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今朝の夏の北風は、どこか懐かしい気持ちを感じさせてくれた。今日一日をどう使おうかなんて考えながら、どこから吹いてきてるのかを調べたくなるくらい、本当に心地よく、カラダとTシャツのスキマを通り抜けていく。準備はどうだい、宿題はどうだい、夏休みって気分だ、時間もあるし、青空もあるし。
2025.08.01
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未来という漢字は難しい。未とは、未完成なものを言っているのか。未とは、未熟だと表しているのか。未とは、未感覚な状態なのか。未とは、誰も知らないし、誰でも創造できる時間、どれだけ未があっても困らない。それよりも未がたくさんあった方が、これから来る時間は楽しい事ばかりだと感じてきた。
2025.07.31
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るんぺんパリ RunPenParis三重県伊賀市出身 静岡県在住詩・詩集・アート・写真・小説・ペン画るんぺんパリ RunPenParisパリの街をぺんを持って走るという造語るんぺんパリ RunPenParis 作品一覧【2025年】 Amazon販売2025/3/29 第29詩集 「ここまで きたんだ そろそろ」2025/3/29 第28詩集 「かすてら あなたは わがしか」2025/3/15 第27詩集 「けいたい されたら どうする」2025/3/15 第26詩集 「まいにち けいたい されたい」2025/3/8 第25詩集 「こんげつ かつかつ とんかつ」2025/3/8 第24詩集 「あしたも あしたも あしただ」2025/3/2 第23詩集 「それでは つぎへと いこうか」2025/3/2 第22詩集 「しらない いらない ほらない」2025/2/24 第21詩集 「さむいの あついの まんなか」2025/2/24 第20詩集 「らむねが とけたら はなすよ」2025/2/15 第19詩集 「きいろは きいろを しらない」2025/2/15 第18詩集 「えんみが きいてる ひととき」【2024年】 Amazon販売2024/11/17 第17詩集 「もんもん もんもんで もんだろ」【2023年】 Amazon販売2023/12/27 フォト作品集 「ほちきす それでは あかんで」2023/12/2 フォト作品集 「とめても ええか ほちきすで」2023/11/23 第16詩集 「もあいの ねごとを よみとる」2023/9/16 第15詩集 「さんもじ もしくは よんもじ」2023/9/9 第14詩集 「のこりの あぶらは わるもの」2023/9/2 第13詩集 「あそびも しごとも たいふう」2023/8/26 第12詩集 「かいてきな しつどに おぼれる」【2022年】 Amazon販売2022/12/6 第11詩集 「やくそくは よなかの おひるに」2022/11/3 第10詩集 「みさんがの ともだちの たまんご」2022/10/7 第9詩集 「くうきと さんその かつさんど」2022/9/3 第8詩集 「さついを こめた いもけんぴ」2022/8/7 アート作品集 「やさいに つめる にくえらび」2022/2/14 アート作品集 「よなかに ひかる かみぶくろ」2022/1/1 第7詩集 「みかんの むくちな きもち」【2021年】 Amazon販売2021/9/8 第6詩集 「そんな ことばは さよなら」2021/8/3 第5詩集 「あさに おくれた なんて」2021/6/5 第4詩集 「すいかの たねの ちょうこく」2021/5/31 第3詩集 「たんぽぽの たまご ひとつで」【2020年】 Amazon販売2020/7/27 第2詩集 「こよい こよりの そらから」2020/3/2 詩小説 「すきから あいへ おやすみ」【2019年】 Amazon販売2019/7/21 第1 詩集 「ところで あした あいてる」Kマーホ 作品一覧(1999-2002) 以前はこの名前で活動【2002年】2002/4/30 第6詩集 「眠立体(ねむりったい)」2002/4/4 第5詩集 「コールサック」【2000年】2000/7/31 第4詩集 「マガサス星人」2000/1/31 第3詩集 「おしりとサドルが あいますか」【1999年】1999/8/1 第2詩集 「テレビジョン」1999/5/1 第1詩集 「トイレの閃き(ひらめき)」【受賞】2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」 第6回トワイライト文学賞2000年 詩「永遠の親友」 信越郵政局長賞1999年詩「トイレの閃き(ひらめき)」 第1回万有賞1998年作詞「地球のウラハラ」 第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
2025.07.20
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2025.06.30
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2025.06.29
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2025.06.28
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合っていたのかどうかがわからない世界で自由を求めるために自由じゃなくなった時間に時間をかけて得るモノはどんどんと増えるけど減るモノはその自由だったのだ雨が降れば傘を探し雨が上がればその傘はガラクタのように集まり湿っては錆びて誰かが気を使いその晴れた日に傘を干しては綺麗に整頓して次の雨には使いやすいように整列するそれも傘の生きざまになるだろう晴れた日は続けばいいがそれだとカラカラになった空気がノドに優しくできなくてごめんなさいするしかないひとつ今日も何かが終わったとしたら明日はまた何かがはじまる先が見えた方が楽だろうけど見えたとして楽な事が待っているわけではないだろう冷蔵庫のものを食べておいてねと出かけた人その出かけた先で何を食べているのだろうか家に残された人は冷蔵庫のものを食べておく使命この使命に一人で家にいる事の自由はないだろう近所の神社の桜が咲き始めたころにいち早く桜に声をかけた自分それを知ってかどうかゆっくりと桜は咲きつぼみを増やすそれを写真の収めて誰かに知らせる自分その知らせた先には知らない人たちがどこかの桜の表情を見て同じようにそれを写真に収めて誰かに知らせる他人こんな事を何かが起こることでくりかえされる日々それに退屈するのは自分だけではなく他人もそうだろう新しい何かを見つけなくてはと探す人もあらわれる誰かが見つけてくれるのを見て楽しむ傍観者は多数いる簡単に見つけてしまう事は簡単に飽きられるのかなんの感情もわかないしずかに天気は変わってきているそれを感じなくては感情が遊べない本当の自分とは他人とは誰かとは感情でつながるそこらへんで桜は咲いているだろうまだ桜をみていない人もちょっと気になる時が来るだろう自由は感情が自然な状態なのだろう怒ったり泣いたりさみしくなったり桜が気になったりとどんどんと感情が自由に遊びだすそんな時間がいっぱいあればそれは何かがはっきりと見えて何を求めて行こうかそれが決まりだす時間に感情は喜んでまた子供のころのように感情にまかせて遊びだすだろうそうじゃないかなどうだろうまとまったようでまとまってないのがそのあのそのなのかな
2025.03.29
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ああとても長い時間をこれに費やしたんだ理由はだれでもそうだろうと思うしそうする事が最良だという事は決まっているからだそういえばすぐに自分の思う方へと動いた者もたくさんいたそれは正解であって不正解ともとれる行動に見られる理由はまわりがそういう雰囲気にしてくるというのが正解だ時間は無駄ではないが、その時間でいた頃は無駄だと感じた当時の休憩中に見た景色は好きでない缶コーヒーで体内はカフェインに侵され甘味より苦味へそして無糖の時間と景色が変わり映えもなく毎日毎日繰り返し録画された画像のように呼吸をしていたああそれにしてこれほど長くこの時間にしがみついていたしがみつく方が楽であったのだ簡単にしがみついてられるからそうなったのだ片手でもしがみつけたときもあったなもうしがみついてないときもあったけどそれでも気持ちが離れていけなかった何が起こっていたのだろうかもんもんと考えればもんもんと思い出して夢にまでお風呂にまでついてくるではないかそれをごまかしてぼかしてやろうとアルコールを飲み増やし寝て寒いからお風呂に入ってまたアルコールが体内を遊びだしふらふらとしながらやるべき事の歯磨きは糸ようじまでこなしちゃんと寝るああまた何か夢を見ていたのだろうかあきらかに朝では無さそうな静かな時間の夜に覚醒してしまいいろいろと考えだすなんと無駄な時間を作りだした自分がいたぐっすりと朝まで寝ていればいいものをもう覚醒してしまった静かな夜の時間は無駄ではあるが消費するしかないこの消費を何度も費やしていくとカラダはなれてきて普通の生活習慣としてなんともなくなるこのなんともなくなるとは諦めに入っているあきらめるとは大人になったことになる大人とはとてもつまらないもんだなもう大人をやめた方がいいんじゃないかなこれは誰に言っているのかたぶん自分であって他人でもある自分に話かけている人たちが何とも無いようなツラして自分と同じ時間を美しく過ごしている振りをしているのだろうああこれまでの正解は不正解にしてはいけないそして不正解だった過去を正解にしてはいけない単純に過ぎた時間は正解であろうが無かろうが必要だった時間としてこれからも自分に残っていくだろう後悔は正解だし心残りは消せない今からこれから何度もこの過ぎた時間を辞書のように分厚く重たくどっしりと見れる場所に置いていおけば探さなくてもいいし無くさなくてもいい事になるああもうこれ以上考えてもぐるぐると同じ事を言っているだけになるお腹もすいてくるが袋菓子は何袋食べても満たられないそこで考えたんだ8枚切りの食パンが100円以下で売っているそれをいつも切らさないで置くお腹がすいたら薄い8枚切りの食パンを香ばしく焦げ目をつけるあとはジャムだ100円以下のマーマレードジャムがおすすめだこれが一番だと言うことにやっと気がついたああとても長い時間をこれに費やしたんだお金がたくさんあるから沢山の袋菓子を買って食べては何度もお腹を満たせなくて悩んでいた時間にして33年も費やしただけど33年で考えが見つかったこれはよかったよかった1992年4月1日から2025年2月28日の時間この時間は沢山の袋菓子との出会いだったありがとう袋菓子たちありがとうお菓子たちありがとうそしてこれからよろしくお願いいたします食パン
2025.03.28
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映画「知らないカノジョ」を見た
2025.03.17
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俳句を作って遊ぶカードゲーム「THE kukai」をあひる図書館へ寄贈しました。子供たちが俳句作りを楽しめますように。
2025.03.14
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絵本「みくちゃんのれんらくちょう」を、あひる図書館に寄贈いたしました。たくさんの方々に読んでもらえますように。
2025.03.13
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映画「35年目のラブレター」を見た映画「35年目のラブレター」を見た
2025.03.11
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どっちへ向いている、上履きは君の本性を抑えて廊下を走るだろう。さて本当は裸足が怖いのか、何かを踏んだら痛いのかなんて気にしてる。どっちが正解だろうか、靴下は脱いでしまったのか、とても綺麗な日影が出来てる。遊ぼうよ、予定を作ろうよ、今日も明日もその今度もまた好きな方へ向かってさあ。
2025.03.01
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今日2月27日(木)10:10から柿田川サントムーンで映画「ゆきてかへらぬ」を見た今日2月27日(木)10:10から柿田川サントムーンで映画「ゆきてかへらぬ」を見た
2025.02.27
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映画「ドライブ・イン・マンハッタン」を見た
2025.02.18
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今日2月17日(月)10:15から柿田川サントムーンで映画「アンダーニンジャ」を見た
2025.02.17
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映画「ショウタイムセブン」を見た
2025.02.15
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るんぺんパリは新しい生活をはじめる、2月は有給消化中。るんぺんパリは新しい生活をはじめる、2月は有給消化中。
2025.02.11
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2025.02.07
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るんぺんパリ【RunPenParis】
2025.02.05
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2025.02.01
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新しいことは紙切れ一枚からはじまる新しいことは紙切れ一枚からはじまる
2025.01.25
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きっかけを見つける日々がうずまく
2025.01.18
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自分を動かせるのは自分のみ
2025.01.13
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自分で決め込めれば後悔は無し
2025.01.12
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2025.01.11
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2025.01.10
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勢いをつけて全部変える方が迷わない
2025.01.05
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自己紹介 2024年12月7日(大雪)追記 7642文字】三重県伊賀市(旧名:上野市)出身伊賀市(旧名:上野市)に1976年(3歳)から1996年(23歳)6月まで住んでいた1976年以前の記憶と出生は不明津市にある施設にいたと聞いた覚えがある3歳のときに養子として育てられることになり伊賀市へ突然連れてこられた5世帯がつながった集合住宅の一番端っこお家で四畳半と六畳の和室の二部屋三畳の台所トイレはくみ取り式お風呂は深底のホーローでガス釜式冬は寒くてよくしもやけになった三重県亀山市に二つか三つ年上のお兄さんいるらしいがあった事は一度もない30代の頃に一度だけ電話で話をした父方に引き取られたお兄さんに母親の事を聞いた母親は別の人と再婚し離婚して娘さんと一緒に暮らしているらしい名古屋に近い三重県に住んでいるという話だった気がする父親は再婚して自分と同じぐらい娘さんがいるらしいお兄さんはおじいさんの事を尊敬していて中国語を勉強してるらしいあとは色々と聞いたけど覚えているのはそれぐらいの内容でもう二度と話す事はないだろうとその時に思ったけどお兄さんの顔がどんな顔なのかは見てみたい気持ちは今でも少しはある伊賀市でそこそこ有名なのが「伊賀流忍者」で「忍者屋敷」は今も昔も変わらない内容で営業しているそれは昨年(2023年)の夏休みに末っ子を連れていったから確認済外観はただの古い家だけど中に入ると意外と見応えはある「上野城」ならぶ観光施設伊賀牛は「金谷」のすき焼きが有名で「森辻」が新しい様相なってから焼肉を食べた個人的には「伊藤」の牛丼が好きだ油が多い感じのお肉だから100gも食べれば満足感がある「伊賀上野天神祭」の鬼行列も有名かなひょろつき鬼が子供の頃は本気で怖かった銀座通りが歩行者天国になり的屋がならぶ高校生の頃はリング焼きが100円ぐらいで何個も買って食べた2024年は10月18日・19日・20日(金土日)がお祭り19日(土)は久しぶりに一人で一日中お祭りを楽しむ予定だったけど昼前から雨が降ってきて鬼行列は中止午前中は親戚を3件まわって、おみやげを渡した午後に実家によって車を駐車して歩いて「伊賀上野天神祭」へと向かったいつも泊まる「伊賀上野シティホテル」は1泊10000円以上も高い16800円だった。この日は駐車場も使えなかった19日(土)の夜は19時から同級生のお店「クワトロNo.4」に初めていった30年ぶりにちゃんと会ったオーナーの「ガキさん」はすぐに気がついてくれた居心地がよかったので開店から閉店の1時までの6時間でカクテルを8杯ぐらい呑んだかな意外と安くて8200円だった次の日の20(日)は「伊賀上野天神祭」に参加している同級生の「オデ」に会って鬼行列の準備風景を写真に撮って上野天神さんの近く「紅梅屋」でおみやげを結構買って「桔梗屋」で上生菓子とお茶を飲んで静岡へ帰った「松尾芭蕉」は俳句が有名で伊賀出身小学生の頃はがっつりと俳句を作らされた俳句はいやいや作らされたので俳句番組は絶対見ない「上野公園」に行くと「俳聖殿」という建物はある「俳聖殿」の中には過去の優秀な俳句が収められていたかな普段はこれといって何もないけど「俳聖殿」のたたずまいは何か「The Haiku」という感じ「上野城」のお堀の高さ日本2位?一時期は日本1位説もあった中学生の頃は「上野城」のまわりで体育の授業があったりクロスカントリーレースで走らされたり高校生のデートも「上野城」が定番だったのかそれらしき男女がイチャついていた夜のライトアップは不気味なお城に見えた一応、桜の名所なのかな高校生の頃に一つ年下の子とつきあっていた頃はよく「上野城」をさんぽした帰りはその子の家の近くまで送っていったその子はとても純粋な子で自分にはもったいない子だった半年もつきあっていないが今でも純粋で幸せになっているかなと思い出す事もあるもう向こうは忘れているだろうけど伊賀の街には「銀座通り」とか「丸の内」とか東京で聞くような名称が多く使われている地元のうわさでは東京が伊賀の真似をして街を作ったとの話がよく出てくるから誰か本気でテレビとかで調べてほしい気もするいまだに東京が伊賀のマネをした説を親戚がまじめな顔でいいだす時があるから本当に真実が知りたいけど自分が調べるほどは興味がない2004年(平成16年)11月1日に「上野市」から「伊賀市」名称が変わってから「上野市駅」が「忍者市駅」になり「近鉄」の電車だったのが「伊賀鉄道」になり電車がコスプレになった駅前には「銀河鉄道999」のメーテルと哲郎の銅像があり「産業会館」が「ハイトピア伊賀」になった「産業会館」だった時に「マルキン」のパン屋が近くにあったそこのシナモンパンが子供の頃から大好きで今はもう手に入らないもう一度、あのシナモンパンが食べてみたいあと小さなパチンコ店「マルト」があった「フルーツパンチ」という機種で勝った覚えがあるあと「麻雀物語」もあったかな「海物語」という機種が記憶の最終機かな上野で住んでいた時期に一日で20万近く負けてそれからパチンコは完全に辞めたじつはその後もたまにしたが本当に気晴らし程度でその内にきっぱりとやめたスロットが主流になったらなおさら興味すらなくなった「新天地」もなんかおしゃれなサビれかたで「新天地Otonari」となった街は自分が高校生の頃の面影は薄くなったけど何となく残っている上野市街は今でも魅力的だ「新天地」には映画館もあった気がする当時は賑やかな商店街だった当時からあった「喫茶店フランセ」は今もある「伊賀上野天神祭」を見に帰省したときにドリアを食べたが素朴ないい感じの仕上がりの味に古い喫茶店をぐっと感じる事ができた「新天地」のとなりの大きな化粧品店は更地になっていた高校の時の同級生が「クワトロNo.4」というバーを経営している場所もこの「新天地」にあるとなりにダーツバーもあり常連っぽい人たちのたまり場っぽいイメージで気楽には入れなさそうな雰囲気はある一度だけ朝方にお店の扉までいったけどダーツバーの扉って感じで雰囲気はあったここ数年は実家で一人暮らしのおかんの様子を見によく帰省するようになったけど若い頃は年一回も帰省しなかった最近の伊賀でよく立ち寄るのが「菓匠 桔梗屋織居」と「HANAMORI COFFEE STAND」と「岡森書店白鳳店」で岡森書店は、「Kマーホ」の名で活動して出版した「トイレの閃き」が背表紙の色が抜けた状態で25年以上も岡森書店の本棚に置いてくれているこれを見ると初心に戻れてまだまた創作していこうとがんばれるこの岡森書店の店長さんは従姉の同級生で小学校の先輩の同級生でもありこの店長の妹さんは自分と同年代でそんなつながりがそれにしても伊賀市は狭いなと感じる幼稚園の頃の事で「市部(いちべ)」という地区だったと思う近くに「市部駅」という無人駅がありその近くの依那古第一保育所に5歳から6歳の2年間通ったおかんは自分の送り向かいのために自転車を乗る練習してそのおかんが運転する自転車の後ろに乗って途中の田んぼに二人で落ちて泥だらけになったおかんは去年の年末まで81歳でまだ自転車に乗って実家近くの小田町の坂を下っていたらしいいまは親戚から危ないからと自転車は召し上げられ手押し車ででかけている小学校6年生の卒業までは上野市依那具にある市営の「城ケ丘住宅」で過ごしたこの市営住宅はもう40年以上もその雰囲気を変えずに今でも残っているここは伊賀市の文化遺産にしていいほどの時間が止まった場所だいまだに汲み取り式の便所の換気の煙突が立ち並んでいるこのカオスな感じは小学生の頃の不便な生活を思い出させるあの生活で暮らしたから今があるのは確かだ小学校の通学路にある垂園森(たれそのもり)でよく遊んだ現在も存在しているがオバケが出そうな森この森は当時通っていた「依那古小学校」の校歌の歌詞にも出て来るイメージ的には幽霊が出そうな森だけど何か不思議な生き物が住んで居そうな森に見えたきつねも出そうだしおばけも幽霊も心霊ももしかするとタイムスリップして小学生の頃に戻れそうな気もする森だと変な懐かしさを感じる近くには無人駅の「市部駅」と毎日にらめっこしている森垂園森(たれそのもり)中学校からは上野市街の「上野城」の城下町で過ごした引っ越しをしました当時はカオスな「市営城ケ丘住宅」から出れる事が本当にうれしかった小学校までの友達とも見飽きてしまっていたので寂しくはなかった当時から色々な物にすぐに飽きては新しい物が好きだったのでそっちのワクワク感で本当にうれしかったそして引っ越ししたお家は築20年以上の中古の一軒家で2階建て自分だけの部屋がありトイレは汲み取り式だけど洋式であこがれの上野の街で住める事もあって本当にうれしかったそして近くの「崇廣中学校」に通う事に中学校の3年間は転校生という立場と中一のときに足のかかとを骨折バスケ部の試合でとなり町の「名張市(なばりし)」の体育館で遊んでいて二階から飛び降りたら右足のかかとの骨にヒビが入った完治したその夏にはバスケ部をクビになり陶芸部に入ったバスケ部とは違いまろやかな陶芸部の部長は本当にやさしい部長さんだった中二で左腕を骨折中一の右足かかとの骨折どちらも遊んでいての骨折を二年連続してしまいこの二年間の体育の成績は最低だったそして中三の高校受験に突入してこの「崇廣中学校」ではいい想い出はひとつも無いそして高校生となって高校1年生でやっと自由になれた気がしたまずは毎日カッコつけて髪型をきめてその次は彼女を作りたいと手当たり次第に告白したら全滅したその数は20数人はいたと思うそしてあらゆる所で告白しすぎて変な奴として顔が広まってしまいそうになってきた高校1年の後半はおとなしく過ごしていた高校2年生で小学校の時にサッカーで出会った旧友とバンドを組んだRCサクセションのコピーバンドで代表曲の「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」「ベイベー逃げるんだ」「サマーツアー」「サントワマミー」「いけないルージュマジック」「いいことばかりはありゃしない」「どかどかうるさいR&Rバンド」をコピー旧友が作ったオリジナル曲「ガレージの上のR&Rバンド」も歌って一年で6回ぐらいライブをしていた一番のモテ期だった気がするただバンドをやっている自分を見て好意を寄せられても違うなと思ったバンドをしていない時はただのバイトに明け暮れた高校生だったからバンドマン目線で近づいてくるそういう女子には興味がなかったから冷たい感じの男だったかも本当にこの高校2年の時期がいままで生きてきた中で一番楽しかった。高校2年後半の頃はまたたくさんの恋をしたが自分が不器用だったので自分が好きだった人からはつきあえてもすぐにフラれたそれから人を好きになることに迷走し始めて最終的に好きになる事はやめてなんとなくいいか別にという感情で奥手で過ごしていったそのせいか、他校の女子からゲイだとかウワサされる事もあったなぜそうなるか不思議だったけど当時はそんなうわさも楽しければなんでもよかった1993年の20歳になるころ家を勝手に出て一人暮らしを始めるやっと自由になった気がした2年間ぐらいはお金が無くて通帳の残高は毎月マイナス50万のカツカツでぎりぎりの生活家賃と車のローンがきつかった1996年7月(23歳)から2003年7月(30歳)の7年間は茨城県と千葉県の県境の利根川の近く取手市に住んでいたこの取手駅界隈を走るタクシー運転手の態度は本当にムカつくからこっちも態度悪く乗ると気分の悪さはお互いさまになった関東平野は景色が無くここでの生活はなんとなく落ち着かなかった食文化も人も気候も水も肌に合わなかった特にうどんの汁が濃いだけのシンプルな味はげんなりさせてもらったただ寺原駅近くの「ふる川」はよく通ったとくに「カレー」がめちゃくちゃ美味かった夕食時はのれんが出される前の時間に駐車場で待機して開店と同時に店に入っていたのでお店の人には顔を覚えられていたこの「ふる川」は今もやっている当時はお店の子供で小学生の女の子が手伝っていた夫婦だけで運営していて素朴な店内で週3回ぐらいは夕飯でお世話になった「さば定食」もよく食べた気がする1997年(24歳)からパソコンを近くの「ミドリ電化」というお店で38万で購入して作詞やネットに興味を持ちだした「まどみちお詩集」を読みだし作詞に近い詩を書き始めた「Kマーホ」という名で活動を開始しメインの詩を書き始める創作の目標をまず詩300篇と決めて詩を思いついたらメモをつけるようになった週末はいつも家に引きこもり朝起きて寝るまでの一日中音楽を聴きながら38万円のパソコンを買ったのにまだ「ワープロ」で手書きの詩を清書してプリントしていた1998年(25歳)から2002年(29歳)まで「Kマーホ」の名で活動して詩に団体に参加したり詩の賞に応募したり詩集を自費出版したりとやりたい事にお金も時間も好きなだけ使ってすごしていたこの時期に参加していた詩の団体(万有)にはもうドロドロとした詩を書く人やあまりにも読み解けない詩や暴力的な詩を書いたりそんな態度の人やいい人も数人はいたけど自分とは全然目指している方向が違うので2年目ぐらいで辞めたそれからは詩の団体に興味は無くなったそれから自費出版した詩集「トイレの閃き」約2000部を全国の小中学校や全国の図書館へ寄贈して本棚に置いて欲しいとお手紙をそえた返送されたりお礼のお手紙を頂いたりと色々と反応を感じながら2002年の29歳の時に詩を創作する活動を休止したこれで「Kマーホ(けいまーほ)」での活動は終わった理由は2000年(27歳)に結婚してから集中して詩を書く時間が無くなってきたから2002年に2つの詩集を出版して詩の事は全部段ボール箱へ入れた2003年(30歳)から2019年(46歳)まで育児に家族を重点を置いて生活をするこの時期の16年間は友達とも連絡を切っていたのでのちに死亡説や宗教説が出ていたらしい2003年7月(30歳)から子育てを重視するために景色のいい静岡県に引っ越しもう20年以上住んでいる2019年1月(45歳から46歳になる年)「平成」から「令和」に変わる年に「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で創作活動を再開する1998年(25歳)から2002年(29歳)の「Kマーホ(けいまーほ)」の頃とは全然ちがう方向性で詩を書き始めるそしてSNSを活用してまずは詩の発信を始める「るんぺんパリ【RunPenParis】」という名前の由来はフランスはパリの街をぺんを持って走りながら創作するというイメージから【RunPenParis】ができた1973年8月1日生まれ(現在は51歳で2025年は52歳)しし座O型右利き詩・詩集・ことばをデザインアート・写真・小説・ペン画松尾芭蕉の生家がある伊賀市で十代までを過ごし俳句が幼少期から身近に存在していた二十代から詩を書き始めて「Kマーホ」名で活動(1999-2002)詩集6冊を出版して活動休止その後松尾芭蕉の俳句のようなシンプルな言葉遊びを詩で出来ないかと考えていた中で令和元年(2019)に「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で活動を再開SNSに140文字に言葉をデザインした詩「140文字詩」を毎日投稿する活動を始める2023年9月に140文字詩が1200作品に到達した「140文字詩」が広く浸透できればと創作を続けている◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧(2019年~)【2024年(51歳)】Amazonで販売2024年11月17日 第17詩集「もんもん もんもんで もんだろ」【2023年(50歳)】Amazonで販売2023年12月27日 第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」2023年12月2日 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」2023年11月23日 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」2023年9月16日 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」2023年9月9日 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」2023年9月2日 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」2023年8月26日 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」【2022年(49歳)】Amazonで販売2022年12月6日 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」2022年11月3日 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」2022年10月7日 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」2022年9月3日 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」2022年8年7日 第1アート作品集「やさいに つめる にくえらび」2022年2年14日 第2アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」2022年1年1日 第7詩集「みかんの むくちな きもち」【2021年(48歳)】Amazonで販売2021年9月8日 第6詩集「そんな ことばは さよなら」2021年8月3日 第5詩集「あさに おくれた なんて」2021年6月5日 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」2021年5月31日 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」【2020年(47歳)】Amazonで販売2020年7月27日 第2詩集「こよい こよりの そらから」2020年3月2日 詩小説「すきから あいへ おやすみ」【2019年(46歳)】Amazonで販売2019年7月21日 第1 詩集「ところで あした あいてる」◆Kマーホ 作品一覧(1999年~2002年)【2002年(29歳)】2002年4月30日 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」発行部数不明2002年4月4日 第5詩集「コールサック」100部発行【2000年(27歳)】2000年7月31日 第4詩集「マガサス星人」500部発行2000年1月31日 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」500部発行【1999年(26歳)】1999年8月1日 第2詩集「テレビジョン」100部発行1999年5月1日 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」2000部発行【受賞】2001年(28歳) 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞2000年(27歳) 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞1999年(26歳) 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞1998年(25歳) 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
2024.12.07
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2024.11.30
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自己紹介 2024年11月4日追記 6116文字】三重県伊賀市(旧名:上野市)出身伊賀市(旧名:上野市)に1976年(3歳)から1996年(23歳)6月まで住んでいた1976年以前の記憶と出生は不明津市にある施設にいたと聞いた覚えがある三重県亀山市に二つか三つ年上のお兄さんいるらしいがあった事は一度もない30代の頃に一度だけ電話で話をした父方に引き取られたお兄さんに母親の事を聞いた母親は別の人と再婚し離婚して娘さんと一緒に暮らしているらしい父親は再婚して自分と同じぐらい娘さんがいるらしいお兄さんはおじいさんの事を尊敬していて中国語を勉強してるらしいあとは色々と聞いたけど覚えているのはそれぐらいの内容でもう二度と話す事はないだろうとその時に思ったけどお兄さんの顔がどんな顔なのかは見てみたい気持ちは少しある伊賀市でそこそこ有名なのが伊賀流忍者で忍者屋敷は今も昔も変わらない内容で営業しているそれは去年に末っ子を連れていったから確認済外観はただの古い家だけど中に入ると意外と見応えはある観光施設って感じ伊賀牛は金谷のすき焼きが有名で森辻が新しい様相なってから焼肉を食べた個人的には伊藤の牛丼が好きだ油が多い感じのお肉だから100gも食べれば満足感がある上野天神祭の鬼行列も有名かなひょろつき鬼が子供の頃は本気で怖かった銀座通りが歩行者天国になり的屋がならぶ高校生の頃はリング焼きが100円ぐらいで何個も買って食べた今年は10月18・19・20(金土日)19(土)は久しぶりに一人で一日中お祭りを楽しむ予定だったけど昼前から雨が降ってきて鬼行列は中止午前中は親戚を3件回って、おみやげを渡した午後に実家によって車を駐車して歩いて上野天神祭へと向かったいつも泊まる「伊賀上野シティホテル」は1泊10000円以上も高い16800円だった。この日は駐車場も使えなかった夜の19時から同級生のお店「クワトロNo.4」に初めていった30年ぶりにちゃんと会ったガキさんはすぐに気がついてくれた居心地がよかったので閉店の1時までカクテルを8杯ぐらい呑んだかな意外と安くて8200円だった次の20(日)は上野天神祭に参加している同級生のオデに会って鬼行列の準備風景を写真に撮って上野天神さんの近く紅梅屋でおみやげを結構買って桔梗屋で上生菓子とお茶を飲んで静岡へ帰った松尾芭蕉は俳句で有名で伊賀出身で小学生の頃はがっつりと俳句を作らされる俳句はいやいや作らされたので俳句番組は見ない俳聖殿の中には過去の優秀な俳句が収められていたかな普段はこれといって何もないけど俳聖殿のたたずまいは何か「The Haiku」という感じ上野城のお堀の高さ日本2位?一時期は日本1位説もあった中学生の頃は上野城で体育の授業があったりクロスカントリーレースで走らされたり高校生のデートも上野城が定番だったのかそれらしき男女がイチャついていた夜のライトアップは不気味なお城に見えた一応、桜の名所なのかな高校生の頃に一つ年下の子とつきあっていた頃はよく上野城をさんぽした帰りはその子の家の近くまで送っていったこの子はとても純粋な子で自分にはもったいない子だった半年もつきあっていないが今でも純粋で幸せになっているかなと思い出す事もあるもう向こうは忘れているだろうけど伊賀の街には銀座通りとか丸の内とか東京で聞くような名称が多く使われている地元のうわさでは東京が伊賀の真似をして街を作ったとの話がよく出てくるから誰か本気でテレビとかで調べてほしい気もするいまだに東京が伊賀のマネをした説を親戚がまじめな顔でいいだす時があるから本当に真実が知りたいけど自分が調べるほどは興味がない2004年(平成16年)11月1日に伊賀市に変わってから上野市駅が忍者市駅になり近鉄の電車だったのが伊賀鉄道になり電車がコスプレになった駅前には銀河鉄道999のメーテルと哲郎の銅像があり産業会館がハイトピア伊賀になった産業会館だった時にマルキンのパン屋が近くにあったそこのシナモンパンが子供の頃から大好きで今はもう手に入らないもう一度、あのシナモンパンが食べてみたいあと小さなパチンコ店「マルト」があった「フルーツパンチ」という機種で勝った覚えがあるあと「麻雀物語」もあったかな「海物語」という機種が記憶の最終機かな上野で住んでいた時期に一日で20万近く負けてそれからパチンコは完全に辞めたじつはその後もたまにしたが本当に気晴らし程度でその内にきっぱりとやめたスロットが主流になったらなおさら興味すらなくなった新天地もなんかおしゃれなサビれかたで「新天地Otonari」となった街は高校生の頃の面影は薄くなったけど何となく残っている上野市街は今でも魅力的だ新天地には映画館もあった気がする当時は賑やかな商店街だった当時からあった「喫茶店フランセ」は今もある大きな化粧品店は更地になっていた高校の時の知り合いが「クワトロNo.4」というバーを経営しているが、まだ入った事はないいつか行ってみたい気持ちはあるただダーツバーらしく常連っぽい人たちのたまり場っぽいイメージで気楽入れなさそうな雰囲気はある一度だけ朝方にお店の扉までいったけどバーの扉って感じで雰囲気はあった最近は実家で一人暮らしのおかんの様子を見によく帰省するようになったけど若い頃は年一回も帰省しなかった最近の伊賀でよく立ち寄るのが「菓匠 桔梗屋織居」と「HANAMORI COFFEE STAND」と「岡森書店白鳳店」で岡森書店は、Kマーホの名で出版した「トイレの閃き」が背表紙の色が抜けた状態で25年以上も本棚に置いてくれているこれを見ると初心に戻れてまだまた創作していこうとがんばれるこの岡森書店の店長さんは従姉の同級生で小学校の先輩の同級生でもありこの店長の妹さんは自分と同年代でそれにしても伊賀は狭いなと感じる市部という地区だったと思う近くに市部駅という無人駅がありその近くの依那古第一保育所に5歳から6歳の2年間通ったおかんは自分の送り向かいのために自転車を乗る練習してそのおかんが運転する自転車の後ろに乗って途中の田んぼに二人で落ちて泥だらけになったおかんは去年の年末まで81歳でまだ自転車に乗って小田町の坂を下っていたらしいいまは親戚から危ないからと召し上げられた小学校6年卒業までは上野市依那具にある市営の城ケ丘住宅で過ごしたこの市営住宅はもう40年以上もその雰囲気を変えずに今でも残っているここは伊賀市の文化遺産にしていいほどの時間が止まった場所だいまだに汲み取り式の便所の換気の煙突が立ち並んでいるこのカオスな感じは小学生の頃の不便な生活を思い出させるあの生活で暮らしたから今があるのは確かだ小学校の通学路にある垂園森でよく遊んだ現在も存在しているがオバケが出そうな森この森は当時通っていた依那古小学校の校歌の歌詞にも出て来るイメージ的には幽霊が出そうな森だけど何か不思議な生き物が住んで居そうな森に見えたきつねも出そうだしおばけも幽霊も心霊ももしかするとタイムスリップして小学生の頃に戻れそうな気もする森だと変な懐かしさを感じる近くには無人駅の市部駅とにらめっこしている森中学校から市街の上野城の城下町で過ごした当時はカオスな市営城ケ丘住宅から出れる事が本当にうれしかった小学校までの友達とも飽きてしまっていたので寂しくはなかった当時から色々な物にすぐに飽きては新しい物が好きだったのでそっちのワクワク感で本当にうれしかったそして築20年以上の中古の一軒家で2階建て自分の部屋がありトイレは汲み取り式だけど洋式であこがれの上野の街で住める事もあって本当にうれしかったそして近くの崇廣中学校に通う事に中学校の3年間は転校生という立場と中一で足の骨折バスケ部の試合で名張の体育館で遊んでいて二階から飛び降りたら右足のかかとがにヒビが入ったその夏にはバスケ部をクビになり陶芸部に入った中二で腕の骨折どちらも遊んでいての骨折2回中三の高校受験でいい想い出は無い高校2年生で小学校の時にサッカーで出会った旧友とバンドを組んだRCサクセションのコピーで「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」「ベイベー逃げるんだ」「サマーツアー」「サントワマミー」「いけないルージュマジック」「いいことばかりはありゃしない」「どかどかうるさいR&Rバンド」旧友が作ったオリジナル曲「ガレージの上のR&Rバンド」一番のモテ期だった気がするただバンドをやっている自分を見て好意を寄せられても違うなと思ったバンドをしていない時はただのバイトに明け暮れた高校生だったからバンドマン目線のそういう女子には興味がなかったから冷たい感じだったかも本当にこの時期がこれまでで一番楽しかった。高校生の頃はたくさん恋をしたが自分が不器用だったので自分が好きだった人からはつきあえてもすぐにフラれた人を好きになることに迷走し始めて最終的に好きになる事はやめてなんとなくという感情で奥手に過ごしていったそのせいか、他校の女子からゲイだとウワサされる事もあったなぜそうなるか不思議だったけど当時は楽しければなんでもよかった1993年一人暮らしを始めるやっと自由になった気がした2年間ぐらいは金が無くて通帳の残高は毎月マイナス50万カツカツ生活家賃と車のローンがきつかった1996年7月から2003年7月の7年間は茨城県と千葉県の県境利根川の近くに住んでいたこの界隈を走るタクシー運転手の態度は本当にムカつくからこっちも態度悪く乗ると気分の悪さはお互いさまになる関東平野は景色が無くここでの生活は落ち着かなかった食文化も人も気候も水も肌に合わなかった特にうどんの汁が濃いだけのシンプルな味はげんなりさせてもらったただ寺原駅近くの「ふる川」はよく通ったとくにカレーめちゃくちゃ美味かったこの「ふる川」は今もやっている当時はお店の小学生の女の子が手伝っていた夫婦だけでやっていて週3回ぐらい夕飯でお世話になった「さば定食」もよく食べた気がする1997年からパソコンをミドリ電化で38万で購入して作詞やネットに興味を持つまどみちお詩集を読みだす作詞に近い詩を書き始める「Kマーホ」という名で詩を書き始める目標を300篇と決めて詩を思いついたらメモをつけるようになる週末は家に引きこもり一日中、音楽を聴きながらパソコンがあるのにまだワープロで詩を清書していた1998年から2002年まで「Kマーホ」の名で詩に団体に参加したり詩の賞に応募したり詩集を自費出版したりこの当時参加していた詩の団体にはもうドロドロとした詩を書く人やあまりにも読み解けない詩や暴力的な人やいい人もいたけど自分とは全然目指している方向が違うので2年目ぐらいで辞めたそれからは詩の団体に興味は無くなったそれから自費出版した詩集を全国の小中学校や全国の図書館へ寄贈して活動を休止理由は2000年に結婚してから集中して詩を書く時間が無くなってきたから2002年に2つの詩集を出版して詩の事は全部段ボール箱へ入れた2003年から2019年まで育児に重点を置いて生活をするこの時期は友達とも連絡を切っていたのでのちに死亡説や宗教説が出ていたらしい2003年7月から現在は静岡県在住もう20年以上住んでいる2019年るんぺんパリ【RunPenParis】の名で詩を書き始めるSNSでの詩の発信を始めるるんぺんパリ【RunPenParis】とはフランスはパリの街をぺんを持って走るという意味から【RunPenParis】ができた1973年8月1日生まれ(もう51歳)しし座O型右利き詩・詩集・ことばをデザインアート・写真・小説・ペン画松尾芭蕉の生家がある伊賀市で十代までを過ごし俳句が幼少期から身近に存在していた二十代から詩を書き始めて「Kマーホ」名で活動(1999-2002)詩集6冊を出版して活動休止その後松尾芭蕉の俳句のようなシンプルな言葉遊びを詩で出来ないかと考えていた中で令和元年(2019)に「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で活動を再開SNSに140文字に言葉をデザインした詩「140文字詩」を毎日投稿する活動を始める2023年9月に140文字詩が1200作品に到達した事で「140文字詩」を全国へさらに世界へと俳句のように広く知られる存在になって欲しい◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧【2023年】Amazonで販売2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」【2022年】Amazonで販売2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」【2021年】Amazonで販売2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」【2020年】Amazonで販売2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」【2019年】Amazonで販売2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002)【2002年】2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」2002/4/4 第5詩集「コールサック」【2000年】2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」【1999年】1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」【受賞】2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
2024.11.04
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自己紹介 2024年10月13日追記 5861文字】三重県伊賀市(旧名:上野市)出身伊賀市(旧名:上野市)に1976年(3歳)から1996年(23歳)6月まで住んでいた1976年以前の記憶と出生は不明津市にある施設にいたと聞いた覚えがある三重県亀山市に二つか三つ年上のお兄さんいるらしいがあった事は一度もない30代の頃に一度だけ電話で話をした父方に引き取られたお兄さんに母親の事を聞いた母親は別の人と再婚し離婚して娘さんと一緒に暮らしているらしい父親は再婚して自分と同じぐらい娘さんがいるらしいお兄さんはおじいさんの事を尊敬していて中国語を勉強してるらしいあとは色々と聞いたけど覚えているのはそれぐらいの内容でもう二度と話す事はないだろうとその時に思ったけどお兄さんの顔がどんな顔なのかは見てみたい気持ちは少しある伊賀市でそこそこ有名なのが伊賀流忍者で忍者屋敷は今も昔も変わらない内容で営業しているそれは去年に末っ子を連れていったから確認済外観はただの古い家だけど中に入ると意外と見応えはある観光施設って感じ伊賀牛は金谷のすき焼きが有名で森辻が新しい様相なってから焼肉を食べた個人的には伊藤の牛丼が好きだ油が多い感じのお肉だから100gも食べれば満足感がある上野天神祭の鬼行列も有名かなひょろつき鬼が子供の頃は本気で怖かった銀座通りが歩行者天国になり的屋がならぶ高校生の頃はリング焼きが100円ぐらいで何個も買って食べた2024年は10月18・19・20(金土日)19(土)は久しぶりに一人で一日中お祭りを楽しむ20(日)は実家と親戚に顔を出して静岡へ帰る誰か知り合いとばったり会える事を期待しているけどたぶん顔を見てもお互いわからないだろう松尾芭蕉は俳句で有名で伊賀出身で小学生の頃はがっつりと俳句を作らされる俳句はいやいや作らされたので俳句番組は見ない俳聖殿の中には過去の優秀な俳句が収められていたかな普段はこれといって何もないけど俳聖殿のたたずまいは何か「The Haiku」という感じ上野城のお堀の高さ日本2位?一時期は日本1位説もあった中学生の頃は上野城で体育の授業があったりクロスカントリーレースで走らされたり高校生のデートも上野城が定番だったのかそれらしき男女がイチャついていた夜のライトアップは不気味なお城に見えた一応、桜の名所なのかな高校生の頃に一つ年下の子とつきあっていた頃はよく上野城をさんぽした帰りはその子の家の近くまで送っていったこの子はとても純粋な子で自分にはもったいない子だった半年もつきあっていないが今でも純粋で幸せになっているかなと思い出す事もあるもう向こうは忘れているだろうけど伊賀の街には銀座通りとか丸の内とか東京で聞くような名称が多く使われている地元のうわさでは東京が伊賀の真似をして街を作ったとの話がよく出てくるから誰か本気でテレビとかで調べてほしい気もするいまだに東京が伊賀のマネをした説を親戚がまじめな顔でいいだす時があるから本当に真実が知りたいけど自分が調べるほどは興味がない2004年(平成16年)11月1日に伊賀市に変わってから上野市駅が忍者市駅になり近鉄の電車だったのが伊賀鉄道になり電車がコスプレになった駅前には銀河鉄道999のメーテルと哲郎の銅像があり産業会館がハイトピア伊賀になった産業会館だった時にマルキンのパン屋が近くにあったそこのシナモンパンが子供の頃から大好きで今はもう手に入らないもう一度、あのシナモンパンが食べてみたいあと小さなパチンコ店「マルト」があった「フルーツパンチ」という機種で勝った覚えがあるあと「麻雀物語」もあったかな「海物語」という機種が記憶の最終機かな上野で住んでいた時期に一日で20万近く負けてそれからパチンコは完全に辞めたじつはその後もたまにしたが本当に気晴らし程度でその内にきっぱりとやめたスロットが主流になったらなおさら興味すらなくなった新天地もなんかおしゃれなサビれかたで「新天地Otonari」となった街は高校生の頃の面影は薄くなったけど何となく残っている上野市街は今でも魅力的だ新天地には映画館もあった気がする当時は賑やかな商店街だった当時からあった「喫茶店フランセ」は今もある大きな化粧品店は更地になっていた高校の時の知り合いが「クワトロNo.4」というバーを経営しているが、まだ入った事はないいつか行ってみたい気持ちはあるただダーツバーらしく常連っぽい人たちのたまり場っぽいイメージで気楽入れなさそうな雰囲気はある一度だけ朝方にお店の扉までいったけどバーの扉って感じで雰囲気はあった最近は実家で一人暮らしのおかんの様子を見によく帰省するようになったけど若い頃は年一回も帰省しなかった最近の伊賀でよく立ち寄るのが「菓匠 桔梗屋織居」と「HANAMORI COFFEE STAND」と「岡森書店白鳳店」で岡森書店は、Kマーホの名で出版した「トイレの閃き」が背表紙の色が抜けた状態で25年以上も本棚に置いてくれているこれを見ると初心に戻れてまだまた創作していこうとがんばれるこの岡森書店の店長さんは従姉の同級生で小学校の先輩の同級生でもありこの店長の妹さんは自分と同年代でそれにしても伊賀は狭いなと感じる市部という地区だったと思う近くに市部駅という無人駅がありその近くの依那古第一保育所に5歳から6歳の2年間通ったおかんは自分の送り向かいのために自転車を乗る練習してそのおかんが運転する自転車の後ろに乗って途中の田んぼに二人で落ちて泥だらけになったおかんは去年の年末まで81歳でまだ自転車に乗って小田町の坂を下っていたらしいいまは親戚から危ないからと召し上げられた小学校6年卒業までは上野市依那具にある市営の城ケ丘住宅で過ごしたこの市営住宅はもう40年以上もその雰囲気を変えずに今でも残っているここは伊賀市の文化遺産にしていいほどの時間が止まった場所だいまだに汲み取り式の便所の換気の煙突が立ち並んでいるこのカオスな感じは小学生の頃の不便な生活を思い出させるあの生活で暮らしたから今があるのは確かだ小学校の通学路にある垂園森でよく遊んだ現在も存在しているがオバケが出そうな森この森は当時通っていた依那古小学校の校歌の歌詞にも出て来るイメージ的には幽霊が出そうな森だけど何か不思議な生き物が住んで居そうな森に見えたきつねも出そうだしおばけも幽霊も心霊ももしかするとタイムスリップして小学生の頃に戻れそうな気もする森だと変な懐かしさを感じる近くには無人駅の市部駅とにらめっこしている森中学校から市街の上野城の城下町で過ごした当時はカオスな市営城ケ丘住宅から出れる事が本当にうれしかった小学校までの友達とも飽きてしまっていたので寂しくはなかった当時から色々な物にすぐに飽きては新しい物が好きだったのでそっちのワクワク感で本当にうれしかったそして築20年以上の中古の一軒家で2階建て自分の部屋がありトイレは汲み取り式だけど洋式であこがれの上野の街で住める事もあって本当にうれしかったそして近くの崇廣中学校に通う事に中学校の3年間は転校生という立場と中一で足の骨折バスケ部の試合で名張の体育館で遊んでいて二階から飛び降りたら右足のかかとがにヒビが入ったその夏にはバスケ部をクビになり陶芸部に入った中二で腕の骨折どちらも遊んでいての骨折2回中三の高校受験でいい想い出は無い高校2年生で小学校の時にサッカーで出会った旧友とバンドを組んだRCサクセションのコピーで「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」「ベイベー逃げるんだ」「サマーツアー」「サントワマミー」「いけないルージュマジック」「いいことばかりはありゃしない」「どかどかうるさいR&Rバンド」旧友が作ったオリジナル曲「ガレージの上のR&Rバンド」一番のモテ期だった気がするただバンドをやっている自分を見て好意を寄せられても違うなと思ったバンドをしていない時はただのバイトに明け暮れた高校生だったからバンドマン目線のそういう女子には興味がなかったから冷たい感じだったかも本当にこの時期がこれまでで一番楽しかった。高校生の頃はたくさん恋をしたが自分が不器用だったので自分が好きだった人からはつきあえてもすぐにフラれた人を好きになることに迷走し始めて最終的に好きになる事はやめてなんとなくという感情で奥手に過ごしていったそのせいか、他校の女子からゲイだとウワサされる事もあったなぜそうなるか不思議だったけど当時は楽しければなんでもよかった1993年一人暮らしを始めるやっと自由になった気がした2年間ぐらいは金が無くて通帳の残高は毎月マイナス50万カツカツ生活家賃と車のローンがきつかった1996年7月から2003年7月の7年間は茨城県と千葉県の県境利根川の近くに住んでいたこの界隈を走るタクシー運転手の態度は本当にムカつくからこっちも態度悪く乗ると気分の悪さはお互いさまになる関東平野は景色が無くここでの生活は落ち着かなかった食文化も人も気候も水も肌に合わなかった特にうどんの汁が濃いだけのシンプルな味はげんなりさせてもらったただ寺原駅近くの「ふる川」はよく通ったとくにカレーめちゃくちゃ美味かったこの「ふる川」は今もやっている当時はお店の小学生の女の子が手伝っていた夫婦だけでやっていて週3回ぐらい夕飯でお世話になった「さば定食」もよく食べた気がする1997年からパソコンをミドリ電化で38万で購入して作詞やネットに興味を持つまどみちお詩集を読みだす作詞に近い詩を書き始める「Kマーホ」という名で詩を書き始める目標を300篇と決めて詩を思いついたらメモをつけるようになる週末は家に引きこもり一日中、音楽を聴きながらパソコンがあるのにまだワープロで詩を清書していた1998年から2002年まで「Kマーホ」の名で詩に団体に参加したり詩の賞に応募したり詩集を自費出版したりこの当時参加していた詩の団体にはもうドロドロとした詩を書く人やあまりにも読み解けない詩や暴力的な人やいい人もいたけど自分とは全然目指している方向が違うので2年目ぐらいで辞めたそれからは詩の団体に興味は無くなったそれから自費出版した詩集を全国の小中学校や全国の図書館へ寄贈して活動を休止理由は2000年に結婚してから集中して詩を書く時間が無くなってきたから2002年に2つの詩集を出版して詩の事は全部段ボール箱へ入れた2003年から2019年まで育児に重点を置いて生活をするこの時期は友達とも連絡を切っていたのでのちに死亡説や宗教説が出ていたらしい2003年7月から現在は静岡県在住もう20年以上住んでいる2019年るんぺんパリ【RunPenParis】の名で詩を書き始めるSNSでの詩の発信を始めるるんぺんパリ【RunPenParis】とはフランスはパリの街をぺんを持って走るという意味から【RunPenParis】ができた1973年8月1日生まれ(もう51歳)しし座O型右利き詩・詩集・ことばをデザインアート・写真・小説・ペン画松尾芭蕉の生家がある伊賀市で十代までを過ごし俳句が幼少期から身近に存在していた二十代から詩を書き始めて「Kマーホ」名で活動(1999-2002)詩集6冊を出版して活動休止その後松尾芭蕉の俳句のようなシンプルな言葉遊びを詩で出来ないかと考えていた中で令和元年(2019)に「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で活動を再開SNSに140文字に言葉をデザインした詩「140文字詩」を毎日投稿する活動を始める2023年9月に140文字詩が1200作品に到達した事で「140文字詩」を全国へさらに世界へと俳句のように広く知られる存在になって欲しい◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧【2023年】Amazonで販売2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」【2022年】Amazonで販売2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」【2021年】Amazonで販売2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」【2020年】Amazonで販売2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」【2019年】Amazonで販売2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002)【2002年】2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」2002/4/4 第5詩集「コールサック」【2000年】2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」【1999年】1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」【受賞】2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
2024.10.14
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無症状で無表情な人はいないだろう感情をコントロールすることが人として重要なのはわかるがそれは無表情を作り、無感情を装い、無表情な振りをして感情がコントロールされてるかのように偽る誰かと付き合っていかなければいけない誰かと何かをすることが前提でのこと真夜中に目が覚めて一人で夜を満喫するたまに猫が言い争い近所の玄関の電気が無人でつくこんな真夜中に通りすぎる車はとても澄んだ空気の中を走る、その音はとても軽やかに聞こえる不快な信号も、不快な人の横断歩道も無意味のように真夜中だ感情は今が一番コントロールできるこの時間に詩を書きたくなる新しい美しい言葉たちが生まれる感情が無でない証として詩は生まれるこの無症状の時間が人になれる唯一の時間だと気がつくだけどこの時間は限られている夜明けを感じだしたら感情をコントロールする自分が無感情を装い出すだろうそれはそういう世界で生きていくために必要な症状なのかもしれないまた真夜中に目が覚めたらまた無症状な自分に会えるそして詩を言葉を生み出す夜明けまた無
2024.09.30
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【自己紹介 2024年9月22日追記 5133文字】三重県伊賀市(旧名:上野市)出身伊賀市(旧名:上野市)に1976年(3歳)から1996年(23歳)6月まで住んでいた1976年以前の記憶と出生は不明津市にある施設にいたと聞いた覚えがある三重県亀山市に二つか三つ年上のお兄さんいるらしいがあった事は一度もない30代の頃に一度だけ電話で話をした伊賀市でそこそこ有名なのが伊賀流忍者で忍者屋敷は今も昔も変わらない内容で営業している伊賀牛は金谷のすき焼きが有名で森辻が新しい様相なってから焼肉を食べた個人的には伊藤の牛丼が好きだ上野天神祭の鬼行列も有名かなひょろつき鬼が子供の頃は本気で怖かった銀座通りが歩行者天国になり的屋がならぶ高校生の頃はリング焼きが100円ぐらいで何個も買って食べた2024年は10月18・19・20(金土日)19(土)は久しぶりに一人で一日中お祭りを楽しむ20(日)は実家と親戚に顔を出して静岡へ帰る松尾芭蕉は俳句で有名で伊賀出身で小学生の頃はがっつりと俳句を作らされる俳句はいやいや作らされたので俳句番組は見ない俳聖殿の中には過去の優秀な俳句が収められていたかな普段はこれといって何もないけど俳聖殿のたたずまいは何か「The Haiku」という感じ上野城のお堀の高さ日本2位?一時期は日本1位説もあった中学生の頃は上野城で体育の授業があったりクロスカントリーレースで走らされたり高校生のデートも上野城が定番だったのかそれらしき男女がイチャついていた夜のライトアップは不気味なお城に見えた一応、桜の名所なのかな伊賀の街には銀座通りとか丸の内とか東京で聞くような名称が多く使われている地元のうわさでは東京が伊賀の真似をして街を作ったとの話がよく出てくるから誰か本気でテレビとかで調べてほしい気もする2004年(平成16年)11月1日に伊賀市に変わってから上野市駅が忍者市駅になり近鉄の電車だったのが伊賀鉄道になり電車がコスプレになった駅前には銀河鉄道999のメーテルと哲郎の銅像があり産業会館がハイトピア伊賀になった産業会館だった時にマルキンのパン屋が近くにあったそこのシナモンパンが子供の頃から大好きで今はもう手に入らないもう一度、あのシナモンパンが食べてみたいあと小さなパチンコ店「マルト」があった「フルーツパンチ」という機種で勝った覚えがあるあと「麻雀物語」もあったかな上野で住んでいた時期に一日で20万近く負けてそれからパチンコは完全に辞めた新天地もなんかおしゃれなサビれかたで「新天地Otonari」となった街は高校生の頃の面影は薄くなったけど何となく残っている上野市街は今でも魅力的だ新天地には映画館もあった気がする当時は賑やかな商店街だった当時からあった「喫茶店フランセ」は今もある大きな化粧品店は更地になっていた高校の時の知り合いが「クワトロNo.4」というバーを経営しているが、まだ入った事はないいつか行ってみたい気持ちはある最近は実家で一人暮らしのおかんの様子を見によく帰省するようになったけど若い頃は年一回も帰省しなかった最近の伊賀でよく立ち寄るのが「菓匠 桔梗屋織居」と「HANAMORI COFFEE STAND」と「岡森書店白鳳店」で岡森書店は、Kマーホの名で出版した「トイレの閃き」が背表紙の色が抜けた状態で25年以上も本棚に置いてくれているこれを見ると初心に戻れてまだまた創作していこうとがんばれる市部という地区だったと思う近くに市部駅という無人駅がありその近くの依那古第一保育所に5歳から6歳の2年間通ったおかんは自分の送り向かいのために自転車を乗る練習してそのおかんが運転する自転車の後ろに乗って途中の田んぼに二人で落ちて泥だらけになったおかんは去年の年末まで81歳でまだ自転車に乗って小田町の坂を下っていたらしいいまは親戚から危ないからと召し上げられた小学校6年卒業までは上野市依那具にある市営の城ケ丘住宅で過ごしたこの市営住宅はもう40年以上もその雰囲気を変えずに今でも残っているここは伊賀市の文化遺産にしていいほどの時間が止まった場所だいまだに汲み取り式の便所の換気の煙突が立ち並んでいるこのカオスな感じは小学生の頃の不便な生活を思い出させるあの生活で暮らしたから今があるのは確かだ小学校の通学路にある垂園森でよく遊んだ現在も存在しているがオバケが出そうな森この森は当時通っていた依那古小学校の校歌の歌詞にも出て来るイメージ的には幽霊が出そうな森だけど何か不思議な生き物が住んで居そうな森に見えたきつねも出そうだしおばけも幽霊も心霊ももしかするとタイムスリップして小学生の頃に戻れそうな気もする森だと変な懐かしさを感じる近くには無人駅の市部駅とにらめっこしている森中学校から市街の上野城の城下町で過ごした当時はカオスな市営城ケ丘住宅から出れる事が本当にうれしかった小学校までの友達とも飽きてしまっていたので寂しくはなかった当時から色々な物にすぐに飽きては新しい物が好きだったのでそっちのワクワク感で本当にうれしかったそして築20年以上の中古の一軒家で2階建て自分の部屋がありトイレは汲み取り式だけど洋式であこがれの上野の街で住める事もあって本当にうれしかったそして近くの崇廣中学校に通う事に中学校の3年間は転校生という立場と中一で足の骨折バスケ部の試合で名張の体育館で遊んでいて二階から飛び降りたら右足のかかとがにヒビが入ったその夏にはバスケ部をクビになり陶芸部に入った中二で腕の骨折どちらも遊んでいての骨折2回中三の高校受験でいい想い出は無い高校2年生で小学校の時にサッカーで出会った旧友とバンドを組んだRCサクセションのコピーで「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」「ベイベー逃げるんだ」「サマーツアー」「サントワマミー」「いけないルージュマジック」「いいことばかりはありゃしない」「どかどかうるさいR&Rバンド」旧友が作ったオリジナル曲「ガレージの上のR&Rバンド」一番のモテ期だった気がするただバンドをやっている自分を見て好意を寄せられても違うなと思ったバンドをしていない時はただのバイトに明け暮れた高校生だったからバンドマン目線のそういう女子には興味がなかったから冷たい感じだったかも本当にこの時期がこれまでで一番楽しかった。高校生の頃はたくさん恋をしたが自分が不器用だったので自分が好きだった人からはつきあえてもすぐにフラれた人を好きになることに迷走し始めて最終的に好きになる事はやめてなんとなくという感情で奥手に過ごしていったそのせいか、他校の女子からゲイだとウワサされる事もあったなぜそうなるか不思議だったけど当時は楽しければなんでもよかった1993年一人暮らしを始めるやっと自由になった気がした2年間ぐらいは金が無くて通帳の残高は毎月マイナス50万カツカツ生活家賃と車のローンがきつかった1996年7月から2003年7月の7年間は茨城県と千葉県の県境利根川の近くに住んでいたこの界隈を走るタクシー運転手の態度は本当にムカつくからこっちも態度悪く乗ると気分の悪さはお互いさまになる関東平野は景色が無くここでの生活は落ち着かなかった食文化も人も気候も水も肌に合わなかった特にうどんの汁が濃いだけのシンプルな味はげんなりさせてもらったただ寺原駅近くの「ふる川」はよく通ったとくにカレーめちゃくちゃ美味かったこの「ふる川」は今もやっている当時はお店の小学生の女の子が手伝っていた夫婦だけでやっていて週3回ぐらい夕飯でお世話になった「さば定食」もよく食べた気がする1997年からパソコンをミドリ電化で38万で購入して作詞やネットに興味を持つまどみちお詩集を読みだす作詞に近い詩を書き始める「Kマーホ」という名で詩を書き始める目標を300篇と決めて詩を思いついたらメモをつけるようになる週末は家に引きこもり一日中、音楽を聴きながらパソコンがあるのにまだワープロで詩を清書していた1998年から2002年まで「Kマーホ」の名で詩に団体に参加したり詩の賞に応募したり詩集を自費出版したりこの当時参加していた詩の団体にはもうドロドロとした詩を書く人やあまりにも読み解けない詩や暴力的な人やいい人もいたけど自分とは全然目指している方向が違うので2年目ぐらいで辞めたそれからは詩の団体に興味は無くなったそれから自費出版した詩集を全国の小中学校や全国の図書館へ寄贈して活動を休止理由は2000年に結婚してから集中して詩を書く時間が無くなってきたから2002年に2つの詩集を出版して詩の事は全部段ボール箱へ入れた2003年から2019年まで育児に重点を置いて生活をするこの時期は友達とも連絡を切っていたのでのちに死亡説や宗教説が出ていたらしい2003年7月から現在は静岡県在住もう20年以上住んでいる2019年るんぺんパリ【RunPenParis】の名で詩を書き始めるSNSでの詩の発信を始めるるんぺんパリ【RunPenParis】とはフランスはパリの街をぺんを持って走るという意味から【RunPenParis】ができた1973年8月1日生まれ(もう51歳)しし座O型右利き詩・詩集・ことばをデザインアート・写真・小説・ペン画松尾芭蕉の生家がある伊賀市で十代までを過ごし俳句が幼少期から身近に存在していた二十代から詩を書き始めて「Kマーホ」名で活動(1999-2002)詩集6冊を出版して活動休止その後松尾芭蕉の俳句のようなシンプルな言葉遊びを詩で出来ないかと考えていた中で令和元年(2019)に「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で活動を再開SNSに140文字に言葉をデザインした詩「140文字詩」を毎日投稿する活動を始める2023年9月に140文字詩が1200作品に到達した事で「140文字詩」を全国へさらに世界へと俳句のように広く知られる存在になって欲しい◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧【2023年】Amazonで販売2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」【2022年】Amazonで販売2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」【2021年】Amazonで販売2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」【2020年】Amazonで販売2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」【2019年】Amazonで販売2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002)【2002年】2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」2002/4/4 第5詩集「コールサック」【2000年】2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」【1999年】1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」【受賞】2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
2024.09.22
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【自己紹介 2024年8月3日追記 4335文字】三重県伊賀市(旧名:上野市)出身伊賀市(旧名:上野市)に1976年(3歳)から1996年(23歳)6月まで住んでいた1976年以前の記憶と出生は不明津市にある施設にいたと聞いた覚えがあるお兄さんいるらしいがあった事は一度もない30代の頃に一度だけ電話で話をした伊賀市でそこそこ有名なのが伊賀流忍者で忍者屋敷は今も昔も変わらない内容で営業している伊賀牛は金谷のすき焼きが有名で森辻が新しい様相なってから焼肉を食べた個人的には伊藤の牛丼が好きだ上野天神祭の鬼行列も有名かなひょろつき鬼が子供の頃は本気で怖かった銀座通りが歩行者天国になり的屋がならぶ高校生の頃はリング焼きが100円ぐらいで何個も買って食べた松尾芭蕉は俳句で有名で伊賀出身で小学生の頃はがっつりと俳句を作らされる俳句はいやいや作らされたので俳句番組は見ない俳聖殿の中には過去の優秀な俳句が収められていたかな上野城のお堀の高さ日本2位?中学生の頃は上野城で体育の授業があったりクロスカントリーレースで走らされたり高校生のデートも上野城が定番だったのかそれらしき男女がイチャついていた夜のライトアップは不気味なお城に見えた一応、桜の名所なのかな伊賀の街には銀座通りとか丸の内とか東京で聞くような名称が多く使われている地元のうわさでは東京が伊賀の真似をして街を作ったとの話がよく出てくるから誰か本気でテレビとかで調べてほしい気もする2004年(平成16年)11月1日に伊賀市に変わってから上野市駅が忍者市駅になり近鉄の電車だったのが伊賀鉄道になり電車がコスプレになった駅前には銀河鉄道999のメーテルと哲郎の銅像があり産業会館がハイトピア伊賀になった産業会館だった時にマルキンのパン屋が近くにあったそこのシナモンパンが子供の頃から大好きで今はもう手に入らないもう一度、あのシナモンパンが食べてみたい新天地もなんかおしゃれなサビれかたで「新天地Otonari」となった街は高校生の頃の面影は薄くなったけど何となく残っている上野市街は今でも魅力的だ最近は実家で一人暮らしのおかんの様子を見によく帰省するようになったけど若い頃は年一回も帰省しなかった最近の伊賀でよく立ち寄るのが「菓匠 桔梗屋織居」と「HANAMORI COFFEE STAND」と「岡森書店白鳳店」で岡森書店は、Kマーホの名で出版した「トイレの閃き」が背表紙の色が抜けた状態で25年以上も本棚に置いてくれているこれを見ると初心に戻れてまだまた創作していこうとがんばれる市部という地区だったと思う依那古第一保育所に5歳から6歳の2年間通ったおかんは自分の送り向かいのために自転車を乗る練習してそのおかんが運転する自転車の後ろに乗って途中の田んぼに二人で落ちて泥だらけになった小学校までは上野市依那具にある市営の城ケ丘住宅で過ごしたこの市営住宅はもう40年以上もその雰囲気を変えずに今でも残っているここは伊賀市の文化遺産にしていいほどの時間が止まった場所だいまだに汲み取り式の便所の換気の煙突が立ち並んでいるこのカオスな感じは小学生の頃の不便な生活を思い出させるあの生活で暮らしたから今があるのは確かだ小学校の通学路にある垂園森でよく遊んだ現在も存在しているがオバケが出そうな森この森は当時通っていた依那古小学校の校歌の歌詞にも出て来るイメージ的には幽霊が出そうな森だけど何か不思議な生き物が住んで居そうな森に見えたきつねも出そうだしおばけも幽霊も心霊ももしかするとタイムスリップして小学生の頃に戻れそうな気もする森だと変な懐かしさを感じる近くには無人駅の市部駅とにらめっこしている森中学校から市街の上野城の城下町で過ごした当時はカオスな市営城ケ丘住宅から出れる事が本当にうれしかった小学校までの友達とも飽きてしまっていたので寂しくはなかった当時から色々な物にすぐに飽きては新しい物が好きだったのでそっちのワクワク感で本当にうれしかったそして築20年以上の中古の一軒家で2階建て自分の部屋がありトイレは汲み取り式だけど洋式であこがれの上野の街で住める事もあって本当にうれしかったそして近くの崇廣中学校に通う事に中学校の3年間は転校生という立場と中一で足の骨折中二で腕の骨折どちらも遊んでいての骨折2回中三の高校受験でいい想い出は無い高校2年生で小学校の時にサッカーで出会った旧友とバンドを組んだRCサクセションのコピーで「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」「ベイベー逃げるんだ」「サマーツアー」「サントワマミー」「いけないルージュマジック」「いいことばかりはありゃしない」旧友が作ったオリジナル曲「ガレージの上のR&Rバンド」一番のモテ期だった気がするただバンドをやっている自分を見て好意を寄せられても違うなと思ったバンドをしていない時はただのバイトに明け暮れた高校生だったからだからそういう人には興味がなかったから冷たい感じだったかも本当にこの時期がこれまでで一番楽しかった。1993年一人暮らしを始めるやっと自由になった気がした2年間ぐらいは金が無くて通帳の残高は毎月マイナス50万カツカツ生活1996年7月から2003年7月の7年間は茨城県と千葉県の県境利根川の近くに住んでいたこの界隈を走るタクシー運転手の態度は本当にムカつくからこっちも態度悪く乗ると気分の悪さはお互いさまになる関東平野は景色が無くここでの生活は落ち着かなかった食文化も人も気候も水も肌に合わなかった特にうどんの汁が濃いだけのシンプルな味はげんなりさせてもらったただ寺原駅近くの「ふる川」はよく通ったとくにカレーめちゃくちゃ美味かった1997年からパソコンをミドリ電化で38万で購入して作詞やネットに興味を持つまどみちお詩集を読みだす作詞に近い詩を書き始める「Kマーホ」という名で詩を書き始める目標を300篇と決めて詩を思いついたらメモをつけるようになる週末は家に引きこもり一日中、音楽を聴きながらパソコンがあるのにまだワープロで詩を清書していた1998年から2002年まで「Kマーホ」の名で詩に団体に参加したり詩の賞に応募したり詩集を自費出版したりこの当時参加していた詩の団体にはもうドロドロとした詩を書く人やあまりにも読み解けない詩や暴力的な人やいい人もいたけど自分とは全然目指している方向が違うので2年目ぐらいで辞めたそれからは詩の団体に興味は無くなったそれから自費出版した詩集を全国の小中学校や全国の図書館へ寄贈して活動を休止理由は2000年に結婚してから集中して詩を書く時間が無くなってきたから2002年に2つの詩集を出版して詩の事は全部段ボール箱へ入れた2003年から2019年まで育児に重点を置いて生活をするこの時期は友達とも連絡を切っていたのでのちに死亡説や宗教説が出ていたらしい2003年7月から現在は静岡県在住もう20年以上住んでいる2019年るんぺんパリ【RunPenParis】の名で詩を書き始めるSNSでの詩の発信を始めるるんぺんパリ【RunPenParis】とはフランスはパリの街をぺんを持って走るという意味から【RunPenParis】ができた1973年8月1日生まれ(もう51歳)しし座O型右利き詩・詩集・ことばをデザインアート・写真・小説・ペン画松尾芭蕉の生家がある伊賀市で十代までを過ごし俳句が幼少期から身近に存在していた二十代から詩を書き始めて「Kマーホ」名で活動(1999-2002)詩集6冊を出版して活動休止その後松尾芭蕉の俳句のようなシンプルな言葉遊びを詩で出来ないかと考えていた中で令和元年(2019)に「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で活動を再開SNSに140文字に言葉をデザインした詩「140文字詩」を毎日投稿する活動を始める2023年9月に140文字詩が1200作品に到達した事で「140文字詩」を全国へさらに世界へと俳句のように広く知られる存在になって欲しい◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧【2023年】Amazonで販売2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」【2022年】Amazonで販売2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」【2021年】Amazonで販売2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」【2020年】Amazonで販売2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」【2019年】Amazonで販売2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002)【2002年】2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」2002/4/4 第5詩集「コールサック」【2000年】2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」【1999年】1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」【受賞】2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
2024.08.03
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2024.07.28
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【自己紹介 2024年7月14日追記 3538文字】三重県伊賀市(旧名:上野市)出身伊賀市(旧名:上野市)に1976年(3歳)から1996年(23歳)6月まで住んでいた1976年以前の記憶と出生は不明伊賀市で有名なのが伊賀流忍者伊賀牛松尾芭蕉俳句上野城2004年(平成16年)11月1日に伊賀市に変わってから上野市駅が忍者市駅になり近鉄の電車だったのが伊賀鉄道になり電車がコスプレになった駅前には銀河鉄道999のメーテルと哲郎の銅像があり産業会館がハイトピア伊賀になった新天地もなんかおしゃれなサビれかたで「新天地Otonari」となった街は高校生の頃の面影は薄くなったけど何となく残っている上野市街は今でも魅力的だ最近は実家で一人暮らしのおかんの様子を見によく帰省するようになったけど若い頃は年一回も帰省しなかった最近の伊賀でよく立ち寄るのが「菓匠 桔梗屋織居」と「HANAMORI COFFEE STAND」と「岡森書店白鳳店」で岡森書店は、Kマーホの名で出版した「トイレの閃き」が背表紙の色が抜けた状態で25年以上も本棚に置いてくれているこれを見ると初心に戻れてまだまた創作していこうとがんばれる市部という地区だったと思う依那古第一保育所に5歳から6歳の2年間通ったおかんは自分の送り向かいのために自転車を乗る練習してそのおかんが運転する自転車の後ろに乗って途中の田んぼに二人で落ちて泥だらけになった小学校までは上野市依那具にある市営の城ケ丘住宅で過ごしたこの市営住宅はもう40年以上もその雰囲気を変えずに今でも残っているここは伊賀市の文化遺産にしていいほどの時間が止まった場所だいまだに汲み取り式の便所の換気の煙突が立ち並んでいるこのカオスな感じは小学生の頃の不便な生活を思い出させるあの生活で暮らしたから今があるのは確かだ小学校の通学路にある垂園森でよく遊んだ現在も存在しているがオバケが出そうな森この森は当時通っていた依那古小学校の校歌の歌詞にも出て来るイメージ的には幽霊が出そうな森だけど何か不思議な生き物が住んで居そうな森に見えたきつねも出そうだしおばけも幽霊も心霊ももしかするとタイムスリップして小学生の頃に戻れそうな気もする森だと変な懐かしさを感じる近くには無人駅の市部駅とにらめっこしている森中学校から市街の上野城の城下町で過ごした当時はカオスな市営城ケ丘住宅から出れる事が本当にうれしかった小学校までの友達とも飽きてしまっていたので寂しくはなかった当時から色々な物にすぐに飽きては新しい物が好きだったのでそっちのワクワク感で本当にうれしかったそして築20年以上の中古の一軒家で2階建て自分の部屋がありトイレは汲み取り式だけど洋式であこがれの上野の街で住める事もあって本当にうれしかったそして近くの崇廣中学校に通う事に中学校の3年間は転校生という立場と中一で足の骨折中二で腕の骨折どちらも遊んでいての骨折2回中三の高校受験でいい想い出は無い高校2年生で小学校の時にサッカーで出会った旧友とバンドを組んだその時が一番楽しかった。1993年一人暮らしを始めるやっと自由になった気がした2年間ぐらいは金が無くて通帳の残高は毎月マイナス50万スレスレ生活1996年7月から2003年7月の7年間は茨城県と千葉県の県境利根川の近くに住んでいたこの界隈を走るタクシー運転手の態度は本当にムカつくからこっちも態度悪く乗ると気分の悪さはお互いさまになる関東平野は景色が無くここでの生活は落ち着かなかった食文化も人も気候も水も肌に合わなかった特にうどんの汁が濃いだけのシンプルな味はげんなりさせてもらったただ寺原駅近くの「ふる川」はよく通ったとくにカレーめちゃくちゃ美味かった1997年からパソコンをミドリ電化で38万で購入して作詞やネットに興味を持つまどみちお詩集を読みだす作詞に近い詩を書き始める「Kマーホ」という名で詩を書き始める目標を300篇と決めて詩を思いついたらメモをつけるようになる週末は家に引きこもり一日中、音楽を聴きながらパソコンがあるのにまだワープロで詩を清書していた1998年から2002年まで「Kマーホ」の名で詩に団体に参加したり詩の賞に応募したり詩集を自費出版したりこの当時参加していた詩の団体にはもうドロドロとした詩を書く人やあまりにも読み解けない詩や暴力的な人やいい人もいたけど自分とは全然目指している方向が違うので2年目ぐらいで辞めたそれからは詩の団体に興味は無くなったそれから自費出版した詩集を全国の小中学校や全国の図書館へ寄贈して活動を休止理由は2000年に結婚してから集中して詩を書く時間が無くなってきたから2002年に2つの詩集を出版して詩の事は全部段ボール箱へ入れた2003年から2019年まで育児に重点を置いて生活をするこの時期は友達とも連絡を切っていたのでのちに死亡説や宗教説が出ていたらしい2003年7月から現在は静岡県在住もう20年以上住んでいる2019年るんぺんパリ【RunPenParis】の名で詩を書き始めるSNSでの詩の発信を始めるるんぺんパリ【RunPenParis】とはフランスはパリの街をぺんを持って走るという意味から【RunPenParis】ができた1973年8月1日生まれ(もうすぐ51歳)しし座O型右利き詩・詩集・ことばをデザインアート・写真・小説・ペン画松尾芭蕉の生家がある伊賀市で十代までを過ごし俳句が幼少期から身近に存在していた二十代から詩を書き始めて「Kマーホ」名で活動(1999-2002)詩集6冊を出版して活動休止その後松尾芭蕉の俳句のようなシンプルな言葉遊びを詩で出来ないかと考えていた中で令和元年(2019)に「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で活動を再開SNSに140文字に言葉をデザインした詩「140文字詩」を毎日投稿する活動を始める2023年9月に140文字詩が1200作品に到達した事で「140文字詩」を全国へさらに世界へと俳句のように広く知られる存在になって欲しい◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧【2023年】Amazonで販売2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」【2022年】Amazonで販売2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」【2021年】Amazonで販売2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」【2020年】Amazonで販売2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」【2019年】Amazonで販売2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002)【2002年】2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」2002/4/4 第5詩集「コールサック」【2000年】2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」【1999年】1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」【受賞】2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
2024.07.14
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鮮明な夢を見てその後寝つきが悪くなり、これを書きだした。夢の内容はこうです、家族と出かけようとしたら、高校生の生意気な男に変な態度を取られた、その高校生の男の近くには小学生のこれまた生意気な男の子がいた。その生意気な二人は兄弟で何処かへ向かうようで、自分たち家族と同じ方向だった、その生意気な兄弟の態度が気にくわない自分は、その感情を兄弟に向けて放った、大事にはならなかったが、その兄弟も不満気だ。その後、一人の男が自分たち家族を威嚇して来た、自分も売られたケンカを買って見たら、あの生意気な兄弟の父親だった。それぞれが敵対する関係になった。その自分たち家族は何処かお店から出ようとしたら、高校生の自転車が邪魔をしていたので、自分はその自転車を踏みながらその場を脱出した。その行為で絡まれたが、それほど盛り上がらなかったその後、別の店に入ったら、あの生意気な兄弟がいたが、自分たちには気が付いていなかった、ふと近くにその兄弟の父親がいたのでなぜか自分から絡みにいった。少ししたら兄弟も気が付いて、不快な顔を自分たちへ向けて来て、またもめ事が始まりだした時に目が覚めた、不快な気持ちで寝ていられなかったという感じでモヤモヤした感情があって、今起きて、この夢を記録している。断片的な記録で夢の中の事なのでストーリーが無いのは何故だろうと思う。夢の中で家族といたけど家族は出て来ないのは何故だろう。この兄弟と父親は何を絡んで来るのだろうか。この夢の内容からしていい予感も無いし、もやもやしながら朝を迎える事になるし、何とかポジティブに考えてこの後を過ごしたいけど難しいから色々と気を付けて行こうと思った。昨日寝たのは20時15分ぐらいでこの夢で起された時間は2時30分ぐらいだったかな、睡眠時間は6時間は寝ているから充分かなと思う。あとこの夢を見るきっかけのような事を思い出してみた。まず一つは朝にじろっと見て来るおじいさんと出会って嫌だった。お昼に珍しく自分の言いたい事を言ったら、逆にもやもやした気持ちになった。これから大きな責任を負う内容の話しがあった。意外な人が離れて行く事を知った。自分の環境が大きく変わり始めた。その環境から逃げられる方法の行方がまだ決まらない。今の環境から逃げたい気持ちもあるけど、がんばろうと言う気持ちもある、今は逃げたいが上回ってい感じ。先週に楽しい事があってその楽しさが終わって寂しさが来ている。梅雨が近づいている。夕方に物凄い勢いで追いついて来る軽自動車に出会った、ここ最近では2回目の遭遇。ゆっくりとテレビを見て笑いたいけど、面白い番組が無く早く寝床につく。もうすぐ満月が見られる、とても興奮してくる。それで良しとしたいから夜は晴れますように。
2024.05.22
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【自己紹介 2024年5月3日】三重県伊賀市出身旧名の上野市に1976年から1996年6月まで住んでいた伊賀市で有名なのが伊賀流忍者伊賀牛松尾芭蕉俳句上野城小学校までは依那具にある市営の城ケ丘住宅で過ごし小学校の通学路にある垂園森でよく遊んだ現在も存在しているがオバケが出そうな森中学校から市街の上野城の城下町で過ごした中学校の3年間は転校生という立場と中一で足の骨折中二で腕の骨折どちらも遊んでいての骨折2回中三の高校受験でいい想い出は無い高校2年生で小学校の時にサッカーで出会った旧友とバンドを組んだその時が一番楽しかった。1993年一人暮らしを始めるやっと自由になった気がした2年間ぐらいは金が無くて通帳の残高は毎月マイナス50万スレスレ生活1996年7月から2003年7月の7年間は茨城県と千葉県の県境利根川の近くに住んでいたこの界隈を走るタクシー運転手の態度は本当にムカつくからこっちも態度悪く乗ると気分の悪さはお互いさまになる関東平野は景色が無くここでの生活は落ち着かなかった食文化も人も気候も水も肌に合わなかった1997年からパソコンを38万で購入して作詞やネットに興味を持つまどみちお詩集を読みだす作詞に近い詩を書き始める「Kマーホ」という名で詩を書き始める目標を300篇と決めて詩を思いついたらメモをつけるようになる週末は家に引きこもり一日中、音楽を聴きながらパソコンがあるのにまだワープロで詩を清書していた1998年から2002年まで「Kマーホ」の名で詩に団体に参加したり詩の賞に応募したり詩集を自費出版したりこの当時参加していた詩の団体にはもうドロドロとした詩を書く人やあまりにも読み解けない詩や暴力的な人やいい人もいたけど自分とは全然目指している方向が違うので2年目ぐらいで辞めたそれからは詩の団体に興味は無くなったそれから自費出版した詩集を全国の小中学校や全国の図書館へ寄贈して活動を休止理由は2000年に結婚してから集中して詩を書く時間が無くなってきたから2002年に2つの詩集を出版して詩の事は全部段ボール箱へ入れた2003年から2019年まで育児に重点を置いて生活をするこの時期は友達とも連絡を切っていたのでのちに死亡説が出ていた2003年7月から現在は静岡県在住もう20年以上住んでいる2019年るんぺんパリ【RunPenParis】の名で詩を書き始めるSNSでの詩の発信を始めるるんぺんパリ【RunPenParis】とはフランスはパリの街をぺんを持って走るという意味から【RunPenParis】ができた1973年8月1日生まれしし座O型右利き詩・詩集・ことばをデザインアート・写真・小説・ペン画松尾芭蕉の生家がある伊賀市で十代までを過ごし俳句が幼少期から身近に存在していた二十代から詩を書き始めて「Kマーホ」名で活動(1999-2002)詩集6冊を出版して活動休止その後松尾芭蕉の俳句のようなシンプルな言葉遊びを詩で出来ないかと考えていた中で令和元年(2019)に「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で活動を再開SNSに140文字に言葉をデザインした詩「140文字詩」を毎日投稿する活動を始める2023年9月に140文字詩が1200作品に到達した事で「140文字詩」を全国へさらに世界へと俳句のように広く知られる存在になって欲しい◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧【2023年】Amazonで販売2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」【2022年】Amazonで販売2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」【2021年】Amazonで販売2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」【2020年】Amazonで販売2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」【2019年】Amazonで販売2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002)【2002年】2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」2002/4/4 第5詩集「コールサック」【2000年】2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」【1999年】1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」【受賞】2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
2024.05.03
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【自己紹介 2024年4月21日】三重県伊賀市出身旧名の上野市に1976年から1996年6月まで住んでいた小学校までは依那具にある市営の城ケ丘住宅で過ごし小学校の通学路にある垂園森でよく遊んだ現在も存在しているがオバケが出そうな森中学校から市街の上野城の城下町で過ごした中学校の3年間は転校生という立場と中一で足の骨折中二で腕の骨折どちらも遊んでいての骨折2回中三の高校受験でいい想い出は無い高校2年生で小学校の時にサッカーで出会った旧友とバンドを組んだその時が一番楽しかった。1993年一人暮らしを始めるやっと自由になった気がした1996年7月から2003年7月の7年間は茨城県と千葉県の県境利根川の近くに住んでいた1997年からパソコンを38万で購入して作詞やネットに興味を持つまどみちお詩集を読みだす作詞に近い詩を書き始める「Kマーホ」という名で詩を書き始める目標を300篇と決めて詩を思いついたらメモをつけるようになる1998年から2002年まで「Kマーホ」の名で詩に団体に参加したり詩の賞に応募したり詩集を自費出版したりその自費出版した詩集を全国の小中学校や全国の図書館へ寄贈して活動を休止2003年から2019年まで育児に重点を置いて生活をするこの時期は友達とも連絡を切っていたのでのちに死亡説が出ていた2003年7月から現在は静岡県在住もう20年以上住んでいる2019年るんぺんパリ【RunPenParis】の名で詩を書き始めるSNSでの詩の発信を始めるるんぺんパリ【RunPenParis】とはフランスはパリの街をぺんを持って走るという意味から【RunPenParis】ができた1973年8月1日生まれしし座O型右利き詩・詩集・ことばをデザインアート・写真・小説・ペン画松尾芭蕉の生家がある伊賀市で十代までを過ごし俳句が幼少期から身近に存在していた二十代から詩を書き始めて「Kマーホ」名で活動(1999-2002)詩集6冊を出版して活動休止その後松尾芭蕉の俳句のようなシンプルな言葉遊びを詩で出来ないかと考えていた中で令和元年(2019)に「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で活動を再開SNSに140文字に言葉をデザインした詩「140文字詩」を毎日投稿する活動を始める2023年9月に140文字詩が1200作品に到達した事で「140文字詩」を全国へさらに世界へと俳句のように広く知られる存在になって欲しい◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧【2023年】2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」【2022年】2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」【2021年】2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」【2020年】2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」【2019年】2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002)【2002年】2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」2002/4/4 第5詩集「コールサック」【2000年】2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」【1999年】1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」【受賞】2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
2024.04.21
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伊賀から素敵な絵本が届いた。 桜が咲くのを待つ この時期 事実として今生きている事に 暖かくなって来た風が 心地よく感じて ふと ぼんやりとしてしまう
2024.03.30
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昨日の朝9時に出発して伊賀上野に向かった一人の客人を乗せてインターに繋がる信号機で後ろについた車が気になったおそらく近所の人だたぶん静岡へ行くんだろう料金所であっという間に先を急いで行ったお土産は出来なりの場所で買うつもりだから進めるだけ走ろうナビは4時間で着きますと表示客人は静かに乗っている清水でトイレ休憩雨はひどくは無いが不快お土産にわらび餅を買ったが店員さんがカタコトの外国人で一個300円と少し不信感で走り出す今朝は寒かったので車内の温度設定は25℃とても寝心地のいい環境で客人は気持ち良さそうだがこっちはもう危険を感じる眠気と戦う掛川でトイレ休憩顔を洗い客人のお仏壇へ少し手を合わせる為のお土産と本当に目的の伊賀上野へのお土産を買う温かいブラックコーヒーを飲み干した客人はお土産を買ってきたうなぎパイだったなんと無くがっかりしたもっと目移りしそうなお土産があるだろう客人は80歳手前の女性少し同じ事を聞く事が多くなってきているらしい腰が悪いのでその痛みをさせる体勢で歩きもう思うように歩けているとは言えないが本人はまだ自信を持っている感じ簡単にまとめるとまだまだ頑固な客人掛川で眠気を飛ばして車内温度を24.5℃にして先を急いだ客人はもう眠気にやられいい気持ちで眠っている掛川で買った眠気覚ましのタブレットが安心を少しくれた愛知県に入った頃客人が話を始めた2話あったが1話は続かずもう1話は一方的に話が進んだ内容は昔の考え方でのイザコザお墓に入れないとかお金は死んだら全部、国に取られたとか客人が全部、最後の世話を片付けたとかもうこんな昔話は生では聞けないだろうと聞いていたら客人がお昼はどこで食べようかと話を変えてきた刈谷がいいというので刈谷で昼食にした客人はカツカレー自分は味噌カツ定食1100円これから渋滞があるかもと言う事でトイレを済まし行こうとした時客人がカレーの後の口が気持ちが悪いから何かさっぱりした物を食べたいと言い出した少しわがままを言い出したこっちは最終目的の伊賀上野へ早く着きたい今日は土曜日だし車も多い一緒にプリンを食べようと誘われたがそんな時間の余裕は無く冷たく断ったこういう状況は避けたかったが仕方が無いこの年代の人は甘く返すとその甘さにどんどんわがままになるから客人はワッフルを2個買いそうになったが瞬時に自分はいらないですと断ったら1個にしていたお腹が膨れると眠くなる事を理解していないからようだたぶんそんな事は一切考えて無くて客人は自分の欲を満たしたいだけの事に気をつかって巻き込んできたと思った予想通りに刈谷を出発したらいきなり渋滞になった三車線が一車線になる渋滞1.6km原因は道路中央に出来た穴だった高速道路では危険な穴に感じたその後は順調に進み客人を関まで届けて仏さんになむなむとしてトイレを借り客人がお礼のお金を用意している間に逃げるようにその場を去った4時間ぐらい着く予定が5時間30分もかかった客人の世話とお昼の時間が予定を超えた身軽になったそのスピードで伊賀上野の実家へ年末に自動車に引かれた母の近況を確認補聴器を付けないので話がかみ合わず5分ぐらいどんな状況で住んで居るのかをカメラに収めて戻る事にしたそれにしても伊賀上野はつまらない覇気を感じないこの雰囲気が嫌いだこの日は曇天で特に暗い感じがしたもうここには来たくない感情が大きくなったその気持ちはそのご東名阪から伊勢湾岸道新東名を懐かしい音楽を大音量で80kmのスピードで走って返って来たナビが目的地到着のアナウンス4時間34分自宅着は20時31分まだいつも好きで見てる番組が見れたこの時のビールが本当にうまい
2024.03.24
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原因を伝えてもその原因を否定してくるのが洗脳された人間である事は確かだ洗脳された人間を自分の方向へ持ち込む時間が一番無駄な時間だその無駄な時間でしか解決できない原因があるのが事実で現実この事実と現実を何度も変えようとすると行き詰まる行き詰った時に割り切るという選択肢が出れば救いの道があるように思うがガマンが増える割り切るを選ばないとしたら乗り切るという選択肢がある乗り切るにはどうしたらいいのかこれを考え出すとかなり泥沼に入ってさらにややこしい悩みが生まれるそれ以外を考えよう割り切るでは無く、乗り切るでは無く、超え切るだ超え切るのが、一番の解放だどうやって超え切るのか例えば真面目な考えの人は正論だという事を前面に説明してくるその説明を聞き切るとその真面目な考えの人は満足する、それを繰り返してあげるとその真面目な考えの人は正論に溺れだす溺れだすとは否定の考えが出て来ない事で息継ぎの方法を忘れだす、そうすると元々が真面目な考えだから、人の話を一度で聞き取る事が難しくなるなぜ難しくなるのか、人は否定の意見から自身の考えを整理して成長するその否定の考えが入って来なくなったらその整理する能力が退化して傾聴し整理する能力が発動しづらくなりこの真面目な考えの人は真面目に壊れだすこれで真面目な人の洗脳にズレが出るこの真面目な人は自身の原因からは外れてくるだろう。もう一つ、何でも感でも思いついた言葉を発して他の人への思いやりが薄い人がいるこの人はかなり利用できる人だこういう人はもう自由にさせておけば自分で自分を苦しめて自爆してくれるが自爆してもらったら、利用できないので自爆ギリギリで助けてあげる事を繰り返せばいいこの人はその内、自身を助けてくれる存在として日に日に変わっていくそうすると自身の原因からは外れて来るだろう原因とは逃げようとする事では解決しない原因はいとも簡単に処理できるそれは原因を超え切る事だ割り切る選択肢はガマンする事になるが超え切ると解放に向かう原因は原因と呼べないくらいの高みへ行けばいいだけの事それは楽では無いけど、いずれ楽になる。原因は人それぞれで沢山の方法を考えてしまうけど考え方は単純にした方がいいそして単純に考え過ぎた時に軽率な行動は違う、単純を軽率にしないで欲しい。単なる純粋な考えを大事に超え切って下さい。
2024.02.25
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芭蕉ブレンド
2024.02.17
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