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先週末、赤ちゃんと二人でお家に帰ってきました。切迫早産入院中はドクターからも未熟児で生まれる可能性が高いといわれていたので産後のNICU通いを覚悟していました。正期産で生まれ体重も標準で一緒に退院できるなんて夢のようでした。入院中は後陣痛、大量出血のほかに縫った傷口が開き退院2日前に再縫合したり、うまくおっぱいの飲めない赤ちゃんに両乳首を噛まれ傷ができて血が出て授乳のたびに激痛がはしったり、恥骨が痛く歩くのも困難だったりと痛いところだらけでした。そして今も痛いです。そんな中、今週は赤ちゃんをつれて抜糸など2回ほど診察に出かけなければいけません。家は私がいなかった1週間で相当散らかっており、赤ちゃんと暮らすのは厳しいような状態になっていました。帰ってきて早速片付けや準備をしなければならなかったりして産後だから休みたいのに休める状態ではないことに主人と喧嘩してしまいました。主人もがんばってくれているのですが普段は家のことを私にまかせているし、あまり気付かず言われないと動けないしかも短気な性格なので険悪な雰囲気になっています。退院翌日、朝食をどうしたらいいのか自分で判断できずお腹をすかせてイライラしながら私がアクションするのを待っていてドッと疲れました。食パンがあるのでお腹がすいたら焼いて食べていてほしかったのですがそんなことも「朝、食パンを焼いて自分で食べてね」という指示がないとできないようでした。私も赤ちゃんの世話と自分の体がつらいので精いっぱいです。私の食事を作れとは言わないのでせめて自分のことは自分で考えてしてほしいと思います。そんな主人をみていて私も必要以上にイライラしてしてきておかしくなっているようです。体がつらく立っているのもつらいのに引っ越しの電気工事のことで電話してきたエアコンの取りはずし工事の電話を主人が対応できず、結局私に代わることになり説明がくどいので「用件だけ言っていただけますか?立っているのもつらいんです」とあちらにこちらの状況がわかるわけもないのに感じが悪く強く厳しい言い方で対応してしまい後で反省しました。産後ブルーのようです。小型が手のかかる子で鍛えられたので赤ちゃんの世話はなんとか大丈夫なのですが体調が悪いのにこんなに動いて更年期にひびかないか心配です。夫婦協力して産後を乗り切るというより、頼りなく情けないところばかりを見せつけられ「自分がしっかりしなきゃ!」とプレッシャーを感じ、夫婦仲がなんだか微妙です。
2009年08月25日
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本日、予定日より2週間早く小型そっくりの女の子が誕生しました!朝、陣痛なしでチョロチョロ下から水が出て尿漏れか破水か判断がつかなかったので病院に電話。服を着替え準備をしタクシーで30分で病院に着き、その後、1時間半ぐらいで生まれました。切迫早産だけあって到着直後には子宮口全開で陣痛室をとばし分娩台直行でした。お産は早かったものの出血が多くその塊を子宮内から掻き出す痛い処置を受け産後再び叫ぶことになりまだ安静にしています。また、後陣痛が陣痛並みに痛くそれにびっくりしています。とにかく無事産めてよかったです。色々とご心配をおかけしましたがありがとうございました。取り急ぎご連絡まで。
2009年08月15日
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内服薬を中止した2日後ぐらいが怪しいと思いましたが無事37週を迎えとうとう正期産に突入しました。今週末には38週になります。今日は検診でした。念のため入院の準備をしていきました。子宮口は柔らかく3.5センチ開いていました。お産は近く陣痛がきたら早いだろうということは変わらないそうです。点滴や薬でひたすら止めていたのに本当に不思議です。今、一番つらいのは恥骨痛です。次が胸やけ、吐き気。そして腰痛とむくみです。本当なら赤ちゃんを一日でもお腹においておくことから出産するということに頭を切り替えて家事をこなし、どんどん動きたいところです。でも痛くて痛くて動けません。カイロや整体にいってなんとかなんとか生活できるレベルなのです。食べることが楽しみなのに、お腹はすいているのに、気持ち悪いのです。苦しいので予定日まで待たず、来週頭には産んじゃいたいなぁと思っているぐらいです。また小型が実家で骨折したらしくかわいそうなことになっているようです。心配するだけで駆けつけてはやれません。去年、今年と私のまわりで「これでもか」というほどいろいろなことが起こりました。私の日ごろの行いが悪いのでしょうか…。そういえば今年は最後の厄年になっています。厄年ってこんな感じなのかなぁ…でも苦労や心配の後には必ずいいことがたくさん待っているのでそれを信じたいと思います。自分がすべきことをし、自分ができることをやり、後は天におまかせする。今の私はとにかく元気な赤ちゃんを無事、産みたいと思っています。
2009年08月12日
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ろんろんはどちらの病院でも4人部屋に入っていました。4人部屋には当然ですがプライバシーがありません。聞きたくなくても皆さんの状況そして私の状況も筒抜けです。最初の病院は新しくもないしきれいでもない4人部屋なのになぜか差額ベッド代を請求され、意味不明の保険外治療が多い、今考えると?な病院でした。もともと里帰り予定で検診だけのつもりだったのであまり深く考えずに通っていたのです。病室は私がいたお部屋だけ産科と婦人科入院部屋でした。だから中絶、流産処置や筋腫、子宮や卵巣の摘出手術と私のような切迫入院患者が一緒のお部屋で病棟自体は内科、外科の混合病棟でした。切迫早産といえども子供を身ごもっている私と婦人科入院の方は状況があまりにも違うので気を使いました。同室の方は皆さんいい方ばかりで私を励ましてくださいました。切迫の私と違い、婦人科入院の場合は1日から10日ぐらいで元気に退院されて外来に切り替わります。「外来に来た時に顔を出すね」と言ってくれ私もお会いするのを楽しみにしていましたが救急車で運ばれていなくなったのでびっくりしているだろうなぁと思います。救急車で運ばれた病院は設備が整っていて綺麗なのに4人部屋は差額ベッド代もなし。意味不明な保険外治療もなし。先生も助産師さんも大変親切で色々な意味で配慮がありました。当然、婦人科入院と産科入院も別々にしてくださいます。私は切迫流産、早産、破水、多胎妊娠、早産や何らかの理由で低体重だったり赤ちゃんの治療が必要なため一般的な出産の人とは一緒の病室にはなれないハイリスクな治療妊婦さんばかりのお部屋に入っていました。NICUがあるため遠方から救急車で母体搬送の人が多く状況は深刻そうでした。リスクのないお産はありませんが体の器官が出来上がってない状態の赤ちゃんを迎えなければならないお産は妊婦にとって不安なものです。1日でも長くお腹にいてほしい、子供の状態をよくして出産にのぞみたい、出産した後はとにかく無事に育ってほしい。みんなそれぞれが戦っていました。自分のことだけでも肉体的、精神的に余裕がないのに赤ちゃんこと、家族のこと、家のこと、仕事のこと、みんなそれぞれいろいろなことを考え、まわりを気遣っている方ばかりでした。そんなみなさんをみて私も何度も励まされ、感動していました。人間って本当に愛しいなと思いました。同じ病室の人が急変した時はいつも手を合わせて「どうか助けてください」とひたすら祈っていました。安静にしておかないといけませんし余裕がないのでぺちゃくちゃとおしゃべりはできませんがいろいろな気持ちをカーテン越しに共有できたような気がします。入院生活は大変でしたし二度といやですが私が人間として成長する上で、子育てしていく上でとても貴重な経験ができたことは間違いありません。もっと優しくなろう、愛情にあふれた人間になろう、そう強く思いました。今日はこれからタクシーで外来にいきます。子宮口のひらき具合では即入院になるので準備をしていきます。お腹に赤ちゃんがいる状態で一時退院でき、夢のような3日間がすごせました。退院は勇気がいりましたが退院させていただいて感謝しています。今、ちょっとお産が怖いです。1人産んでいるのに不思議ですが…。できれば正期産で産みたいですし、もうすこし体力を回復させたり精神的に落ち着く意味でも今週いっぱいは持たせたいです。
2009年08月04日
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ろんろん、一時退院しました。実は入院中の31週の時、5分間隔でお腹の張りがきてウテメリン点滴(子宮収縮抑制剤)MAXでは止められずそのまま陣痛に移行しその夜に生まれそうだったのでNICUがある病院に救急車で母体搬送されました。都内は人口に比べてNICUのある病院が少なく、受け入れを何度か断られましたが病院がみつかり受け入れていただきました。まだ31週ということでとても不安でした。搬送先の病院ではとりあえずウテメリンMAX量に加えマグセントという血中のマグネシウム濃度を増やし身体の筋肉を緩めるお薬をMAXで点滴することになり、それで止まらなかったら覚悟してくださいと言われました。そしてその夜何とか持ちこたえ新しい病院での入院生活がはじまりました。あらゆる面でとてもいい病院で先生も助産師さんにも良くしていただき本当にお世話になりました。こちらの病院では前の病院でしていたウテメリン点滴にくわえ、マグセントという点滴が追加。当然24時間。そして途中もう一つ追加しました。常時、氷枕なしでは寝られないほど顔がほてり、呼吸困難。吐き気。全身の筋肉が緩んでいるので歩行も困難。瞼の筋肉まで緩められ視界が確保できず、4日に1回点滴針をさしかえるものの血管痛が激しく血管がボロボロになり液漏れ。痛かったです。でもやめるわけにはいきません。よく切迫は動けないからつらい、という方もいますがそういう方が余裕があるのだと思います。私は動く気力、体力がないほどひたすら副作用がつらかったです。そんな入院生活をおくっていました。33週の時にそれでも強い張りが5分間隔できて、主治医も助産師さんも経験上、今度こそ陣痛に変わりそうなので覚悟してくださいと言われ緊急帝王切開の同意書にサインしたものの2度目の奇跡がおき、赤ちゃんがお腹にとどまってくれました。ただ、その翌日の血液検査で点滴治療により肝機能障害、肺水腫、特に深刻なのが腎不全という結果がでたのでこのまま治療を続けると母体が危険で将来赤ちゃんを産めなかったり、日常生活に支障をきたすような体になるのでもし血液検査で少しでも今より悪い結果がでたら赤ちゃんより私を優先させて問答無用で点滴をとめると宣言されてしまいました。点滴を止めると絶対生まれる、と不安でたまりませんでした。そして実際に34週から点滴の濃度を下げられ、35週でストップ。張りかえしがあったので何度も心配になりながらも36週と0日で赤ちゃんがお腹にいる状態で一時退院となりました。現在子宮口は3センチ開き、子宮も柔らかく、赤ちゃんも恥骨にはまり込んでいる状態なのでいつ陣痛がきてもおかしくない状態です。また、私は約3200グラムの子を分娩している経産婦でもあるので有効な陣痛や強い張りが頻回にきたらすぐに本格的なお産がスタートするだろうといわれています。いつブログが書けなくなるかわかりませんがその時はお産になっていると思いますのでよろしくおねがいいたします。赤ちゃんは本当によく頑張ってくれましたがあと1週間頑張ってもらいたいです。出産にあたり少し心配なことがあります。私のようなダブル点滴MAX量治療はつらいので精神的に持たなくなった妊婦さんが「とにかくつらい!早産してもいいから点滴とめて!」と懇願して結果、止める方もいらっしゃるらしいのです。ここまでつらい切迫治療をする妊婦さんはあまりいないのだとか。私は一度も弱音を吐かなかったので「本当に我慢強いろんろんさん。」とドクターや助産師さんから褒められ病院でそういうキャラになってしまいました。子供のかわいさを知っているからどんな治療にも耐えて、1日でも長くお腹のなかに留めて身体の機能を完成させてやろう、この子も元気な状態でこの世におくりだしてやりたい、そのためならなんでもする、と必死だったのです。でも実際はご存じのとおり、根性なしなのでお産の時に「痛い」と大騒ぎできない雰囲気になってしまいあせっています。家に帰って筋力低下に困っていて歩く、立ち上がるという動作がなかなかできません。時間がすごくかかりますしよろよろと危ないです。そして体中が痛いです。とりあえず1週間もたせて体力回復にもつとめたいです。切迫の妊婦さん、一緒にがんばりましょうね!
2009年08月02日
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