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東野圭吾「天空の蜂」を読んだ。(この記事はネタばれあり) 自衛隊に引き渡されるはずだった大型ヘリ「ビッグB」。それが何者かによって盗まれた。しかもこのヘリは高速増殖炉「新陽」の上空でホバリング。犯人からは日本中の原発を破壊するように要求があった。要求が受け入れられない場合、新陽にヘリを墜落させるという。ヘリの内部には爆薬があり、もしヘリが新陽に落ちればどうなるのか?しかも、ヘリは自動操縦になっており、内部には子どもが一人乗っている。ビッグBの設計者、警察、原発関係者の長い一日が始まった。東野圭吾としては長い作品となった。私が読んだ講談社文庫で600ページ以上ある。この作品が発表されたのは1995年。原発を取り巻く環境で今も変わらない。核廃棄物問題は今でも解決していない。原子力発電は、「核の平和利用」というテーマの下推進されてきた。核兵器から生活に直接役立つ発電へ。その言葉に、一時的とはいえ多くの人は信用を寄せてきた。どこかに「科学技術は人を幸せにする」と信じていたのかもしれない。だが、「核のゴミ」である核廃棄物をどうするのか?青森県六ヶ所村で再処理した後、ガラス固化し地中深く埋めるという。「どこに埋めるか」という点についてはまだ決まっていない。今日も原発は新たな核廃棄物を出しているというのに。「天空の蜂」は、この核廃棄物についての問題提起がテーマになっている。行き場のない「核のゴミ」は、各原発に保管されたまま。原発が「トイレのないマンション」と呼ばれるのはこうしたことがあるから。現に、2007年高知県の東洋町で問題が表面化した。高レベル核廃棄物の処分場誘致が騒動となった。町長が受け入れ調査誘致に応募。誘致反対派の講義もあり、この町長は選挙で落選した。この件については以下の記事で書いた。東洋町、核廃棄物にNO!また、原発作業員の犠牲という点をも忘れてはならない。危険な一次冷却水に関連する作業は、電力会社ではなく下請け作業員が行う。現場で放射線被曝量が守られているとは思えない中で。そうしなければ、日本の原発は定期検査すら満足には行えない。原発での現場については「天空の蜂」でも描かれている。こうした作業員たちは、核について教育すら満足に受けていない。思い出してほしい。茨城県で99年に起きた東海村JCO臨界事故のことを。核燃料が怖いことを知っていたなら。作業員たちはバケツでウラン化合物を扱ったりしない。結局JCOの事故で、作業員3人のうち2人が亡くなった。これが「原子力の平和利用」の現実だ。「安全でコストも安い原発」というのが本当か否か。それは、現状が示したとおり。新潟県中越沖地震後に止まったままの柏崎刈羽原発。今でも動いていない。この間の点検作業などにコストはどのくらいかかっているのか?東京電力が盛んに流している柏崎刈羽原発のCMだけで相当なものになるだろう。そのコストは電力料金に上積みされているのか?救いのない物語のようだが、唯一の救いは少年の救助を担当した上条たち。自衛隊救難隊メンバーだ。この部分は読んでいて手に汗握った。作者の東野にしてみれば、「してやったり」の部分に違いない。本当に原発は必要なのか?原発のない地方に住む人々。特に都会に住む人はそんなこと考えもしない。核廃棄物をどこに埋めるか?それも気にしている人はあまりに少ない。では、原発の現場で危険な作業をしている人たち。その人たちのことを考えているだろうか?私は断言する。この世には必要のないものがたくさんある。過剰な冷房と電灯。それらを少しだけ使わないようにするだけで、いろんな問題は解決しないか?もう一度訊く。本当に原発は必要なのか?追記実際にこのような事件が起きた場合、どうなるのか?「あなたとは違うんです」と逆切れする首相はリーダーシップを発揮できるのか?漢字の読めない首相任せて安心なのか?考えるだけでため息が出る。「天空の蜂」を「ホワイトアウト」と比較する人が多いようだ。何の縁なのか、講談社文庫で「天空の蜂」の解説は真保裕一。「ホワイトアウト」の作者だ。雪深いダムと真夏の原発。テーマに違いはあるものの、似通ったところがあるのは否定しない。この作品の中で、あるロックバンドが反原発のアルバムを出すという部分がある。それは、RCサクセションが出した「カヴァーズ」のこと。親会社が原発関連というのは東芝のことだ。結局、このアルバムは別の会社から出されることになった。***********************関連記事『天空の蜂』東野圭吾↑この作品に関する記事。こちらの記事を書く際、参考にさせてもらった。バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.31

前にも記事で書いたけど、先月からログインの回数が減った。そのため、このブログも以前のように更新できていない。 今後、このブログをどうするかは現在検討中です。今年もお世話になりました。みなさん、よいお年を!バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.30
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下川裕治の「5万4千円でアジア大横断 」を読んだ。 下川氏は、肉体的精神的に辛い旅が好きでやっているわけではない。今回も依頼があってバスでアジアを横断するという旅に出た。出発地は日本橋。ここからアジアハイウェーを西へと向かう。目的地はイスタンブール(トルコ)の少し先。博多から船に乗って韓国へ。韓国の仁川(インチョン)から船で中国へ。途中、閉鎖的なビルマ(ミャンマー)を飛ばしてインド、バングラデシュと向かう。イラン、トルコと西へ向かうバスを探して。この本がいいところは、「旅した気分になる」ということ。普通の人にはできない経験を、活字を通してその気分になれる。下川氏は、酔狂な旅ばかりしているわけではない。以下のような著作もある。ここで紹介しておく。 以前から、バンコクなどでは「外こもり」という言葉が使われるようになっていた。「外こもり」とは、日本である程度の金を稼ぎバンコクなどで長期滞在すること。バンコクでは旅行者にとってのインフラ整備が出来上がっている。日本食はもちろんのこと、ネットに漫画、メイド喫茶まであるという。滞在費も日本に比べたら安い。日本にいても面白くないという若者は、「沈没」と呼ばれる滞在を楽しむ。それは、「目的のない旅」と言ってもいいかもしれない。バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.29
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先日、東野圭吾の「変身」を読んだ。(この記事はネタばれあり) もし自分が少しずつ失われていくとしたら・・・。もし「自分の中にいるもう一人の自分」に占領されるとしたら。その恐怖を描いた作品がこれだ。成瀬純一は両親をそれぞれ病気で失った。いわば天涯孤独の青年だ。工場で油まみれで働く。いつでも控えめに。それが彼の姿だった。しかし部屋を探すために訪れた不動産屋で強盗事件に巻き込まれる。取引のために店が用意していた2億円を、犯人は狙っていた。純一と同じく、客として来ていた婦人の幼い娘。彼女に銃口が向けられた時、純一は彼女をかばおうとして頭部を撃たれる。普通なら死ぬところだったが、堂元博士によって助けられる。純一は他人の脳を移植された。世界初の成人脳移植手術は無事成功したと思われた。しかし純一は徐々に性格が以前とは違ってくる。絵を描くことが好きだったのに以前のように描けなくなる。感情的になりやすく、職場でも人間関係が壊れる。それでも堂元博士とその助手たちは「異常なし」と主張。純一は脳を提供したドナーについて自ら調査を始める。「変身」は改めて言うまでもなく医学がテーマになっている。著者の東野は大学工学部を出てはいるが医師ではない。こうした内容の小説を書くには専門的知識に欠ける部分があるはずだ。しかし私が感じるには、「医師でないこと」が小説を面白くさせている。医学界での問題点は、象牙の塔だけで話すべきことではない。「素人としての観点」こそが求められる場合がある。私がこの作品を読むにあたって気がついたことは以下の点だ。1、「欠損家族」の描き方。2、純一は脳移植手術を受けるべきだったのか?3、最後に出てくるが、「人の死とは何か」という疑問。1については、宮部みゆきを思い出す。彼女が描く主人公は「欠損家族」の中にいる。家族が欠けているということ。それは、人物を描く側にとっては便利なのかもしれない。足りない部分を文字で表現することができるからだ。東野は別の作品でも主人公に「欠損家族」という環境を与えてはいなかったか?「欠損家族」は宮部の専売特許ではないということだ。また、「自分が自分でなくなる」という内容について。これは村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を思い出す。「世界の終り・・」は二つのことが同時進行するという内容。「計算士」の「私」が私には純一と重なって見えた。脳移植手術の是非については人によって考え方が違うだろう。「何としても生きていたい」と考えるなら、手術を受けるべきかもしれない。しかし、「自分が自分でなくなる」という恐怖感は厳しいものがある。しかもドナーが誰であるか秘密にされるようでは二重の苦しみだ。「人の死とは何か」という疑問についても、いろんな意見があるに違いない。自分の脳とドナーの脳が半々であったなら。その人はどちらなのか?さらに、自分の脳が2割でドナーの脳が8割だとしたら。それは自分と言えるのか?純一や恵の疑問は私の疑問でもある。医学の発達は、そのうち脳移植を可能にするかもしれない。以前は不可能だった心臓移植が可能になったように。破壊されていく純一の心。そして彼を支えようとする恵の献身的な対応。苦しみが痛い作品だった。この作品が発表されたのは1991年。「放課後」が88年だから初期の作品と言える。東野がすごいのは、作家としての磨耗を感じさせないこと。いろんな分野に手を出し、多くのファンから高い評価を得ている。最近では、「ガリレオ」シリーズがドラマや映画にもなった。「容疑者Xの献身」では直木賞も受賞した。バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.28

年末年始、アルコールを飲む機会が増える。その際、注意しなければならないのが飲酒運転だ。 飲んで車を運転し他場合、事故を起こす可能性が増す。しかし飲酒運転を注意したとしても、こんなこと言う人もいる。「まだ誰も死んでいないじゃないか」「責任は私が取る」この言い分は言語道断なのだが、この手の言い訳は他の場面でも見られる。例えば老人による火の不始末。火をつけていたのを忘れたのではなく、火をつけたままその場を去る人がいる。それでも注意すると、こんなことを言う。「まだ火事になっていないじゃないか」「自分の家なのだから、自分の好きにする」「責任は私が取る」誰も、「いつ火事が起きるか」なんて知りはしない。あるホテルマンがこんなことを言っていた。夜勤の際、フロントのマネージャーはビールを飲むのだという。夜中の休憩中なのだが、それでも勤務中にビールはよくない。もちろん就業規則に違反する。なぜなら、もし火事が起きればフロント勤務者は客の避難誘導をする必要がある。ビールを飲んで避難誘導や初期消火ができるわけがない。それを部下に注意されるとこう言った。「お前にそんなこと言われる筋合いはない」フロントの同僚もこう言う。「火事になんかならない。」「もし何かあれば、責任はマネージャーが取る」これらの人は、いつ事故や火事が起きると知っているのだろうか?そんなこと知っているのは神か預言者に違いない。また、上記の場合誰かが死んだ時はどうやって責任を取るのか?断言するが、誰か死んだ場合に責任など取れない。刑罰や金は、命に比べればとても小さいが、少しでも「補う」ものでしかない。それを理解していたなら、「責任を取る」などとは言えまい。飲酒運転をしてはならない。台所で火を使っているなら、火を放置したまま短時間でも外に出てはならない。ホテルマンは夜中の休憩中であってもビールを飲んではならない。なぜこうしたことが理解できないのか?バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.27

今年も残りわずか。初詣などで出かける機会も多くなる季節。インフルエンザなど感染症予防のため、「せきエチケット」を守りましょう。 各自治体も以下のように呼びかけている。咳(せき)エチケットを守りましょう!せき・くしゃみをしているあなたへ(せきエチケットを守っていますか?)インフルエンザなど予防するために、「せきエチケット」を!バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.26

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2008.12.25

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2008.12.24

先日、山田悠介「リアル鬼ごっこ」を読んだ。古本屋で安く売っていたから思わず買ってしまった。感想を正直に書くと、以下のようになる。くだらない。読む価値なし。こうした本が100万部も売れているとは。日本が平和な証拠。バナーにクリック願います。 ***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.23

先日、時間があったので映画「WALL・E」(ウォーリー)を観た。前評判が高かったので見逃すまいと久しぶりに映画館へ行った。(この記事はネタばれあり) ピクサーとディズニーが手を組んだこの作品。ゴミ処理に明け暮れる古臭いロボットのウォーリーは地球で孤独だ。人間たちはゴミだらけの地球から逃げ出し、もう700年も宇宙を漂っている。宇宙船アクシオムの中で、人間たちは歩くことさえしようとはしない。地球にいるウォーリーの前に現れたのが白いロボットのイブ。彼女(?)は高性能で強い。手から出る光線は、あらゆるものを破壊する。イブは人間たちが生物を探すために地球に送り込まれた。ウォーリーはイブに植物を見せたとたんそれを胸にしまって動かなくなる。やがてイブを回収しに連絡艇がやってくる。ウォーリーはイブを追いかけるべく、宇宙へ向かう。この映画に含まれたいろいろな教訓。「人間が歩けることの喜び」「環境破壊への警告」「機械に任せず人は自分のことを自分で決めることの大切さ」その前に、「手をつなぎたい」というウォーリーとイブの関係が面白い。ミュージカル「ハロー・ドーリー!」に感化されたロボット。それが機械らしくないウォーリーだ。それは理解できるのだが、私は期待が大きすぎたのか素直に感動できなかった。当たり前のことだが、ウォーリーとイブは所詮機械でしかない。イブの目がいかに変化しようとも、人間の表情とは比べ物にならない。私だけかもしれないが、機械の恋を見て人間が楽しむのはどうかと思う。また、地球に戻ってきた人間たちの今後を考えるとハッピーとは言えない。歩くことが苦手な人類は、今後感染症や腰痛に悩まされる。(ウォーリーがアクシオムに進入した時点で、病気が発生しかねない)その代わりに得るものは「生きているという実感」だ。それを手に入れるためにどれほどのものを失うのだろう。彼らが帰ってきた地球はゴミだらけ。生命体がほとんどいない世界だからだ。それでもいつまでも宇宙を放浪しているわけにはいかない。宇宙での楽な生活と、ゴミだらけの地球。どちらが幸せなのだろう。ところでこの作品は、「2001年宇宙の旅」のオマージュになっている。(艦長が自分の足で立ち上がる場面にはシュトラウスが流れる。また、「機械対人間」という図式も共通したテーマ)ある程度の年齢でなければ、その意味は理解できないだろう。しばらく経ってから再びこの映画を観たら、印象が変わっているかもしれない。それには長い歳月は必要ないかも。***********************関連記事WALL・E/ウォーリー(吹替版)/WALL EWALL・E/ウォーリーと古代エジプトのスカラベ バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.22

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2008.12.21
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電車で前に座っている人がカエサルの「ガリア戦記」を読んでいた。厚い本だ。 私はいつになったらこの本を読むのだろうか。バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.20

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2008.12.19
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永世竜王がかかった将棋の竜王戦。3連敗から3連勝した渡辺竜王と4冠で名人の羽生善治。勝負の第7局は将棋の町天童で行なわれ、140手で渡辺明が勝利。初代永世竜王の資格を手に入れた。 棋譜など詳細は、このページで紹介されている。第21期竜王戦中継将棋界で3連敗から4連勝したことは今までのタイトル戦ではなかった。しかも、渡辺は天童での対局を苦手にしている。これまで竜王戦で3連敗していると本人がインタビューで語っていた。しかし渡辺は将棋の世界に新しい歴史を作った。渡辺のブログはこちら。竜王戦七番勝負第7局。しかも、相手は「最強の挑戦者」で現在4冠の羽生善治。将棋界にある7つのタイトルを独占したこともある。羽生にとっても今回の竜王戦は永世竜王と「永世7冠」がかかっていた。(永世竜王は5連覇か通産在位7期でその資格が与えられる。渡辺は4連覇中。羽生は通算在位6期だった)この勝利は、最後まで勝負を捨てなかった渡辺の執念にあることは間違いない。しかし、その影で奥さんの支えがあった。渡辺夫人によるブログ記事がそれを証明している。『スラムダンク』↑この記事は、11月25日に更新されたもの。つまり、夫である渡辺が3連敗。第4局の前日に書かれたものだ。これほど力強い応援があるだろうか?私はこの記事を見て笑った後、不覚にも泣いてしまった。谷川など、第5局の解説陣も「もし竜王戦が第4局で終わったら」などと言っていた。羽生の勝ちは誰の目にも明らかに見えた。事実、この第4局は開き直った渡辺が負けを覚悟しながら逆転した。渡辺は第4局対局中に敗戦の弁を考えていたそうだ。そして今日の第7局も熱戦を制した。正直、第7局はどちらが優勢か判断の難しい将棋だった。羽生にも「勝ち筋」はあった。決して羽生にチャンスが無かったわけではない。本人が語っているように、「勝ちきれなかった」というのが正直なところだろう。文字通り、渡辺はあきらめなかった。この若き勝負師にしてこの奥さんあり。おめでとう!渡辺永世竜王!追記羽生にとっては残念な結果になったが、彼は最強の棋士。来年再び永世竜王に挑戦してもらいたい。第6局など、食事も満足に食べられなかった体調不良が影響したか。タイトル戦が続き、今年も羽生にとっては厳しいスケジュールだった。しばらくはしっかりと休養してほしい。バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.18

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2008.12.17
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重松清の「星に願いを~さつき断景~」を読んだ。 この作品は、1995年から2000年まで3人を描いたもの。それぞれの5月1日、どんな過ごし方をしているのか。成長と苦悩がちりばめられている。高校生から浪人を経て大学生になったタカユキ。朝食の写真をHPに載せているヤマグチさん。そして娘が嫁ぎ、定年が見えているアサダ氏。当時の阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件がどのように感じたのか。「重松クロニクル」としての価値も持つのだろう。重松は学校や家庭での描写を得意としている。学校では劣等性を、父親は娘の扱い方に苦労する。そして家族が病気で亡くなることも。重松の意図は分かってはいるのだが、読者を飽きさせない。人は忘れる。忘れないと生きられない動物でもある。だが地下鉄サリン事件は事実として起きた。犠牲者やその家族にとって、忘れることはできない。それと同時に、「危うく事件に巻き込まれるところだった」人も同じだ。トラウマとなって嫌な記憶が残る。バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.16

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2008.12.15
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先日、東野圭吾の「むかし僕が死んだ家」を読んだ。(この記事にはネタばれあり) 最近での作品で東野といえば「ガリレオ」シリーズ。ドラマや映画にもなった。今回読んだ「むかし僕が死んだ家」は彼としても異色作。昔別れた彼女が一緒に小海線沿線にある古い家を訪れてほしいと依頼する。すでに結婚している彼女はどうして夫にそれを頼まないのか?読者にはすぐ明らかになる。彼女には小学生以前の記憶がない。問題の古い家に、何かその秘密が隠されているのではないかと考えている。元の彼氏は気が進まないが、結局彼の車でこの家を訪ねる。物語の前半で二人はこの家にたどり着く。だから、話のほとんどがこの家の中だけで展開する。作家としては、両手が縛られたような中でどう読者に読ませるのか?それが多くのファンがいる東野の見せ場となる。家族が住んでいたと思われる古い家。しかし電化製品がなく、水道などのインフラが整っていない家。何のためにこの家は存在しているのか?そして彼女との関係は?第2章では、家の中で見つかった小学生の日記で細い糸は手繰られる。その後、この家に住んでいた家族の手紙も見つかる。「自分は誰か?」ということを疑いたくなる作品。読んで損はない。***********************関連記事むかし僕が死んだ家 バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.14

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2008.12.13

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2008.12.12
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先日、本屋に行ったら海堂尊の「螺鈿迷宮」が目に入った。人気があるというので買って読んでみた。(この記事はネタばれあり) 海堂尊は「チーム・バチスタの栄光」で知られるようになった作家だ。職業柄、医療関係のミステリーを発表している。今回の舞台は終末医療と解剖について。桜宮病院は終末医療を専門にしている病院だ。この病院の内情を調べるべく、東城大医学部の劣等医学生、天馬大吉が潜入する。ボランティアとしてだ。数日前に桜宮病院の院長と面談した後、失踪した男を追って。しかもこの病院では次々と患者が死亡する。前の日まで元気だった患者たちが、死ぬための3階に移されたとたん。「チーム・バチスタ」でも登場する厚生労働省の白鳥圭輔も登場する。今回は、彼の助手も引き連れて。(東城大病院「不定愁訴外来」の田口も少しだけ登場する)死亡した場合、日本では2%しか解剖されないという。大学病院など、先端医療を売りにしている病院ほど、この率は下がる。だとすれば、遺体に明らかな不審な点がない場合。死因すら明らかにされない。加えて、医師がその気になれば死因などどうにでもなる。解剖は密室で行われ、医師を監督する目が不足しているからだ。作者の主張はこうだ。作中でも出てくるオートプシー・イメージング(死亡時画像診断)の実施。医師は人の命を助けるために努力する。そのための健康保険も「生きている人のため」の存在している。死んだ人のために予算を割くことはしない。となれば、解剖の実施を推進するのは国しかない。解剖が増えれば、その資料は人を助けるためにも役立つ。正直に言うと、この作品はミステリーとして稚拙な部分がある。謎が次々に明らかになっていく様子は、主人公天馬大吉のためにある舞台。いくら彼には謎の裏側を知る権利があるとはいえ、話が容易に流れすぎる。それでも現役の医師が医療現場の裏側を教えてくれるのは貴重だ。追記作者は「ミステリー作家」だけではなく、以下のようなブルーバックスなども出している。 今後も医療現場からの発言を楽しみにしている。バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.11
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山本文緒「プラナリア」を読んだ。99年の直木賞受賞作だ。 この作品は、20台半ばの女性が主人公。彼女は若くして乳がんになった。手術し、再発も今のところ心配ない。しかし乳房は失われた。定期的にホルモン注射をしているため、薬の後遺症がある。気分が悪くなり、吐き気もする。彼女はこうした状況で将来に希望が持てない。大学生の彼氏には、がんについて「終わったこと」と言われる。家族からも同じように言われている。ひねくれていて、「生まれ変わったらプラナリアがいい」と言う彼女。そんな彼女に救いの手を差し伸べる人がいる。入院中に知り合った女性だ。甘納豆屋の雇われ店長をしている。自分の店で働かないかと主人公を誘う。週に4日働くことにした主人公。だが些細なことから主人公は無断欠勤。「がんのことはもう言うな」と釘をさす彼氏の前でがんの話をする。前向きになれない彼女を批判するのは簡単なこと。しかし、自分が同じ状況になったら果たして前向きになれるか。人というのはそんなに強いものなのか。それを考えてしまう。誰もが持っている人間の負の部分。それを現代的に描いたことが、この作品だ。医者は患者を診断し、治療する。この主人公のように手術して再発を防げばそれで役目は終わり。「2時間待ちの5分診療」も現実に大病院ではあること。では、その後のことはどうなんだろう。「主人公は病気がなくてもこんな性格だったに違いない」と言うこともできる。ただ、それでは済まない部分を私は考えてしまう。山本文緒は「恋愛中毒」も評価されている。次に読む本の候補に入れるべきかも。バナーにクリック願います。 ***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.10

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2008.12.09
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東野圭吾の「分身」を読んだ。(この記事はネタばれあり) 東野は読者を引き込むことのできる作家だ。多作であるにもかかわらず、レベルを保つのはさぞや大変だろうと思う。この作品は、二人の女子大生が主人公。実はこの二人、何から何まで瓜二つ。年齢がひとつ違いではあるが、東京と北海道に住んでいる。東京に住んでいるほうの女性がテレビ出演したことから二人は狙われる。看護婦をしていた東京在住の女性の母親は交通事故で亡くなる。一方、北海道在住のほうは母親による焼身自殺という過去がある。二人は何かに導かれるようにして互いの住む場所へ向かう。東京から北海道へ。北海道から東京へ。そして出生の秘密を知ることになる。二人の女性が最後の最後まで出会わない展開はさすがというしかない。東野の実力は本物だ。よく、「自分に似た人が世界には何人かいる」という話を聞く。都市伝説と言ってもいい。ケストナーが書いた「二人のロッテ」は双子だった。「出会うと死ぬ」と言われるドッペルゲンガーもある。しかし、自分の知らないところで兄弟でもない自分がもう一人いるとしたら。それは恐怖でしかない。バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.08

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2008.12.07

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2008.12.06

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2008.12.05
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重松清の「舞姫通信」を読んだ。(この記事はネタバレあり) 重松は多くの作品で家族を描いている。中年の父親がいて、息子はいじめなどで悩んでいることが多い。タイトルの「舞姫通信」とは、女子高で誰かが製作している新聞。舞姫というのは以前、この高校で飛び降り自殺した生徒のこと。すでに校内では伝説化している存在だ。この高校に赴任してきた古文教師岸田宏海。舞姫通信と自殺について振り回される。彼にも5年前に双子の兄を自殺でなくすという過去がある。「朝まで生テレビ」のような討論番組が、この作品では描かれる。内容は自殺について。しかし「常識人」であるパネリストたちは、下らない議論で時間を浪費する。そこに現れたのは城真吾という若者。彼は恋人と心中騒動を起こしたものの、彼女は死に彼だけ生き残った。彼が「自殺志願者」であることを告白することで、一躍時の人になる。だが、彼こそはプロダクションに作られた偶像だった。多くの人は「生きる理由」があって生きているわけではない。そんなこと深く考えずに生きているといっても過言ではない。それでも日本では毎年3万人もの自殺者が出る。多くの人が一度は自殺を考えたはずだ。「舞姫通信」の第6号は、「自殺する権利」について書いている。前にも別の記事で書いたと思うが、自殺する権利は法律家も考えている。ある刑法学者は言った。自殺が犯罪でない理由について。そのひとつが「自殺権説」だ。人は生まれる時と場所、そして環境を選ぶことができない。だから死ぬ時にはその権利を認めようとする考え方。この説に批判はあるだろうが、考え方自体が存在するのは事実。もうひとつが「自殺者無能力説」。この作品でもそのことが描かれている。終盤、城真吾が少女にナイフを向けられた時、彼はこう叫んだ。「助けてくれ!殺される!」これが自殺者といえども本能が出た瞬間だと言える。「自殺」と「他殺」の違いはあるが、人はこのように反応してしまう。ところが飛び降り自殺の場合、途中で自殺志願者が何かに引っかかったら。同じように「助けてくれ!」と叫んでしまうのだそうだ。つまり、自殺志願者は自殺を決行する場合、まともな判断力がなくなっている。だからこそ、自殺を犯罪として考えないのだそうだ。ついでながら、もし心中に失敗して城真吾のように生き残った場合。その人は罪に問われるのか?先程紹介したの刑法学者は刑罰の対象になることがあると語っていた。(そう言うと、文学者はその話を聞いて、「法学者は頭が固い!」と批判するという)だが実際問題として、生き残った人が起訴猶予になることが多いとも語った。起訴猶予を狙った保険金詐欺なども可能性としては残る。その点は警察関係者による事情聴取を信用するしかない。ところで素朴な疑問。この作品を読んで、自殺を考えた人はどれだけいるのだろうか?作品が発表されてから、かなり時間が経過している。だが社会問題になっているという話は耳にしない。それだけ読者はクールに対応しているのか?それとも重松の表現力に問題があるのか?自殺を肯定するわけではないが気になった。***********************関連記事重松清「舞姫通信」↑「舞姫通信」について書かれた記事。参考にさせていただいた。バナーにクリック願います。 楽天フォトの容量を増やしてください。***トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。その場合リンクは必要とはしません。意見があればメッセージでどうぞ。ただし荒らしと挨拶できない人はお断りです。今のところメッセージは全て読んでいます。
2008.12.04

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2008.12.03

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2008.12.02

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2008.12.01
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