コムデギャルソン

COMME des GARCONS

起源
  1973年、川久保玲が"コムデギャルソン"を設立。

現デザイナー
  川久保玲(Rei KAWAKUBO)。慶応大学卒業。69年、"コムデギャルソン"の名で婦人服の製造販売を開始。名前の意味は"少年のように"。73年、会社設立。75年、東京コレクション初参加。78年に"コムデギャルソン オム"がスタート。81年にパリ プレタポルテ・コレクションにデビュー。以来、専らパリを中心にコレクションを展開。
  84年、"オム・プリュス"がスタート。86年、パリに"オム・プリュス"の直営店がオープン。87年、ビジネススーツラインの"オム・ドゥ"がスタート。88年、フランス生産のシャツライン、"シャツ"がスタート。94年からディフュージョンブランドも海外で販売開始。99年、"オムオム"がスタート。"オムオム"は2001 A/W限りで終了。
  山本耀司とともに、服飾の既成概念を崩した非構築的で斬新な表現手法は、多くの外国人デザイナーにも大きな影響を与えた。洋の内外を問わず、根強い人気を誇る。その魔法の手から繰り出される作品群は、デザイナー本人は好まない表現のようだが、まさに"アート"と称するに相応しい。黒を基調としたそのアイテムは、かつては"黒の衝撃"、"ジャパネスクカジュアル"などと呼ばれ、世界中から注目を浴びた。また、"カラス族"なる流行語も生んだ。
  現在、コムデギャルソン、コムデギャルソン・オムプリュス、コムデギャルソン・オムドゥ、コムデギャルソン・シャツ、コムデギャルソン・ローブドジャンブル(robe de chambre)のデザインを川久保玲が、コムデギャルソン・オムのデザインを川久保玲と渡辺淳弥が、トリコ・コムデギャルソンのデザインを栗原たおが手がけている。

コメント
  一時期、黒い服の代名詞ともなったほど黒を多く用いる。また、シルエットがとにかく斬新。ねじれや歪みを布で表現する。左右非対称をいうより、むしろそれを超越し、全体で一個の有機的存在を形成する。とにかく、頭からつま先までで何をどう表現できるか、布地だけでいかに強烈な個性を発現できるか、そういった主張が、彼女や山本耀司には一貫したものであるように思う。確かな技術と熱い情熱。その上で、経営方針が時に取り沙汰されるほど、ビジネスも相当程度意識する。レイ・カワクボの人気を支えているのは、まさしくそういった絶妙なる現代的なバランス感覚なのではないか。
  パターン数が多い上に1つの型の生産数も少なく、細かな縫製チェックが必要なので、それを可能にする"アートファクトリー"と呼ばれる製造工程を形成。製造に時間がかかり、過度に売れると需要超過となり、商品が店頭から姿を消し、必然的に高価格で安定してしまう。すなわち、高くて品が少ないのには理由がある。ギャルソンのこだわりは、こういったところにも表われるようだ。
  そういったわけで、川久保玲自らデザインした青山路面店は芸能人御用達。広い店内を、まさにラビリンスのように仕切り、一見無造作とも思えるようにそこかしこにアイテムが並んでいる。
  コムデギャルソンのファンは、イメージ的に大きく2つに分けられるのではないかと思われる。徒にストリートに染まっている風のミーハーファンと、川久保怜の魔法に心酔しているとてもディープなファン。両者ともにかなり注意が必要である。いずれにしても、無防備にコムデギャルソンを批判したりすると、天国への片道ハイヤーが用意されかねない。幸い、私はコムデギャルソンが嫌いというわけではないのでそういうことにはならずに済むが、人目もはばからずギャルソン嫌いを公言する人は、考えられるあらゆる批判に配慮した一端の論文がかけるくらいの知識を得ておく必要があるだろう。
  コムデギャルソンは色々な意味で恐ろしいブランドである。


© Rakuten Group, Inc.

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: