Ranita in メキシコ

Ranita in メキシコ

試練2



私にとっては何もかもが試練だったバスに乗ること、コーヒー1つ買うことカードを使っての買い物...etc....
一つづつ書いていたら切がないのでいくつかまとめて書くことにしよう。

カナダに到着してから学校が始まるまでに数日あった、私はダウンタウンにあるこれから通う語学学校の場所の確認をしておきたかったので、早速バスに乗って行ってみることにした、ホームステイ先のノースバンクーバーからダウンタウンまではバス一本でいけるのだが1時間程かかるようだ、この日私は家の前にあるバス停から乗車し終点がダウンタウンという事もあり簡単に目的地に着くことができた、学校も有名なホテルのまん前にあったのですぐ見つけることが出来,なんなくこの日の課題はクリアしたのだが、問題は帰りのバスだ。
行きのバスは家の前にあるバス停から乗ればよかったので容易いだったが、私は行くことばかり考えていて帰りのバスのことなだこれっぽっちも頭になかった。ダウンタウンには沢山のバス停がある、いったいどのバスに乗ればよいのかさっぱり分からない、アホみたいにぐるぐると歩き回って探したがさっぱりどのバスに乗れば良いのか分からなかった。バンクーバーの冬はやけに早くから日が暮れ始める。辺りはすでに薄暗くなり私はますますパニックになっていた。誰かに聞こうにも英語がサッパリの私にはお手上げだった。
何本かのバスが止まる大きめのバス停前で私は泣きそうになりながら立ちすくんでいた。 そこに親切な老夫婦が私に声をかけてくれた....が、勿論なんて言ってるのか分からない。
でも何も喋らなくても私がいかにも迷子になりましたみたいな表情をしていたのだろう、私が握り締めている住所が書いてある紙をみてなんと一緒にバスに乗ってくれたのだ。
たまたまこの老夫婦達も同じバスに乗る予定だったのかはしらないが、一緒に乗車してくれ乗り換えのバスにまで私の手を引き連れて行ってくれた。
明らかに行きのバスから見る光景と違っていたので私は更に不安になっていたのだが、乗り換えのバス停の所で見た景色は見覚えがあった、そうここは先日私が口座をオープンした銀行の前だ。私は本当にラッキーだこの老夫婦に会わなければ家に戻ることは出来なかっただろう。あの時きちんとお礼の言葉が言えなかったのが心残りだ。

いよいよ学校が始まった、初日は学校の説明とクラス分けのテストがあり、その後面談があった部屋へ入ると一人の先生がいて私のテストを眺めていた、流石に語学学校の先生だけあって、私にも聞き取れるぐらいの言葉でしゆっくりと話してくれた、今でも忘れない 先生は一言『Don't Worry』と私の肩をたたいたのだ(爆)。自分のテストに目をやるとなんと3点だった....(汗) もちろん10点満点の3点ではない100点中の3点だ。でもそんな事はどーでもいーのだ、英語が出来ないことぐらい百も承知だ、だから学校へ通うわけなのだし。言うまでも無くテストに出てくる質問すら理解不能だった私は、あてずっぽで記号問題だけ記入したのだ。なのでまぐれで正解した記号問題でとった3点なので、本当は0点なのだ(笑)
授業はテストがあった翌々日からはじまった。授業初日、学校へ着くとクラス分けが書かれているプリントが張ってあった。私は午後からの授業を2クラス選択していたのだが、何処を探しても自分の名前が無い。
いくら英語が全く分からないとて、自分の名前ぐらいローマ字で読める。が、何度探しても自分の名前は何処にも無いのだ。私はだんだん焦ってきた
授業開始時間が迫ってくるにつれ人だかりでいっぱいだった掲示板前もガランとしてき、気がつけば私一人ここにつっ立っていた。
受付にいたお姉さんが私に気づきどうしたのか聞いてきた、私はとり合えず自分の名前がない事を告げた、他にも色々と質問されたが理解不能...
お姉さんは私が持っていた辞書を取り単語を指差した。
そこにはテストを受けるという例文があった。私は必死にジェスチャーつきでテストは受けたと訴えた。すると次にお金を払うと言う例文を指差された勿論6か月分の学費は払ってある、受付のお姉さんはコンピューターに私の名前をタイプし検索しているようだが、どうやら私のデータが出てこないようだった、授業開始から1時間が過ぎようとしている、何で私だけこんなで出しなのか、思い出せば空港へ到着したときから荷物はなくなるし、まったくついていない。
何処の語学学校もそうだと思うが、この学校も例外なく英語以外は厳禁だ、でも余りにも理解できない私にはお手上げだったのか、受付のお姉さんは休憩時間に出てきた日本人の生徒をつかまえて私に通訳するように言ってくれた。ようやく受付のお姉さんも状況を把握出来た様で、今度は日本人の子を通し今回何かの手違いで私のデータが入ってなかったみたいな事を言われ、更に私が入るべきクラスは一つは空きがあるがもう一つはなく午前中のクラスに回されると言う事だった。
なので私は始めの一ヶ月間は、2時間目と四時間目のクラスに振り分けられ、中途半端に3時間も空きがあるという納得の行かない生活を送る羽目になったのだ。

ホームステイ先の家は立派な家だった、勿論こんな家には防犯システムが設置されている。最後に家を出る人が戸締りの確認をし、システムをセットして出かけなければならない、責任重大だ。運悪くその最後に家を出るのは私だ。ホストファーザーは私に言葉での説明だけではなく実際に練習もさせてくれた。
私は一人でちゃんと出来るのか不安だった、案の定初めて出かける当日、前日練習したにも関わらず失敗しサイレンがなり始めてしまったのだ、またまた泣きそうになりそうだったのは言うまでもない。
ボタンを押してから確か30秒以内に玄関の鍵をかけないとならないはずだった、普通にすれば余裕で30秒以内に出来ることだと思うが、私は緊張の余りつまづいたり、鍵を落としたりそれはそれは毎回大変だった。ホームステイしている6ヶ月間の間ずっと慣れる事なく私は家を出る瞬間が一番憂鬱であった。

話は戻るが、この日なんでサイレンがなり始めたのかは分からない、セットして30秒以内に鍵はかけたはずだ、なのにガレージを出ようとした瞬間、ものすごい音のサイレンがなり始めた。私はただただ どうしよ~、警察が来て犯人と間違って私を逮捕したら.....足はガクガク震えていた、取りあえず家に入ってみた、これはホストファザーに電話かけるべきかと、でもなんて説明したら良いのかと躊躇していると、電話のベルが鳴った、どっ、どっ、どうしよう.... 受話器を取るべきか無視するべきか、意を決し恐る恐るハローと電話にでてみた、するとものすごい早口で ← 別に普通に向こうは話しているのだと思うが私には早口に聞こえる。
私は当たり前のごとく理解不能。取りあえず私は日本人なので英語は分からないと伝えてみた、するとまたベラベラ~っと喋って相手は電話を切った。
いったい何だったのか分からないが取りあえず警察も来ず私は逮捕されなかった。 その日は勿論ホームステイの子供たちが学校から帰ってくるのを待って家をでた。(笑)
夜フォストファザーが帰宅し、(多分彼のところへは防犯センターから確認の電話があったのだろう)今日セットするのをミスしたのか?見たいな事を聞かれ、彼は丁寧にもう一度私に教えてくれた、今度はもっと丁寧にもし間違えて家を出てサイレンがなってしまった場合、どうやって解除するかなども詳しく行動にとって教えてくれた、 しかしだ、翌日もお間抜けな私は何を間違ったかまたもやサイレンを鳴らしてしまったのだ。(汗)

私は心に強く決めたのだ、しっかりと英語の勉強をしようと。

つづく

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