全19件 (19件中 1-19件目)
1
昨日旅行から帰ってきた大量の洗濯物を干したところです。一泊だったから夫は洗濯機を回さなかったみたい。それでも結構な量。北海道とかに行って何泊もしたらどれほどたまっているか想像したらぞっとする。いつもより多い洗濯物を干すのに小物干しが足らなくて物置に探しに行った。予備の小物干しを探したらびっくりした。先日夫にもう着ない長そでは片づけるように言った。夫は普段着をいつも数着リビングのカーテンレールに掛けている。もう今の季節着ないようなジャンバーとか長そで。夫は私よりいち早く半そでになっているからしばらく着ないだろう。物置の色々物を置いているうえに夫の冬物の衣類が無造作に投げてある?置いている?何だこの片付け方は?夫は断捨離をしないからどんどん衣類が増える。舅が亡くなってから義実家に行くたびに舅の服をもらって(形見分け?舅は小柄な人だったので体型的に親族には合う人がいないから)どんどん増えている。私も人の事は言えない片付け下手だけど夫は私より重症の様だ。私は衣類はせめてハンガーにかける。着ないものは処分する。夫は何でも取っておくから余計に片付かない。以前夫に内緒で夫の衣類の断捨離をやったことがある。夫もこういうのがあるのも忘れているくらいずっと着ていない服を断捨離した。夫が気が付くかなと思ったら全然気が付かない。衣類片付けるように言ったら掛ける箪笥が欲しいという。いや、入れ物だけどんどん増やすのはまずいやり方。入れ物の数を増やさないで入りきらない衣類は処分しないと。もう一度だけ夫に話してみてだめならこの際勝手に断捨離しようかな?どんどん増える衣類。悩みの種。私の知人で自分の衣類は枚数を決めて、一枚買ったら一枚捨てるを徹底している人がいる。だからパイプのハンガー掛けからはみ出すことはないそうだ。好きで買った服も年数がたつと着なくなったりする。趣味が変わってきたり、体型が変わったり。似合わなくなったり。そういう私も着ない服処分しないと。捨てようとすると夫がまだ着られると横から文句を言ってくるから(自分の服だけでなく私の処分する服にも文句を言う)内緒で断捨離。いないときにまとめておいてこっそり捨てる。捨てる衣類を出せる日は月に一回しかない。今月は終わったから来月のその日を目指して。夫はやらないくせに文句だけ言う。間違っても断捨離してくれてありがとうとは絶対に言われない。見つかると文句だけ言われる。秘密のミッションに取り掛かろう(^^♪
2025.05.30
コメント(0)
人生二回目の一人旅。初めて新幹線に一人で乗る。ホームに来ただけでどきどき。頑張れ私。お茶忘れてきた!自販機はあっても冷たいのばかり。冷たい飲み物はわたしはお腹を壊しやすいのでホットか室温に限る。今の時期自販機は冷たいのばかりだし。何とか駅の売店でホットのお茶をゲット。これがないと始まらない。お茶は熱いのもしくは常温。冷たい飲み物はお腹の調子が悪くなるタイプです。ホテル編)ホテル到着。部屋は一応ベッド二個あるけどあんまり広くない。安いから仕方ないね。素泊まり7700円だから。プラス千円出して朝食を頼んだ。地下に大浴場があるから行って来ます。ホテルのトイレと一緒のお風呂では物足りない。テルの部屋に備えてあるバスタオルが天井近くの棚の上。身長140センチの私ではとれないじゃないか?たまたまリュックに入っていたうちわでなんとか取れた。身長が低いって大変だよ。ホテルの地下の大浴場、サウナもついて新しくて広い。いい感じ。しかも午後4時ごろに行ったら誰もいなくて貸し切り状態。このあとお風呂は寝る前と起きた時に行きました。合計3回。やっぱり3回くらい入らなきゃ(^^♪ホテルを予約するとき大浴場がなくて部屋のお風呂だけのところもあったけど私は旅行では大浴場には絶対に入りたいのでここを選んだ甲斐があった(^^♪今日の歩数は9805歩。疲れたけと余りお腹が空かないから晩御飯はコンビニの海苔巻き多分ランチの量が多すぎたからだと思う。熱いお茶が飲みたいなと思ってフロント前にウーロン茶と紅茶のティーパックをもらいに行って来た。部屋に電気ポットがあるから沸かしたら飲めるかと思ったら、コンセプト一カ所、ポットの線が届かない。どうしろと?電気ポットがあるのに使えないなんてないだろうとコンセントを捜索する、ベッドの横のテーブルに合ったのを発見。 なんとか熱いお茶飲めそう。以前長女と京都に行った時はホテルも町も外国人ばかりだった。道も歩きにくいくらいひとが多かったけど、倉敷はあんまり混んでないしおようやくお湯がわいてウーロン茶が飲めるとおもったらティーパックやなくて粉末。粉末のウーロン茶は初めてや。(05月28日)勧めです。方向音痴の私でも迷わない。(笑)倉敷の町の印象)一日目は大原美術館とか大原家を回る。昔からの旧家らしく家は江戸時代に建て始めたという。大原美術館は大原家の人たちや関係者が集めた有名な西洋絵画や彫刻が集まった故人の持ち物としてはかなり大きな美術館。坂が少なくて歩きやすい、町の人は親切で道を聞いても教えてくれる。前回の有馬のときはトイレがなかなかなくて疲れても座るところがなかった。倉敷はその点ちょっと歩いたらトイレ、ベンチがあって優しい街やと思った。明日は倉敷を 舟て巡るのと今日見つけたかわいいモンぺ風のズボンを買いたいです。お土産も買わなくちゃ。早めに寝て明日に備えよう川舟編)乗船券を買ったら予約時間が書いてあってその時間の5分前に集合。一隻の川舟に6人乗り船頭さんがこぐ。私の後ろには外国人のご家族が乗った。外国人のお兄さんに話しかけられた。「おばさん。(この言い方ちょっと気になる(笑))リュックのファスナーが空いてますよ。閉めておきましょう」と言って閉めてくれた。親切な外国人のお兄さん。どこから来られたか聞いたら台湾だって。船頭さんが川沿いの建物の歴史とか説明してくれるけどお兄さん、日本語は少し喋れても漢字がわからないらしく、船頭さんの話している建物はあれと教えてあげた。外国人の方と話すことはめったにない。初めて台湾の方としゃべった!(笑)ああ、疲れた。一応今日の目的のモンペズボンと川舟は終わったから帰ります。もっと体力つけないと北海道には行けないなあ岡山で上り新幹線に乗りました。耳が悪いからアナウンスに神経集中。西明石は止まらない新幹線があるから気をつけて乗車、指定席車両だったから自由席車両まで移動。 途中外国人の団体に遭遇。みんな大きくて壁みたい。まあこんな感じで雨も降らないし、カンカン照りでもなく適度に風もあっていい旅でした。(^^♪
2025.05.29
コメント(0)
今朝は暖房がいるくらい気温が下がって。さて持っていく荷物の確認。私はいつも泊まるときにホテル内で着替える一式を持っていく。ホテル内でお風呂とか売店とかうろうろするとき用の普段着。浴衣があっても寝相が悪いからそのまま寝る。Tシャツとスパッツ。今回も半そでTシャツとスパッツ、上に羽織るカーデガンを用意している。でも二三日前から気温が低いので半そでTシャツを長そでに入れ替えようと思っている。昼間は暑くても夜は気温が下がると思うので。後薬や化粧品。二日目の着替えと下着、靴下。結構な荷物量になるのでゴマの付いたいつもパソコンに持っていくカートを使う。今日はお昼からパソコンなので帰って来てパソコンを出してから詰める。けっこう深さがあるからうまく詰めたら帰りのお土産も入るかも。荷物は少ないに越したことはない。忘れ物がないようにできれば一個にまとめて。と言ってもカートとリュックの2つになるけど。カートはコインロッカーかホテルに預けて身軽にリュックで観光するつもり。今回は駅から5分のホテルを選んだ。そして私は一人で新幹線の切符を買うのは初めて。いつも旅行社か一緒に行く人が買ってくれたのを機械に通すだけ。初めてみどりの窓口で自分で切符を買う。いい年なのに初めて。ヤフウで検索したらそういう私の様な人のために新幹線の切符の買い方の動画があった。もう一度復習しておこう。1人は自由に行きたい場所に行けるけど、緊張する。何があっても自己責任、頼る人はいない。前回の有馬ではホテルの鍵の開け方がわからなくて困ったり、ポットでお茶を入れようとしたらうまく行かなかったり。金庫も使い方がわからなくて結局使わなかった。長女と一緒の時は長女がカギの開け閉め、お茶も入れてくれて金庫に貴重品も入れてくれた。お任せだったから一人だと困ることもある。でもそういう戸惑いや困ったことを克服して一人旅出来たら、今後にも自信がつくはず。楽しみと同時に少しの緊張。まずは新幹線の切符を買って倉敷に無事につくこと。最寄り駅→岡山は新幹線で、その先は在来線で。倉敷は県外だけど案外近い。一時間くらいで行けそうだ。うまく行けば今後は新幹線利用で行動範囲が広がる。まだまだ行きたいところはたくさんある。体調に気を付けて旅行を楽しもう。(^^♪
2025.05.27
コメント(2)
夫にばれた事実。一つは野菜ジュースの話。某所から野菜ジュース3ケースもらった。我が家は夫と二人なのでそんなに飲まない。1ケースは義実家に持って行かせた。残り2ケースのうち1ケースを次女のところに持っていこうとしたら夫が持って行かなくていいと文句を言った。何で?うちで飲み切れないから孫や娘に飲ませて何が悪い?夫は反対したけど勝手に持って行った。野菜ジュースの空き箱をもとあった場所に置いたら2ケースあるように見える。しばらくこれでばれないだろう?棚の上なのでわざわざ見ることもないだろうし。それが今日ばれた。お昼ご飯の用意をしていたら夫が野菜ジュースどこへもっていった?と聞いて来た。次女のところと言ったら、勝手に持って行ったとぶつぶついう。だから「ちゃんと言ってから持って行ったよ」と冷静に対応(笑)「もうひと箱は義実家へもっていったよ』「ほんま?知らんで」知らんはずはない。月命日にお供えを買うのを忘れたから代りに持って行かせた。持って行ったのに覚えていない。本当は次女のところは勝手に持って行ったけどうまくごまかした(笑)そしてばれたもう一つは倉敷旅行。わが家ではいちいち出かけるのに一泊でも夫の許可は取らない。カレンダーに予定を書いていたら夫が気付いて「いくのか?」と聞くから「行くで」と答える。先に約束してからの事後承諾だけど文句は言われたことはない。誰と行くのか?とは聞かれるけどほとんど夫の知らない友達だし。ランチでさえ旦那さんの許可を取らずに約束したら旦那さんが激怒して当日になってキャンセルの連絡を入れさせられる人もいるらしい。うちはその点誰とランチに行こうと旅行に行こうと何も言われない。その点は楽だ。まあ自分も好きなようにやっているから嫁のことをあれこれ言って藪蛇になりたくないんだろうけどね。今回は一人旅なので文句言われないように幼馴染の夫も知っている友達と行く事にしている。大体今までの旅行やランチは夫がカレンダーに書いてあるのを見て、事前に気が付くからその時に話すことにしている。ところが最近は今日や明日の予定しか見なくなって、いよいよ倉敷旅行が今週になったのに何も言わないのでどうしようかと考えていた。すると明日の予定を聞いてきて、明日は午前中に買い物に行って午後はパソコンと答えたらようやく水曜日の予定に気が付いた。私は倉敷とだけ書いて28日と29日にまたがって両矢印を書いていた。「日帰りやろ?」というから「一泊や」と答えた。ついでに帰って来てから30日の金曜日にもランチとカラオケの予定が入っている。3連ちゃん。こんなに続くのは珍しい。夫は28日の昼、夜、29日の昼。そして30日の昼を自分で何とかしないといけないわけだ。夫が作れるのはラーメンとうどんだけ。ホカ弁を買いに行くか、一人回転ずしか?まあ適当にやって。もっと長い入院もあったから3日くらい何とかなるでしょう。私の好きなようにさせてもらったら機嫌よくてパチンコに行っても文句をいわれないから私って扱いやすい嫁かも(笑)というわけで一応内緒だった2つがばれちゃいました。夫は義実家に何でも言う人なので内緒の話はまだあるけど、それは義実家に言われたくないことなので夫には話さないだけ。本当は夫婦の間に秘密はないのが望ましいけど。うちはうち。よそはよそってことで。
2025.05.26
コメント(0)
私は朝6時に起きる。昨夜遅く寝ても起きる時間は決めている。すっきり起きられなくてしばらく布団にいて二度寝するときもあるけど。そして11時には寝るのが目標だけど、寝ようと思ったら例えばあれはどこに置いたかな?とか明日持っていく〇〇の用意を忘れたと柿になることができて、それをしないと寝れないということになり、ついつい遅くなる。若いころはなかなか早く起きられなかった。子供のお弁当を寝過ごして入れられなかったりとか、仕事に行くのに爆睡していて上司からの電話で目が覚めたこともある。でも目覚ましを掛けなくても6時かその直前には起きられるようになった。高齢者仕様になったのかも(笑)睡眠時間6時間くらい。そんなに早くは眠れない。短いかな?最近8時間とか寝れたことはない。睡眠が浅いわけでもない。寝る前にリンパの流れがよくなるというストレッチをしてから寝たら、よく眠れる。熟睡はしていると思うけど睡眠時間は短め。入院したら9時消灯とか言われても眠れない。9時って大人が寝る時間じゃないと思う。でも仕方ない。相部屋だと寝ている人もいるからベッドで静かにしている。睡眠時間は若者は短くて高齢者は長いというような単純なものでなくてその人の生活習慣とか考え方によって決まると思う。先日テレビで言ってた睡眠時間の話。大体の人はやること、やるべきことをやって残りの時間が睡眠時間という風に考えている。だから忙しいとついつい睡眠時間をおろそかにして短くなりがちだという。睡眠不足が続くと睡眠負債が増えてしまう。足りない睡眠時間は休みの日とか時間のある日にまとめて解消はなかなかできないらしい。睡眠負債がたまると体にいろんな症状が出てくる。というような話だった。私も6時間睡眠が続くと昼間居眠りをしたりするから8時間は無理でも、7時間は眠れるように目指したいと思う。私は携帯の中の睡眠時間を測るアプリを利用している。寝た時間から起きた時間までの時間を計ってくれるのだけど寝ている時間すべて熟睡しているわけではないらしく、睡眠時間は浅い眠りと深い眠りに別れて表示される。浅い眠りの時間が長いと寝たのに起きてもすっきりしないということになる。自分に合った睡眠時間を確保して元気に長生きするためには睡眠はとても大事だから必要な睡眠時間を確保したいと思う。
2025.05.24
コメント(0)
いつもは午前中にウオーキングしていた。途中買い物をしたり、銀行に寄ったり用事を済ませながら。でも最近はお天気がいいと暑い。でも夏中歩かないと体重が心配。そこで昨日は夕方と言っても7時ごろ歩いてみた。風があって涼しい。何だ午前中にこだわらないで夕方歩けばいいんだ。特に用事のある時はともかくわざわざ暑い時間帯に出てくることはない。今日は昨日より少し早めに5時過ぎに出てきた。出来れば夫が帰る前に歩こう。夫は帰宅したらすぐに玄関のチェーンを掛けてしまうのでそれから出ていくと物騒だと文句を言う。いやいや夏場は十分明るいし人通りもある。家は密集しているから何も危険なことはない。夕方歩いてみたらウオーキングしている人や犬を散歩させている人もいて。夕方がウオーキングにはいいね。去年も夏場何回か歩いてみたな。夕方がいつも涼しいとは限らないけど、汗を書いたらそのままお風呂に入ったらいいし。ということで夏場のウオーキングは夕方にしよう。今日は新しい発見があった。あるいていた道の西の方に小学校が見える。小学校の北側には幼稚園の園舎も見える。幼稚園は子供たちも孫も通った幼稚園、もともと平屋だった建物が二階建てになっている。建て直した?気になって小学校の前の道を通って小学校の西側を通ってみた。ちょうど川が南北に流れている。この川をたどって行けば道に迷わない。前にも歩いたことがある道だと思うけど、久しぶりに通ったら新しい家も建って前とは違う感じ。ちょっと不安になってきたころ、見たことある建物を発見。ここは亡くなった母が一度だけ利用したショートステイの施設だった。ここまで来たら道はわかる。私の住んでいる地区の北側の地区だった。ちょっとした探検気分でウオーキングするのも楽しい(^^♪道がわからなくなれば引き返せばいい。夕方の散歩は涼しくて気持ちいい(^^♪
2025.05.23
コメント(0)
子供のころ、どこかのお嬢様とかお姫様が着るようなフリルの段々になったドレスに憧れていた。庶民の家に生まれたからそんなものとは全く縁がなく、親せきのお古を着るか、時々洋裁の得意だった母が内職の合間に作ってくれた服を着るかの二択。母の作る服は雑誌に載っているのを「母がこれを作ってあげる」というので期待していたら母好みの色柄で面倒なデザインは省略してしまうから全く違うものが出来上がってがっかりした。お古を良くくれたお姉さんは5つくらい上だったかな、洋裁を習っていて同じようなデザインのタイトスカートを何着もくれて小学生なのにタイトスカートを履いてた。ちびまる子ちゃんが着ているような吊りスカートも一枚は持ってたと思う。高校を卒業して就職したころ、いつも洋服を買う店でフリルの段々のスカートを見つけた。少し高かったけど買った。でも会社に来ていくのは気恥ずかしくて洋服ダンスに眠ったまま。一度も着ていない。十代のころ恥ずかしかったフリフリはこの年になってみれば余計に着られなくて、孫ちゃんに上げようとしたら断られた。趣味じゃないらしい。母が元気だったころに私が買った端切れをカーテンにしてほしいと頼んだ。普通にカラーボックスの目隠しにカーテンを二枚作ってと言ったら母は妙に張り切って作ってくれたのはいいけど。出来上がったカーテンは一枚。カーテンなのにわざわざ下の方はフリルにしてある。何でここでフリルを作る技術を使うかな(笑)私の服を作るときに使ってほしかった。フリルにしたから私の計算では二枚できるはずが一枚しかできなかった。母が話を聞いてなかったのか?それとも母の気まぐれでフリルの段々を作りたかったのか?どちらにしてももう母は今年3月に亡くなって我が家には母の作ったカーテンや座布団などがある。わが家の小物やバザーに出す手作り品などは母に作ってもらっていた。私はミシンも洋裁も苦手で、結婚するときミシンも持ってこなかったから母に甘えっぱなしだった。娘たちの幼稚園の手提げや小学校のピアニカ入れも頼んで作ってもらった。もう作ってもらえないけど大事にしていこう。
2025.05.21
コメント(0)
今年中3の孫ちゃんが修学旅行に行く。もうそんなに大きくなったんだと改めて思う。今は貧しくて修学旅行に行けないなんて言う子はいないと思うし、修学援助とかあると思う。今は亡き舅がお正月にお酒を飲んでは修学旅行にお金がなくて行けなかったという話をしていた。どんなにかつらかったかと思う。舅は高等小学校で終了したから一生で一度だけの修学旅行に行けないかったから思い出したら悔しくて残念な思いが残ったのだろう。先日亡くなった私の母は昭和8年生まれで小学校6年生の時は終戦の年。修学旅行どころでなくて中止になった。全国でそういう小学生は大勢いるらしく、いつだったかニュースで行けなかった修学旅行に、大人になってから同窓会でみんなで行こうということになったという話をやっていた。私は高校の修学旅行が印象的だ。高校になると結構費用も多くなるし、積立貯金をしたい家庭のために銀行員が毎月高校に集金に来ていた。うちは積み立てるお金もなかったのか、積立をしないまま3年生になり、このままでは修学旅行に行けないかもと思って私はアルバイトを始めた。うちの夫も修学旅行の費用のために朝早く起きて牛乳配達をしたという。昔はそういう家庭も結構あったかも。私の修学旅行は北海道だったけど、予算か何かの都合で往復フェリーになった。舞鶴からフェリーに乗って着いたのは2日目の夜。ほとんど見学もしないでホテルに入る。翌日ちょこっと観光、もう一泊して後はフェリーで帰路につく。実質2泊しか北海道に泊まらないで後はフェリーの中。しかもフェリーの中で授業をやった。あり得ないでしょ?旅行のしおりの中に超長い英文のページがあって出発前夜の宿題でそれを訳してくることだった。訳し始めたけどなかなか終わらず、ええもういいやとばかりに寝た。大体修学旅行前夜に宿題だす?多分大部分の子はやってこないと思った。せっかくの北海道で修学旅行だったけど、こんな修学旅行に納得できなかった。フェリーで船酔いするし散々だった。そして今頃北海道に行きたいという気持ちが芽生えてきた。もう一度北海道に行って行きたいところに行く。しかし北海道旅行に付き合ってくれる友達はなかなかいない。みんな介護やお孫さんのお守りでそんなに家を空けられないし、長い旅行は家族と行くらしい。うちは夫は旅行に行きたくないというから留守番決定している。長い旅行は少しでも若いうち出ないと高齢になるとなかなか難しくなる。行くなら今年か来年中には行きたいと思っている。最悪一緒に行ってくれる人が見つからなければおひとり様限定ツアーは割高になるけどそれを利用しようかと思っている。札幌、小樽、函館、中でも小樽運河は絶対に行きたいと思っている。都はるみの小樽運河が大好きで歌詞の中の人生半ばを過ぎた女性の心情に心打たれる。そして小樽運河の夜景をこの目でじかに見たいというのもある。ネットで小樽運河を検索したらこの曲に合わせて小樽運河の夜景が映る。いいなあ、絶対に行きたい。大人の修学旅行。
2025.05.20
コメント(4)
いやあ暑かった。8時からということだったけど、班長の私は7時半から公民館に集めたごみを入れる袋をもらいに行ってきた。8時からだからいったん家に帰ってから行こうと思ったら、もう草を抜いている人がいる。そこで家に寄らないでそのまま行ってきた。うちの班は11人。各家一人ずつは出てくれていた。しかも3軒は若い人が出てくれて助かった。80代の人もいて無理しないでくださいねと声をかける。そういう私も腰が痛くなったり、重いゴミ袋を移動して手が痛い。若い人が動いてくれるのをいいことに私は働いている振りでうろうろ(笑)おかげできれいになりました。終わってもう一度公民館へ。参加賞?粗品?のゴミ袋をもらいに行ってきて今日は5000歩を軽く超えた。暑いし大したことはしなかったのに体力を消耗した感じ。ドジってゴミ袋を11人分もらってこないといけなかったのに、10人分しかもらってこなかった。もう一度公民館に行く?もういいやと思ってうちの分はなしにしたらいいねと夫に言ったら夫が文句を言う。夫、夕べは公民館に取りに行くのは自分が行くと言っていたのに、結局起きても来ない。えらい目をしたのにゴミ袋をもらえないなんてありえないと文句を言う。いや、あんたは何もしてないし"(-""-)"3回目に公民館に行くのは疲れたので、じゃああんたがもらってきてと言ったら行ってくれた。それにしてもちょっと日中草とり?家ほとんどやってませんが立っていただけなのに私こんなに疲れるなんて、去年も参加したけどこんなに疲れたかな?今回おしゃべりなSさんの奥さんは参加せず旦那さんだけだった。去年はそのSさんの奥さんとしゃべっていたか楽に感じたのかも。とにかく今日の予定は終了。午後は買い物に行ってきた。今日はもうゆっくりしよう。班長の仕事は一年分の会費集金と子の一斉清掃が主な仕事。後は回覧板を回すだけ。主な仕事は終わった?まだ5月ですが?それにしても、今日来ていたTさんの息子さん20代?(白)イケメンだったな。さわやかイケメンでよく働いてくれたし、いい目の保養ができた。(^^♪
2025.05.18
コメント(0)
この頃天候不順で朝起きた時今日はどれを着ようか悩む。朝は肌寒いからそれに合わせるとお昼には厚くなる。出かける時には上着を着て行っても、暑くなれば脱ぐことになる。荷物になる"(-""-)"上着はそろそろいらないかな?次はベスト。ブラウス+ベストが今の時期ぴったりかな?そろそろ半そでも出さないとな。衣替えまだ未完成"(-""-)"それにしても色とか合わせてみて違うなと思ったり。大体買うときにはこれとも合うし、これとも合うと考えて買っているつもりだけど気が付くと1シーズン一度も登場しない服が合ったりする。私はスカートはほぼ履かない。結婚式用の服と喪服、スーツはスカートだけど背が低いので既製品はみんな長くなる。お直しするのは面倒"(-""-)"スパッツや綿パンが多い。でもこれも着丈が問題なので夏場は短めのを履く。普通の人がふくらはぎくらいの丈で私はちょうど足首に来る。普通の人が足首までの丈だと長すぎる。せめて150センチの身長は欲しいところだけど、今や縮んで140センチ。今更どうやっても伸びないし。身長だけなら小学生サイズ。もちろん小学生の着るような服は着られない(笑)大人向けの低身長サイズを探す。でも幅は大人サイズ(笑)ということで今日はもうすぐ健康講座を聞きに行きます。椅子に座ったまま居眠りしないようにしないと。昼食後は居眠りが出やすいから(笑)コメント
2025.05.17
コメント(0)
だ20代だったころ料理を習いに行っていた。料理教室とかでなく調理師免許を持っている主婦が小規模に料理を教えている。5から6人くらいの人数で。もちろん宣伝もしていないから友達の紹介。その先生は料理とお茶を教えていた。曜日によって今日は料理、明日はお茶みたいな。場所は先生の持っている?借りているマンション。別に離れたところに家があり、普段はマンションでお稽古、お茶の初釜とか浴衣会とかのイベントは正式な茶室のあるそちらのお宅でやる。そこで先生が手書きをコピーしたレシピを配って誰が何をするか指示する。ある日ゆで卵をゆでるように言われた。鍋に人数分の卵を入れてゆでる。先生はこだわりがあって半分に切ったときにきれいに黄身が真ん中に来ないといけないという。そうするにはずっと箸で卵を動かしていないと黄身が偏る。でも他の人が何をしているのか気になってみていたり、手が止まっていたら注意された。茹で上がるまでずっと。先生の思うような仕上がりでないと怒られた。先生は私が当時今よりも太っていたから体力があると思われていたのかな?白身を泡立てたり、ジャガイモを裏ごししたり体力の要りそうな仕事はほとんど私に振られた。でも一緒にやっているのは仲のよかった会社に同期入社した人たちだったから結構楽しんでやってた。先生の料理は家庭料理というよりお客さんに出す料理。5,6品作ってデザートもあった。デザートも結構本格的だったと思う。そんなの結婚しても毎日作れないし、材料費は一回2000円とか3000円とかかかっていた。でもテレビでよく見るような有名な料理研究家の開く料理教室には行く気がしなかった。今でもゆで卵をゆでる時当時のことを思い出す。私は今ではすっかりずぼらになって箸でかき回すなんてしない。ゆで卵は偏っていることも結構多いけど気にしない、形が悪いときは刻んでマヨネーズであえるから形何て気にしない。出来の悪い生徒ですみません(笑)先生には年賀状だけは出していたけど、いつしか出さなくなった。確か昭和一桁生まれだったと思うけど今もお元気だろうか?子供がいないので生徒たちを子供のように思っていて私もかわいがってもらった。まとまらなかったけどお見合いも紹介してもらった。そして結婚するときにも食器セットをお祝いにいただいた。残念ながらそのおそろいの食器セットは阪神大震災で割れてしまったけど。
2025.05.15
コメント(0)
昨日精密検査に行った病院で診察の前にいろんな書類を書いた。その中に病院の基本方針として余命宣告は本人にもする方針と書かれていた。余命が少ししかないというとき聞きたい人と聞きたくない人がきっといるに違いない。でもここでは教える方針のようだ。悔いのないようにいろんなことを考えて整理して旅立てるようにと言うのも一理あるし、知ったら怖いし苦しいだけだという人もいるだろう。知人の旦那さんががん闘病中。去年から入退院を繰り返していた。ばったり出会ったら緩和病棟に入院したという。私はピンと来なかったのでよくなってきたらいいねと言ったらもう期待はできないという。じゃあ現状維持でととんちんかんな対応をしてしまった。後でよく考えたら緩和病棟に入院ということはもう現状維持も難しい状態ということでそんなことは言うべきではなかったと後悔した。余命宣告されてじわじわと死が近づいてくる感じは苦しくて耐えがたいだろう。でも先日の母のように突然にやってくる死もある。本人もたぶん、周りの人たちもまさか死ぬとは思ってなかったと思う。あっという間に容体が悪化して亡くなってしまった。入院した時も比較的元気でまさか4日目に亡くなる何て思わなかった。私も当直医の話で楽観的に考えていたし。極端な人は前の日まで元気で翌日の朝、目を覚まさなかったとか言う人もいるし。誰もがいつかは死ぬ。避けて通ることはできない。またいつどういう風に死ぬかも自分で選べない。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。そう考えると毎日を悔いのないように、心残りのないように大切に生きて行かないと。と考えると暗くなるので、とりあえず月末の倉敷旅行の事でも考えましょうかね。とりあえず絶対に行きたいところは大原美術館。あちらこちら旅行に行ったけど私は特別美術に興味はないので美術館に行ったことはない。たまには行ってみよう、亡くなった母は絵が好きで美術館に良く行っていた。遺品に有名画家のレプリカもあった。母の代わりに美術館に行ってみよう。それと街の中を船で巡るコースがあるらしいのでそこも行きたい。倉敷に行ったことのある人でここは一押し,行った方がいいよというところがあれば教えてください。
2025.05.13
コメント(0)
うちは大体夫の車で買い物に行くんですが。日曜日に夫の車を車検だししたので、うちには代車がありますが、夫は乗り慣れない車に乗りたくないというので月曜日の昨日も私はバスと電車を乗り継いで出かけた。今日は私はつぶやきにも書いた通りヨガとパソコン。買い物は明日の夕方車が帰ってくる予定なのでも木曜日に買い物に行こうと言ってた。夫はそれが待てない。子供か?(笑)私がヨガから帰ってきたら出かける様子の夫とばったり。自転車で買い物に行くという。別にあわてて買いに行かなくても木曜日までに使う食品はあるし、切れているものも急がない。自転車で行く必要はないのに夫、今日買いに行った方がお前も助かるやろ?と恩に着せる。いや別に全く助かることはないけど?(笑)話が通じない。結局自転車で買い物に行ってメモも持って行ったのに結局買い忘れたものもあり、頼んでないものも買ってくるし、ありがたみが少ない(笑)夫は買い物がよほど好きなようで、買い物から帰ってきたら「次いつ買い物に行く?」と聞くほど。いや2,3日は行かないようにと買ってきたからすぐにはいかない。それに度々行ったら消費税もかかるし、回数は少ない方が家計に優しい。週二回位で間に中3日くらいでいいのに、待てないと今日みたいに単独行動"(-""-)"あれもこれもついでに買いたがるのを止める私。おやつは一つまでとか子供に言うみたいに止めないといけないことも。そして止めても聞かない。僕が出すからとかついでやからと言ってなかなか返さない。本当は一人で買い物に行く方が本当に必要なものだけ買えるから私はいいんだけど帰り荷物が重くて持てないから車で行っている。だから夫が免許を返上したら歩いてカートを押して一人で買い物に行ける。重いものは宅配のスーパーもあるしね。それを今から楽しみにしているというのに夫は妻の気持ちを知らず(笑)夫のせいもあって我が家はふたりしかいないのに食費が多い。なかなか減らせない。困ったもんだ"(-""-)"
2025.05.13
コメント(0)
今日は紹介状をもらって精密検査に行く日です。初めての病院。市内なので夫に送ってもらおうとしたらタイミング悪く夫の車は車検中。代車を借りてるけど夫は絶対に乗らないと言っている。バス停でバスを待っていたら運よくタクシーが通りかかった。精密検査の前に整形でレーザー治療を受けてから電車に乗った。今日の病院の最寄り駅に着いた。ネットで事前に調べたら駅の北側に病院行きのバス停があるはず。何とかバスを間違えないで乗った。初めての病院、それも私は方向音痴だから迷う。トイレに行って廊下にでてきたらもうあれ?どっちから来たんだっけ?私はどっちへ行けばいいんだっけ?(笑)でもそんなに大ぜい待っていなかったな。月曜日のわりに。大学病院何て待合の椅子が足りなくて立っている人も多いけどここは椅子の方が余ってるし。診察前に一つ検査、そして診察。二つ目の検査。結果は悪いものは見当たりません。経過観察ということで3か月後にということになりました。良かった、これで旅行も問題なく行ける。帰って仏壇の母に報告。きっと母が守ってくれたんだろう。愚痴を聞いてくれた友達にも結果を報告。大学病院のコーデネーターさんにも報告。よかった。でも最近身近でがんとか病気の話をよく聞く。今日も家を出たところで知人のTさんと出会う。去年から旦那さんががん闘病中。緩和病棟に入院したらしい。相当苦しそうで早く逝きたいと言っていると言われたけど欠ける言葉が見つからない。幼馴染ががんで亡くなったし、今も入院中の友達もいるし。自分の体調に気を付けておかしいと思ったら早めに受診するしかないね。二人に一人ガンになる時代を生き抜くのはなかなか大変。血圧や血糖値に気を付けて生活習慣病も怖いしね。とりあえず今日のところはほっとしたけど。
2025.05.12
コメント(0)
何度も日記に書いているけど私は弟と子供のころから仲が悪くてずっと疎遠だった。弟は私のことを下に見てばかにしていたから、私も仲良くなんてできなかった。両親が元気だったころ親孝行と思って両親と弟家族と旅行に行ったこともあった。でもその後いろいろあって弟は父とも疎遠になった。父が亡くなる前ごろから入院とかの連絡を私から入れて事務連絡だけはしていた。弟は実家の電話を着信拒否にしていたけど実家に弟の携帯番号を書いたメモがあったので母は聞いて知っていたらしい。弟は両親や私には冷たいというかあまり情が感じられなかった。父が亡くなったときも母が亡くなったときもお坊さんは呼ばなくていい、戒名もいらないと言っていたくらい。父の戒名は後で母がお寺に頼んでつけてもらった。今回母の戒名は私がつけてもらった。弟のことは自分勝手で身内にも冷たい性格と思っていた。ところがそうでない一面もあったなと気が付いた。母が亡くなる直前私は友達から弟の親友が亡くなったことを聞いた。私は弟の親友のお姉さんと幼馴染で家も近かった。お姉さんとは高校卒業後同じ会社で働いていた。お姉さんも弟さんの結婚式に呼ばれた弟のことは知っていたし、私も弟の親友のことは知っていた。そして母が亡くなったときに久しぶりに弟に会って、こんな時になんやけどK君が亡くなったんやてと伝えた。弟はびっくりしていた。その後いつどうして亡くなったのが知りたいと私に連絡が来た。私はそのことを教えてくれた友達に連絡を取りお姉さんの連絡先を聞いた。お姉さんは遠くに嫁いでいて弟さんは離婚して、お母さんと実家に住んでいたという。お父さんはすでに亡くなっていて弟さんも亡くなり、実家は売って解体、お母さんはお仏壇と共にお姉さんに引き取られたという。弟にその話を知らせた。今日は弟から連絡が来てお姉さんの携帯電話がわかるなら教えてほしいと言われた。私が知っているのはお姉さんの家の電話番号と住所だけ。携帯番号は知らないと返事をした。弟はお墓の場所を知りたかったようだ。去年亡くなったからお墓はまだ用意していないかもしれないし、用意するにしてもお墓参りができるようにお姉さんの近くだろうと返信した。弟は親友の実家のあったところに行って手を合わせてきたと言う。私には意外だった。そんな友情に熱い弟だったのかとびっくりした。確かに十代、二十代のころは仲が良かったけど。弟から母の預金解約の話以外で来たメールはこの親友の事だけで親友の死はかなりショックだった様子。父の死も母の死もそんなに悲しんでいるようには見えなかった弟が、親友の死を悲しんでいるのはちょっと意外だった。私はもう少し早く亡くなったことを聞いていたら(亡くなったのは昨年の秋)実家を取り壊す前に仏壇に手を合わせることもできたのに残念だったねとメールした。まあ仕方ないわという弟からの返信が来た。母は生前弟は本当はやさしい子やねんと良く言っていた。こういう面があるからかなと今になって思った。また弟の嫁は弟はやさしいと言っていたから意外だった。母親からの電話を着信拒否するのに嫁には優しいなんてと思った。母は認知症で一時期弟が通帳を盗ったと言って一日に何度も電話をかけていたからそれで着信拒否にしたのだろう。でも当時は父も亡くなって母が一人暮らしなのに、いざというときの連絡に困るのになと思った。弟の意外な一面を知って人の性格は複雑だなと思った。でも母の遺産を分ける作業も終わったしもう弟とはまた以前のような疎遠に戻るのだろうと思っている。特に話すこともないし。異性の姉と弟ってこういうものかな?仲のいい姉と弟もいるだろうけど。
2025.05.08
コメント(0)
日はヨガ、月二回市の施設でやっている無料のヨガ。しかし私は体が硬いし、バランスを取るような体勢もぐらぐらしてピシッと決まらない。先生がここを効かせていますというのに私は他のところが痛かったりする。一体私の体はどうなっているんだ?でも普段使わないところを確実に刺激しているから終わった後はすっきりする。そして翌日は軽い筋肉痛。ヨガには流派というか先生によってやる動きが全く違う。私は以前別の先生に習っていたこともあるし、コミニテイセンターで年に2回やっているヨガ講座(3回完結)も通っているけど、全く違うことをやる。でも体を気持ちよく動かすのは一緒。ちっとも柔らかくならないけど、マイペースで続けられたらと思っている。今日で連休もおしまい。明日はコミニテイセンターで体を動かすイベントを申し込んでいる。なんでもニュースポーツを教えてもらえるらしい。楽しんで来よう。しかし連休中整形外科に行けなかったので今朝からまた手指が痛む。整形外科でレーザーを当てている。週2,3回やっていると痛みが引く。今月1日に行ってきた後連休で行けなくて木曜日に行くと1週間空くことになるから痛みが出てきたのかもしれない。連休が明けたからまた行こう。少しは効果があるようだし。痛みの原因は手根管症候群という病気で神経の通り道が狭くなっているらしい。レーザーで痛みだけは少しは取れるもののしびれは続いている。完全に治すのは無理らしい。頸椎に原因があるらしい。別の整形外科では注射を打ってくれて一年近く収まっていたけど、ここの先生は注射はなるべくしたくないらしい。まあ、無理をしないでぼちぼち行こう。
2025.05.06
コメント(2)
昨夜夫に聞いてみた。「明日は何の日?」夫はすまして「憲法記念日」と答える。不正解。我が家では結婚記念日だ、多分覚えていなかった模様(笑)と言っても特別なんのイベントもない。去年は40年目だったので旅行に行きたいと言ったけど却下された。だから私は一人ででもどんどん出かけることにした。夫は旅行もめんどくさいらしい。どうせ夫が仮に行くと言っても全部準備は私任せで積極的に行く気はないのはわかっているから友達とでも行く方が絶対楽しい。それで今日は後輩ちゃんとランチ。毎年特に外食の予定もないから私は好きにする。夫はいつものようにいつものところに行くだけで何も特別なイベントはない。一応、北海道旅行の許可は取った。私は足腰元気なうちに行きたいところに行きたいからまずは北海道に行くよ。遠いところから行かないと足腰弱ってきたら行けなくなっちゃうから。まだ日にちは未定だけど。さすがに一人旅は心細いからツアーを探す。夫に行く気がないならあんたはお留守番だねと言った。今更夫と行ってもあまり楽しくなさそうだしね。夫はお留守番を了承したのでちょうどいいツアーがあれば行くよ。亭主元気で留守がいい、旅行は友達と行くのが楽しい。(^^♪コメント
2025.05.06
コメント(0)
夫が一時たこ焼きを食べたいと言ってうるさかったことがある。家で焼きたいという。どうせすぐ飽きるとしばらく放置。あんまりいうのでホームセンターで買ってきた。夫、最初は喜んで焼いていた。他の油敷きや焼くときの金具?とかもそろえた。ところが最近は全然やろうと言わない。試しに買ってきた冷凍食品のたこ焼きが気にいって今はずっとそれを買ってくる。冷凍のたこ焼きはチンしただけですぐに食べられる。面倒になったらしい。あんなに欲しがったタコ焼き器は今は元の箱にしまわれて棚の中・「もうタコ焼きはしないの?」聞いたら「今はタコが高いから」という返事。確かに今はタコが高い。テレビでやっていたけどマグロよりタコの方が高いらしい。庶民の味だったのにね。せっかく夫のレパートリーが増えたと思ったのに。ちなみに夫のレパートリーはソーメン、うどん、ラーメン、レトルトカレーくらい。誰でもできるものばかりそれは料理とは言わないんじゃない?うどんはパックにうどんも揚げも入っている市販のうどん。今年ももうすぐ夫の作るソーメンの季節がやってくる。私は楽だから週に2~3回位はお昼にリクエストする。今年もおだてて作ってもらおう(^^♪
2025.05.02
コメント(0)
今日から5月。今日の予定は整形受診。手指の痛みはほぼ収まっている。でも私の根管症候群の根本の原因は頸椎にあるという。今後どうしていくか相談してこなくちゃ。そし3日5日はランチの予定。体重が増えすぎないよう気をつけなくては。今月の受診予定は連休明けの12日に予定している精密検査。この結果によっては5月後半の予定ががらりと変わる。大学病院は今月は21日の骨粗しょう症の注射のみの予定。でも精密検査の結果によっては変わるかも。その翌週は26日に歯科受診。これも変えることになるかも。そして28,29日の倉敷一泊旅行。3度目の正直(二回キャンセルした)これも精密検査の予定でまたキャンセルになるかも。幸い今回は素泊まりで直前キャンセルでもキャンセル料は取られない契約になっている。前回のキャンセルで学習したから。どうなる?今後?誰にもわからない。不安な気持ちはあるけど、とにかく精密検査の日までは予定を淡々とこなすしかない。そのあとのことはまたあとの事。今から考えても仕方ない。とりあえずくよくよ考えないで行こう。
2025.05.01
コメント(0)
全19件 (19件中 1-19件目)
1