strangedays(MEC食中)

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2008年11月24日
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高校の夏季か春季かで、いつもデッサンコンクールがあって、

ちょうどその頃はお弁当食べるほどの友達もいなくて、(お昼後からデッサンの時間だだから)お昼から時間をフルに遣ってデッサンを描いたことがあった。

それを三日か五日。

誰よりも先に創作館に入ってパンを片手に、むしろそのパンをねりけし代わりにする勢い(笑)で描いたことがある。

その絵は誰にも負けたくなかった。 確か好きな石膏だったし

ABCDEの評価で絶対絶対Aとろうと思った。

結果はBだった。

私は講評の時に、泣いた。周囲の子に気づかれたくなかったから、その涙は拭わなかった。

講評が終わって、わざわざ四階のトイレまで行って涙を拭った。



でも、考えてみれば、本気出したのはその瞬間(三日か五日)で、それまではそんなに人の何倍も苦労したわけでなかったから、当たり前の結果だったんだ。

三年は絵の方向には行かないことに決めたから、それからもAはとれなかったけど。(とろうと思わなかったし)


でも、この記憶は、私の性格を物語ってたんだと、今になって改めて気づく。

私はすごくすごく完ぺき主義なんだって。

でも、私の完ぺき主義は全く過去も未来も見てない、瞬間のもので、結果、「半端になるカンペキ」だ。

この完ぺき主義をうまく利用するとそれはすごい強みになると思うんだけど、私の完ぺき主義はモノにならない完璧。

そこにつながるのはニートだ。

私、ニートになれる。ってよく思う。

その度、ニートはもしかすると全然、普通の社会人になれるんじゃないだろうか、とも思う。(ここで普通の定義は聞かないでくれたまえ)

私はまさにそうなんだけど、「0」か「100」しかない。

ダメだと思ったら、諦めて、結局「0」。



私はダンスとかギターは誰にも負けたくなかった。

だからどんな時でもやったし、「カンペキと思えるところまで」やった。

ダンスやギターは好きだったからしっかりこなすことはできたけど、不可能と感じてしまうにものは、スグ「やめて」しまう。


少し話しは違うかもしれないけど、でも、実際は「0」か「100」の考えは良いと思う。

ややこしいことならないし。



「やる」と決めたら最後まで「やる」。

私は、最後までできなくて、いつもダメなんだ。

なんで最後までできないかというと、私は自分が嫌いになるからだ。

自分に期待をしなくなるからだ。

自分を許したくないからだ。

どこの誰にでも、「ダメな自分」を感じることはあるのに、

私はそれを認められないからだ。

「自分に期待する」

ことができたらなと、ポルノの会報を読んで、ありがとうなんて思ったのだった。

前にも読んだのに、見落としてたな。


タモリさんがそういや言ってたのを思い出す。

いいともの「一人反省会」は絶対やらないって。っていうか毎日すぎてやってられないみたいな感じだったかな。

最初は「えー(笑)(たまには反省しようよ…?)」とか思ってたけど、その精神、いいかも。

後悔するようなことをしても、後悔しなきゃ、多分、なんとかなるのか、も。




あれかな。七転び八起き。

私、七転び五起き、、、みたいな。たんねぇ。

転んで転んで、起きて起き上がればいいのか。

自分に期待すること。期待。自分のいやな部分も、許せるよう認められるよう。





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最終更新日  2008年11月24日 21時22分54秒
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