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信号でも、赤、黄色、青と、ある。おれなんかは、コミニュケーションでは黄色と思われる人。人によっては赤になっていると思う。世の中たぶん、大丈夫なラインってある。日本の場合は、長嶋や丹波哲郎や寅さんや両津勘吉みたいに、「おかしいが、人柄がいいから、まあ仕方ない」人柄の部分が、仕事の能力だったり、「一塁から三塁に走ったりするキチガイだが、あいつ、ここ一番で打つからなァ」とか、「精神病院にかよっているらしいけど、いいやつなんだよね」となると思う。自慢だけど、おれなんか、ダメなのが常態なんだけど、また、狂っている部分はあるわけだけど、打つときには、打ってきたバッターなんだよ。だから、変なやつだが、色々と変な人にに守られて、今でもなんとか、生きているんだ。しかも、信号で言えば青の、「問題のないゾーン」にいる人が、打つよりも、俺みたいな黄色信号の人間が打った方が、世の中なんか評価たかくね?真っ赤なお鼻のトナカイさんは、いつもはダメなやつだけど、いざってときにはちゃんとやるから歌になるわけで、いつもちゃんとやっている真面目なやつがちゃんとやるのは、当たり前だから。だから、物事、あんまり真面目に考えないで思い切って楽にやった方がいいんだよ。八分の力なんていうか、おれなんかいつも三割くらいの力を目標にしているから。三分くらいを目標にしないと、長い人生、我々みたいに繊細な選手は、とてもカラダも神経ももたないべさ。また、三分くらいで生きてないと、120%のスパートはかけられないマラソンランナーなのである。さ、これからまた、仲間の変な客にあいにいくのさ。いい年こいて法務局でトーホンの取り方しらないみたいだから、付き添うんだ。彼もまた長嶋だ
2015.01.28
ウィリアム・ブラムリーさんの「エデンの神々」を友人のMが持ってきた。 人類は、やっぱり、宇宙人が作ったんだなァ、と考えながら、明日の社会保険料削減セミナーの準備をしていた。 人類は宇宙人により創られたという物凄く遠くにあるリアリティと、毎月末の社会保険料をなんとか安くしたいという中小企業の経営者のリアリティを同時に考えながら、仕事していた。 営業としては邪道なんだが、企業に社会保険料削減セミナーの案内をFAXで送ると非常に反応があることも、わかった。 「そうか、こうやってFAXで営業すると楽だよな、大量にFAXを送るツールも購入しないと、だな」 と考えながら、また、 「人間は宇宙人に奴隷として創られたのだ」 と、現在と三万年前が交錯して心の中で点滅していた。 こういうタチなので、自分は実務家むきじゃない、と思う。 組織にもあわなかった。 しかし、失敗体験に基づく経験だけは豊富だし、人前で話をするのは好きだ。 俺は、文章による自己表現でだけは、なるべく自分を出すようにしてきたつもりだ。 しかし、Twitterのフォロワーが小さな都市の人口くらいになって、……かといって毎日、日記を書いていると、嘘の自分じゃ続かないんだ……。 素の自分を出すしかない。 それでも本当にプライベートなことは伏せているんだ。 最近、鹿児島県阿久根市の元市長の竹原信一さんと、Twitterやフェイスブックのコメント欄で交流させていただいた。 凄い人だ、と思っている。 自分は新しい時代の指導原理について考えるのは、公の部分の大人の義務だと信じるタイプの人間だが、竹原信一さんの立場は違った。 ●徹底的な思考=欲望の排除 言うなればそういうことだった。 考えることよりも素肌で風を感じて生きることが大切なんだと述べていた。 「竹原さんのいうことを突き詰めると、犬や猫や野生動物が一番、幸せということにならないか? 人間に生まれたがらには、社会的な生き物としての使命みたいなものがやっぱり、あるんではないべか」 と、自分は思うんだが、竹原さんはなんとなく怖そうだから、そういう反論はできなかった。 いや、たぶん、おのれの素直な心に向かいあえていないぶん、素で竹原さんに向かいあえなかっただけだと思っている。 偽物の自分が肥大化しているんだ、いま……。 「エデンの神々」によると、太古の人間は知恵を持ちすぎたから、創造主であるエイリアンに抹消されたらしい。 そうして従順な民族、つまり、ヘブライ人が、人類の新しい奴隷頭となり現在にいたる、と……。 エデンの神々の前の時代は、やっぱり人間は、民族ごとの言語などなかった模様。 エイリアンは人間を支配するために常に分断統治政策をとってきたが、 「エイリアンの分断統治政策の最たるものが、言語であり、また、竹原さんが述べるように『自分と仲間の利益を追求しようとする誰にもある本能』ではないか」 と、解釈している。 と、いうことは、個人としても、……こういった事実に気づいた人間は、創造主は必要としないし、抹消したいんだろうな、と、ちっぽけな心で理解していた。 あるいは奴隷頭として任命するか、だろう。 しかし俺は抹消される気も奴隷頭になる気もない人間だ。 竹原さんの述べる「思考」に嗜癖している自分=ロボットの自分で生きている。 俺は人間には欲は必要だと思っている。 そこが竹原さんの認識と決定的に違った。 むかし、断酒会に参加していた。 「アル中になって良かった」 と述べる人々が多かった。 世の中には、欲望ゆえに、 ●病んで道心を得る ということは、ある。 どん底を経験して、偽物の自分じゃどうしょうもない、生きていけないと悟る……そういう学びのチャンスがあるから人生面白い、と、俺は自分の体験からそう思うんだ。 しかし竹原さんは、例えばアル中が10人いて、10人がどん底をみて経験してようやくわかることを、10人分、最初から魂で分かっていた……。 それを、大乗仏教の立場から、 「独覚、二乗にすぎない」 と批判することは、俺には到底、できなかった。 竹原さんの動画によると、竹原さんは仏教のことはわからないのだし、鹿児島県の汚職官吏の集団を観察して、痛みをともない実体験から理解したことが、たまたま原始仏典やクリシュナムルティさんやソクラテスさんの言葉と酷似しており、俺はその実体験からの洞察を好きになった。 それはまるでアテナイの賢者や職人の堕落ぶりから真実を悟ったソクラテスさんの立場を彷彿とさせてくれた。 そうして、竹原さんと交流すると偽の、ロボットの自分が浮き彫りになるという発見もあった。 「エデンの神々」に話題を戻すと、人間は、たぶん、自分や仲間を大切に思う本能=ロボットの自分ゆえに、……そういった脳の特性ゆえに、生きていると誤解して、ディビットアイクが述べていたように、 ●脳が解釈した虚像=ホログラム それを現実だと誤解しながら生きているのだ、と、思っている。 まつおひとりというペンネームにしたのは、銀座マルカンの斎藤一人さんの影響をうけたからだ。 俺は斎藤一人さんを物凄く尊敬しているが、竹原信一という人物も、物凄く尊敬している。 斎藤さんを大乗仏教の人だとすると竹原さんは原始仏教の人と、浅学な自分には、そういう二元論でしか理解できないんだが、たぶん、言っていることは同じで、……まてよ、 「自分が生まれてきたのは言語や保身という欠陥本能に統一をもたらすためではないのか?」 と、ちょっと偉くなった心では、そう考えたりもする。 誰だって本当はインナーセルフの対極にあるニセ自分と本自分(せるふ)の統一を計るために存在している。 いや、存在しているとはそういうことだと理解している。 閑話休題……。 最近、女装子や一風変わった変態さんが集まるバーに行ったんだ。 写真は店員の女装子さんと撮影した一枚……。 人間って、欠陥品だと思うが俺の場合は、その汚い部分や、ダメな部分、どもならん部分は性的趣味に出ると理解している。 プレイとして、好きな相手と、 「これでもか」 というくらい汚い自分を互いに出し合って、それが本当だと思っている。 形にしてやってみないと色々と気づけないじゃないか? しかし、俺だってあまりに金に汚い経営者とかみると本当にゾッとすることがある。 同じように自分の変態性にゾッとすることがある。 いや、そのゾッとする瞬間の手応えが大切なんだと、思う。 ちなみにこういう写真を載せたが自分には女装子の趣味はない。 色々とへんてこりんだが、自ら発光し、 深海で生きる魚を同じ深海から、時々ゾッとしながら、静かに眺めているのが、好きらしい。
2015.01.23
「今でもこういう人はいるんだな」 鹿児島県阿久根市元市長の竹原信一さんの動画をみていてそう思った。 この文章を楽天ブログで読んでくださっている方には、最後に俺のみた動画をあとからつけるから、それを観ていただけたら、俺が今回、何を考えてこの文章をアップしたか分かっていただけるかと思う。 詳しくは動画で確認していただきたいが、竹原さんが述べていることは、誠に正論だ。 竹原さんは、こういうことを述べていた。 「人間は自分や自分の仲間を守るという病気にかかった欠陥品だ」 だから、 「政治家であれ、役人であれ、それを批判している人々も、自分が同じ立場に立つと、やっぱり同じく愚かなことを繰り返してしまう習性がある」 そういう自分や仲間を守ろうとする習性そのものが問題であり、立場が変わっても、要するに、政治家などになっても、人間は自分たちの利権をまもろうとするだけだから、まったく同じことを繰り返してしまうのだ、……と、いうことだと思う。 また、 「リーダーは、リーダーという集団の中の機能にすぎなくなってしまう特徴がある。集団の公益、最大公約数しか発言できないし、個人的な意見を述べたら非難されるから、いよいよ、当たり障りのないことしか言えなくなる。そこに個人はなく、ただ機能だけが残るから、ますます、仲間の利益を維持するだけのシステムしか残らなくなる」 と、いうことだ。 なるほど……。 竹原さんの考え方は違う方向性から入っているが、たぶん、目指すところは非常に自分に近い、と思った。 だから、 「人間とは、自分や仲間の利益を追求する動物だし、また、間違いなく自分もそんな汚い奴だし、政治家や役人になったら同じ汚いことをやるんだと理解するところからスタートしなければ解決の糸口はない」 竹原さんはそういうことを述べている。 むかし読んだロシアのレフ・トルストイの文章にこんなふうなトルストイの意見があったことを思い出す。 「農民は、自分が迫害されて地主を憎みながら、自分が地主になると同じように農民を迫害する」 と、トルストイは述べていた。 さながらそれは、今で言えば、サラリーマン時代は従業員を人間あつかいしない経営者を憎んでいながら、自分が経営者になると同じようにひどい経営者になる、ということだし、実際に社労士として四半世紀いきてきて、みんなそうだった。 「なぜ、みんな経営者になるとおかしくなるんだろう?」 と、ずっと考えてきた明確な論理的回答を竹原さんからいただけた。 経営者には経営者の守らなければならない仲間やシステムの掟があり、そこに基づいていきている関連業種の方々や掟があり、サラリーマンはサラリーマンで経営者が個人たらんと欲し自由な意見を述べようとすると、 「立場をわきまえない不埒なやつ」 となる。 そうして結局、自分が過去に憎んでいた嫌な経営者になっていく。そこに虐待をうけた過去を再現しようとする相撲部屋や運動部的な精神構造も混合するから拍車がかかる。 地主や経営者という言い方を「上司」だとか、「町内会会長」、「親」に置き換えてもまったく同じ構造がある。 「こんな大人になりたくない」 と長年、あれほど、親をみて、つぶさに観察してきたのに、多くの少年はオヤジと同じ嫌なやつになってしまう。 ほとんどの部下は嫌な課長、嫌な部長になってしまう。 そういう悪の連鎖は誰かが止めなければならないが、その要諦が、竹原さんのいう人間の、 「自分や仲間をまもろうとする特質を理解して、自分も同じだと心からわかること」 それ以外にないという点はたしかにそうだ。 竹原さんは他にも重要なことをたくさん述べているが、詳細は動画をみていただきたい。 そうして、動画の中でみんなから突っ込まれている共通意見を一言でまとめるならば、 「竹原さんの意見は、わかったが、それを理解して新しいシステムを作り上げていくための竹原さんの具体的な方策がないではないか」 という点だ。 「個人がかわることの重要性はよくわかった。しかし、その変化を社会に浸透させる具体策がない」 そこだ、と俺はおもった。 竹原さんの考えていることは、例えば、 「否定できるものは除けていく」 とか、 「寄りどころを得て安心しようとするのは間違い」 とか、そういうことは、古今東西、本当に様々な賢人によって繰り返し述べられてきたことだ。 例えばインドの思想家のクリシュナムルティさんは、 「組織は杖にしかならない」 と、人間の集団的な求道が成り立たないことを主張した。 自己変革ありきで、まず、自分を変えることだけを考えろ、と。 それは原始仏典の中で肉声のブッダも述べていたことだ。 竹原さんいわく、 「死後の世界を信じるとする。そうして安心する。安心するために信じているに過ぎないのであって安心に帰属するところから人間の堕落がはじまる」 まったく清潔な正論であると思う。 自分は前に、ユングの意見を引用しつつ、 ●世界は変えられない ●自分は変えられる ●自分を変えると世界は変わる という言葉をこのブログに引用したことがある。 たぶん、だが、……竹原さんは、直感で分かっている。 つまり、 「人間は自分を変えることしかできない!」 ということを。 他人は変えられないどころか、リーダーになると、ますます自分も組織も変え難い。 竹原さんはリーダーになっても利権システムを変えようとした。当たり前のことをしたに過ぎないんだが、たぶん、同じことは俺にはできないと思う。 しかし……。 ユングの述べた論旨も宗教の創始者たちが述べてきた論旨も、実際は竹原さんんいわく、 「そこを言われると辛い部分」 を、本当は解決してきたんだと思う。 そこなんだ。 ●自分がかわる という考え方以外に、社会をよくしようとして、本当にたくさんの優秀な人々が、色々な案を出してきた。そうしてことごとく失敗してしまった。 しかし……。 ●人間は自分を変えること以外、できないと達観する以外にないと、知ること そこが重要なんだね。 そうして、そこまでは、 「なるほど、そうだろう」 と、わかる。 「自分が知らないということを知る」 「自分がバカであると認める」 そういうことなんだが……。 結論を先に言えば、 ●自分が変わったら、世界も変わるんじゃなく、変化した自分の境地に応じた世界に自分がシフトする ただそれだけだった 少し疲れた。休憩。(つづく)
2015.01.15

2015.01.05
YouTubeで間違えてメキシコやシリアの斬首の動画を観てしまって立ち直れそなくなっている。まだ世界は本当に酷い……。●首斬りもちろん、ちょっと前までの日本でも行われていたことだ。今年の年末年始は何をやっていたかというと、恥ずかしながら、アニメを観ていた。秦の始皇帝とその臣下を描いた「キングダム」を全部観てしまった。始皇帝の時代は人間が殺し合うとか、「首をとる」ということは、戦(いくさ)では、平然と行われていた。まだ、アニメで観ているうちはよかったんだが、ネットサーフィンしているうちに、ほんとの斬首動画をみてしまって、震えるほど恐怖した。みなければ良かった。しかし、それを見たことによって心に変化がおこったかもしれない。正月はまた、ユートピアについて考えていた。●理想郷古来、人間は誰だってユートピアについて考えてきた筈だ。「今はこういう時代だが、ほんとはこうなるといいよね」という想像は、俺の知る限り誰だってしたことがある筈。そこいらのクリーニング屋のオヤジであろうとコンビニの姉ちゃんであろうと、場末の社労士であろうと、誰だって一度は考えてきた筈。ここで高校の教科書に頭をシフトさせると、我々は西洋人のユートピア思想ならば、けっこう習ってきた。西洋人のユートピア思想は、例外はあるにしても、徹頭徹尾、物質中心のユートピア思想だったように思う。代表的なのがマルクス・レーニン主義かもしれない。しかし……。今はまだ、地球の僻地では残虐な斬首がまかり通っている。日本でも死刑はなくならない。日本の自殺者は四万人を超えると言われている。少なくとも数百万人は、精神病の薬の薬づけである日本……。実際は派手な流血は目立たないが、今の日本が人間の生殺し状態である状況は、ずいぶんとみてきた。これはあまり言われていないが、社労士として25年いきてきて思う。「経営者は成功して従業員を雇うようになると、なぜみんなおかしくなるのだろう?」という点を。小金をもって他人を雇い入れると、なぜ一様にみんな鼻持ちならん奴らに変わってしまったんだろう?例外はあったにしても……。五十歳にしてまだ、色々なことに答えは出ていない。恥ずかしながら、アンチエイジングの若返り効果もあり、ただでさえ亢進してくる性欲をなんとか御しながら、ギリギリの状態、転覆しそうなギリギリの平常心で生きている市井のエロ親父がここにいる。しかし、ユートピアについても、想ってきたのだ。なぜ、「ロマンは金にならん」と思いつつ、ユートピアについて考えるかというと、それは最近の気づきによる。つまり、「思い描いた世界に意識がシフトする可能性の世界に我々はいる」と気がついたからだ。未来は無限の可能性を秘めて、あらゆることは既に実現しており、どこに意識をもっていくか、今の自分しだい……このこと、この「引き寄せの法則」の神髄らしいことに、最近、気づいたから、イメージの大切さを痛感しているのだ。もちろん、身でわかったわけじゃないから、まだまだ未熟なんだが……。具体的に言えば、俺の前には、核戦争で死滅している地球の未来も、ユートピアが実現されている地球の未来も、同時に用意されている。そうして、どちらに今の意識をシフトさせるかは、今の意識しだいなんだね。仏教では身口意(しんくい)の三業で未来は決まると述べている。●行動●言葉●想いこれらによって未来、どこにいくか決まってしまうんだね。俺なんか、エロい衝動にばかり動かされてきたし、口汚い言葉を吐くのは日課だし、小汚い思いだけで生きている薄汚れた野良犬みたいな人間なんだ。だから、それなりの「今」にいる……。しかし、こんなバカなオレサマだがオレサマにはオレサマのユートピア、こうなってほしい未来のビジョンはある。そこでは……。地球の陸地全体が森におおわれていて、人間が一カ所に集まる都市のようなものはなくなっている。人々は森や海辺で自然とともに、自然から少しずついただいて、生きている。国家という概念がなくって、人々は、みんなお釈迦様に近い開けた状態にある。テクノロジーが発達しており、森の上空を反重量カーが、時々、過ぎていく。フリーエネルギーの世界システムが完成されている。法律はない。法律は倫理が土台だが、みんな心がいいから、何をしていいか、何をするべきじゃないか、わかっている。犯罪が起こったら、抑止するために死刑とかじゃなく、「必ず意味がある筈だ」と犯罪者とみんなで考えていける評議システムもできあがっている。王のいない世界である。ひとりひとりが王なので、王はいない。動物は食われない。人々は食べるという行為からは卒業している。人類が一瞬一瞬、最善の選択をするから、暴風雨とか天災地変も起こらない。そういった未来にみんなの意識がシフトしないからだ。平均寿命は七万年。くらい。……、と、いうようなユートピア像をいつもイメージしている。
2015.01.05

2015.01.04

2015.01.04
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