綴

綴

2005年08月09日
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カテゴリ: 連載小説-no title-
---あの日以来、夢を見る。

深淵の闇の中、朔は膝を抱え込み座っていた。
漆黒の闇は目をふさがなくても、何も見せない。
闇から生まれる静寂は耳をふさがなくても、何も聞こえない。
だが、それでも朔は自身を守るようにきつく自らの身体を抱きしめる。
小さく縮こまり、ぎゅっと瞳を閉じた。
その時、ふわりと空気が動くのを感じた。
普段は気づきもしないが、今は神経が過敏になっている。
(……来たっ)

縋るように掴んでいる肩が痛みを訴えているが、朔はその痛みではない何かに耐えるように必死に身を小さくした。
だんだんと近づいてくる人の気配に、ただただ純粋な恐怖という津波に、心が飲み込まれていく。
「どうしたの?」
柔らかな声さえも、今の朔には恐怖でしかない。
そっと肩に触れられる指先の温もりに、びくりと朔は身を固まらせる。
触れた指先は戸惑うように離れた。
「……  」
ずきり、と鋭い痛みを頭が訴えた。
女性が何か言葉を放ったと同時に。
確かに柔らかな声は、音となり耳に届いたはずだ。
だが、脳に届こうとした瞬間、音は凶器となった。

その痛みのせいで、何の言葉だったか理解できなかった。
「…………っ」
「やはりプロテクターが強いのね、この  は」
ごめんね、という呟きとと共に痛みに耐える朔に、優しい手が触れる。
頭に置かれた手が、ゆっくりとなで始めた。

驚きについ朔は面を上げ、手の持ち主を見上げた。
藍色の瞳と視線がかち合い、ぎくりと凍る。
怯えが顔に出たのか、麗しい顔が悲しげに歪む。
反射的に視線を逸らした。
罪悪感がじわじわと訴えてくるが、どうしようもないのだ。
メノマエニ、ジブントオナジカオガアル。
信じたくなくて、見たくない顔が。
月の色溶かしたようなサラサラとした髪。
藍色の大きな瞳と桃色の小さな唇、筋の通った小鼻が整って顔に配置されている。
(信じたくない)
自分が同じ顔をしているなど。
だが否定しても、何度夢と思っても現実では自分はこの女性の幼い頃の姿、と言われても誰もが納得できるほど似ているのだ。
唯一の違いは瞳の色だろう。
だが今の朔の瞳、晴れた夜空色の瞳、も、今までの朔の瞳ではない。
(……私は、こんな顔じゃないッ)
心の中で叫んだ。
認めなくてはならないのは、分かっている。
逃げていてもしょうがない。
分かっていても、まだ、心が追いついていないのだ。
現実で、必死に現状を飲み込もうとしても、真実はあまりにも膨大で辛くて。
逃げ出したくなるのを堪えるで今は精一杯な有様なのだ。
なのに、夢でさえ非常な現実をつきつけれ、朔は追いつめれていた。
いっそ、何もかも放り出したい誘惑に朔は何度も駆られた。
今は崖っぷちに立っていると言っても過言ではないぐらい、朔の精神を支える基盤は不安定だ。
(夢のなかですら……逃げられない)
逃げてはいけないのは分かっている。
(分かっているけどっ……)
休む間もなく急速に進み始める現実は、確実に朔を疲弊させていた。
「大丈夫?」
女性の暖かな声に縋りそうになる。
と、同時に酷い拒否反応が起こった。
(来ないでッ!)
近寄らないで。
無意識に後ずさり、距離を取る。
今、この女性にそばに寄られたら。
会話を交わしたなら、きっと自分はひどい言葉を投げつける。
貴方のせいだ、と。
あの夢が皮切りだった。
貴方さえ夢に出てこなければ、全て、失わずにすんだ、と。
酷い、そして醜いやつあたりだ。
そんなことを言いたくないのに、きっと自分は言ってしまうだろう。
だって、圧倒的に楽だ。
責任転換し、誰かを責める方が。
だが、例え夢の人物だとはいえ、そんなことしたくない。
愚かな行為を一度でもしてしまえば、きっと歯止めの利かなくなる。
現実でも、愚かな行為をしてしまいそうになる。
楽な道に逃げ、誰かを傷つけることで少しでも浮上しようとする。
それほどまでに、朔は精神的に弱っているのだ。
朔は自身を愚かではない、なんて思っていない。
だが、愚かだと分かっていることを分からない振りをして、してしまいたくない。
(それに……傍にいてほしくない、何よりの理由は……)
この女性が、怖いのだ。
漠然とした恐怖が朔を捉えているのだ。
この女性、優しげで綺麗な人、の何に対して、怯えるのか分からない。
だが、本能が告げる。
近寄ってはならない、と。
かたかたと震えだす肩を朔はぎゅっ、と押さえつけた。





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最終更新日  2005年08月10日 00時44分44秒
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