが言える権利があるのかどうかもわからなかった。少し悲しい出来事だった。

旅行者の目に映るロマの存在はたいてい「物乞い」の姿だけだ。だから、何も知らない人は彼らに対して偏見を抱いても、ある意味当然なのだ。日本人の友達ですら「何も知らなかったらみんなの言うことを信じて偏見を抱いてたと思うなぁ」と話していた。


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