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2007.12.08
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カテゴリ: 陸上競技
1980福岡国際マラソンで社会人1年目で優勝

2.09’45”の記録を出した 瀬古利彦選手(SB食品)



前回は,瀬古選手の高校時代の中長距離選手,学生時代の福岡国際マラソンでの初優勝の喜び

と感涙の表情をご覧いただきました。


この後の活躍ぶりは,福岡マラソンの3連勝へとつながりましたが, 1980モスクワ五輪で

は,不参加ボイコットによる)になってしまったことは実に残念なことであり,惜しいことを

しました。


その後,社会人1年目の1980年には9月6日,15日の2回の5,000レースmで調整

し, 9月20日の太平洋沿岸8ヶ国陸上の10,000mに出場し,29種目中,日本選手で

唯一の優勝でした。

手をぐるぐる回し,喜色満面の様子と観客が大いに沸いたのは,いかに多くの人が陸上界にス

ター選手を求めていたかが解ります。



このときの模様は,実施年数を訂正し,加筆しました「 瀬古選手のあれこれ!!」(11月

分)をご覧くださ留ようお願いします。 



1981年4月の2回目のボストンマラソンでは,前回の覇者ロジャース選手,最後まで(3

6km過ぎ)付いてきたバージン選手を破り,前年の福岡国際の自己記録を更新し2.09’



このレースから1年後,といいます。

以前のように,高い目標がなくなってしまったという今までは味わったことのないものだった

ようです。

そこで,中村監督が半年間の休養をしようということにしたのです。

ところがこういうときにおなじみの神宮外苑の木立の中の柔らかいコースで,右足の捻挫~左

足~右ひざへと故障してしまったのです。


ここで故障が長引き, 中村監督から「足の故障くらいなんだ。命を取られるわけではない。恐

れるな。怪我と戦って勝つんだ。」と叱咤激励される
ことになります。

SB食品の他の主力2選手も故障し,「 赤信号3人で渡れば怖くない 」では笑い話にもな

らなかったような気がします。


鍼灸の先生の「 私が診て直らなかったものはいません」「 必ず私が治して見せます 」と

いう熱い言葉と心のこもった治療のおかげで瀬古選手を初め3選手は介抱に向かったのです。



たといわれます。


そして,復帰第1戦になったのは9月になりました。


1)1982年9月15日 早慶対抗陸上8国立競技場 ----- 5,000m( オープン参

加 )

1982年9月の早慶戦にオープン参加した舌瀬古選手は,早大の坂口泰(現中国電力監



いつもの試合とは違い,スタンド下には在京のテレビ局などの報道陣でごった返していたとい

います。

2,000mで二人を置き去りにし,ラストの1,000mから全力をあげる。スタンドの早

大側から「セコーッ」,「ガンバレーッ」の声援,慶大側からもエールの声援があったといい

ます。結果は,13’36”1の国内での自己最高でした。


ここでの 瀬古選手は「 福岡やボストンで勝ったときよりうれしい。この1年で自分には走る

ことしかないんだ。走れないことの辛さを初めて知りました。」と言葉を選んで話しました。

瀬古選手の表情は,自然にあふれれ出てくるうれしさで一杯のようだったといわれます。

これほどの感激を味わったことのないようだったとも。



2)1982年10月16日の全日本実業団対抗 ----- 20,000m


この後,マラソンへの移行のためのステップレースとして実業団対抗( 福井 )での20,0

00mが目標とされました。

この日は強風のコンディションで同僚の中村孝生選手と2,000mずつ交代で走ろうという

ことになったそうです。

10,000mで日本記録を上回るペース(29’14”)「 日本新記録ペース 」という

場内の案内でレースが湧きました。瀬古選手は手をたたき,慣習の手を振ったのです。

観客もわいて,セーココールを繰り返しました。

これに答え,乗った走りでスピードを上げゴール。58’29”6の日本記録での優勝でし

た。前の自身の記録を16’あまり破ったわけです。中村選手も58’39”8の日本記録で

見事なゴールでした。


ここでの瀬古選手は,自信に満ちた表情で次のように語っています。

「 20kmまでなら大丈夫です。この後長い距離の練習を始め,来春はマラソンに出たいで

す。」

たぶん,ここでも落ち着いた表情で,心ははずんで自然の喜びの表情だったことでしょう。

レース中の同僚の中村選手とともに好記録を大いに祝ったことと思います。両者のレース運び

での健闘にも拍手を送りたいものです。



こうして11月からのマラソントレーニングへ進むことになったのです。


ここでも瀬古選手は,1980年9月の8ヶ国陸上の10,000のときのように桁外れの陽

気な一面を覗かせています。
中村監督は,厳しくもあり,あとで喜びを分かつ,大きなバックアップを瀬古選手にしていま

した。


この後,瀬古選手がマラソンの世界でトップグループの一人として輝かしいレースを繰り拡げ

ることになります。



この続き,その3は次回にします。



55回大会(1980)の箱根駅伝での2区(24,4km)での瀬古選手



第55回(1980年)箱根駅伝で花の2区( 24.4km )で

区間新を記録した瀬古利彦選手(早稲田大)

後方は高校時代に瀬古選手を破った

中村孝生選手(前橋工~日体大~SB食品)












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Last updated  2007.12.08 15:28:51
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モスクワオリンピックボイコットは本当に  
KAZNY  さん
残念でした。

瀬古選手、宗兄弟で金銀銅をとるのではないかという勢いがありました。

私の記憶では、このとき銀メダルをとったオランダのネイブール選手が、その翌年青梅30kmに参加。瀬古選手もオープン参加で走り、瀬古選手はネイブールをスタートから全く寄せ付けずゴールしたと記憶しています。

このときの記録がまだ大会最高記録として残っているのではないでようか?

私もこの大会は10回近く走っていますが、アップダウンが多くかなりの難コースです。

瀬古選手の記録は1時間28分台だったと記憶しています。その後、伊藤国光選手・喜多選手・早田選手・松宮選手等そうそうたる選手が走っていますが、30分を切っている人は瀬古選手以外にはいないはずです。なお、このときネイブール選手は32分台で優勝(実質2位)でした。 (2007.12.09 06:50:20)

Re:モスクワオリンピックボイコットは本当に(12/08)  
KAZNYさん

その翌年青梅30kmに参加。瀬古選手もオープン参加で走り、モスクワ五輪ボイコットの件は,12.6のバラエティ番組(12分間ほど)で瀬古選手の引退の日という名で放送しました。
実際のレース振り,モスクワに出場したらというと
瀬古選手は,「 いやあ~出たかったです。出ていたら国民栄誉賞ものでした」と当時は自信たっぷりだった様子でした。


確かに,青梅マラソンでは1.30’を切った選手は瀬古選手しかいないようです。

瀬古選手は30kmのロードレースには,学生時代に中日30km(1977.3),SB時代に青梅マラソン(1981.2),広島平和マラソン(1986.3),名古屋30km(1987.3)と計4回走っています。

青梅では1.29’32”,名古屋で1.28’52”と日本記録にもう少しでした。

なお,青梅の記録は今でも残っていそうな気がします。
1.30’を大幅に切る選手はいなかったとも記憶していますが。

確か九州電工(当時)の選手が1.28’46”の記録を持っていたのです。
( 熊日30kmのレースで )

宗兄弟とは10,000mでは大差(10~20秒以上)で圧勝でしたが,マラソンでは数秒の差でした。

このことを瀬古選手は,私のスタミナ練習では宗兄弟のとは比べ物にならないといっていました。

事実,瀬古選手が超長距離の練習を80数kmしていたら,あとで宗兄弟が100kmを超える練習をしていたそうです。

青梅では記録は出なかったような記憶があります。
中継がありましたが,実際はアップダウンがあったようですが,TVの画面などでは確かな様子は伺われませんでした。

女子の部では,最近高橋尚子選手,野口みずき選手がともに参加(別の回でしたが)し,日本記録を更新し,大いに盛り上げてくれました。 (2007.12.09 08:20:46)

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