第9話 日記



 誰もいない部屋の中で、クロウはただ黙って座っていた。

「…ルーナ…」

 また涙が出そうになってきた。

 昨日この場所で体験したことが、頭の中によみがえる。

 温かな手が冷たくなっていく…忘れられないあの感覚…

「……」

 あの後クロウは医者を部屋に呼び、ルーナの体は別の場所に移された。

 身よりのないルーナは公営の共同墓地に葬られることになるだろう。

「ルーナ…お前、今どこにいるんだよ…」

 もう世界中どこを探しても、ルーナがいないことは解っている。

 それでも会いたい…話したい…身体に触れたい…

 その強い思いが、クロウにそう口を開かせる。

 クロウがうつむいたとき、そこにはルーナのバックがあった。

 思わず開けて中を見てみると、空の薬瓶や、着替えなどの中に一冊のノートを見つけた。

「…に、っき?」

 表紙のタイトル欄には、『diary』と書かれていた。

「これ…」

 そして開いた日記のページに目を向けると、そこには自分の名前が所々に書かれていた。

「ルーナの…日記?」

 そう言ってクロウは、日記に書かれていた内容を読み進める。

 最近新しくしたせいか、書かれている日にちは少ない。

 それでも自分と出会う前日から、いなくなる前日までの日記がしっかりと書かれていた。

「ルーナ…」

 日記には自分の名前が、何度も登場してきた。

 クロウとぶつかったあの日のこと…クロウと話したこと

 日々の日記に、クロウのことが書かれていない日はないほどだった。

「ルーナ…」

 毎日が楽しい…自分と会えることが楽しい…そしてルーナが最後に言った願いのことも、しっかりと書かれていた。

 生きたい…生きて、もっと一緒にいたい…

「ルーナ…」

 また涙がこぼれてきた。

 昨日一生分の涙を流したと思っていたのに、また止め処なく流れてくる。

 日記を読んで、もうルーナには会えないと実感した。それが枯れ果てたはずの涙をよみがえらせる。

「ルー、ナ…」

 クロウはルーナの日記を握り締めながら、誰もいない部屋で泣いていた。

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