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ゴロゴロします。日本から大量に持ってきたビデオやDVDを見ます。かすみとマリア・アデーレとU子さんが遊びに来てくれました。夜はU子さんが作ってくれた夏野菜のカレーを食べました。茄子とピーマンとトマトがうまいっ。
2006年07月31日
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「カステル・ガンドルフォに行かない?」とせっちゃんに言われて、出不精のわたしはチャンスを逃すまいと行くことにしました。誘って頂けるのならできるだけ行きます、遠出であればなおさら!カステル・ガンドルフォ(Castel Gandolfo)は、ローマ法王の避暑のための別荘のあるローマ近郊、丘の上の街で、当然今の時期も法王はここにいます。ここには行ったことがなかったし、涼しい所が好きなわたしはわくわく。せっちゃんとダーリンG氏に連れて行ってもらいました。これがまあ夜とはいえ、ローマを少し離れただけなのに涼しいのなんのって。湖のあるかわいらしい街です。この辺り一帯はカステッリ・ロマーニと呼ばれ、ワインの産地として有名なのですが、もちろん食べ物も、豚肉(ポルケッタや生ハムなど)やポルチーニ茸など、美味しい物が揃っています。それなのになぜか海から遠い街に来て、わたしとせっちゃんが選んだものは…。1.海老とプチトマトのショートパスタ2. ポルチーニ茸とあさりのスパゲティ海の幸のパスタ。しかしとてもおいしかったんです。軽井沢に続いて第2弾。避暑地で過ごす夏の一日って、浜辺よりいいわあと思うわたしなのでした。あ、今気付いたけど、イタリア語って「避暑」という言葉がないわ。みんなどうせ海に行くからね。今、ロッコに説明したけど分かってもらえませんでした。
2006年07月30日
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ニコリーナんちにお邪魔しました。またここのカップルと一緒に鰻を食べてしまった…。おいしすぎる。ご馳走様でした。同僚に「マミはいったい一週間のうち何度外食しているのさ?」と聞かれましたが、それほどでもないのよ。日本にいたらいつも家だし。今ウチにはキムチもあるし。
2006年07月28日
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やっぱりイタリア語がしゃべれません。ルーシーには「日本に帰ったほうがいいわね」って言われる始末。そうだわね。仕事のあとサッカーの試合観戦。昨日は日本人選手2人と韓国人選手2人が参加しました。ギャラリーも日本人の若い女の子K子ちゃんが加わり、いい感じです。そして久々にVarroneに食事に行ってきました。 *昨日の胃袋 QUELLO CHE HO MAGNATO IERI* 前菜の盛り合わせ、すごい量、SUPPLÌ(ライスコロッケ)、LINGUINE AGLI SCAMPI(手長海老のパスタ)、SORBETTO AL LIMONE(レモン・シャーベット)
2006年07月26日
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38ちゃんいわく、昨日の我が家はさんまのまんま状態。来客。ゆかりさん、U子さん、かすみ、なおさん。途中で家の下までマッテオとロッセッラも来ました。おみやげを渡すという名目もありまして来てもらったのです。マッテオに言われたのですが、「またイタリア語がしゃべれていない」とのこと。もともとイタリア語下手くそなのですが、2週間しゃべらなかっただけでさらに大変なことになりました。単語を羅列して発しているだけの状態です。ふー。やばい。
2006年07月25日
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昨日は弟の引越しの日でもありました。どうしたかなあ?家、まだ見ていません。帰りの飛行機はとても空いていて、3席確保しましたので横たわって寝ることができました。ゆったり。わたしにしてはあまり寝ることができず、行きに寝すぎたため見られなかった『県庁の星』や『ミッション・インポッシブル1』などを見ました。空港からのタクシー代は40ユーロ+チップ2ユーロ。こんなもんか。しかし高いですねえ。近いというのに。しかもあんなに遠い成田から大宮までのバス代が約3000円だというのに。
2006年07月24日
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地下鉄飯田橋駅で「どれに乗ったら目黒まで行けるかなー」と切符販売機上の地図ボードを見ていたら、係員のおねえさんが寄ってきました。あ、地下鉄は東京メトロというんでしたね。「お困りですか?」と声を掛けてきたので、「目黒までどうやって行くのが一番いいですか?」と聞いたら、片手に持ったマニュアルを開いて、「JRでもいいですけど南北線でも行けます。値段もそれが一番安いですよ。」と教えてくれたのでそうすることにしました。何て素晴らしいサービスなんだろう。そうして南北線に揺られていたら、なんとこれが目黒まで行かずに2つ手前の白金高輪というところが終点になっている電車に乗ってしまっていたのです。何だよーちぇ、と思って白金高輪で仕方なく降りたら、降りた瞬間向かいのホームに入ってきた電車に乗れば目黒に行くというのです。素晴らしいシステムだわ。乗ったところ、その終点が「武蔵小杉」となっていたので、ハテ、もしかしたらこれは南北線ではないのかな、と思ったら、なんと都営三田線直通の東急目黒線とかいうやつで、あれまあ、目的地武蔵小山駅まで目黒駅で乗り換えすることなく、連れて行ってもらえるのでした。狐につままれたとはこのこと。わたしは南北線に乗っていたはずなのに知らぬ間に自動的に武蔵小山まで運ばれてきたのです。日本ってすげえ。で、武蔵小山は商店街に感激。パルムというアーケード街なのですが、とにかくたくさんのお店があります。中野に似ているの。そしてまつきり彩邸にお邪魔してきたのでした。
2006年07月22日
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昨日は学校勤務時代の元同僚の集まりでした。待ち合わせが東武野田線の七里駅と、なかなかマイナーなところがいいのです。行ったのは韓国の焼肉屋さん。焼肉食べたかったのよねえ。連日肉だけどいいのかしら、わたしの胃?それからファミレスでデザートを食しながらダベり。世の男性陣、特に日本人男性ってデザートを食べない人が多いのですが、このメンツは違います!いい食べっぷりで、実におかわりまでしていました。みんな立派な高校教諭。今度はぜひカラオケに行きましょう。マイミクも~にゃん♪さんなど最近会っていない元同僚たちにも会えるといいな。
2006年07月21日
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本当に恐れ入ります。週の中日で雨の日。しかも場所は浦和。バンド仲間たちで集まりました。まずは某カップルと3人で焼鳥。須原屋裏手の弁慶です。わたしは飲まないのでこういった焼鳥屋に行くことって殆どないのだけど、いやー、飲んべえっていい物食ってますねえ。ここの肉はどれもうまいです。大宮の屠殺場から仕入れてくるとか書いてありましたが、あの、埼京線の大宮に向かって左に見える、あそこでしょうか。鶏ちゃん豚ちゃん、ごめん、おいしすぎる。ミクシィやっている方、写真はわたしのマイミクPeach♪さんの日記「浦和の夜」をぜひご覧になって下さい。携帯で撮ってるのよー。すごいっ!それからこれまたマイミクまんちゃんさんも合流。祇園祭のおみやげどうもありがとうございました。そういえば以前もようじやで買ってきてくれましたよ。二次会はパインズホテル向かいのあじとにて。マイミク某夫妻がお待ちでした。遠いところをありがとうございます。そして最後にマイミクかっしーちゃんも仕事を終えて登場。ここはうら美のお疲れ様会をやったことがあって、来たことがありました。変わったメニューがたくさん。おいしい料理でいっぱいです。はからずもマイミクの集いになりました。みなさん遠いところを本当にありがとうございました。
2006年07月20日
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雨が降っていて涼しくて過ごしやすいです。雨だから出かけるのは億劫で、家の中にいても先週と違ってクーラーもいりませんから、ぐーたらしています。ふと肌がツルツルなのに気付いて、軽井沢の石鹸のおかげかな、と母に話したら、「日本は天然スチームよ」と言いました。湿度が高いので、お肌にいいのです。今回の帰国ではじめて気付きました。ということはお肌の曲がり角だったのでしょうか。わたし、基本的にお肌きれいなのにな。でも日本にいたらもっとツルツル。夜に化粧水付け忘れてもツルツル。そういえばきよさんのお友達でマドリッドに住んでいる女の子もそんなこと言ってたっけ。ちなみに髪も日本の気候の方がよいようです。こりゃすごいわ。みんな日本に来るといいのに。また宮部みゆきを一気に読んでしまいました。ちょっと古いけど『スナーク狩り』。やっぱりおもしろいです。あやちゃんとむに薦められた浅田次郎の『王妃の館』を昨日買ってしまいました。浅田次郎は『オー・マイ・ガッ!』を読み終えたばかり。楽しみです。
2006年07月18日
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新しくなったアキバに行ったことがない!流行に乗り遅れちゃいかん!『電車男』のドラマも見たことだし!と思い、秋葉原に行ってきました。ヨドバシカメラ。でかい。駅前でチラシを配っている変な格好の女の子たち。これがメイド喫茶とやらですな。オタクさんたち、アキバ系というのかな、そんなのも見ました。お昼はそのヨドバシカメラの8階のレストラン街でお好み焼きを食べてきました。with親友とみとむ。そもそも電器屋の上にレストラン街があるっつーのがすごい話です。おやつは渋谷に移動して東急のアフタヌーンティーにて。ダベるのにいちいち喫茶店に入ってお昼代くらい払わなきゃならないのが日本の困るところです。ローマだったらトラステヴェレのカリストで、アイスレモンティーにレモンのジェラートを入れてもらって1.50ユーロなんだけどね。下手したら何も頼まなくてもいいし。それで3~4時間はゆうにいられます。ここに来たのはむとあやちゃん。この2人と読書の話をすると着いて行けなくなります。この2人はかなり読んでいます。っていうかこの2人の場合、世界が本だけじゃないからスゴいんです。いろいろなことをしているプラス読書多量。わたしのように趣味寝る食うっていうのとは大きく異なります。夜は代々木の飲めるラーメン屋の御天。あやちゃんももちゃんまぐちゃんわたし。そこに偶然一人でいらっしゃっていた大学のバンドの先輩S氏が合流。たいへん有名なプロのトランペッターです。顔を覚えていただいていたようで光栄です。マイミクになってもらっちゃった~(自慢)。わたしはちょうど一年前、去年の7月29日の日記にこんなことを書いています。レセプションのフランチェスコが、ローマで毎日のように行われている夏のイベントFIESTAに日本人のラテン・バンドが出ると教えてくれました。「日本のサルサ・バンドなんだって。スゲーよな。全部スペイン語で歌うらしいぜ。コンニチハって言うのかな。オレは行くぜ。」と興奮して話してくれました。イタリアに来るラテン・バンドなんてオルケスタ・デ・ラルスだろうなーと思ってサイトで調べてみたらやっぱりそうでした。フランチェスコの奥さんはドミニカ共和国の人なのでバリバリラテン人。一緒に踊りに行ったみたいです。実はこのS氏はオルケスタ・デ・ラ・ルスのメンバーでして、当然この時ローマにいたのです。つまり同僚フランチェスコと奥さんのミレディはS氏の演奏で踊っていたわけです。わたしはその後、日本に帰ってきた際、かざまさんか誰かに、S氏がデラルスにいることを聞いたのでびっくりしたのです。フランチェスコが誘ってくれたのに、わたし、眠かったから行かなかったの。もちろんS氏は昨日、「何で来なかったんだよー」とおっしゃいました。当然のコメントでございます。返す言葉もございません。このように今後日本のバンド(特にJAZZ系要注意)がローマに来る時には絶対見に行かなきゃ。あとからまつきりさんも来ました。御天のTシャツを着ていました。まぐちゃんとももちゃんに赤羽まで送ってもらいました。どうもありがとう。とても楽しい一日でした。
2006年07月17日
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祖母の家に行った帰り、とーちゃんと渋滞の車内でナイターを聞いていると、すごい試合が行われているところでした。初回で7対1の大差がついてしまったのですが、3回にはそれが7対7まで追いついたのです。思いがけずも追撃を受けたチーム、追いつかれる手前で中継ぎを入れたのですが、そのピッチャーの名前!なんとも懐かしい!わたしが直接教えたわけではないのですが、以前働いていた高校の卒業生です。わたしも野球部クラスを一年間受け持ちましたが、そこからはプロ入りした子は出ていなくて、その一学年下に彼がいました。時々試験監督でそのクラスに行きましたのでよく覚えています。ポーッとしたタイプの子でしたが、頑張っていたのですね。とても嬉しいです。結局、逆転され(打たれたのは彼だけじゃないし)、そのあと打線の反撃もあったのですが、9対11というスコアに終わってしまいました。いつまでも監督にかわいがってもらってますます頑張って欲しいです。
2006年07月16日
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一緒の時期に夏休みを取ったローマの友人ニコリーナとご主人とあとご家族とで鰻を食べてきました。浦和は鰻料理で有名なのです。おいしかったねえ。それから京焼をたくさん売っているお店に行ってきました。小さい時から買い物といえば浦和でしたので、大好きです。和真でめがねのフレームを替えてもらってきました。なんと17年前に作っためがねのカルテがまだ残っていました。ここはとても丁寧でいいお店です。
2006年07月15日
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イタリア語にパロラッチャ(parolaccia) というものがあります。日本風に分かりやすくいうと、放送禁止用語で、主に相手をののしる時や、何かを強調して言う時に使う汚い言葉です。耳にするのは日常茶飯事。理不尽な出来事の多いイタリア、短気な国民性のイタリアではパロラッチャも文化なので仕方のないことだと思っています。簡単な例を挙げると、日本語で言う「そんなの知らない」。これを怒った雰囲気で「そんなの知らねえよ」と言ったとしましょう。これがイタリア語で(ローマ周辺に多い表現かもしれませんが) “Che cazzo ne so!” 。「そんなの知らないよ」の“Che ne so!”に男性性器を意味する単語cazzoを加えて文章全体を強調した表現です。また、英語にも全く同じ表現がありますが、有名なところで相手をののしるのに、「お前の母ちゃん売春婦!」。これは日本語の「お前の母ちゃんデベソ」と同じレベルです。デベソよりひどい言葉ではありますが、デベソであることに意味合いがないのと同様、売春婦であることに意味合いはありません。豚も売春婦の代わりに登場したりします。つまりひどいことを、キツい悪口を言いたいだけ。よく聞く言葉です。ジダンがマテラッツィに何と言われたのか、正確なところは伝わっていませんが、このような類の言葉だったのではないかと思います。わたしも仕事の仲間とケンカする時にこれに近い言葉を言われることはあります。それにわたしはパロラッチャは大嫌いだから頭突きしたくなる気持ちも分かるけれど、これをなくすのはイタリア国民すべて、おじいちゃんおばあちゃんから0歳児に至るまでの教育を一からやり直さなくてはならないのだから、もう無理です。お姉さんの悪口を言われたという説もありましたが、このパロラッチャはお姉さんがいない人に対しても言います。わたしは職場では同僚たちが当たり前のように大小さまざまのパロラッチャを言うたびにいちいち怒っているけれど、はっきり言ってキリがありませんし、ある意味、イタリアで生きていく上では必要なわけですからあきらめています。それにジダンはイタリア語を分かるし、パロラッチャのレベル最高峰の(つまり最高に汚い!)スペインでもプレイしていたので、何で頭突きしちゃったのかなと思います。ドイツ人の友人イローナによると真面目そうなドイツ国民もパロラッチャのようなものを持ち合わせているし(英語にもあるから当然です)、同じラテン語圏フランスにもあるのではないかと思います。また、「テロリスト」という言葉を使ったらしいということから人種差別発言だのなんだかんだとも言われていますが、使ったとしてもそんな理由からで、ジダンがアルジェリア移民だからということではないと思うのです。所詮イタリア人の悪口、内容はないのです(もちろん意味を含んで使うこともありますが)。だから今回のこと、何で騒がれたのかわたしには理由が分かりません。日本人に理解できない理由は分かるけれど。イタリア人がパロラッチャを言ってしまった後に、特に普段あまり言わない人などが言い訳のように使う、 “Quando ci vuole, ci vuole.”(言わずにいられない時もあるのよ)という決まり文句があります。マテラッツィもそう言ってるんじゃないかと思います。わたしは今の会社に入ってしばらくしてイタリア語も分かりかけてきて、同僚たちとも軽口がたたけるようになり始めた頃、散々パロラッチャに泣かされてきました。文字通り泣かされて。しかし今なら言えます。パロラッチャには言葉自体の意味はありません。いかに汚く言うか、それだけなのです。でもイタリア人の皆さん、わたしはパロラッチャを認めているわけではないのよ。
2006年07月13日
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軽井沢、2泊3日の3日目。宿をチェックアウトして軽井沢見学をしてきました。車での帰り道、埼玉に入ってお昼&トイレ休憩のためにとあるサービスエリアで一旦休んだのですが、「蒸し暑ッ!」って一同言わずにいられなかったのです。軽井沢はやっぱり避暑地だったのです。月曜日はラッキーなことにその日だけ晴れて、陽射しも強かったのですが、それでも緑が多いため空気がやわらかく、湿気は少ないし、あとから考えればとても涼しかったです。別荘を軽井沢に持つ人々の気持ちが分かりました。
2006年07月12日
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これは別にわたしというわけではないのだけど。
2006年07月11日
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訳あって軽井沢に行ってきました。噂のアウトレットモールとやらに行ってみたのです。プーマやアディダスはもちろん、ラコステやアニエスベーなど、いろいろなブランドがあります。日曜日なのでとても混んでいました。イタリアのブランドもいくつかあって、わたしはフルラのウインドゥに注目したのですが、びびりました。9割が見たことがない商品なのです。おそらく日本人向けに作っているものか世界中のフルラの売れ残り?形やデザインはとてもかわいいのですが、スペイン階段やコルソ通りやコーラ・ディ・リエンツォのフルラでは決して見たことがないものばかりでした。これはどうかと思いました。日本人マーケットって思ったよりすごいぞ。しかしアウトレットといえばふじみ野にしか行ったことがないので、わたしはかなりの時代遅れです。そして何も買わなかったというのはちょっと罪悪感です。人々は紙袋を持っているので買わなきゃという気持ちにさせるのですが、欲しいものもなくて、やっぱり所詮わたしはしまむらかイトーヨーカドーなのね、と思いました。宿に着いたら雨が降ってきました。宿はとても変わったところで、洒落ているというのか、旅館でもホテルでもなく、敷地内に一軒家みたいなのがたくさんあって、そこに泊まります。そこのポリシーでテレビを部屋に置いておらず、庶民であるところのウチの家族は正直結構困りました。温泉はけっこうよかったです。もちろん離れたところにあるのでシャトルバスで行くのです。ところでわたしはチェックインしないうちから宿の人に、「夜中のワールドカップ、どこで見られますかね」と聞きまくっていました。夕食を食べたレストランの隣にバーがあって、そこの貼り紙を弟が見つけて、そこでとりあえず見られることが分かりました。そのレストランもバーも宿と同じ系列なのですが、やはりシャトルバスで行かなくてはなりません。とほほ。しかも勘違いをしていました。ワールドカップの試合はいつも夜の9時からだったので決勝もそうだとばかり思っていたのです。kyokoさんが数日前のわたしの日記に書き込みしておいてくれたのを読まなかったのです。早朝4時だな、3時に起きればいいか、と思い込んでいたのです。バーの貼り紙にも丁寧に3時と書いてあったのですが、キックオフ前に今までの試合のダイジェストでも見せるのかな、とか勝手に思ってしまいました。しかしながら幸か不幸か、宿では家族の鼾にて快眠を得られず、2時過ぎに起きだして一人でフロントまで歩いていき、シャトルバスに乗せてもらってバーまで行きました。すると3時を過ぎたばかりなのにもう試合は始まっているようで、しかも1対0と書いてあります。従業員さんに「えっ?始まってるんですか?」と聞くと「ええ、ジダンがね、PKで決めましたよ」と言うのです。そこで初めてわたしは夜8時に試合が始まったことを知ったのでした。早めに来てよかった。この辺でお気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、わたしは今回のワールドカップ、アイラブニッポン、アンチイタリアでした。イタリアが早く負けないかなあと思っていました。しかしイタリアを離れるとイタリアをめちゃくちゃ応援している自分がいるのです。何なのでしょう、これは。例えば選手を見てみましょう。イタリアで見ていた時にはトッティ様以外はダメね、とか思っていたのですが、こんなにいい男が揃っているチームは他にないのです。大きく贔屓して日本くらいかな。つまり、イタリアにいる時にはあの連中がいい男たちだという認識をまったく持っていないわたしだったです。ひいてはイタリアの男たちがなべていい男であるということで、その状態が当り前過ぎて今まで気付かなかったわけなのです。外見の話はその辺までにして、とにかく決勝はイタリアを応援するという現金なわたしです。バーにいたのは10人くらいでしょうか。宿のお客さん数人と地元の人が数人。みんなどっちのプレイにも反応していたので、どっちのファンというわけでもなかったようです。1人で来ていたのはわたしだけでした。すごく面白い試合でした。こんなにいい男が揃っているチームでしかもサッカーで優勝しちゃうなんてスゴイ!ジダンの頭突きの考察はまた後日書く機会があると思うのでこの辺にしておきます。
2006年07月10日
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新しくできたという浦和美園のジャスコに行ってきました。ジャスコは北戸田にもあるので別にそこまで行く必要もないのですが、うちの両親が巨大ショッピングセンターめぐりが好きなのと、わたしもその血を受け継いでしまったという理由で行ってきました。これはわたしの以前の勤め先の近くです。映画館も入っていました。確かにでかいショッピングセンターです。しかしこの辺りには本当に何もなくて、あるものは国道とさいたまスタジアムくらいです。最近は地下鉄南北線と乗り入れている埼玉高速鉄道というのの終点駅ができました。最近といっても4年前のワールドカップの時には既にありましたので、最近でもないのです。
2006年07月09日
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出発はいつもどおり、木曜日の仕事のあとです。日本の新聞にも載っていましたが、イタリアではここ数日タクシーのストライキがありました。ホテルのシャトルバスももう終わっちゃったので同僚に車を頼んでおいたら、ボスであるロベルタが「シャトルバスで行きなよ」と言ってくれ、ラッキーなことにわざわざ運転手のシモーネに連絡してバスを出してくれました。車代が浮いちゃいました!チェックインカウンターはいつもの坊主頭の男の子ではなく、アリタリアのちょっと二枚目男(この便はJALとアリタリアの共同運航便)。もう既に1階席の通路側を予約していたのですが、「2階席にして下さる?」「いやーこんな遅い時間にチェックインされてもありませんよ。」(でここからトーンを変えて)「6000ポイントと引き換えにアップグレード(ビジネスクラス)できるのがあるでしょ?」「えー知らないよー」「チラシで見たもん。事前予約は不可でカウンターでのみできるって」(このキャンペーンは本当に存在します。ただし座席数に限りがあります)「えーそうなのー?」かちゃかちゃ(キーボードを叩く音)「…内緒だよ…」こうして今回もわたしはビジネスクラスをゲット。難点は席が窓側だったことです。でもま、いっか。JALは残念ながらビジネスでも食事がおいしくありません。最もおいしいのがカップラーメンという悲惨な有様です。わたしはほとんど食べず、好物の「うどんですかい」(カップうどん)を頼みました。映画は見たいものがいくつかあったのですが、疲れていたせいかキエフ上空あたり(離陸後2~3時間)で寝てしまい、途中で起きて『県庁の星』を一時間くらい見たものの、なんと目覚めたら新潟上空でした。二食目がサービスされたのすら気付きませんでした。さすがにビジネスは寝心地はいいらしいです。あとはスリッパと歯ブラシの質がいいです。空港内を移動するリニアモーターカーみたいなシャトルあるでしょ、あれに乗ると、車内がパタパタ言うのです。何かと思ったら、日本人客がみんな一斉にパカパカする携帯電話を開けた音なのでした。何かの宗教かと思ってしまいました。この日は日本では7月7日でしたが、曇で、ちょっと涼しいような気がしました。家で食べた冷奴がおいしかったです。
2006年07月07日
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昨日は仕事の講習会でした。旅行会社で予約業務に関わったことがある人ならきっと知っていると思いますが、netrezというサイトのホテル運営側の講習です。ロンドンから講師が来て、わたしとアレクサンドラが受けたのでした。講習を受けるのなんてイタリア語を習った時以来。わたしは予約事務をもう2年以上ここでやっているので既に分かっていたこともあったし、けっこうおもしろかったです。なんと修了証までもらっちゃいました。あとは、アメリカ人の一人で来ていた男性のお客さんの話。お父さんがローマ近郊、お母さんがナポリ近郊の出身の二世で、名字も名前もともに完全にイタリア人のそれでした。しばらく立ち話をしたのです。今回のこのローマへの旅は、36歳のお孫さんが企画してくれたのだと言います。英語だったので、はじめはわたしが聞き間違えたのかと思いましたが、聞き直したら、なんとこのアントーニオさんは80歳なのでした。1926年生まれと記されている身分証明書を見せてくれたのです。見た目は80歳よりはかなり若いし、足腰もしっかりしています。若い頃はボクシングをやっていて鼻を折ったこと、映画『シンデレラマン』のモデルと握手した時のこと、孫娘の旦那がアメリカのプロサッカー選手だということ、第二次大戦中に海兵隊にいて、トミー・ドーシー楽団の慰問演奏会を楽しんだこと、曾孫が何人もいるということ、短い間でしたがいろいろなことを話してくれました。わたしにとっては英語をネイティブの人と一対一でゆっくり話すのはとてもいい勉強になるのです。それにアントーニオさんの話はとにかくとてもおもしろかったのです。わたしの下手な英語を一生懸命分かろうとしてくれました。飛行機を乗り継いで奥様の待つミシガンに今朝発ったはずです。人の縁というのは妙なもので、たまたまウチのホテルに泊まって、その中でも毎日何百人もいるお客さんの中から偶然話し込んだのが彼だったのであって、そしてホテルで起きる多くの出来事に比べたら本当に些細な小さなことでも、ほんの短い時間のことであったとしても、このおじいさんと会えて、話せて、本当に良かったと思ったのです。それだけの出来事で、ここで働いていて良かったと思うのです。
2006年07月06日
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ワールドカップ準決勝観戦は、ニコリーナんとこの屋上にて。ピッツァや生ハムメロンを食べながら、そしてサン・ピエトロ大聖堂を見ながらの贅沢。絶対PK戦になると思っていたのに延長戦最後の最後でグロッソとデルピエロがやってくれましたね。ドイツを応援しているはずのわたしもやっぱりちょっと嬉しかったです。グロッソくんはイタリアでも地味なパレルモというチームに所属していて(来季からインテル)スター選手ではありませんが、その彼が一点目を決めたのでした。その後のローマの騒ぎといったらありません。国旗があちこちでなびき、爆竹や花火や車やバイクのクラクション。叫び声や、「俺たちがナンバー1だ」というイタリアお決まりの歌の合唱があちこちから聞こえてきます。この様子を本当に日本人に見せてあげたいと思います。自分の国が試合に勝った喜びを、こんなふうに表現する国民性が世界のどこかにはあるのだというのを教えてあげたいです。日本人が羽目を外すとしたら酒に酔ってからんだり、普段上司に言えない愚痴を言ったり、痴漢をしたり、酔いにまかせて人格を変えてみたり、飲めないのに飲んで吐いたり、挙句の果てに川に飛び込んで怪我するのが関の山。あまりにもイタリア人は単純で、あちこちから時々救急車の音も聞こえてくるけど、でも、わたしもこれらを見ながら微笑みつつ歩いてしまったのです。天邪鬼だから悔しいけど、やっぱり心の中で“VIVA ITALIA”(やったぜイタリア)って言いながらね。決勝は日本時間10日朝4時から。わたしは観戦@軽井沢でございます。
2006年07月05日
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昼間ニコリーナんのところに行って、冷たいパスタをご馳走になってきました。ジョル氏と3人でワールドカップの次の試合、イタリアvsドイツのことについて話していて、わたしが「ドイツを応援するよ」と言ったのです。どうしてドイツなのか?という問いにわたしは、「天邪鬼だから」と答えました。わたしは往々にしてこういうことがあるのです。イタリア人が勝って喜んでいるのを見るのが悔しいのです(決して日本が負けたからという負け惜しみではなくて)。この「天邪鬼」をイタリア語で説明しようとして辞書を引いたら“caparbio”。これだと「頑固者」みたいな意味なのよねえ。“fuori moda”(流行遅れ)も違うし。で、ジョル氏が教えてくれたのが“contro corrente”(流れに逆らう)。コレですコレ!だからわたしの性格をイタリア語で言うと“contro corrente”になります。さて、夜はゆかりさんちへ行ってきました。数日前にゆかりさんのジェラート屋さんに突然フジテレビの人と、京都出身で讃岐でうどん作りの3年の修行を終えたばかりの25歳の青年が来て、どこかのイタリア人家庭でうどんを作って食べさせて、その様子を撮影したいと言ってきたのだそうです。そのイタリア人家庭を探すのをゆかりさんがやったのですが、その縁でうどん職人の青年タケちゃんが、昨日ゆかりさんちで讃岐うどんを作るというので、わたしもご馳走になりに行ってきました。フジテレビの撮影は、そのイタリア人家庭だけだったのですが、タケちゃんご自身はワールドカップを見るためにドイツに来て、それから電車と自転車でキャンプをしながら旅行している途中なのです。日本の試合3試合とも見たのだそうです。いいなあ。彼のお話を聞くと頑張り屋さんで、頭もいいし、いい意味で今時の若者らしからぬとても真面目な青年です。将来の夢も大きく、とてもうらやましくなりました。小麦粉と塩だけでできていて、足で踏んで作る讃岐うどん。ゆかりさんとU子さんの小姑トリオ(?!)で食べました。何杯食べたことか、もう思い出せません。具はほとんど何も入れずに食べましたので、うどん本来の味がとてもおいしかったのです。そんなタケちゃんが出演するドキュメンタリー番組は9月3日14時からフジテレビにて。ご覧下さい。ちなみにこれはもうすぐ公開する『うどん』というユースケサンタマリア主演の映画に関連(宣伝?便乗?)して作られる番組だそうな。わたしはタケちゃんが修行した琴平町に小学生の時に行っています。また行ってみたいし、それにタケちゃんが地元の綾部にお店を作る時にはそこにも行ってみたいです。お姉さんたち3人は若者の活躍を応援しておりますぞ!
2006年07月04日
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ローマ近郊の避暑地、丘の上のフラスカーティという街に行ってきました。車で一時間半ほど走ったカステッリ・ロマーニという地域にあります。ここには普通に住んでいる人がいる上に、週末にローマから人が集まるので、駐車場を見付けるのに苦労するほど混雑していました。しかし崖の上になっている広場から見るローマの夜景はとてもきれいでした。フラスカーティはおいしいワインでとても有名です。わたしは飲めないのがとても残念です。それから生ハムや豚肉などもおいしいのです。レストランに入ってワイン、生ハム、ポルケッタ(豚の丸焼肉ををそいだもの)、猪のサラミ、チーズを山ほどと、一人一皿ずつブカティーニ(穴が開いているちょっと太いスパゲッティ)のアマトリチャーナ(トマトとベーコンのソース)を注文したのですが、一人あたま15ユーロ弱でした。しかも残してしまいました…。そして大きな教会の前の道を散歩しました。12時近い遅い時間なのに、老若男女問わずたくさんの人が夕涼みをしています。さんざんおしゃべりして夜も更けたのでローマに向かいました。車の中は行きと同じメンバー(家が近い者同士)、M.B.、イラーリア、ソニーです。このうちM.B.とソニーはサンディエゴ出身のアメリカ人なので、帰りの車の中は2人とも疲れたらしく、ずっと英語の会話でした。わたしはもちろん訳も分からず、寝ていました。しかしアメリカ人の友達って、今までほとんど持ったことがないので、いろいろな話をするのがとても楽しいです。もう一台の車で帰ったイローナ、ファビオ、マヌエーラ組のジューリオが、飲みすぎたあまり、バッグと家の鍵を何とレストランに忘れてきて、途中でフラスカーティに引き返したというのをあとで知りました。あーそっちのグループじゃなくてよかった、と思ってしまいました。家に1時半くらいに着いて家の鍵を開けようとしたら、向こう側にみやちゃんが鍵を差しっぱなしにしたらしく、開きません。無理矢理突っ込んで落としてやろうとカチャカチャやっていたらみやちゃんが起きてきて、「誰?」と言います。っていうかわたししかいないじゃん。「マミ」。明らかにおびえています。「えっ?誰?」、「…マミ」。わたしの声で言ってるのに思いっきり泥棒だと思っておびえています。「どこから来たの?」、「…フラスカーティ…」。みやちゃんはわたしが家の中で寝ていると思い込んでいたので、深夜に帰ってきたわたしは彼女を驚かせてしまったのでした。しかも寝ぼけてたしね。ごめんね、みやちゃん。
2006年07月03日
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イローナの仕事最後の日でした。前日に事務室の飾り付けをして驚かせてやりました。彼女が辞めるのが本当に本当に悲しいです。同僚の中で唯一プライベートでも仲良くしている女の子と言ってもいいかもしれません。仕事も同じことをやっているので一番分かってくれる人です。明日からいないと分かっていても、まるで夏休みに行くのを見送るような気分で、もう彼女がここに仕事に来ないとどうしても思えないのです。夜はヴィルナの家に行ってピッツァを食べてきました。階下の住人でポルトガル人の女の子と彼女の赤ちゃんも遊びに来ていました。昨日はイタリアvsウクライナ。シェフチェンコ頑張れ!も空しかったです。試合が終わる前に帰らないと道路渋滞で大変なことになる、と思いましたので早めにヴィルナ宅を出ました。道に出ると思ったとおり人っ子一人いません。線路脇の道を歩いていたら、一斉に「おおーっ」という歓声と、おもちゃのラッパや笛やらの音が聞こえてきました。これって視聴率何パーセントなのでしょう?すべての家庭から同時に雄叫びが聞こえてきて、わたしたちはイタリアが3点目を入れたのを知ったのでした。よって家に向かうバスの中は外国人のみ。家に着いてゆっくりしたら、あてもなくローマの街をさまよいクラクションを鳴らし続けて走る車の騒音と、人々の喜びの声が聞こえました。
2006年07月01日
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