| セピア色の記憶 第五章 |
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油絵 1 水気をふくんだ髪の重さを感じた。ネグリジェ姿の真琴が鏡に映っていた。 真琴の世界? 玲奈は、ベランダに出た。ツタがさびた手すりにも、巻きついている。やはり、修と来たあの別荘だ。 あれから、どのくらいたったんだろう。そうだ、日記。 玲奈は、真琴の机にもどり、引出しにしまわれた日記をとりだした。最も新しいページを開いた。 『祐一さんと、いろいろあった。しばらくの間、日記を開く気にもならなかった。そのくらい、私はショックだったのだ。 祐一さんのことが、好きなのに。いつも祐一さんのことばかり考えているのに。祐一さんだって、わかってくれていると思っていたのに。誕生日に、はじめて接 吻してくれた祐一さん。あれからひと月しかたっていない。 大学生の祐一さん。電話をしてきた女の人。それ以上の関係だったのだろうか。妊娠というのは、彼女が祐一さんをひきとめておく手段に過ぎなかったのだろう か。それとも、身体の関係はあっても、たまたま妊娠しなかっただけ? いくら背伸びしても、私はまだ十五歳。決して子供ではないけれど、祐一さんから見れば、未熟さだって目につくだろう。私が祐一さんに、好きといっても、祐 一さんは聞き流してしまっている。私だって、ひとりの女なのに。 祐一さんが、私に接吻以上のことを求めてきても、私は拒まないと思う。許婚だからとではなく、そうでなくとも、私は祐一さんのことが好きだから。 あれから、祐一さんとの関係が、以前とは変わってしまった気がする。祐一さんが、私に対して妙に気をつかう。今までの関係には、もうもどれないのだろう か。もどれないのであれば、前に進むしかない』 いつか見た日のように、達筆だった。祐一さんが、祐一さんが……とつづられている。大学生の女の人との関係? 玲奈は、そんなことまでは考えられなかった。ただ、話を扉越しに聞いたとき、ショックだったのは覚えている。 前に進むしかない。修とも、そうなのだろうか。もどれない、でも前にも進めない。修に好きともいえない玲奈。 軽井沢の夏の夜は、空気が冷たかった。透明な風が開け放たれた窓から入り込み、レースのカーテンをゆらした。 玲奈が窓を閉めに歩み寄った。 「真琴、起きてるか?」 ノックの音に続いての祐一の声に、あわててベッドのかたわらにあったカーディガンをはおった。 祐一も、風呂から上がったばかりなのであろう。パジャマ姿で、バスタオルを片手に髪をふきながら、歩み寄った。 「真琴、カゼひくぞ」 といい、祐一が使っていたバスタオルを、玲奈の頭にポンとのせた。少し湿り気を帯びたタオルで、その重さに押され、首筋にぬれた髪を感じた。 玲奈のとなりに、祐一は腰を降ろした。祐一の重みで、ベッドはきしんだ。 「夏が終わる前にね、こっちにいる間にドライブにでも連れていってあげようと思うんだが、どうだろう。行きたいところ、あるか?」 「どこでもいい、祐一さんとなら」 玲奈は、祐一との距離が息苦しく少し間をとるようにすわりなおした。 「そうか、じゃあ、考えとくよ。こっちにいる間に、点数かせいどかないとな。おばさまの信用なくしちゃったからな……」 「それは祐一さんがいけないんでしょ?」 「ごもっともです」 祐一は、苦笑した。 「さて、寝るとするか」 なにげなく祐一を見ていた玲奈の心臓が、ドキンと大きくひと呼吸した。祐一の視線を感じ、すっと玲奈はうつむいた。 沈黙。トクン、トクン、トクン、トクン、トクン。 心臓が、五回息づいた。 「どうかしたの?」 「えっ?」 そう問いたいのは、玲奈の方であった。 「いつもの真琴じゃないみたいだな」 「どうして?」 「まだ気にしてるのか? あのこと」 あのこと? 解決したはずの女の人のこと? 玲奈は、戸惑いながらかぶりをふった。 そんな玲奈を見て、祐一は続けた。 「いつものようにいわないから……」 「なんて?」 「おやすみのキスは? ってさ」 おやすみのキ、キス? なんなのよ、それは。キス、接吻……。 玲奈は真琴の日記を思い出した。 修……。修とだって、まだキスしてないのに……。手だってつないでデートしたことないのに。 「どうしたんだ、真琴」 玲奈の様子を見て、祐一はくすっと笑った。待って……と、のどまで声がでかかって、玲奈は飲み込んだ。真琴の運命は変えてはならない。脳裏には、修の姿が 浮かんでいた。 すっと再びうつむいた玲奈に、祐一は幾分か拍子ぬけした感じで、ため息をつき立ち上がった。そして、再びかがむと、玲奈の前髪をかきあげ額にキスした。 「おやすみ、真琴」 そういうと、部屋から出ていった。パタンとドアの閉まる音がして、反射的に玲奈が祐一を追って立ち上がった。その瞬間、目の前が真っ暗になり、深い底に沈 み込む感覚にとらわれた。 2 昼下がりの午後、玲奈は机にむかっていた。広げられた英語の問題集は、全く進んでいなかった。夢の中での出来事にすぎないのに、あの時の祐一を思い出す と、玲奈は息苦しくなる思いだった。 「……ったく、暑い部屋だぜ、ここは」 背後から突然声がかかり、玲奈は、はっとして顧みた。 「修! なによ、突然。ノックもしないで!」 祐一とのことをのぞかれた気分で、真っ赤になって玲奈がさけんだ。 「ノックもなにも、玲奈の部屋、窓、開いてるもん。それにさ、オレ、ちゃんと入るぜって声かけたもんね。なにボーッとしてんだよ」 軽井沢から帰ってきて、一週間。世の中は、お盆休みをむかえていた。軽井沢以来、修とのベランダでも立ち話は、なぜか日課になっていた。 夜、十一時ころ。帰ってきた翌日に、偶然ベランダで顔をあわした時間。約束したわけではないのに、翌日もいるかなと思って玲奈が出てみると、修はいた。そ んなことをくりかえして、一週間。こう偶然が続くと、修もあわせているのではという気がしてくる。 修が、ベランダ越しに部屋に来るのは、夏休みになってはじめてだった。 「なんの用よ」 「この部屋は、蒸し風呂のように暑いのにさ。つめてーいいかた」 「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてたから、びっくりしたの」 「オレ、この連立方程式、とけなくってさ」 「どれよ」 「これ」 差し出されたテキストを見て、玲奈は、ぴりっとメモ帳をやぶりペンを走らせた。 「おー、さすが玲奈!」 「オレ、苦手なんだよな、数学」 「修の苦手は、数学だけじゃないでしょ?」 「あっ、ひっでーいいかた!」 そういうと、修は、玲奈のベッドにごろんと寝転んだ。 「もう、修! 汗くさい身体で、わたしのベッドに寝ないでよ!」 「オレ、ちゃんと風呂、入ってるもん」 「そういう問題じゃないの!」 キャッチボールするかのように続いていた会話が、突然とぎれた。 ……沈黙。重っ苦しい空気を玲奈が感じたとき、 「玲奈!」 と、沈黙を破るように、修がさけんだ。 「なに?」 「絵!」 修が、ベッドが起き上がって壁にかかっている油絵を指差した。 「絵がどうしたのよ。ああ、これね。あれ? 話さなかったっけ? 誕生日に買ってもらったのよ。駅前の百貨店でね、五万円もしたのよ」 淡々と話す玲奈に、修は食い入るように絵を見つめていった。 「そんなことじゃないよ。この絵、よく見てみろよ」 「なによ、修」 修にいわれて、あらためて玲奈は絵に目をやった。 主に、緑、青、黄、赤の四色で描かれている。絵の右角に To izumi とある。林の中の小さな泉。少し離れたところに、レンガ造りの洋館がある。ツタがからまっているような、異国情緒ある建物。ちょっと神秘的な感じ。 「まだ、わかんないのかよ。この絵、あの軽井沢の別荘に似てないか?」 「まさかぁ」 玲奈は、再び絵をくいるように見た。熱かった身体が急に冷たくなり、額ににじんだ汗すら冷たい気がした。 「似てる。でも、ちょっと感じが違うけど……」 「絵だからだろ。だって、泉のむこうに、レンガ造りの洋館だってある」 「色……」 「色?」 修が聞き返した。 「色が違う。緑、青、黄色、赤を主体に描かれているでしょ? あそこのイメージは、セピア色なの」 玲奈は、修と訪れた別荘と、玲奈の夢の世界をだぶらせていた。 「セピア?……って、何色?」 「もう、やだっ、修ったら。ほら、インスタントカメラでもプリクラでもあるじゃない。ちょっと暗い感じの茶色っていうか……」 「ああ、わかった。あの古くさーい感じのやつだろ?」 「そう、わかってくれた?」 「玲奈、この絵は、誕生日に買ってもらったんだろ? それに、玲奈があの夢をみるようになったのは、流れ星を見た誕生日の夜から、だったな」 玲奈は、こくんとうなずいた。 「ということは、この絵を買ってから、ということになるよな」 「やだー、修。こわいこと、いわないでよ」 玲奈のおびえた様子を見て、修は笑った。 「玲奈、あれから夢の続きみた?」 「えっ?」 忘れかけていた祐一のことがよみがえってきて、修の質問に再びどきりとした。 修は、玲奈の答えを待たず、ベッドの上に立ち、絵に手をかけた。 絵をベッドの脇の壁にかけて、一ヶ月余りしかたっていない。それなのに、ふわっと細かい埃が舞いおりてきた。 「泉へ……。古沢祐一……」 修が、額のうしろを見て低い声で読みあげた。 「……祐一さん? 祐一さんの描いた絵ってこと?」 この絵がほしくてどうしようもなかった、あの瞬間。この絵にひきつけられてしまった、あの瞬間。 祐一さんの絵? 「だめだ、これしかわからない。経歴とかは、書いてない」 ひとりごとのように、修はつぶやいた。 「玲奈、たしか買ったのは、駅前の百貨店だったよな。それも、誕生日、七月七日。まちがいないな?」 うなずく玲奈に、修は続けた。 「オレ、電話して聞いてやるよ。百貨店にきけば、どこが主催であの展示会をしたかわかるだろ? そこで聞けば、古沢祐一がどんなやつがわかるんと思うんだ。じゃあな」 修は、そういい残すと、慌しく去っていった。 祐一が実在していた。あの別荘も、軽井沢にあった。夢……。どういうことなの? 玲奈は、絵をかかえるようにして、ぺたんと床にすわりこんでしまった。 3 ざらりとした手の感触。心なしか冷たい風。木の葉のざわめき。 真琴? 泉? 真琴の視線? 玲奈の意識が、はっきりしてきた。 泉……。木にかくれるようにして、絵を描いている祐一を遠くから見つめる、真琴の視線。玲奈は、祐一のもとに歩み寄った。その気配を感じたのか、手を休め て振り返った。 3 「真琴にどう接していいのか……。わからなくなってしまってね」 言い訳がましい祐一の言葉。胸がキュンと痛んだ。 なにがあったの? また前のような感じにもどっていたのに……。 「ドライブに行く前までは、まだあのことにわだかまりをもっているなんて、思ってもなかったんだ。いつもと変わらなかったのに。唐突に真琴にきかれるまで は……」 ドライブ? わだかまり? きかれる? 「彼女は、妊娠なんかしてなかった。これは、事実だ。だけど、僕は、彼女が妊娠するような関係にあった……。これが、答えだ」 真琴の日記を思い出した。女の人との関係を、真琴は問いただしたのだろう。 「なんでそんなこというの? なにもなかったって祐一さんがいいきれば、信じるのに。どうして認めちゃうのよ」 ほとばしるような玲奈の言葉だった。好きだから、いいようにとらえようとするのだ。だから、修のことだって、絵里がちょっかいをだしてくるから、修もおも しろ半分にあいまいな態度をとるのだ。修が絵里を好きなんじゃない。そう思い、そう信じようとしている。不安の中で……。 「真琴は、祐一さんのことが好きなの。すごく好きなの。祐一さんにだって、いっているでしょ、真琴は。人を好きになるのって、中学生も大学生も同じで しょ? 中学生だって、ひとりの女よ。女として真琴は、祐一さんのことが好きなのに、どうしてわかってあげられないの? うわべだけは、やさしいふりして、恋人のふりして、祐一さんこそ真琴の気持ち、わかってないじゃない」 「真琴?」 いぶかしげに、祐一は玲奈を見つめた。 「今、祐一さんから聞いたこと……。聞かなかったことにする。だから、もし真琴が……ううん、わたしがまた同じようなことを聞いても、そんなことは絶対な かったっていって。祐一さんが、そういい続ければ、真琴は信じるから」 「……わかった」 祐一は、低くつぶやき、続けていった。 「最近の真琴は、ちょっと感じが変わった」 「えっ?」 「真琴、これで夕食の時間には、また思い出したかのようにすねたりしないだろうね。次の瞬間に、態度ががらっと変わるから」 玲奈が真琴である時は、やはり真琴の記憶も断片的になるらしい。 「そういう年頃なの」 「まいったな、扱いにくい年頃で……」 祐一は、玲奈の言葉をうけて笑い頭をかいた。 「ここの絵?」 ふと、玲奈は祐一の手元を見た。 「そうだよ、夏の思い出にね。今年の夏は、まさかこっちには来られるとは思ってなかったしね」 「どうして? 夏休みでしょ?」 「来られる状況ではなかったろう?」 「どうして?」 「どうしてって、まだ半年だぞ。あさま山荘の一件から……」 「あさま山荘?」 「赤軍兵の四人が捕らえられたのは、この国鉄軽井沢駅なんだぞ。まあ、僕自身は、世の中がどうの、時代がどうのなんてことに関心はないけどね。好きな絵を 描き続け、おやじの会社を継ぐならそれでもいい、そんな程度しか考えてないけどさ。学生の反体制運動だって起きているし、これからもっと時代や状況は変わ るだろう。そんな時にね、夏休みだからといって、こんなところでのんびりしているのも罰あたりな気がしてさ。それに、この夏はいろいろなことがあったか ら、せっかくだからと思って……」 祐一の話は、玲奈にはわけがわからなかった。ふと、玲奈は、あらためて祐一の絵をのぞきこんだ。 「この絵……」 部屋にあるあの絵が、まだインクの乾かないままの状態で、玲奈の目の前にあった。 次の瞬間、玲奈は、深い底に陥るいつもの感覚を覚えていた。 4 玲奈がキッチンへ行くと、パパたちは、朝食をすませていた。パパは、コーヒーカップを片手に、新聞を読んでいた。 玲奈はトーストにかじりつき、冷たいミルクを飲んでいた。 「あっ、パパ……」 玲奈は、祐一の言葉を思い出した。 「ん?」 パパが新聞をたたみ、玲奈を見た。このところムスっとした顔で、おはようのひとこともいわない玲奈だったから、驚いた様子だった。 「ねぇ、あさま山荘ってなに? あと、なんだっけ? 赤軍だ……なにそれ?」 「あさま山荘事件か? よくそんな昔の話、知ってるじゃないか」 「昔?」 「ママ、いつだっけ? 高校くらいかな」 「パパが高校なら、わたしは中学よ」 ママが、お皿をふきながら、振り返った。 「たしか、わたしが中学三年。玲奈と同じころよ。昭和四十七年のことだから」 「昭和四十七年?」 今から、何年前? 「そうだな、あれはすごかった。テレビにかじりつきで……」 「二十七年前!」 玲奈が叫ぶようにいった。もうパパたちの話など、頭に入らなかった。あわただしく朝食をすませ、部屋にかけ上がった。 祐一の描いた絵。実在した別荘。あの世界は、今から二十七年前の軽井沢。ということは、祐一は五十近い年になっているはずだ。真琴だって、もう四十歳は過 ぎているにちがいない。今は、どうしているのだろう。 二十七年前であれば、納得いく。この夏、修と見たあの別荘が、実在しながらも朽ち果てていたこと。真琴の、今時の中学生っぽくない日記帳。ストーカーの言 葉に、聞き覚えがない様子であった祐一。 どうして二十七年前のことを、夢でみるのだろう。本当にあったこと? 真琴の記憶?……だけではない。玲奈が真琴になることで、真琴の運命に影響を与えていたはずだ。でも、それは二十七年前のことなのに。 玲奈は、ベッドの上にすわりこみ、油絵を見つめていた。 「玲奈!」 修の声で、はっと我にかえる。またベランダから入りこんできたのだ。 「修、今日は早起きね」 「なにいってんだよ、もうすぐ十一時だぜ」 「十一時?」 修の言葉で、玲奈は時計に目をやった。 「なに、ボーッとしてんだよ」 「修、わかったのよ。祐一さんのこと」 「オレも新事実発見さ。じゃあ、まず玲奈の話からきこうか」 修はそういうと、玲奈のいすに腰をおろした。 「わたしが夢でみているあの世界は、二十七年前のものなの……。驚かないの?」 修は、思いがけず冷静だった。 「少なくともその祐一って人が、オレたちのおやじより年上だろうことは、わかったんだ。で、玲奈はどうしてわかったんだ?」 玲奈は、祐一との会話ででた『あさま山荘事件』の話から、その時期がわかったことを伝えた。 「そうか。オレの方は、玲奈が絵を買った百貨店に問いあわせて、その展示会を開いた東美社という会社を教えてもらったんだ。そこに電話してき いた。古沢祐 一という画家は、東京の世田谷に住んでいて、年は五十近いらしい」 「祐一さんて、本当にいたのね。じゃあ、真琴は奥さんになってるの?」 「そこまではわからない。住所は聞いたんだけどさ。ただ、結構売れている画家らしいんだ。だから、手紙なんか書いても相手にされないと思うんだ。まして、 玲奈の話なんか信じてもらえないだろうしさ」 「じゃあ、どうするのよ」 「その東美社という会社がさ、新宿の百貨店で、また同じような展示会を開くんだって。今度の日曜日に」 「日曜日って、あさってじゃない」 「そう。今度の展示会は、古沢祐一の絵が半数以上をしめていて、その日、彼自身も会場に来るみたいなんだ。開店と同時に行って待っていれば、きっと会える はずさ」 「待つって……。新宿まで行くの?」 驚いたように玲奈はいう。 「行かなくていいのかよ、このままで」 「……修も一緒に行ってくれる?」 「しょーねーな。どうしてもっていうんなら、行ってやるよ」 修は、右手で握りこぶしをつくって胸をたたいた。 「でも、交通費、結構かかるでしょ?」 「それが問題なんだよな。バスでも片道四千円。新幹線だと七千円くらい。でも、行きは時間の関係で、新幹線でしか行けない。帰りは、バスを使うにして も……。あと、昼飯代だろ? ちょっと余裕みて、一万五千円あれば行ってこられると思うんだ。……なんだよ」 玲奈の視線を感じてか、修が玲奈に問う。 「意外とたのもしいなって思ってね」 「見直したろう。で、玲奈は、お金の都合はつくか?」 「わたしより修が問題でしょ?」 「オレは、ゲームのソフト買うつもりで二万くらい持ってるんだ」 「使っちゃっていいの?」 「まあな。玲奈はどうなんだよ」 「わたし? お年玉、貯金してあるもん」 「さっすがー。……あと、問題は帰宅時間だよな」 「そんなの簡単よ。昼間は、友達と息抜きで遊びに行く。そして、そのまま夕方から塾の夏期特別講座にでると、九時すぎるでしょ? ちょうどいい時間じゃない」 「塾か……。なるほど」 「それとも、パパたちに本当のこといって行く?」 「ばーか、信じると思うか。そんな話……。それにさ……いや、なんでもない」 「なによ」 「なんでもないったら」 多分、玲奈は、修も同じことを考えているだろうと思った。軽井沢に行った時、パパたちは冗談にもいっていたが、玲奈と修がふたり で新宿まで行くと知ったら、やはり驚くだろう、と。 「玲奈、あとあの絵。持っていけるように荷造りしとけよ」 ベランダから自分の部屋にもどる時、ふと思い出したように修はいった。 |


