Rapunzel

Rapunzel

February 19, 2005
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幼馴染に、”ノブ”という四つ年上の兄貴分が居た。
彼は一見、何処にでも居るガキ大将だったが、今時の子どもには考えられない感覚の持ち主だった。
拙著(髪日和/かもがわ出版)にも彼の類稀な感覚の一端は書いたが、今、僕はそこに書ききれなかった、彼の子ども時代の話を、八月の舞台の脚本の息抜きに書いているが、かいつまんでブログへも書いてみようと思った。

1966年、私達は河川敷で、毎日、日が暮れるまで野球に興じていた。
ある日、誰かが投げそこねたボールを、川べりまで拾いに行ったノブは水に濡れた段ボール箱を見つけた。箱の中には生まれて間もない三匹の子犬がいた。二匹は既にこときれており、残る一匹も虫の息だった。ノブは、そばに落ちていた棒切れを手にすると、静かに穴を掘りはじめた。私達は淡々と穴を掘るノブへ声をかけることもできず、ただその姿をじっと眺めていた。

ノブは二匹の亡骸を穴の中へ入れると、皆を振り返り、はじめて口を開いた。
「皆で少しづつ、土、かぶせてやってくれよ・・・」と。
その一言で、我に返った私達は、神妙な面持ちで、順に手で土を掬うと亡骸へ土をかけ、そうすることが礼儀のように静かに両手を合わせた。
急ごしらえの葬儀を済ませた後、生残った一匹はどうするのだろうか?と、私達はノブの言葉をまった。

その日以来、人懐こい間抜け顔のオス犬は、ノブに”ずんでっぴ”と命名され私達のメンバーの一員となった。私達は何処へ行くにも彼を連れ歩いた。

ずんでっぴが路地裏の住人(犬?)となって半年ほどした頃、町内会長が私を呼び止め、ノブへ伝言を頼むと言った。
「ここらで飼うなら、予防注射だけはさせろよ」・・との内容に、私は子ども心にも、なにか嫌な予感が頭を過ぎった。
恐る恐るノブへ伝言を告げると、彼はほんの一瞬、焦りの色を垣間見せたが、すぐに明るい表情で言った。「考えてっから心配すんな」と。
・・後で知ったことだが、ノブはこの時、近い将来、誰かがその事を言ってくるだろうと考え、新聞配達で予防注射の資金を稼いでいるまっ最中だった。

ノブが得る初給与の日までに、私達の知らないところで大人たちの勝手な話は進んでいたのか、ある日、ずんでっぴの姿は、私達の住む路地から忽然と消えた。
ノブは真っ赤な顔で、町内会長の家に飛び込むと叫んだ。「このクソオヤジ!どこへ捨ててきたんだ!教えねぇと本気でぶっ殺すぞ!!」と。
最初は薄らとぼけていた町内会長も、ノブの尋常ではない言動に恐怖を感じたのか、おどおどして私達が聞いたこともない地名へ置き去りにしてきたことを認めた。ノブは鋭い視線で町内会長を睨みつけると、その顔に唾を吐きつけて表へ飛び出した。

しかし、表へ出た途端、先ほどまでの怒りが嘘のように、落ち着きはらい、独り言のような口調で、私へ向かって話しかけた。
「皆にはずんでっぴが勝手に逃げたことにしとこうな」と。
その時の私は、ずんでっぴが居なくなった寂しさを感じながらも、兄貴分のノブと、二人だけの秘密を持てることに小さな喜びを感じていた。



隣の小学校だったせいか、もっともらしい”噂”だろうと私達は高をくくっていたが、ある日、件の町内会長が、世間体を気にするような視線で私を手招きし、ノブへ伝言を頼む・・と頭を下げた。
「噂になってる犬な・・。どうも、おまえらが飼ってた犬みたいなんだ。一度、見に行ってくれないか」

ノブへ伝えると、彼は一目散に小学校へ走った。
見慣れぬ校庭へ駆け込むと、低学年の女の子が、まさに今、犬に追いかけられ、黄色い悲鳴をあげていた。
幾分か身体は大きくなっていたが、狂ったように吠えながら小さな女の子を追い掛け回す犬は、紛れも無く、私たちの仲間だった”ずんでっぴ”だ。



ずんでっぴは、ノブの顔を必死で思い出そうとしているのか、小刻みに頭を振ったり、落ち着きなさそうに後ろ足で砂を蹴ったりした。ノブが少しずつ近づくと、威嚇しながらも、どうして良いのか解らぬ体で、情けない顔に変化した。そして、甘えるような啼き声をひとつあげた。

ほんの少し手を伸ばせば、ずんでっぴの頭に触れる距離までノブが近づいた。ノブがゆっくりと手を伸ばした途端、ずんでっぴは歯をむき出し、聞いたこともない恐ろしい唸り声をあげると、物凄い勢いで住処にしている校舎の縁の下へと逃げこんでいった。ノブは私を振り返ると、寂し気な笑い顔を添えて言った。
「あいつ、完全に狂っちまってんな。可哀相だけど、もうしょうがねぇな」
この時の私には、ノブの言う”しょうがない”の意味を計ることはできなかった。その日、ノブと私は無言のまま、それぞれの家へ帰った。

翌日の早朝、私はずんでっぴのことが気にかかり、前夜からお腹が下っており、朝早くに目が覚めてトイレへ駆け込んでいた。
偶然、トイレの小窓の向こうを、真剣な表情をしたノブの横顔が通り過ぎた。「ノブちゃん、どこ行くの?」私は咄嗟に声をかけた。
私の声が耳に届いたのか、ノブの足音が止まった。逡巡していたのだろうか、数秒後に返事がかえってきた。「ずんでっぴのとこ。・・オマエも行くか?」と。
私は一も二も無く「行く!」と応じ、トイレを飛び出すと、慌しく身づくろいをして、裏口から表へ飛び出した。

ノブは青白い顔でぼんやりと立っていて、手には何かを包んだ新聞紙が握られていた。小学校へ向かう道すがら、恐る恐るノブに問いかけた。
「・・ずんでっぴ、どうなっちゃうの?」「殺すしかねぇよ」。ノブは躊躇いもせずに言い放った。
私は息を飲み、言葉足らずながらも、なんとかその考えを変えるようにと必死の抗議を試みたが、彼は顔色一つ変えず、既に決まりごとのように応じた。
「どうせあのまんまじゃ、誰かに殺されちまうんだ。なら・・・」
言葉の最後は、朝の冷たい空気にかき消された。

数メートル先を足早に歩くノブの後姿を、私は小走りで追い続けた。まだ閉められている小学校の校門をよじ登り、ノブと私はまだ誰も居ない、静かな校庭に立った。ノブは手に持った新聞紙を開くと、驚くほどの大声で叫んだ。
「ずんでっぴ!!メシだぞ!メシ!!メシ持ってきてやったぞーっ!!」
その時、私はノブの手にした饅頭に毒が入ってることに気づいた。私はずんでっぴが顔を出さないことを強く願った。

・・しかし、数秒後、遠くで乾いた砂を蹴る小さな音がしたかと思うと、身体を大きく見せようとしているのか、威嚇するように飛び跳ねながら、ずんでっぴは私たちの目の前に姿を現した。
昨日と同じ狂った視線で、ノブと私を交互に威嚇している。ノブは顔色一つ変えず、ずんでっぴに話しかけた。
「なぁにいきがってんだ、この馬鹿たれっ!調子づいてっとぶっ飛ばすぞ!」
ノブの言葉に怯んだのか、それとも、昔の記憶が戻ったのか、ずんでっぴは”伏せ”の姿勢をとった。
ノブはずんでっぴの身体へ両手を伸ばすと、傍らにしゃがみこみ、慣れた手つきでひっくり返すと彼のお腹を撫でた。

ずんでっぴには確かな記憶が戻ったのか、嬉しそうに尻尾を振りながら、ノブの手をペロペロと舐めた。
が、それもほんの一瞬だった。突然に身を翻して飛び上がると、又、狂犬の顔に戻り、ノブと私を交互に威嚇した。私は驚き、ずんでっぴの動きに合わせて後ろへ飛び上がったが、ノブは恐ろしい唸り声をあげる、ずんでっぴの鼻先を力いっぱいに叩いた。
野生の本能と懐かしい記憶が必死に闘っていたのか、ずんでっぴは驚くほど従順に”伏せ”の体勢に戻った。
ノブは手にした毒饅頭を、ずんでっぴの鼻先へ置くと、吐き捨てるように言った。「喰えっ!」

ずんでっぴは、毒饅頭に鼻先をちょこんとくっ付けたが、食べようとはしない。ノブの顔と毒饅頭を交互に見やり、歯を剥きだして憎々し気な顔をしたかと思うと、”くぅーん”と情けない声で啼いたりを、幾度となく繰り返した。

ノブは似つかわしくない穏やかな声で、ずんでっぴへ話しかけた。
「ずんでっぴ・・。オマエは俺の子分だよな?・・なら、俺の言うことは何だってきかなきゃいけねぇんだよ。わかんな?わかったら喰ってくれよぉ」

どのくらいの時間が経ったのだろう。ノブの大声で私は我に返った。
「喰えっつってんだよ!!喰わねぇと、絞め殺すぞ!」
ノブは”くぅーん”と悲しげな啼き声をあげるずんでっぴの口へ、毒饅頭を無理やりに押し込んだ。
ずんでっぴはすぐに吐き出したが、ひょいと立ち上がると、懐かしそうな表情でノブの顔をペロペロと舐めまわした。
ずんでっぴは、ノブにサヨナラを言うと、その後、すぐに毒饅頭をむさぼり喰った。

弱虫だった私は、その先を見ていることはできず、泣きながらその場を後にした。
校門をよじ登る時、振り返った私の目に、大きく震えるノブの後姿と、その顔を眺めるずんでっぴの顔が飛び込んできた。その光景は、今も一枚の写真のように鮮明に私の記憶の中に残っている。





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Last updated  February 19, 2005 02:09:42 PM
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動物には弱いです。  
いく さん

わたしの家は子供のころ、貧しさと意識の低さで、飼い犬数頭と飼い猫一頭を最後まできちんと面倒みることができませんでした。
ずんでっぴは、人の情けに触れることができた犬ですね。新聞配達までしてもらった・・って犬にはわからないかな。 (February 23, 2005 06:47:56 PM)

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