2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全8件 (8件中 1-8件目)
1
Happy Birthday to you?さすがにミソジー残り2年。ハッピーと謳うには、ちょっとためらいが。ほら、目の横のたるみとか。ひじの皮のたるみとか。徹夜が異様なまでにコタエル体力とか。髪の毛のハリとか。そんな後ろ向きな気分を一掃すべく。24だよ。シーズン4だよ。ボックスだよ。…まだ、シーズン2で止まってるんだよ、ワタシ。大丈夫。正月があるさ。ガンガン見るのさ。ダンナは、銀河ヒッチハイクとアーリャーマンを見るがいい。ワタシはジャックと正月だ。目の下のクマがさらに増大する予感。
2005/11/29
コメント(0)
子供が産まれるまでは、冬になると日帰りでスキーにフラァっと行ったり、シーズンオフを狙って温泉に行ったりしていた。そんな時にお食事処で見かける「ウルサイだけのガキ」を見ては「私は絶対に、あんな躾はしないぞ」と思っていた。そして「思う」のと、実際に「躾」る事の差に愕然とした。なんというか、異星人との戦いの様相だ。何を思えばそのような行動に出れるのかが理解不能なのだ。こんなのだったら、SDを8%から3%まで下げるように試験法の検討を行うほうがモノスゴク楽だと思う。会社員時代、子供が産まれてから見た目がパッとしなくなった先輩を見ては「もうちょっと、何とかならないのかしら」と思った自分は、朝、顔を洗う時間を確保出来ないでいる。子供が産まれる前は、土曜日は「都心部で買い物とお食事」をして、日曜日は「寝て」いた。今や、新宿でお買い物したのは何時のことやら。この落差がキツカッタ。今でもキツイと思う。なんというか、自分の身で実感するのは「逆方向へ進むのは色んな意味で辛い」という事なのだ。極端な言い方をすれば、今や薪で風呂を沸かすなんて大変で出来ないという感じだろうか。子供がいる生活は、ある面で楽しい事もあるけれど、子供という異世界の生物を人間にするという面が多分にあると思うのだ。自分のための大学進学、就職という選択を30年間続けてきた私にとって、自分以外の何かのために多くの時間と労力を割くというのは、江戸時代から明治?ローマから中世ヨーロッパ?熱帯から北極? そんな気分。そんな事を口にすると、露骨に嫌な表情を浮かべる年取った連中がいて、彼らは「自分は違う」と信じているのがまた癪にさわる。彼らだって「子育て時代」には、えげつないセリフを吐いていたのに。もう、忘れているんだろうなぁ…。そう、自分は「あんな子育て」はしないぞって思っていたのに、現実はこの有り様だ。ああああ。こうして毎日、悶々。ホント、子供がいる生活って、精神を鍛えなきゃ乗り切れない。いや、カルシウム不足だったりして。…24のシーズン4のボックスが…。
2005/11/25
コメント(0)
旦那はサンダーバードが好きだったそうな。今でも好きだそうな。なので、コンプリートボックスがある。チビ達はすぐにハマッタ。ちび2号なんぞは、ウルトラマンあたりも好んでみるけれど、飛行機の飛び方が違う。サンダーバードのそれは、素人目には本物のように見える気がするほどに旋回する。入間の航空祭で見た飛行機のように旋回する。サンダーバードに出てくる登場人物達は、それが子供向けの番組ではないかのように丁寧な言葉遣い、且つ、文字にしたら漢字ばっかりの言葉使い。昔、教育テレビで見たであろうBBCあたり制作の子供向けの科学番組も、子供向けとは思えないほどの内容だった。画面は一見、ロビンフットかアーサー王かシェイクスピアの世界か。なのにスピーカーから溢れる言葉は、アインシュタインの特殊相対性理論の説明だった。特にエゲレス系(よく見てみれば「グレートブリテン」って恥ずかしくない?)の子供向け番組って、山のような情報量で見る側を圧倒する番組作りをするような気がする。子供向けだけではないかもしれない。理解が追いつかないほどの情報量を乗せる事で、逆に見る側が追いつこうと追いかけたくなる番組にしている。なにも「わかりやすい」事が子供向け番組に必要な事ではない。まだまだ知らない事が山のようにある、と感じる事も大きな魅力だろう。出演者が機関銃のようにしゃべり続けることが「情報量」の多さではない。そうじゃない番組って…どれくらいあるんだろう…今…。
2005/11/21
コメント(0)
よく夕方のニュースが少し紛れ込んでいる「ワイドショー」ネタに「片づけられない女」があるけれど。嗚呼。外観、それに近づいていて怖いよ>自分。洗濯した後の服が散乱。アイロンかける暇無く散乱。掃除が滞り、埃が舞う。晩飯が貧弱に。ごみを捨て忘れて、部屋の片隅に山積み。嗚呼。きれいに片づけるためには、もう仕事量を落とすしかないのかしらん。今でもチビ一号の宿題を終わらせるために割く時間がぎりぎりなのに。でも、仕事量落としたら…。ちょっとだけ「自分にご褒美」←この言い方スキじゃないけど、実質そうなんだよね。のベースのコスメをさげにゃならん。チョコも不二家?…やだな…。24のシーズン4もあきらめなきゃ?二度と買うまいと誓ったユニクロでまた買う羽目に?ふらっと本屋に立ち寄って、実物大美術館なんつー本も買えないかも。ああ。ダメ。また恐怖の大阪の2年間に逆戻りになっちゃう。在宅最初の2年間は、思い返すとどん底だった。ここで我慢して生き残れば。そうヒタスラ思い込むことでやり過ごした2年間。一度も雑誌を買わなかったし、会社員時代に買ったコートを痛めたくなくて用意したジャンパー以外は、ほぼユニクロかダイエーで調達していた2年間。あの2年間から離れたくて離れたくて、阿呆みたいに仕事受けてる私って阿呆かも。結局あの「2年間」からまだ逃げ切れてないのかも。諦めて、仕事も家事もやるしかないのかいな~。はっ。ビーズが…。
2005/11/17
コメント(0)
「モノを捨ててシンプルライフ」ってヤツと対局にいるとしか思えないのが自分。確かに「使うかも、と思って数年来使っていないモノが日常生活で掃除にしろ収納にしろ邪魔している」状態から抜け出すことは大事だ。なんたって「人件費」が一番高いのだから。でも、最低限必要なモノだけで暮らすというフレーズを聞くと、あなたの「最低限」の定義はなんですか~?と聞き返したくなる。やってみたいこと、でも身に付きそうに思えないこと。これは「最低限」に含まれるんですか~?ふと『はまる』あれこれ。数年もしないうちにお蔵入りするあれこれ。でも。それを「最低限必要なもの」から外したら最後、脳味噌があの世という名のブラックホールに吸い込まれるんじゃないかと。いくらそこから抜け出そうとあがいても、他人にあがいているように見えたとしても。もう本人はとっくの昔にブラックホールに落ち込んで事象の地平線の向こうへ行ってしまってるんじゃなかろうか。という訳で、阿呆が阿呆な事にはまってます。長いながぁ~い言訳でした。
2005/11/10
コメント(4)
チビ1号がお世話になっている学童では、3学期の終業式の日にお別れ遠足に行くことが恒例になっているという。70人を超す子供達を5人の先生が『歩いて』連れていける所なんぞは限られていて、毎年同じ科学館へ行っているのだとか。でもその科学館とて歩けば結構な距離である。それも幹線道路脇の歩道を歩いていくのだ。安全面、思い出作り、変化等考えて、バスを借りて行くのはどうか。最初の父母会でそんな話が出た。でもバスを借りるお金は学童の予算には全く無い。かと言って、父母会の予算にも限度がある。という長い前置き。そう11月末に毎年開かれる学童バザーを頑張ってその売り上げをバス代に!あたしゃ、普通のフリーマーケットを想像していたら、古着不可とな。最近は古着はあまり売れないんだとか。そして売れ残った古着の処分の手間が大きすぎるとか。なのでリサイクル品の場合は極力新品を、との話。え。じゃぁ、何売るの?と思ったら、松ぼっくりのクリスマスツリーのキットなどの『手作り』品が売れるとか。そしてもう一つネタとしてあがったのが『ビーズアクセサリ』。子供が来ることを想定して、リングを作ってはどうか、という話が持ち上がっていた。家に帰宅後、ネットで公開レシピを漁った。初心者向けレシピをプリントアウトし、翌日近所の手芸屋でビーズを購入。作ってみた。出来なかった…。公開レシピと同サイズのビーズがなかったので、似たようなものを買ってきたつもりだったが。全く形を成していなかった。がぁぁぁぁぁん。初心者向けのはずだったのに。あまりのショックに、むきになる私。やばいです。採算度外視でビーズに労力とお金をつぎ込みそうな気分です。果たしてその結果は?
2005/11/07
コメント(0)
保育園に迎えに行けば、「子供が静かに歩くわけがない」と誰もが気が付くはずだけれど、だからといって「生活騒音」トラブルの解決につながるわけじゃない。子供達に「家の中では静かに歩きなさい」と何度言おうとも、ゾロリのオープニングで一緒にジャンプする奴等を止める手段は無い。その昔、ビートルズのコンサートで涙と奇声で取り乱していた女性が沢山いたわけで、その彼女達に「みっともないから座りなさい」と言っても聞く耳を持たなかったように。だからさ。かーちゃん、諦めて探したよ。そしたらあったよ。防音カーペット。これ「かつかつ」音が消えるよ。あたしゃ、うれしいよ。いっそのこと、チビ達の部屋も防音フローリングにリフォームした上に、このカーペット敷いてしまおうかと。お風呂と窓のリフォームは後回しにして、床代稼ごうかな、と。だからさ、24のシーズン4のボックスをチェックしている場合じゃないんだよ!!!>自分!
2005/11/02
コメント(0)
チビ1号は…。国語の授業中に机の上に立って、猿の物まねで「授業妨害」。放課後、道具箱の整理整頓で居残り。の際に、同じクラスの男の子の頭に絵の具をかけた。あああああああああああああああああああああああああ。何をどう話せばいいというのだ?だって、そんな事を子供の頃にやった記憶ないもん。そんな事してる奴が、同じクラスにいたら、絶対に馬鹿呼ばわりしてたもん>私。基本的に、自分の中に「机の上で猿真似」という行動チョイスが存在しないのに、どう奴に諭せというのだ?自分だったら「絶対にやらない」し、「やりたくもない」し、「やって欲しいとも思わない」事なのだ。それを自分の子供が学校でやってきた。100歩ならぬ太陽系分くらい譲って、授業が面白くなかったとしてもだ。なんかね、子育てなんて私に出来るわけがない。産むのはなんとかしたけれど、頼むから養育義務なんて課さないでくれ! 私には無理ですっ!!子供の気持ちを汲んで、なんて言わんでくれっ!わかるわけないじゃん!私じゃないんだから。なんだか、新聞に載っている子育て本の著者に、チビ1号を送り付けたくなってしまった。送ったら…やっぱりさみしいから、行動パターンをコピーしたロボットを送り付けたいっ。
2005/11/01
コメント(2)
全8件 (8件中 1-8件目)
1


