小樽と音楽そしてアジアの旅を愛す 【 ら ぐ お 】 日 記

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大学受難の前半パート1


まずは、ギターを弾きたくて学校にいってみると、楽しそうな音が・・・・
この大学の生協の人たちが、ほんとに楽しそうにたわむれている。
これにつられて、なぜか生協を手伝うはめに??
決して私は、生協活動をしようと思っていたわけではありません。

ここで音楽ができると一瞬思っただけでほんの1ヶ月だけ行動を共にした。
しばらくすると、生協はあの日本K党の下部組織で、当時盛んな学生運動の
左のアジトであった。当然右派の組織に、写真をとられたり、ねらわれる
状況なので、すぐやめた。私はただ音楽がしたいだけ。
一度だけコンサートを開いたかな?

そのあと、入部するクラブを物色していると
軽音楽部があったので、のぞいてみると
フォーク系とウェスタン系にデキシーランド系の3種のしかなくて
バンドではなく、そのジャンルの中で先輩・後輩があり
2年まで、楽器をもたせてくれないなんていっていた。
希望のロックのバンドがなかった。
がっくりした私をまっていたのは、ギター部(クラシック)である。

これまた楽しそうに練習している。しかも男性が少ない!!!
4年間がばら色かとも思ったのだが、やはり初心にかえって
ギターは弾けてもクラシックではだめだと、そこも去る。

そうこうしていくうちに、デキーランドジャズの人たちに
強くさそわれて、ギターが弾けるなんて言われて
ついに入部してしまった。そもそも私のジャズとの最初の出会いであった。
ただジャズといっても、なんとここのジャズにはアドリブというのが
まったくなかったのだ。(続く)

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