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イタリアの道路(VIA)のすべてに名前が付いているというのはご存知の方も多いでしょう。場所によってはシリーズで集めたものもあって、(世界の国の名前が集まったゾーンとか俳優名ゾーンとか海の名前ゾーンとか)わたしの職場の近くは古代ローマ時代の偉人シリーズとなっています。オラーツィオ通り(Via Orazio、紀元前1世紀の詩人ホラティウス)、ヴィルジーリオ通り(Via Virgilio、紀元前1世紀の詩人ウェルギリウス)、オヴィーディオ通り(Via Ovidio、紀元前1世紀の詩人オウィディウス)などなど。確かにこういった人々の名前を冠した道路が集まっています。その近くにチチェローネ通り(Via Cicerone)というのがあるのですが(日本人もよく泊まる有名なHotel Ciceroneもこの道添いにあります)、同僚ラウルがある時、このCiceroneもローマ帝国時代の偉人の一人だ、と言うのです。は?こんな名前の人知らないよ、誰だ?と思って(わたしは一応世界史の教員だった)、ネット上の百科事典Wikipediaに、はじめイタリア語で、それからそれを日本語に変換して調べてみたら、確かに古代ローマの偉人なのです、チチェローネ。なんとあなたは政治家キケロさん!なーんだ。ぜんぜん違うじゃん!この5年間まったく気付かずにいました。
2006年09月30日
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成田から12時間でローマ。じゃなくてミラノに到着。予約した時、既に満席で希望日の直行便が取れなかったのです。同じ時間かけて違う都市に着いてしまいました。だからそこから更に1時間半です。そしてその便が出発するまで待つのが2時間。 今回は出張だったし日程がギリギリに決まったので乗り継ぎを選ばざるを得なかったのですが、それにしても疲れました。 乗り継ぎはパスポートコントロールで長蛇の列をしなくていいのが楽ではありますが、乗り継ぎ便(ミラノ→ローマ)がアリタリアだったからやっぱり搭乗時刻に搭乗できやしないし、定刻に出発しやしないし。あまりにも疲れたのでわたしは乗ったらすぐに寝てしまい、離陸には気が付きませんでした。おやつ(ビスケットと飲み物)が出るのですが、出たと思ったらもう片付けに来るし。 ローマの空港からは会社のバスで家まで帰りました。着いたのは夜の11時過ぎ。もう今後何があろうと直行しか予約しませんと決意。年取ったせいかしら、こう思うのって。
2006年09月28日
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今回はやっと行けました、ファッションセンターしまむら。1年ぶりくらいかなあ。5000円も費やしてしまいましたが、単価が890円以上のものはいっさいありません。シャツも下着も子供服も驚きの値段です。夜はU学時代の同僚たちと食事。大宮東口のちゃんこ屋さんをマイミクもちさんが予約しておいてくれました。このちゃんこ屋さんはChanko Dining 若といって、お相撲さんだった若花田の経営するチェーン店です。内装はちょっと見るとバーかホストクラブといった風情で、昨日は月曜日だったのにとても混んでいました。塩のちゃんこ鍋を頼んでみました。まあ普通の鍋。これからの時期にはよし。締めのラーメンでは麺の味のせいで不完全燃焼。ラーメンはおすすめできません。値段はけっこう高いですのでご注意。そのあとなんと皆さんがカラオケに1時間付き合って下さいました。10年ぶりくらいのカラオケで、歌本の変わり果てた姿に驚きました。ぶ厚い。歌声も訓練していなかったし、曲目も決めていなかったので困ってしまいましたが、山本正之を歌うもちさんとアイドルを歌うたなかくんさとうさんご夫妻に大爆笑でした。今度はちゃんとレパートリーをあらかじめ紙に書いて、それから発声練習もしておこうと思います。
2006年09月26日
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去年ホテルにお泊まりになったO島さんご夫妻が旅行博に来てくださいました。こんなことがあるといくら会社でつらいことがあっても頑張れちゃう気がします。そもそもO島さんご夫妻は一昨年このイベントで情報を得、泊まりに来てくれたという貴重なお客様なのです。出会いってどこにあるか分からないし、素晴らしいと思います。資料をもらうだけもらって捨ててしまうであろう人がここではほとんどなので、こちらもまさかこういった出会いがあるとは思ってもみませんでした。他にも何人か以前お越しになったというお客様がいらっしゃいました。とても嬉しかったです。最近マイミクですんごい読書家ayaちゃんの影響で東野圭吾を少しだけ読むようになりました。今読んでいるのは『宿命』です。先週は『どちらかが彼女を殺した』。犯人分かりませんでした…。でもこの人の小説の書き方がわたしはとても好きです。推理小説を読むのは中学・高校時代にはまっていた赤川次郎以来です。今月赤川次郎の新作『真珠色のコーヒーカップ』が出ました。この作品はシリーズの第19作で、毎年1冊この時期に文庫本が発売されるので、買って読むのがすっかり恒例となりました。主人公の爽香ちゃんは今年33歳。このシリーズのおもしろいのは、登場人物たちが年齢を重ねていくところです。わたしが読み始めたのは第一作目『若草色のポシェット』で、当時わたしは中学生。主人公の爽香も15歳でした。今や爽香は結婚もし、老人ホームを経営する会社で働いています。同年代なので共感が持て、彼女が事件を解決するたびにわたしも一緒に成長しているような気にさせる、そんな推理小説です。
2006年09月25日
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去年のニュージーランド&オーストラリア出張で知り合った松本の温泉旅館の若旦那齋藤さんが突然ブースに現れました。一瞬誰だか分からず。というのはこの方、昨年の出張では宣伝のため常に着物姿だったのであります。初めて拝見したスーツ姿なのでした。齋藤さんもビッグサイトで行われた催し物にいらっしゃったのです。松本にお泊まりの際はぜひ明神館へどうぞ。それからウチの叔母x2も遊びに来てくれました。それにマイミクKyokoさんまで!Kyokoさん本当にいつもありがとう。ところでおとといKさんから「七時浦安いくすぴあり」という暗号のようなメールが来ました。何かというと昨日ライブに行く約束をしていて、その詳細がこれだったのです。うーむ。とにかく舞浜のイクスピアリの「クラブイクスピアリ」でテナーサックス&フルートのルー・タバキンのトリオのライブだったのでした。えーとここは誰かが言ってたな、「なんちゃってブルーノート」って。まさにそんな感じ。ルー様は相変わらずのステキな演奏っぷり。耳が悪くてロリンズもコルトレーンも聴き分けられないわたしが唯一判別できるのがルー様の音色、というくらい特徴があります。選曲がおもしろかったし、カタコトの日本語を加えたMCといつものパフォーマンスに思わず微笑。しばし心地よい眠りについちゃいましたが、それも心地よい音楽のせいということで許して下さい。Kさんご馳走様でした。そしてこの狭きライブハウスに学生バンド時代の先輩後輩がうじゃうじゃ。久々にF氏に会えたのは嬉しかったです(F氏読んでますか~?)。それから何人かでウイスキー&葉巻バーへ流れました。大人のムードたっぷりのバーに大人になり切れていない連中が入っちゃってよかったんでしょうか。こちらの様子はマイミクPeach♪ちゃんの日記でもご覧頂けます。アンバサダーホテルの地下駐車場に車を止めていたのですが、近くにイクスピアリの複数の駐車場もあったのでかなり迷い、完全に電車なんぞ通っていない時間になってしまいました。それで大変失礼だったのですが、初めて会った後輩に、同じ埼玉県在住というだけでバイクで送ってもらっちゃいました。埼玉といえども広いのに…。Yくんどうもありがとねー。
2006年09月24日
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旅行博1日目。昨日は旅行業者やプレス関係者のみの入場です。だからお得意様への挨拶回り。というかわたしがブースを構えている側なので、お得意さんたちが回ってきてくれました。なんと「あなたがいるからおたくはウチの社内では有名だよ」というようなことを言ってくれたところが2軒もあって、実際両社ともいいお付き合いをさせて頂いていますし、本当に嬉しくなってしまいました。今回は場所があまりよくなくて、しかもいつも隣同士のローマのB社のエマヌエーラが反対側のブースだったのであまり話せなかったのがちょっと残念。でも今回新たに隣になったやはり旅行博常連の旅行会社のマルコ&マッシミリアーノ、そして通訳のきょーこさんとダベったりしています。
2006年09月23日
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友人Sが某国に戻るというので横浜まで出向いてやることにしました。横浜もいつの間にか赤羽から直通で、意外と近いのです。そごうの寿司屋でカウンターで食べましたので、つまりは板前さんが真ん前で握ってくれたわけです。寿司はうまかったです。寿司は滞在中少なく一度は食べなきゃね。帰りには浦和に寄って、レッドボルテージ(浦和レッズのグッズが売っている店)に買い物に行ってきました。背番号4のユニフォームをマッテオに頼まれていたのです。レッズの背番号4はトゥーリオというブラジル出身の人。「トゥーリオ」って書いてあるから、いまいち日本のチームのユニフォームって感じがしません。それに比べて青いナショナルチームのユニフォームをわたしに頼んだのはマッシモ(猫側)。ナカタかナカムラにしてね、というご注文でした。毎度ありぃ。
2006年09月21日
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希望の出発日ではありませんでした。というのは希望した日の便は既に満席だったのです。でもこの昨日日曜日の便も満席。ビジネスへのアップグレードはできないし、隣に誰か知らない人が座っているというのも久方ぶりです。『ダ・ヴィンチ・コード』を見ました。あんまりよく分からなかったです。わたしこういうのきっと好きじゃないんだろうなあ。隣にいたオーストラリア人のカップルはわたしより太っちょで、窮屈そうでした。イタリア旅行を終えて成田まで12時間の旅、そして5時間待って、さらに次のシドニーへの便に乗り、もう9時間かかるです。辛すぎる…。でもイタリアは素晴らしかったと語ってくれました。台風13号のせいで成田への空路は変更されており、いつもはロシアから日本海を渡って新潟から入るところが、北海道から南下でした。でもちゃんと12時間飛行。さすが日本人機長。
2006年09月18日
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MEL BOOK STOREに行ったらなんと池田理代子の漫画(もちろんイタリア語訳)が売っていたので当然即買いましたよ。エリザベス一世の話です。池田理代子の歴史物、けっこう持っているのですが、エリザベス一世を書いていたとは知りませんでした。ベルばらは言うまでもなく、そのあとのポーランドもの、それから聖徳太子もなかなかおすすめです。JALPAKに行ってチケットを引き取ってきて、それからあさかちゃんに会ってお茶をして、せっちゃん&ジャンニと中華を食べてきました。それから夜中になんとなく『おろしあ国酔夢譚』を見たくなって、思わず見てしまいました。ちなみに池田理代子も『女帝エカテリーナ』という漫画を書いています。ロシアのエカテリーナ2世を主人公にしたもの。『おろしあ国酔夢譚』はロシアに漂流してしまいやむを得ず数年滞在し、帰国嘆願のためエカテリーナ2世に会った大黒屋光太夫という船頭さんのお話。井上靖の小説が原作(もちろん史実に基づく)で、大黒屋光太夫を緒方拳が演じました。わたしは高校生の時にこの映画を見て、すげー日本人がいたもんだと思い、それから日本史自体には既に興味があったものの、これを見てはじめて世界史の中の日本史を意識するようになりました。そしてロシア語を勉強したいと思って大学で第二外国語としてロシア語を選んだのです。というのは建前で、緒方拳や沖田浩之が流暢にロシア語の台詞を話していて、簡単なのかなあと思って選んだだけです。『おろしあ国酔夢譚』は小説も読み応えがあっておもしろいです。実におすすめです。ちなみにエカテリーナ2世はロシア人ではなくドイツ人。旦那を蹴落としてロシア帝国の皇帝になっちゃったんだからかっこいい女です。「エ勝手リーナ」米原万里さんを思いだしてしまいました…。
2006年09月12日
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じゅんこさんに文藝春秋の『オール讀物』の9月号を頂いて、最新の直木賞受賞作を読む機会に恵まれました。わたしは意見が他人に左右されやすいので、審査員の評を先に読んでしまったことをちょっと後悔しています。二作品とも若手女流作家によるものだからでしょうか、わたしにはとても読みやすかったです。ともに短編集で『オール讀物』にはそれぞれ2編ずつしか掲載されていませんでしたが、いずれも全編読んでみたくなりました。『風に舞いあがるビニールシート』、表題作は国際公務員(国連難民高等弁務事務所職員)を主人公にしたもので、共感しつつ読みました。主人公の職場が日本の狭い会社の中とかではなく「世界」という大きなものであることで、僭越ながらわたしに共通するところを感じてしまったわけです。唯一共感できなかったのがラスト。渡辺淳一氏の指摘通り、なんでそうなるかなあ?無理矢理じゃん的終わり方。小説としては起承転結の「結」って感じでいいのだろうけど。『まほろ駅前多田便利軒』。わたしより年下の作家さんが書いたとは思えません。うまい!町田をモデルにしたらしいけど、作者が本当に町田を好きで、つまりこのまほろ市を愛してこの作品を書いているのがよく伝わってきます。わたしも浦和が好きだからよく分かります。実は先日、ある同僚に「マミはイタリア語の本を読まなさすぎる、だからいつまでたってもイタリア語が下手なんだ」と注意されたのです。確かに全然読みません。確かにイタリア語下手なままです。読んでもどうせ分かんないもんねーっていつも思ってしまうのです。読書は好きなのにどうしてイタリア語の読書は嫌いなんだろう。そして開き直って日本語で小説ばっかり読んでいるわたしです。だって日本の小説っておもしろいのばかりなんだもん。だめじゃ。
2006年09月11日
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仕事が終わってから街をぶらぶらしました。夕方小雨がぱらついて、あーやっぱりノッテ・ビアンカの日は雨かな、と思っていたら、やみました。ノッテ・ビアンカ(「白夜」という意味)とはローマで一年に一度市をあげて行われるイベントで、店や美術館、コンサート会場などが夜中の0時を過ぎても開いているというものです。毎年雨なのです。地下鉄オッタヴィアーノ駅前の露店で金色の靴を8ユーロ(約1000円)で買いました。前に香澄が金か銀のを履いていて、ちょっと靴擦れするとは言っていたものの、とてもかわいくて目を付けていたのです。だからそれに似たやつを買っちゃいました。かわいいし。今のところ靴擦れしていません。夜はじゅんこさんとご主人と夏休み明けのVarroneで平目を食べてきました。偶然の出会いを祝して乾杯!です。隣の席にいたアメリカ人カップルがなんとじゅんこさんご夫妻がかつて住んでいたピッツバーグの人で、これまたびっくり。本当に世界は狭いです。
2006年09月10日
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とても驚くことがありました。レセプションでいつものように「マミをお願いします」という日本人の声が聞こえたので「あ~またクレームかあ」と思いつつ半分渋々出てみたら、カップルの奥様の方に見覚えがあるのです。な、なんと7年前に夏休みのイタリア語短期講習でまるっきりの初歩から一緒に勉強したクラスメート、じゅんこさんだったのです!そ、そういえば予約の名字が確かに…。じゅんこさんはもちろんわたしがここで働いているとは知らずに予約を入れ、到着した時にわたしがいつも日本人のお客さん全員に渡す手紙一式(知る人ぞ知る自慢の手作りホテル周辺地図もあります。ご希望の方はご一報を)の名前を見て驚いたそうです。メールのやり取りはわたしがこっちに来てからも何度かしていたけど、本当にまったくの偶然でした。わたしはそりゃあこの上ないほどびっくりしちゃいました。じゅんこさんもご主人もだと思います。世界って狭いなあ。もちろんお互いイタリアに興味を持っていたからイタリアで会うのは分かるとしても、ローマのちっぽけなホテルでなんて…。お互い日本にいたって偶然に会うなんていうことは滅多にないのに…。そういえばもう一つ思い出したのは、まだスペイン広場近くの家庭用品店で店員をしていた時、入ってきたお客さんが小学校・中学校の同級生まゆちゃんとそのご両親だったという事件もありました。まゆちゃんの場合に至っては、高校に入ってしまってから連絡を取っていなかったので、わたしがイタリアに住んでいることすら知らなかったのです。偶然も偶然。この時はまゆちゃん独身時代最後のご両親とのご旅行でしたね。わたしは無宗教だけど、この時ばかりは神様だか仏様だか誰かが引き合わせてくれたんじゃないかと思ったくらいです。で、じゅんこさんですが、彼女とは7年前の夏に日伊学院でイタリア語の初歩の初歩を学んだ仲。レッスンの帰りには一緒に「ウーノ、ドゥーエ、トレ(いち、に、さん)」と覚えたての数を呪文のように唱えながら渋谷駅までの坂をのぼったっけ。10日間しか一緒に勉強しなかったけど、そのあともいくらかメールをやり取りして会ったりしていました。もちろんわたしがイタリアに来てから、ですから約6年は会っていなかったのですが。こんなこともあるんです。人間の出会いとか絆ってすごいなーと思いました。
2006年09月09日
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秘密の休養を今月末に取ることにしました。休養といえばみなさん、わたしがどこへ行くかお分かりですね。えっへん、ニューカレドニアですラスベガスですサンクトペテルブルグです。というのは真っ赤な嘘で、例年どおり名目は「日本出張」(カラ出張?)。某航空会社のマイレージ稼ぎともいいます。risoさんにJALファミリークラブも紹介してもらって会員になったし。これからマイルも貯まるわ。到着日は今のところ伏せておきます。ウチの両親が買い物に出ている間にこっそり家に入って、寝転がってテレビでも見ながら出迎えようかと思います。希望の日程が取れず、帰りにミラノ乗り継ぎが入ってしまったのが面倒でならぬのですが、会社のお金ですし我慢します。イローナが6月いっぱいで辞めてからここのところ働きすぎだからちょっとゆっくりしようっと。といっても日本の社会人の仕事量とはきっと比べ物にもならないです。特にわたしの仕事なんて度胸と忍耐とあきらめと中学英語があれば誰でもできるし。日本の旅行会社の人とメールのやり取りをしているとつくづく、「すげー働いてるなー」って思います。日本に帰っても会社員はできないな(えっ?じゃ何?)。O型のわたしは日本ではやたらと蚊に刺されるのにイタリアでは刺されないなあと思っていたら、ここ夏の終わりにきて足を10ヶ所以上やられました。
2006年09月08日
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2日目。Montevirginioの朝。ロッセッラにたたき起こされました。犬や姪っ子でおしゃまなデボラ(とても14歳に見えない!)と遊んだり、お母さんとおしゃべりしたり食べたりしてのんびりしました。お祭りの方はというと、夕方6時から練り歩きがあるのです。中世の格好をした人たちがファッションショーさながら村を歩きます。実は2年前に隣町Canale Monteranoで行われたこのイベントを見に行ったことがあったのでした。ほとんど同じなのですが、今回はあくまでもMontevirginioが主役なので楽しみでした。竹馬のような物に乗った人たちが(竹馬はズボンの裾に隠れており支える棒はない)ちゃんばらのようなパフォーマンスやお手玉芸のようなことをしたり、太鼓の演奏があったり、それから大きな旗を振り回す男の子達のショーなどが練り歩きと共にありました。夜も更けるとまた広場のステージでショーがあって、みんな食べたり飲んだり、あるいは露店で前日試飲して目を付けていたワインを買ったり、それはそれは普段の生活と違って愉快でした。普段が愉快じゃないというわけではないけれど。山の夜は寒いくらい涼しく、まるで11月の気候のようで、夏祭りというにはちょっと違う気がしたけれど、田舎のお祭りを見ることができてとても楽しかったです。
2006年09月04日
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マッテオとロッセッラのカップルが、ロッセッラの実家のあるローマ郊外のMontevirginio(モンテヴィルジーニオ)という小さな村のお祭りに招待してくれました。ここへは何度か行ったことがあるのですが、お祭りは初めてです。土曜日から2泊でゆっくりすることにしました。マッテオとわたしは土曜も仕事だったので職場からバイクで、まずはマッテオの両親の別荘のあるローマ郊外Ladispoli(ラディスポリ)へ行きました。町へ入るとぐんと風が冷たく、でも心地良い潮風になります。Ladispoliは海の町、ローマから電車でも車でも30分くらいで行けます。町の中を自転車で行き来するところがローマでは考えられないのでとても新鮮です。マッテオの両親は1970年代初頭に日本を含めたアジア旅行をしたという変わり者。羽田(当時は成田ではなく!)から乗ったモノレールに衝撃を受けた話などをしてくれました。Ladispoliからの移動は山道を行きます。後ろを見ると、一番遠くに海が広がって、その手前に家々が立ち並んでいる風景がとてもきれいでした。ローマのフィウミチーノ空港に着く飛行機が次々と着陸に向けて低空飛行をしています。山道を登っていると青い空に飛んでいる飛行機を手に取れそうで、自分が空に近いような気がして爽快でした。時々道が森の中に入ると空気が一気にひんやりとし、何だか匂うな、と思うと、牛や馬などの牧場も見えました。Montevirginioは人口1000人ほどの小さな村です。近隣のいくつかの村と合わせてCanale Monterano市を形成しています。祭りには市内からも人が集まり、あまり娯楽のないこのあたりの人たちには最大のイベントのようです。生ハムやサラミの塊が商品の大抽選会の籤や1等賞金800ユーロのビンゴゲームのカードを買ってみました。当たるような気がしたのに全て外しました。会場には屋台がたくさんあって、特に人気なのは自治会でやっている即席レストランです。Montevirginioの名物がずらりとメニューに並んでいて、わたしは中でもかたつむりと海の幸のリゾットを選びました。Montevirginioは山ですが、海も割と近いのです。かたつむりは初めて食べたのですが、ずっと食べてみたかったのでした。それ自体にあまり味がないのは貝と同じで、楊枝でほじくりだすと触角が付いているのがグロテスクですが、小さい頃道端にたくさんいたかたつむりよりはだいぶ大きいです。 とにかくこのかたつむりを味付けしたトマトスープがとてもおいしくて、パンに付けてそればかり食べてしまいました。ワインやチーズ、手作りの皮細工やガラス製品などの屋台を冷やかして、あとは顔見知りの人たちとおしゃべりを楽しみ、メインイベントのDon Becky(ドン・ベキー)のコンサートを見るのです。Don Beckyは1960年代に流行った(らしい)イタリアの男性歌手で、いかにも過去の栄光でもって地方のドサ回りをして生きている感じの(Don Beckyさんごめんなさい)人でした。でも歌はうまかったです(とフォロー)。
2006年09月03日
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