全6件 (6件中 1-6件目)
1
コロナの影響で母と面会ができなくなった。 もう二か月以上あってない。母がホームに入る前は週に何回も会ってた。 いつでも会えた。今は会えない。 もう一,二か月は面会できないだろう。 母に会いたいと思う。顔を見て安心したいと思う。 ホームからは母の様子を知らせる手紙とか写真が送られてくる。 少しは安心するけど、やっぱり顔を見たい。 私はウオーキングの時母のホームの前を通るコースを週に一度は通る。 コースは3つあって私の家から西回り、東回り、駅へ向かうのコースのうちのどれかを通る。 母のホームの前を通るとお天気が良ければ塀越しに洗濯物がたくさんはためいているのが見える。 もちろんどれが母の洗濯物かはわからないけど、それを見たら建物の中に母が元気でいるのが見えた気がする。 母のホームは小規模で認知症に特化したホームで、二階建て。 一階9人、二階9人の入居者がいる。 あと介護職員の方々、調理の方々がいる。 入居者は大体ゆっくりでも動ける程度の介護度で寝たきりみたいな人はいない。 大体母と同年代の人が多いらしい。 親が80代とかになると子供も結構いい歳で病気があったりして親の面倒を見るのが大変になってくる。 認知症の人といっても奇声を上げたり、暴れたりするような人は見たことがない。 みんな穏やかに笑顔で接している。 そこはプロの職員さんが暖かく見守ってくれているからだろう。 そして母のホームの洗濯物を見てからUターンして帰ってくる。 今日は2.4キロちょっと、4500歩ちょっと。 今日は午前中義実家に行ってたから、午後から出かけた。ちょっと少な目。 でも明日は午前中体操、午後は母を病院に連れていくのでウオーキングの時間は取れないと思うし、あさってはヨガに行くから同じく行けないと思うので、次のウオーキングは日曜日かな? 無理をしないで続けていこう。ずっと自分の足で歩くために(^_-)-☆
2021.01.31
コメント(0)
うちがとっている新聞の記事に認知症に関する連載が載っていた。 アルツハイマー型認知症と診断された弁護士とその妻の体験が書かれていた。 最初は何度も同じことを聞くとかから始まって、夫はなかなか病院には行こうとはしなかった。 妻と一緒に受信してアルツハイマー型認知症と診断された。 夫は自分のその状態が受け入れられなくて暴れたりするのでデイサービスでも問題を起こす。 認知症専門のクリニックを見つけて通うようになった。 そこでの医師の投薬と説明で夫は徐々に落ち着くようになった。妻もどう接したらいいのか説明を受けた。 クリニックの院長は言う「。認知症は新しいことを覚えるのが苦手っていうことだけ。 苦手が一つ増えただけ。」 「よく怒るのは生きるエネルギーがあるから。」とも言われた。 妻も考え方を変えた。夫を支えるのではなくできることはやってもらい、夫の判断を尊重する。 妻は思った。夫が穏やかでないと自分も穏やかではいられない。 夫からのサインを読み解くようにした。トイレも夫のサインを読み取れれば失敗も少ない。 妻は言う。この暮らし、不便だけど不幸ではない・ 認知症の家族を理解し、寄り添うのは難しい。 私も母の行動にいちいちイライラしてしまった。 母の気持ちが見えなくなった。何を考えているのかよくわからなかった。 あまりに過去の母とは違ってしまって、理解できなかった。 でも今ホームで心穏やかに過ごす母を見ると、私の接し方ももっと工夫したらよかったなと思う。 ホームでは徘徊する人にも決して怒ったり叱ったりはしない。 その人の意思を尊重し、運動してるのね・頑張ってるねと声だけかけて見守る。 そういう穏やかな接し方が望ましいとわかっていても、私はなかなか実践できなかった。 周りの接し方で穏やかに暮らせるし、認知症の進行も緩やかにできるんのではないかと思う。 この連載はなかなか興味深い。スクラップブックに貼った。 最近夫が同じことを何度も言ったり、勘違い思い違いが増えてきた。 先の弁護士の男性と似ている。そろそろかもしれない。 この記事でいろいろ勉強してどう接したらいいのかを考えてみることにする。
2021.01.28
コメント(2)
去年12月舅が亡くなり、年末にお葬式、年をまたいで法事があります。七日ごとにお坊さんがお経を上げに来て、親戚が集まる。普段なら普通のことですが今はコロナ禍。家族葬というか最低限の人数でいいと思うのに、お葬式も結構人数が集まりました。故人がそれだけ慕われていたということなのかもしれませんが、もし我が家、わが一族でクラスターが発生したら時が気ではありませんでした。実際お葬式でクラスターが発生した例もありますし。でも嫁の立場でそんなことを言えるわけもなく、我が家は義姉が仕切っていて、一応夫は形だけの喪主ですが何も言えません。昨日も逮夜ということで、義実家に行ってきましたが、子や孫に該当しない親せきの夫婦が二人とも仕事を休んでまで来ているのにびっくりしました。そこまでしなくてもと思います。お葬式の時も、集まった親せきで会食し、49日にも会食の予定でした。私は免疫抑制剤を飲んでいて、免疫力が下がっているので、お葬式は焼香だけで最後まで残らないで帰りました。また49日も会食をするなら欠席しようかと思ってました。ところが義姉が会食を辞めてお弁当を取って持って帰ってもらおうと言い出したので、それならお焼香だけしようかと思っているところです。それでも49日には10人出席の予定です。遺族としては誰も呼ばず寂しく送り出したくないという気持ちなのでしょうが、万一ということもあります。今は本当に人と人が会いにくい、キズナを断ち切られるようなコロナのおかげでいろいろ制限があり息苦しい生活になってしまいました。いろいろ考えさせられます。
2021.01.22
コメント(2)

母のホームのホーム長さんからホームでの母の生活をまとめた表と年末の忘年会、一月一日の様子の写真が送られてきた。 写真は一階にいる人たち全員の楽しそうなスナップと料理の写真が載っていて 家族が面会できないから気を使ってくれたらしかった。 忘年会は一人用の鍋。元旦には赤飯やお正月のごちそうが箱に入ったごちそう。 こんな季節のイベントを大事にしながら、今はコロナなので鍋は個人用とか心遣いがこまやか。 前回は秋祭りの写真を送ってくれた。スタッフ手作りのおみこしとか屋台とか本格的だった。駄菓子ややヨーヨー釣りを楽しそうにする母の写真を送ってもらった。 そしてお正月の写真に写る母は年末に私が持って行った新しい服を着ていた。 駅前の個人の衣料品店で私が見立てて買ったもので、オーナーは中学の同級生。 87歳の母には派手かしら?と聞いたら、大丈夫ですよと言ってくれた。 母は地味好みなので今までも派手目の服をもっていったら、こんなのは着られない。あんたが持って帰って着たらなどということがあったので,着てくれたのがうれしかった。 母によく似あって若々しかった。 今年の春には88歳になる。 もしもコロナが少しは落ち着いていたら、外食に連れて行こう。 そうなったらいいな。早くゆっくり会いたいな。それまで元気でいてね(^^♪
2021.01.03
コメント(2)
久しぶりに長女が来て、次女も今日はお休みなので孫ちゃんと私と4人で我が家の女子会ランチをすることにしました。 長女と次女は最近会う機会もあまりなく、また仲もよくないので私が会うチャンスをつくりました。 夫はお留守番。なぜなら夫の苦手なお肉の店なので。 それに夫が来たら暴言を吐いて楽しい気分をぶち壊しにする可能性もあるので。 楽しんできます。我が家のお正月イベントはこれだけです。 コロナだし喪中だしまあ仕方ないですよね。
2021.01.03
コメント(0)
新年のご挨拶から入るところが、喪中ということで失礼しました。去年巷ではコロナで明け暮れ、いまだ収束の兆しも見えません。私の周りもいろいろありましたし、皆様の周りにもいろんな出来事があったことと思います。そんな中私の気持ちを吐き出した日記に優しい言葉やアドバイスをかけていただき、たくさん支えていただきました。今年もいっぱい書いて発散していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
2021.01.01
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1