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昨日、6月19日は、太宰治の誕生日でもあり、命日でもある「桜桃忌」だった。
何気なく、YAHOOの芸能ニュースを目で追っていたら、あのサト・エリ?(佐藤江梨子)も
太宰治に傾倒していた時があったらしく、彼の菩提寺である三鷹の禅林寺で毎年、命日
の6月19日に開かれる「桜桃忌」にも、何回か参加したことがある、と言う。
ちょっとイメージが違うので「えっ?」と、、、意外な感じがしたけれど・・・
以前、彼女が「神戸の震災で友人を亡くしてから、人生観が変わって・・・」というような話を
していたことを思い出し、多感な10代で遭遇した大地震、亡くなった親しい友人、たくさん
の人々。。。
その経験と、太宰治へ傾倒した時期は重なっていたのかも知れない。
太宰治は典型的な青春、思春期の文学、一度はかかる「麻疹」のようだといわれている。
そして、その時期を卒業し、「あの頃は、よく読んだものですよ~」と、遠い目をしてお酒の
席で微笑んでいる・・・そんな光景が目に浮かぶ。
確かに、熟年になってから初めて読む人は少ないのではないかな?
文学の世界ではないけれど、あの「尾崎豊」にも同じものを感じる。
彼のヒット曲「15の夜」はまさに、揺れ動く思春期の心、そのままの歌だと思う。
自我に目覚める10代の初め頃、「自分の存在の意味」を考えるようになる頃、、、、
遠く広がる未来の海、得体の知れない不安、大人を嫌いながらも、大人の身体になって
ゆく自分・・・自己愛と、自己嫌悪・・・
細胞分裂の激しい日々。
その中で、出逢った、太宰治の小説。
もうひとりの自分がそこにいる!
ぁああ~!この人なら、わかってもらえる!
痛みを共感できる人だ!
そうして、どんどん傾倒してゆく。。。
私が育ったのは、太宰治が最後に住んでいた三鷹に近い町だった。
彼が入水心中をした、玉川上水、遺体発見現場に近い、井の頭公園は馴染みの場所。
でも、彼が暮し、人生を終えたのは、私が生まれるずっと前のことだったから・・・
その場所を通ることがあっても、すぐには思い出すこともなかった。
一度は「桜桃忌」に行こうと思っていたのに、なかなか行く機会がなくて、、、
初めて行ったのは4年前。真夏のように暑い日だった。
たくさんの若者が集まっていたというのは、かなり前のことのようで、想像以上に静かで
若い人もいたけれど、昔の若者?(私も!^^;)の方が多いような気がした。
青春時代に麻疹に罹った読者達、、、そして、今、免疫がついて生きているのねぇ・・・
墓前にたたずむ人達を見ながら、私も遠い目をしていたかも知れない。
と、その時、ひとりの男性(あまり若くはない?)が、ず~っと墓前に手を合わせ、たたずん
でるのが視界に入り、何気に合わせている手を見たら・・・・
事故か何かで切断されたのだろうか?
両手の指が無かった。。。
参加者全員のお参りが済んで、引き揚げていく頃も、彼はまだ、そこにたたずんでいた。
視線も、言葉も交わすことはなかったけれど、、、
その人の背中を見ていたら、、、
あの、麻疹の日々が一瞬、甦り、胸が痛くなった。。。