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2007年02月20日
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カテゴリ: 仕事
*** こちらは20日のメンタルにっきです。ふつうにっき、とは別です。 ***



気持ち的には元気いっぱい、気分も上々、のはずでした。

朝一番に行った会社の診療所(in本社)での定例の診察・報告事項は特に何も問題なく過ぎていき
(この1週間では、問題や困った事がほとんどありませんでしたので)、
私の状態も安定していてこのままで問題ないということでした。
飲み薬のうち精神安定剤デパスの量が半分になりました。
あとは…ホルモンバランスが崩れているためか、月のものが長期間来てくれないので、薬の影響と
(飲んでいるドグマチールの影響かも?だそうです)肝臓の状態を調べるために採血をしました。
採血の結果は来週教えてもらえますが、場合によっては一部薬が変わるかもしれないそうです。



午後、あることでチーフと話をしている時に気持ちが少し落ち込んでしまったことがありました。
大したことではないのですが…、「気持ちは分かるよ」とチーフからも言われたのですが、見解の
違いと言いますか、何と言いますか。「でもね」とチーフの話は続きました。

話の元は私の仕事を代行してくれていた後輩の行動というか仕事に付随したことです。
私が休んでいた間に代行して取り組んでくれていたAという仕事。営業担当の人から送られてくる
請求書の本票は本社に送られていなければならないのですが、控えが私の手元に一部足りない。
本社の担当者に電話をしたら、ちょうどお休みをされていて聞きたくても聞けない。
先週のうちに後輩に聞いたところ、「書類の控えは全て取っています」とハッキリ言われたため、
私は素直に後輩の言葉を信じた。
じゃあどう考えても営業さんからの請求書が届いていないかもしれない?請求書がないと、
お客様に迷惑がかかる?と不安になり、昨日自分の判断で、慌てて各事業所の営業担当者の

宛先は担当者、カーボンコピーでその事業所の課長とチーフ、そして私の上司。

その調査依頼が問題だったわけではないけれど、チーフからは「普通に担当者レベルで聞くだけで
良かったのではないか」と言われた。
営業さんは実は請求書をきちんと提出していて、うちの後輩が控えを取り忘れだミスかもしれないし、
上司をメールの宛先に入れると、先方の上司から営業さんへ直接注意がいくかもしれない。

私は後輩の言葉を信じたかったから、逆に「わざと」先方の上司をメールのカーボンコピーの宛先に
入れた。場合によっては、上司から営業担当者に大丈夫かと確認して欲しかった。
今日各事業所の営業の担当者と話をし、本社の担当者にも連絡がついたため、調べて貰った結果、
結局のところ営業担当者は請求書をきちんと提出していて、私の後輩がミスして請求書の控えを
10枚も取っていなかったことが分かった。
すぐに私は、昨日メールを送ったメンバー全員に自分の課のミスであったことを伝える、お詫びの
メールを送った。(ちなみに、後輩のミスとまでは書きませんでした)

結局のところ、後輩の言葉を素直に信じた私が一人がバタバタ踊っていただけという結果になった
こと、それは仕方ない。ちょっと悔しい気持ちはあるけれどもね。
後輩はちょうど体調を崩して今週ずっと休んでいるため、後輩に直接注意も出来ない。
でも臨時で代行してくれていたことだし、誰にでもミスはあるからと私は怒ってはいない。
でも「わざとじゃないにしろ」一人で踊らされた事になってしまった私は、「後輩にハメられた」
ような気分にはなった。わざとじゃないから、もちろん本気で後輩に怒る気はない。
でも「何か、ハメられたような気がする」とチーフに言ったら「そう思っては駄目」と言われた。

何で?冗談でも大げさにでも、「ハメられた」と思ってもいけないの?
私の”ちょっと悔しい気持ち”の行き場はどこにもなくなるのよ。
私は先輩だから、全て我慢して許容しなくちゃいけないの?
何だか複雑な気分でした。悲しいわけではない。
でもちょっと凹んで、自分の机に向かっていても、涙が出てきた。最近、涙腺が緩いんですよね。
チーフは「そんな事で凹まなくていい」と言う。そうかもしれない。
でも今の私の精神状態、かなりいいと思っていたけど、そうじゃないらしい。
微妙に揺さぶりに弱くなっているらしい。

チーフは、いい人だ。うつになった私を心配して色々声をかけてくれる。
こんなに親身になって付き合ってくれる人もいないと思う。
「例え落ち込んだとしても、這い上がる。また落ち込んでも這い上がる。その繰り返しをする
ことによって更に心が強くなっていくよ」と励ましてくれる。
それは分かる。でも今回は何かが違う、と思う。このもやもやした気持ちはいったい何だろう。

私は今回「その考えはダメ」と言われてしまった。
でも実は、私は一言でもいい、こう言って欲しかったんだ。
「そうか、ハマっちゃったんだね。大変だったね。」と。
少しでもいい、一言でもいい。私を肯定して欲しかった。
同情して欲しかったのかもしれない。
この後、「でもね、そう思っちゃダメなんだよ」ってもし言われていたとしたら、自分の中でも
ちゃんとチーフの言うことが全て理解出来たとは思う。
でも、私は今日も一言も肯定してもらえなかった。
「気持ちは分かるけどね」という言葉は、肯定ではない、と私は思う。
…どうして、私は肯定をしてもらえないんだろう。
私が何かおかしなことを言っているだろうか?
「うつ」という病気と向き合う自分にとって、否定されることが何よりも辛いことが、やはり
普通の人には分からないんだろうか。
たとえ否定の言葉がその後に続いたとしても、その前に一言でも肯定の言葉が聞きたいと思う
のは、自分のワガママでしかないんだろうか。


私は自分の言った「ハメられてる気がする」という言葉がいけないのかと自分で思った。
なんか被害妄想的な言い回しと捉えられかねないから。
前向きに過ごそうと努力している自分だからこそ、こういう時は「わー。やられちゃったよ。
あはははっ。まいったなぁ。」と笑い飛ばさなくちゃいけないのかとも思った。

自分で判断してメールを送ったこともいけなかったんだろうか?
メールを送る前に、チーフに「これこれしかじかだから、メールか電話で聞いてみようかしら。
誰に聞けばいい?」とでもあらかじめ確認すれば良かったんだろうか。
会社に十年以上いると、自分で判断して進めていかなければならないことっていっぱいある。
会社を休養する前、私は自己判断が迫られる仕事でも普通にこなしてきた。
違う課の上司やそれ以上のお偉い方に直接電話で問い合わせたり話をすることもしてきた。
でも、違うんだろうか?

会社に3ヶ月ぶりに復帰した私ではあるが、赤ちゃんでも新入社員でもない。
チーフや課長に指示を仰ぎながら仕事を進めなくても、自己判断である程度は出来る。
でも、それではいけないのだろうか?
他の女の子みたいに「これ、どうしましょう?」ってすぐに相談しにいく素直な部下の方がいいの
だろうか?
(相談ばかりしている人は、どうしても依存度が高い気がして、私は好きではない…)


家に帰って悶々としていた私は、両親に相談した。
両親は「自分の思った通りの答えが返ってくると思っちゃダメだよ」と私をたしなめた。
「自分で出来ると思って、勝手に物事を進めるのもやめた方がいいよ。だって病気になって復帰
したばかりなんだから、ちゃんと上司に相談しながら物事を進めた方がいいよ」とも言っていた。
「ハメられたという言葉も良くないね。後輩を否定してるみたいに聞こえるよ」とも言われた。
…両親の言うことには一理ある、と思う。
確かにその通りで、私は自分の思っている答えが返ってくるのを期待している部分がある。
それに、会社を休養する前まできちんとやれていたことを、そのままやろうとして自己判断して
動くこともある。
後輩を否定するつもりはない。確かに彼女は仕事でミスを犯している。
でも、それをあーだこーだと文句は言うつもりはない。誰にでもうっかりミスはあるものだし。
それでも、「何かはまったなー。はめられたなー」って感じることすらいけないんでしょうか?
その考え自体が、後ろ向きなんでしょうか?


何だか、自分でも分からなくなってきました。
私のことですから、今夜一晩寝ればケロリとしていることでしょう。
でも、今後の自分の行動については、両親のアドバイスを聞いて、しっかり考えていかなくては
いけないと思った。
 ・自己判断出来るとしても、ちゃんと上司には相談する。
 ・相手の立場を尊重して行動する。
 ・前向きな考えを持つ。
 ・自己否定をせず、被害妄想をもたない。
この4点については気をつけなくては…。
被害妄想は持ちたくないけれど…でもやはり否定されると私は凹むんだ、と思いました。
まだまだ私の「うつ」は完全に治っていないのでしょう。
チーフのおっしゃる通り、浮き沈みを経て心が徐々に強くなっていく、ということはその通りだ
と思います。
でも、出来れば、注意してもらう前には、一言「そうだね」「大変だったね」「頑張ったね」
という肯定の言葉を聞きたいなぁ、と思うんです。
いったんは肯定の言葉→否定・注意の言葉、というように。
例え、それが私のワガママな気持ちだとしても、今の私の精神状態的に頭ごなしに否定されると
普通の人が「そんな大した事ないじゃん」というようなことでも簡単に凹んでしまいます。


ということで、本日はちょっとばかし「ココロが落ちて」います。
…まぁ、とりあえず気を取り直すために…今日はさっさと寝るか…。うん…。
そして寝ながら、明日以降のことと自分のことをゆっくり考えようか…。





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最終更新日  2007年02月20日 20時40分18秒
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なるほど…僕の見解を  
さっちんさん、例によって読ませていただきました。
なるほど…ハメられてしまった!という感じで。
上司を信頼されているさっちんさん、そして謝るのに「後輩のことは出さなかった」こと。これは特筆に価することだと思います。
さて…ですね、チーフの対応について…ですが。僕の経験談から、ハッキリ見解をかいて見ますと、「どんなに理解を示してくれる相手であっても、ココロの病に対する本当の理解はまず得られません!」ということです。なお、さっちんさんがかかれていますが、さっちんさんの気持ちや抱いた感情は、決してワガママでもなければ、まさしく「そんな大した事ないじゃん」ということでも凹んでしまうの、これは当然のことです。さっちんさんが、ご両親と話をして感じた4つの項目、たしかにすべて大切なことばかりです。
だけど、すべてその根底にあるのは、さっちんさん自身のココロです。その上にすべてがいるわけなんです。
極端になってしまうかもしれませんが、ココロの病を持っているのに、そうでない人たちが理想をいくら掲げても、そんな、簡単にできるものではありません。いや、もっと言えば「不可能」なこともあるわけです。
僕はさっちんさんが素直にそう思った気持ち、それでいいと思いますよ(…ただ、いくら僕がいいと思っても、現実問題、さっちんさんの生活なので、何もできないのがもどかしいのですが)。自己卑下する必要はまったくありません!
どんなに尊敬している方であっても、ココロの病を経験していなければ、そのホントの苦しさはわかりえませんよ!ゼッタイに!
うん、明日のことは明日が心配してくれます。とりあえずは一晩明かして、気持ちを取り直せるといいデスね。 (2007年02月20日 21時46分50秒)

Re:ココロが少し、落ちました(02/20)  
☆たな  さん
大変でしたね。
ブログ書いてへこみは少し楽になりませんか。
☆たなは吐き出して楽になります。
あと、あまり突き詰めて考えなくても良いのではないかと思いますが、どうでしょう。
文章読んでると、ああ、さっちんさんって、本当に仕事に誠実なんだなあって思いました。
そのことが、自分を追い込むことにもなっているんじゃあないでしょうか。
あと、嫌なことはさっさと忘れましょう。
☆たなは☆たな嫁に「よく忘れられるねえ」って言うほど、前の嫌なこと忘れちゃいます。
これって結構大事なことだと思いますけど。
今回はいろいろ生意気書いちゃって、すみません。

(2007年02月20日 21時53分29秒)

Re:なるほど…僕の見解を(02/20)  
CMLみらいさん

本当にそうですね。私のココロのことは、私しか分かりません。いくらいい上司でも、100%全て分かってくれるかというと絶対にそうではないです。理解してよって頼んでも無理な話ですよね。だって他人なんですもの。それもうつの人じゃなくて、普通の健常者。うつの人の気持ちが分かるはずがないですよね。
そう考えると、ええい何をこれしき、ってちょっと思えるようになってきました。
しかし…生きることって難しいですね。楽しいことばかりじゃないのは分かっていますが、悩みつつ苦しみつつ日々過ごしていくと、時に疲れることもありますよね。
前向きに頑張ろうって思っていても、後ろ向きになることもありますよね。
今日のことは今日のこととして、明日に凹んだ気持ちを持ち越さないように、一晩ゆっくり寝たいと思います。コメントありがとうございました。
(2007年02月20日 22時43分49秒)

Re[1]:ココロが少し、落ちました(02/20)  
☆たなさん

はい、ブログに書いていると徐々に自分の心の整理がついてきますし、楽になります。不思議ですね。ただ文章にしているだけなのに。
私が仕事に誠実なのかどうかは、自分ではよく分かりませんが、主治医の先生には「自分でストレスを作っている」とハッキリ言われました。確かに自分を追い込んでいるんでしょうね。
「嫌なことはさっさと忘れましょう」ってコメントいただいて、素直にそうだな~って思いました。
今回、気持ちが落ちた出来事はありましたが、明日までにキレイさっぱり忘れて、明日は笑顔で会社に行けるようにしたいと思います。コメント、ありがとうございました。
(2007年02月20日 22時44分19秒)

理解するということ  
同僚 さん
同僚です。はじめて書き込みします。
日記をときどき拝見しますが、よく「病気にならないとわからない」という言葉を耳にします。
確かにそうかもしれません。
ですが、逆に上司の気持ちを考えたことがあるでしょうか?「上司にならないとわからない」と言われたら、どんな気持ちになるのでしょうか?
極論を言えば、「他人には自分の気持ちはわからない」ということなのでしょうか?
あまりに悲しすぎる発言だと思いませんか?
ただ単に「よくやったねー」とか「何もいわないでおく」ことはすごく簡単です。そうすることもできます。
ただ、それでは「裸の王様」になってしまいます。社会は誰も認めていないのに、自分だけが認められていると思ってしまいます。
これが優しさなのでしょうか・・・。
折れてはまた起き、また折れて起きる。それを繰り返さなければ、本当に病気が回復し、社会に戻ったとは言えないと思うのです。
自分は医者ではないので、この考え方は間違っているかもしれません。
ただ、”本当に”自らの力で立って欲しいと思います。そして、病気を機に、さらに優しい気持ちで周りを支えられるような人になって欲しいと切に願っています。
病気は苦ですが、自分を変えるチャンスでもあります。そのチャンスを自分のものにできるかどうかは、自分の心が決めるのです。 (2007年02月20日 23時29分17秒)

Re:理解するということ(02/20)  
同僚さん

もしかしてあの同僚さんでしょうか?ここに現れて下さるとは思いもよらず(^^;)いえ、別にいいのですけどね。

確かに「上司にならないと分からない」と言われたら悲しいですね。私も逆の立場までは考えませんでした。それは反省してます。
でも結局は他人同士、100%分かり合えることはないと思います。
ただ、どこまで分かり合えるかが大切なのではないでしょうか?
例えば今までは30%しか分かってあげられなかったけど、今日10分話をすることが出来た為に、50%理解できるようになって進歩したと感じるとか。明日は51%になるように、もう少し向き合ってみるとか、相手の立場に立ってみるとか。
そういう考え方はどうでしょうか?分かる・分からないと二分するのではなく、折り合いをつけていくという考えを私はしたいと思います。
折り合いをつけるために、他者を否定するとしてもその前に一旦肯定してみることも大切なのではないでしょうか?
カウンセリングの基本は「相手の言葉を否定することを、返答の最初には絶対に言わない」ことです(by学校の心理学の授業)。「それじゃだめだ」と頭から否定するのではなく、一旦は「そうだね、そう感じたんだね。」と肯定することも大切だということを私は言いたいです。肯定しろと強制しているわけではないです。肯定の後に「でもそういう考えはやめた方がいいよ」と否定することは一向に構わないのです。それはその人の意見なのですから。その点は誤解をしないで下さい。

病気になっていなくても、毎日折れては起き・起きては折れ…の繰り返しだと思います。コメントに書いていただいている通りです。
私も自分の力で立ちたい。周りに優しい気持ちで接したい。自分を変えたい。でも、やろうと思っても簡単には今はまだ出来ないんです。やりたいのに出来ない。そういう私のジレンマも、少しは分かっていただければと思います。
(2007年02月21日 19時44分19秒)

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