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“人種イジメ”で儲けるヒトビトへの考察



“反アジア諸国”を売りものになさっている作家さんにしても漫画家さんにしても、基本的にご自分達は手を汚さず他者にワルクチを吹き込んで喧嘩させる手段を用いています。

彼等は、“反日”教育の仕返しに「俺達が、文章や漫画で“反アジア諸国”教育を施してやる!!」とでも発想したのでしょうか。

実は、それこそが大きな落とし穴なのです。

巷では、“喧嘩は、同じリングに立ってはいけない”と言う法則が知られています。

「お前の母ちゃん、でべそ」と言われたあなたが「お前の母ちゃん、でべそ」と言い返した場合、 あなたは、相手のワルクチを叫んだ瞬間に相手と同じ低レベルに落ち相手を非難する論拠を失うのです。

作家さんや漫画家さんとして、アジア諸国を“糾弾”したいのなら、大人の彼等には幾らでも中国や韓国を相手に主張したり共に検証する手段があったはずです。

ところが、彼等はその様な正攻法を破棄しました。

そして、自分達よりうんと年下の子供も含む読者層に“言い付けて”彼等とアジア諸国を争わせようとしています。

“アジア諸国のデータが、間違っていた”
“アジア諸国に、不正がある”

彼等がそれを“発見した”のは事実だったとしましょう。

ところが、彼等はそっくりそのままご自分達が“悪い”と咎めている行為を真似て自分達が子供達に“反アジア諸国”教育を行う道を走り出しました。

そのお陰で、両国は泥仕合となりました。
本来は、“教育”と言う大事な重要問題だったにもかかわらず幼稚な“子供の喧嘩レベル”にまで転落したのです。

データは、単なる資料です。
それを、“どう使うか”に本人の技量が試されるのです。

彼等は、それにアジア諸国の特定の人種を揶揄したり誹謗中傷を加えました。
この時を境に、“データ”は彼等独自のそして個人の“思想”に改ざんされているのです。

ましてや、それを書籍や漫画にして売りものにすれば読者からお金を得る事実さえ発生します。

彼等の書籍や漫画は、(判断力が未熟な子供達もターゲットになる市場で)「アジア諸国が、“お前の母ちゃん、でべそ”って言ってるぞー」と子供達を焚き付けてさらに自分達はその子供達からお金まで取って「さあ!!お前もお前もアジア諸国に“お前の母ちゃん、でべそ”って言い返せー」と本来は個人的な感情を擦り付けているのです。

そして、 彼等がその狭間でお金を儲けているうちに我が国は正当な立場から相手国を糺す根拠を失いました。

さらには、彼等の中には“覆面作家・覆面漫画家”の形で活動されている“先生”達もいらっしゃる模様です。

彼等の作品としての“真価”は、人間の心と同じなのかも知れません。
個々人の真心が、時間の中でどう“通じるのか”が問われながら淘汰される気がします

azareaは、今年改めて我が国に蔓延する“イジメ体質”に付いて考えさせられました。

我が国でのみ異常な発達を遂げ、遂には法廷を牛耳る程の権力を掌握するに至った“死刑廃止論”と突如台頭し始めた“アジア諸国”バッシング商法の類似点が気になります。

“死刑廃止論”は、「死刑は、 国家による殺人だ 」といきなり日本での正当な審理を「凶悪犯罪」に摩り替えています。

また、「300日問題」も一見子供達の為を装いつつ我が国の結婚制度を崩壊させ根幹にあった夫婦・カップルの“信頼・約束”を破壊する発想です。

“アジア諸国”バッシング商法は、アジア諸国を咎める振りをしながら我が国の青少年を“他の国家のワルクチ”を吹き込みながら混乱させ行き着くところは我が国の教育や司法を疑わせています。

彼等の矛先は、日本の国家や憲法(改憲させて、戦争に誘導)NHK等の国営事業や日本人の成功した企業ばかりなのです。

挙句には、とうとうアジア諸国に対してまで「悔しかったら、日本を嫌え」と言い出しました。

日本とアジア諸国がお互いに泥を塗り合えば、 どちらかが無傷で“勝つ”道は有り得ません。

日本とアジア諸国は、それぞれに疲弊して国力を失うだけです。

azareaには、この差し戻し控訴審の弁護団も“アジア諸国”バッシング商法の皆様と同じ発想に思えます。

これ等の流れが「インターネット書店ランキングで!!」等と宣伝されたり、それに賛成しないヒトビトに“反日”とのレッテルを張り排斥しようとしたりあまりにも巨大な“ムーブメント”として出来過ぎた展開を辿っております。

慌てて「お、俺もアジア諸国は嫌いですから!!」と言い出したコメンティター達の軽薄な顔を見上げると、彼等は以前azareaが“イジメ”を受けた際に昨日までお友達だった事をすっかり忘れて逃げ出して行ったクラスメイト達と全く同じ表情をしていました。

彼等の“手法”は、“集団イジメ”の発生のさせ方と実に良く似ています。

パターン1
“親や家族や本人の経済状況・在住している地域・能力・地位・友人の量”を、貶された場合。

それ等は、あなたの“状況”に過ぎません。
あなたの努力や歳月により、変化するものです。

むしろ、こんなもんでイジメに走っている彼等の本心は逆に言えば“よっぽど恵まれた環境で無ければ、何一つ達成出来ない”不安の現れなのです。

パターン2
“親や本人の出自(血統・人種)・容姿”を、貶された場合。

それ等は、あなたの“境遇”に過ぎません。
歴史を、振り返ってみましょう。

あなたと同じ“境遇”で成功した人物は必ず発見出来るはずです。
また、あなたを指差して哂うヒトビトと同じ発想で生きた人生の末路の見本も残っています。

むしろ、こんなもんでイジメに走る彼等の本心は逆に言えば“(あなたが)どんなに努力しても、絶対に変えられないであろう境遇でしか”追い詰められないと言う不安の現われなのです。

人間は、誰しも“強大な武器”は 最後の最後に使おうとします。

“本人の出自(血統・人種)・容姿”で他人を攻撃するヒトビトはその“最終兵器”をいきなり第1ラウンドで使ってしまっている皆さんなのです。

つまり、彼等はそれ以上の武器はもう無いのです。

「あいつは、○国人だ。(それを根拠に、排斥運動をしてやろう)」→偶然にそう生まれただけの、人種・血統・国籍しか取り得の無いヒト

「○国人は、出て行け」→環境が変わったら生きられない、海外に出られないヒト

「○国製品は、使うな」→最新の情報を受け入れられない、世界の恵みを拒否したヒト

(または「容姿をけなす」→外見しか取り得が無い、懐が無いヒト)

彼等は、こうして自由も飛躍した発想も失います。
彼等は、そのうちにただ“同じフレーズの繰り返ししか言えなくなってしまう”のです。

そして、そんな退屈さは飽きられててしまうのです。
これは、 お金と引き換えにご自分達の“存在価値”を売ってしまったと言う事なのです。

「はだしのゲン」について、お調べした際に面白い現象を発見しました。

この漫画は、“ネットサヨ”さんからは「右翼漫画だ!!」と罵倒され“ネットウヨ”さんからも「左翼漫画だ!!」と唾を吐かれていたのです。

でも、作品の美しさ・素晴らしさはその塗りたくられた泥の底から輝きとなって漏れ出しているのです。

現在、「俺達は、“反アジア諸国”を推し進める著作を書いた。その為に、国家(諸外国)から弾圧されている!!」と叫んでいる漫画家達のいったい幾人が後世に煌く程の魅力を残せるのでしょう。

文章にしても思想にしても、愛や夢や理想があるものしか“残されない”のはこの真理があるからです。





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