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天-ten

天-ten

2010年03月18日
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2004-08-15-0049rino-yahiko.JPG

当時TAKAZOのメイン機だったNIKON/F-4Eを持たされドキドキで撮影したんだ

「重い!」っていうのが第一印象。とても女の子が持ち歩けるとは思えなかった

初めての撮影は夕焼けに染まり始めた霊峰・富士山

ファインダーを覗くとそこに映し出された画はなんとも優美で譬えようの無い美しさと壮大な富士の姿

感動したのだった!そして思わずシャッターをきった

小気味良いシャッター音は私をその気にさせた、夢中になり撮り続けた

気がつくと36枚のフィルムを使い切っていたの

それまで私はカメラを持ってこんな感動を得た事は無かった



それが私の写真ライフの始まりだった

後に仲間に聞いたのはTAKAZOはNIKON/F-4Eを他人に持たせた事が無い

ましてや長期間貸し出す事なんて考えられないという

なぜなら彼は写真を始めた頃は貧乏で自分のカメラを持てず貰い物のビデオカメラのワンショット機能を使い練習してたそうで、2年間必死に働いて憧れのNIKON/F-4Eを手に入れたそうだ

それから先代師匠の形見分けのNIKON/F2-フォトミックとNIKON/F-4Eで色んな土地に行き色んな被写体を撮影してきたらしい

仲間内では有名な話の一つに、とある施設の利用者さんの花見で桜が舞う中で滅多に笑顔をみせなかった女性が車椅子にすわり満面の笑みをみせた瞬間を撮った写真が家族の大切な想い出として今も大事にされているという、家族にとってかけがえの無い想い出の瞬間として・・・

そいいった人々の大切な瞬間を数多く残してき、また彼の写真ライフの苦楽を共にした想い出のぎっしり詰まったカメラなのである

おりしも今日3/18日は私とNIKON/F-4Eとの出会いの日

TAKAZOはちゃんと覚えていて「このカメラは天鳳雛にあげるから想い出に飾っておけ、迷ったらこのカメラを見て初心を思い出すんだよ」って夕暮れのあの日と同じくらいの時刻に手渡してくれた

壊れている訳じゃない、しっかりメンテされて現役バリバリの状態

でもその機体のあちこちには無数の傷が刻まれている、その一つ一つに様々な「瞬間」が刻まれているのかもしれない





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Last updated  2010年03月18日 23時46分18秒 コメントを書く


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