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ACT・1
「さて、どーするか ね」
長い足を机の上に放り出し、相沢一郎は悩んでいた。
「どうするかって・・・どうしようもないだろ」
と、横からメガネの長髪男、宮前明郎が大学ノートをぶらぶらさせている。
「次の世界史のテスト、今さら勉強してもムダムダ、あきらめるしかないね」
「う~、そういうことではいかんでござる。オレは最後まであきらめないでござるぞ!」 などと、一郎と明郎があきらめきった表情をしているのを無視して、沖 陽平だけは必死で“テスト前の十分間集中勉強”をしていた。
どこの高校でもよくある、休み時間の情景である。
が、そのうち、
「あーっイライラするっ!」
と、一郎が突然叫びだし、教科書片手にブツブツやってる陽平の胸ぐらをつかんで持ち上げた。片手で!
「のわっ、い、一郎、落ち着くでござる!」
じたばたもがく陽平を片手で宙吊りにして、一郎はくわっと牙をむいた。
「ったく、予告もなしにいきなりテストをするってのは何だ?しかも二教科連続だぞ!次の世界史が終わったら、今度は数学だ!すうがくっ!」
「べ、別にオレがやるわけではないでござる!そんなにテストが嫌なら、エスケープすればよいではござらんか!」
ぶらぶらされながら陽平が叫ぶ。と、急に一郎の身体から力が抜けた。同時に陽平の身体も床に落ち、しりもちをついた。
「あ、そうか、サボりゃいいんじゃねェか」
急に、にこやかな顔になって一郎はつぶやく。すると明郎も、
「そのアイディアいいなあ・・・よし、決まった!」
がしっ! 一郎と明郎はがっちり腕を組んだ。そして、じろりと陽平をにらみつける。 陽平は教科書と二人の顔を見比べて、
「判ったでござるよ!オレもつき合うでござる!」
がしっ と三人は手を取り合った。その瞬間、彼らの間には完璧なるチームワークが誕生したのだった。
「よし、エスケープだっ!」
「おおっ!」
その時、
「あーら三人とも、どちらへお出かけかしら?」
こそこそと、教室から脱出しようとしていた三人を呼び止めた少女がいた。
「げっ、弥生か!てめえには関係ないだろ」
「あら、そうなの、あたしにそんな事言っていいの?」
わざとらしく前髪をかき上げながら、少女・・・島村弥生は、ちらりと三人を見た。
ぞっ と陽平と明郎が身をすくませた。こういう目つきをするときの弥生に逆らってはいけない、というのがこの学園のルールだ。
なにしろこの島村弥生、色々な武道に秀でていて、特に剣術となると恐るべき強さを発揮する。段位こそ持っていないが、その腕前は五段以上ともいわれている。
彼女が愛用の木刀「修羅王」を持ち出した時には、血を見なければおさまらない、とも言われている。
斎木学園のことわざ、「キチガイに刃物」ではなく「弥生に木刀」。
これは、ぜひとも覚えておきたい。
しかし、一郎は、そんな弥生に対し、真正面から立ち向かえる数少ない男であった。
たじろぐことなく弥生につっかかっていく。
「ほーう、てめえに何ができるってんだ?」
「学校新聞にあんたの寮での生活ぶり、・・・特にタバコと飲酒の件ね・・・をレポートして職員室に提出してあげる」
「ばば・・・バカヤロウ!そんなことされてたまるかっ!」
ぐぎぎ、と一郎が歯ぎしりする。
それを見て、にっこり笑いながら弥生は手を出した。
「何だ?」
「口止め料。そーね、今回はサーティワンの三段重ねでいいわ」
「ぐぎぎぐぎり・・・・」
弱みを握られた一郎は、歯がみしつつうなずいた。
「おほほほ、じゃあね」
と、走り去る弥生に一郎はあかんべーをして、すぐさま飛んできた上履きを軽くかわした「と・・・とにかくっ邪魔者は消えたぞ、みんな」
「おおっ!」
そう言うと、また三人の男たちは、こそこそ教室を抜け出していった。
その様子を、少し離れた所で見ていた弥生は、
「いつ見ても、こーいうことだけはチームワーク抜群ね。・・・ん?」
ふと、自分と同じく三人組を見つめている少女に気がついた。
あれ?
弥生は首をかしげた。学校新聞部部長という肩書きのため、いつも学校中をネタ集めでうろついている弥生。すでに全校生徒の顔を覚えたはずだったのだが・・・その少女は、名前どころか、見た覚えすらない。
セミ・ロングのふわっとした髪を、横でちょっと結んでいる。くりっとした目の、おとなしそうな女の子・・・・
「ああ、ひょっとすると転入生かな?ねえ、ちょっと あなた」
弥生はその少女に声をかけ、近づいていった。
威勢のいい声をかけられて、少女は多少びっくりしたようだ。目をぱちくりさせて弥生を見る。
「あ・・・はい、何でしょうか?」
オドオドするかと思ったが、意外としっかりした声だった。何となく声をかけた弥生は一瞬、何と話しかけようか迷ったが、そこはそれ、
「あなた一年生?何、あの三人のコト見てたけど、何かされたの?」
「あ・・・いいえ、別にそういう訳じゃないんです・・・・」
「ふうん、それじゃあいつらの誰かに、▽なのかな?」
あまりにズバリと言い切るので、この少女は赤くなってうつむいてしまった。
「いえ・・・あの・・・」
と言うと、耳まで真っ赤な少女は、くるりと振り向いて逃げ出した。
「あ!ごめんごめん!それじゃこれだけ教えて、あなたの名前は?」
たたた、と走っていた少女は、ちょっと立ち止まり、
「相沢 和美です」
そう言って、また走り出した。
☆ ☆ ☆
喫茶店「すくらっぷ」は、あいかわらずすいていた。
今、アベックが出ていったから、店の中には、カウンターでコップをみがいているマスターがいるだけだ。 が、まあ、意外と常連客もいる店である。
あまり広くはないが、落ち着いた内装と清潔さ、そして人の良いマスターがいれるコーヒーと軽食の味が売り物である。
ただ難点なのは、不定期に店を休むことであろうか。
ふと、マスターのコップをみがく手が止まった。店内そなえつけのステレオから流れていたモーツアルトが終わったのだ。
マスター、しばらく思案してからレコードを替えた。
そのとたん、さっきまでのクラシックの渋いムードはどこへやら、突然店内はディスコミュージックで満たされた。
BGMの力とはすごいもので、店内の雰囲気も一変する。
「う~む、やはりポップスの似合う店にすれば良かったかな・・・」
鼻の頭をかきながらつぶやくと、
RRRR・・・・
電話が鳴った。
「はい、『すくらっぷ』です・・・はい、沢村ですが・・・は?」
電話機を取ったマスターは突然大声を出した。
「本当ですか、そりゃ!・・・ええ、引受けましょう・・・まかせて下さい」
電話で応対する声に、尊敬の念が感じられるのは気のせいか。
待ちに待っていた出番がようやく来た、という表情で、マスターが受話器を置いた時、店先に黒いリンカーンが止まった。
少しして、このくそ暑いのに黒いスーツなんぞを着た男が三人、店に入ってきた。
外人だ。
冷房が効いていても、暑っ苦しくなるような巨体である。椅子に座ったらこわすんじゃないだろうか、などとマスターは心配した。
が、一応商売だ。にこり、と笑って、
「いらっしゃいませ、御注文は何にします?」
「黒い風・・・・」
三人の中で、一番背の低い男(といっても、180cmはある)が、低い声で言った。
マスター、少ししかめっツラをして、
「ブラックコーヒーですね」と、さっさとドリップを始めた。
ディスコミュージックの流れる店内に、びりっとした空気が満ちる。
「フッ、一体この店はいつからディスコになったんだね、ミスター沢村?」
「あんたらが来る直前だよ・・・オレに何の用だ?」
ポタポタ落ちるコーヒーを見つめて、沢村は聞いた。
「『やつら』が動き出したのだ」
男はつぶれたような声で話し始め、ばさっ、と持っていた書類をカウンターに放り出した。
その一番上に書かれた三文字。
『F O S』
「FOSが相手の仕事・・・君にふさわしいと思うがね」
沢村は無言で、湯気をたてているブラックコーヒーをカウンターに並べた。
誰も手を出さない。
「皮肉かね、沢村?」
「何が?」
「今は真夏なんだが・・・」
「冷めないうちにどうぞ、CIAの皆さん」
沢村が言うと、男たちの一人が無造作にカップを口元に持っていき、熱~いコーヒーを一気に飲み干してしまった。じろり、と沢村をにらみつける。
沢村は肩をすくめた。
「お見事」
「話を元に戻そうじゃないか、沢村。君もこの話には興味があるのではないのかね?どうだ、引き受けてもらえるか?」
沢村は、ぱらぱらと書類をめくって、一つの写真に目を止めた。
くりっとした瞳の可愛らしい娘が笑っていた。
「残念だがパスする」
「何だと!お前がこの仕事を受けない?」
がたっ、と三人の男が立ち上がる。
「落ち着けよ、もう別の依頼人からこの件については聞かされていたんだ」
両手を上げて、沢村は男たちをなだめた。
緊迫した店内に、別の客が入ってきたのはその時だった。
「あー暑ィ・・・お、なんかすげェお客さんがいるなあ」
額の汗をぬぐって、一郎はぐるりと店内を見回す。その後から、
「でもいい店だよ、うん、女の子と来たいもんだね」と、明郎。
「そうでござるな、あ~涼し」と、陽平。
悪ガキ三人組が入ってきた。
「いらっしゃいませ、何にします?」
にこやかに沢村は一郎たちに話しかけたが、内心おだやかではなかった。
おかしなことにならなければ良いのだが・・・・
そんな沢村の不安をよそに、悪ガキどもはにこやかにメニューを選ぶ。
「お前ら何にする?オレはアイスコー・・・ひええ、この暑いのにホット飲んでるヤツがいるのか!」
テーブルの椅子に座りかけた一郎、半分あきれて大男たちを見る。
じろり、とにらまれて明郎はビビッたが、陽平はにらみ返し、一郎はニヤリと笑いかけた。
「マスター、アイスコーヒーみっつ。かき氷は無いのか?」
「すまんね、ウチは氷はやってないんだ」
「そりゃ、残念」
一郎はアイスコーヒーが来るのを待つ間、大男たちをじろじろ見ていたが、ふいに立って声をかけた。
「なあ、あんたたち刑事か?」
三人の男たちは互いに顔を見合わせた。
「いや、どうしてだね?」
背の一番低い男が聞いた。立てば一郎と身長は変わらないだろうが、肩幅や胸の厚みなど、体重は一郎よりはるかに重いだろう。
ちょいと殴れば、一郎など軽く吹っ飛ばせるに違いない。
ふん、と一郎は鼻を鳴らした。
「においがするんだよ、暴力を商売とするヤロウのな。それに、胸の内側に入ってるモノとかな・・・あんたら刑事なんかじゃねえな」
その言葉を聞いたとたん、急に男たちの目つきが変わった。そこらのヤクザなんてもんじゃない、長年続けてきた殺し屋としての人生が、自然にこんな目つきをさせるようにしてしまったのである。
「おい、一郎・・・あまり刺激するなよ・・・・」
と、小さな声で明郎が言った。しかし、一郎は聞いていない。
「ははん、目つきが変わったな、冗談のつもりだったのに図星かよ、てめえらプロだな」 とたんに男たちは立ち上がり、手を上衣の内側にすべりこませていた。
むっ、と殺気が店内に満ちる。
「貴様、一体何者だ!」
「オレはただの高校生さ」
気取っていう一郎に、男は拳銃をむけた。
「うそをつくな!一目で我々の素性を見破るとは、ただ者じゃあるいまい・・・・貴様、FOSか!」
一郎と、後ろで成り行きについていけず、小さくなっている明郎と陽平はきょとんとしてしまった。
「えふ おお えす?何だ、そりゃ?」
「とぼけるつもりか?」
男は拳銃を一郎に押しつけた。しぶしぶ一郎はホールドアップする。
そして、男は例の書類を片手でひらひらさせて言った。
「お前のことは調査ずみだ、兵藤よ、その若さで世界トップクラスのヒットマンだそうだな。今回の日本での活動の邪魔になるミスター沢村を消しに、この店にきたんだろう?」 ペラペラと男はしゃべり出すが、もちろん一郎たちは何のことだか判らない。
「兵藤だと?オレの名は相沢一郎ってんだ。訳のわからねえ事言ってんじゃねえよ」
「アイザワ・・・・?」
成り行きを見守っていた沢村は、口の中でつぶやいた。
どうも話がおかしくなってきた。
まあ、トラブルメーカーの一郎にとって、ちょっとしたいざこざ程度なら日常茶飯事だからたいして気にもしない。
しかし、今回は少し様子が違うようだ。
拳銃を突きつけられてなお、一郎はふてぶてしさを失っていないが、男が書類をめくり一枚の写真を見せつけてきたとき、かすかに表情が動いた。
「何だよ、この女のコは?」
「質問するのはこちらだ。FOSはこの娘を手に入れてどうするつもりなのだ!」
つばを飛ばして、男は叫んだ。
「あのな・・・・」
静かに一郎はささやいた。明郎と陽平がその様子を見て、顔を見合わせるや、すぐさまテーブルの下にもぐり込んだ。
ざわざわっ、と一郎の髪の毛が『逆立って』いく。
「FOSだのなんだの、知らねーって言ってるだろが!」
叫ぶと同時に、一郎は爆発した。
銃を突きつけていた男の顔を思い切り殴りつけて、同時に書類を奪っていた。机をハデにひっくり返して、巨漢が床に転がる。
「ついに始まったでござるな」
「いつもの事だけどね」
テーブルの下で明郎と陽平は、ひそひそとささやき合った。
たまらないのは沢村で、このままじゃ店が破壊されると思い、CIAの二人と一郎の間に割って入った。
「待て待て!オレの店の中で暴れるんじゃない!話せば判る・・・うわっ」
すっかり頭に血の昇った一郎は、沢村の頭上を飛び越え、残る二人に襲いかかった。
一郎、空中から一人にタックルして床に倒しておき、もう一人に向き直った。が、男はすでに拳銃を手にしていた。その目に恐れの色が見える。
「き、貴様、やはり兵藤だろう・・・その身のこなし」
男は最後までセリフを言う前に、殴りとばされていた。
沢村に。
「まっ・・・たく、いいかげんにしろ!ここはオレの店だっ!」
温厚そうなマスターの目が、抜き身のナイフの鋭さを秘めた危険なものに変わった。
「おい、これ以上暴れるなら『黒い風』はCIAの敵にまわるぜ」
沢村ににらまれて、三人の男たちはしぶしぶ立ち上がった。
「だがミスター、その少年はどうするのかね?」
鼻血をぬぐいながら一人が言う。三人とも血まみれである。
「この坊やには、ちょっと話があるのさ。いいからお前らは立ち去れ!」
沢村の一喝で、三人の男たちはふらつきながら店を出ていった。
リンカーンが走り去るのを確認して、沢村は一郎に向き直った。
びくっ。
一郎の背筋を冷たいものが走った。直感的にこの男の強さを知ったのだ。
今出ていった三人とは比べものにならない。
知らず知らずのうちに一郎は身構えていた。
「やるのか?」
一郎は言った。
それを聞いて、沢村は吹き出した。と、同時に殺気も消え、人の良いマスターの笑顔になっていた。
「何言ってるんですか、お客さん。御注文はアイスコーヒーでしたね?」
にっこり笑って、沢村は軽々とカウンターを飛び越え、グラスを用意した。
もぞもぞと、テーブルの下から明郎と陽平が這い出てくる。
「一郎、一体どうなってるんでござるか?」
陽平が聞くが、一郎は訳わからん、という顔をしてみせた。
「これは何だい?」
そんな一郎から、明郎は先ほどの書類を受け取り、目を通してみた。
とたんに明郎の目が点になる。
その資料は全て英語で書かれていたのだ。
「オレに貸せ」
一郎はパニックしている明郎から書類をひったくった。
「読めるのか?」
グラスにアイスコーヒーを注ぎながら沢村が声をかけた。
「バカにすんなよ、オレはアメリカ育ちだぜ」
あまり成績の良くない一郎の、唯一の救いが英語であった。
かなりの早さで一郎は読み進んでいく。
ある程度読んだところで、一郎は沢村の顔を見た。沢村はアイスコーヒーを運んでくる途中だった。
「こいつは何の冗談なんだ?」
あきれたように、一郎は書類をテーブルの上に放り出した。
ぱらぱらっとめくれて、例の少女の写真が見える。
その横に、こう書かれていた。
『KAZUMI・AIZAWA』
☆ ☆ ☆
弥生は妙に落ち着きがなかった。周りの人間は皆、地獄のテストが終わったということで、すがすがしい顔をしているので、その姿はひときわ目立っていた。
原因は・・・さっきの少女だ。
何かがひっかかるのである。何かが。
「はあい、弥生ィどしたの?暗くなっちゃってえ、つんつん」
後の席の霧原由紀が、丸まっている弥生の背中をつっついた。
反応がない。 何を思ったか、由紀はつつう~と弥生の背筋に指先を滑らせる。
これにはさすがの弥生も背中をぴん、と伸ばした。
「ええい、やめっやめっ!突然何をするか無礼者お!」
弥生、じたばたしてから由紀のシャツをつかむ。
「あ~れ~乱暴はおやめになってえ♪」
などと言って由紀、しなをつくる。何か言おうとした弥生だったが、それを見て力が抜ける。この霧原由紀、ポニーテールなどしていてけっこう可愛いのだが、どうもレズッ気があるらしく可愛い女の子には積極的にアプローチするのだそうだ。
ふと弥生、思いつく。
シャツをつかんだまま、由紀をぐっと引き寄せ、
「ねえ、あんた一年生に知り合い多いわよね?一郎たちに好意っていうか興味を持ってる子って知ってる?」
「へ?弥生ってば知らないのォ、あの三人けっこう人気あんのよ、有名人っていうか名物三人組だもんねえ・・・興味持ってるコなんて、いっぱいいすぎてわかんないよォ」
「げ、そうなの?あの三人がねえ・・・世の中はわからん」
「それより・・・・」
すっと由紀は弥生の首に腕をからませた。
そして自分は軽く上を向き、目をつむる。そのままムードに流され、二人の唇が重なる直前に、がばっ!という勢いで弥生は由紀から身を引きはがした。
やっと我に返ったらしい。
「こ・・こんな時に“エスカレーション”してどないせーちゅうんじゃ、このレズ娘!」 真っ赤になって、弥生はわめいた。
「あーん、バレちゃった。ははは」
ぺろっと舌を出して、こつん、と由紀は自分の頭をこづく。
「もういい!あのコの事は自分で調べる!」
荒々しく立ち上がると、戸をぶち破るような勢いで、弥生は教室から出ていった。
☆ ☆ ☆
「それじゃ、お前たちは本当に『FOS』を知らないんだな?」
煙草を指の間でぶらぶらさせながら、沢村は念を押した。
「くどいぜ、マスター」
くってかかろうとする一郎を、沢村は両手を上げて制しておいて、一枚の写真を指し示す。
「それじゃ、この娘に心当たりは?」
言われて一郎は少しとまどった。別に、こんな少女など知ってはいないのだが、初めて目にしたとき、何かどきり、とするものが胸をつきぬけたのだ。
「なんだ、心当たりがあるんでござるか、一郎」
「やだねえ、いつの間にこんな可愛い子ちゃんと知り合ったんだい?一郎もすみにおけないねえ」
などと陽平、明郎がでっへっへ、と意味ありげに笑った。
「ば、ばっかやろォ、そんなんじゃねえ!」
あわてて一郎は反論する。
“けど・・・”
「あ、そうか、別に知り合いでもなさそうだな。いや、名字が同じだから気になっただけだ。気にするな」
ふう、と煙草をふかして沢村、ニヤリと笑う。その目つきは、一郎の反応を楽しんでいるようにも見える。
この男も、一体何者なのだろうか。
「ところで、この書類の内容は頭につまったかい?」
「ああ」 と一郎。
「どういう話が書いてあるんでござる?」
英語はからきしの陽平、明郎が興味津々といった表情で聞く。
こほん、とせきばらいをした一郎は視界のすみに、店先に止まったバイクをとらえた。 が、気にもとめずに話し出す。
「要するに『FOS』っていう組織があって、“ある計画”を始めたわけだ。で、その計画には特殊な人員が必要らしくて、世界中で大規模なスカウトを行っているんだと。そのスカウトってのが強引で、はっきりいって誘拐なんだそうだ。でもってそのFOSの魔の手からこの娘を守るのが今回の・・・危ねえっ伏せろっ!」
話が終わらないうちに、突然サブマシンガンを持った男が店内に飛び込んできた。
「おわあっ?」
とっさに一郎たちは床に伏せた。
ダダダダダダ・・・とリズミカルな音をさせ、サブマシンガンが火を吹く。
「ひええっ」
片っぱしからグラスが砕け、壁にかけてあった絵が穴だらけになり、天井の照明器具がバラバラになっていく。
しばらく撃ちまくると、男は身をひるがえして外へ走り出た。
「くそォ逃がすかよっ」
一郎はテーブルのかげから飛び出そうとしたが、再度マシンガンを連射され、あわてて引っ込んだ。
四人は楯にしたテーブルの後ろで、走り去るバイクの音を聞いた。
硝煙たなびく、ズタボロの状態となった店内に静けさが戻る。
「ふうう・・・」
誰かのため息。突然の襲撃に思考がついていかないのだ。
「判ったか、お前ら・・・・」
沢村が、ひん曲がった煙草をもみ消しつつ言った。
「今のが『FOS』だ」
学生三人、声もない。
「楽しいあいさつをするだろう?一体オレが今回の仕事にからむことをどこで知ったのやら・・・・」
くくくっと低く笑う。
沢村がこの依頼を受けたのがついさっきである。そのことをあらかじめ予測でもしていたかのような行動の早さだ。
沢村と『FOS』───過去に何か関わりがあったのだろうか。
「あんた、一体何者だよ?」
思わず、一郎が聞く。
「オレはここのマスターさ」 ニヤリと笑って沢村は答えた。
「ま、この分じゃ店は当分できないか。と、いうわけで今からオレの職業はボディガードになった」
そう言って片目をつむってみせる。その仕草があまりにも気障だったため、やった本人かなり恥ずかしかったらしく、赤くなって鼻をかいた。
こほん、とわざとらしくせきばらいをしてから、
「ま、まあとにかく話はこれまで、アイスコーヒーはおごりだ。早く帰れ」
ふいに沢村の態度がそっけない物にかわった。
「何だあ?早く帰れだと、それじゃどうしてオレたちにそんな話を聞かせたんだよ?」
一郎がくってかかると、沢村はまじまじとその顔を見つめた。
「な・・何だよ」
「いや、何でもない」
「とにかく、もう少し詳しい事を・・・」
「うるせえ!帰れったら帰れ、さもなきゃ店の修理代はお前らに請求するぞ!」
これにはさすがに学生三人もムカッとした。
「判ったよ、帰ればいいんだろう!」
くるりときびすを返して、すたすたと一郎は店を出ていった。陽平と明郎も後を追って出ていってしまった。
めちゃくちゃに散らかった店内に沢村は一人立っていた。
ポケットから煙草を出してくわえる。
「人違い・・・かな」
煙を吐き出しつつ、沢村はぼそっとつぶやいた。
「何が人違いなんですか?」
突然背後から声が聞こえてきて、沢村は飛び上がって驚いた。今まで店の中に人の気配などまったくなかったのだ。
あわてて振り向いた沢村は、背後に立つ少年の姿を確認して全身の緊張を解いた。
「何だ、お前だったのか」
沢村、ほっとため息をつく。
「久しぶりだな、省吾・・・・」
ガラクタの山と化した店内に、幽霊のごとくその少年は現れていた。
「最高のパートナーの到着ですよ。沢村さん」
少年──省吾──は、にっこりと笑ってみせた。
☆ ☆ ☆
弥生はもうヤケになっていた。放課後の人気の無い資料室に閉じこもり、多少変色したファイルをめくっていく。
「これも違う!」
かなり荒っぽくファイルを棚に放り込むと、次のファイルを引っぱりだす。
弥生が今読んでいるのは、全校生徒のプロフィールであった。
一人一人のデータがすさまじい細かさでまとめてあり、実に、百科事典並みの厚さがあるというシロモノである。
例の少女、相沢 和美のことを調べているのだが、まるで見当たらない。
「あ~、もう!イライラする!」
ついに弥生は叫び声を上げ、ファイルを放り出した。
「やっぱりあのコ転入生かなー、でも転入生が来たなんて話も聞いてないし・・・」
ファイルを棚に戻すと、弥生は思いきりのびをした。首を回すとポキポキと小気味よい音がする。
「あー疲れた。アイスでも食べに行くっかな~」
大きなあくびをしつつ、かたわらに立て掛けた愛用の木刀『修羅王』を片手に、廊下に出る。
その瞬間、弥生は息をのんだ。
時刻は午後五時半をまわっていた・・・・・
この新校舎の二階には弥生ともう一人、相沢和美の他は誰も見当たらない。
彼女・・・和美は窓にひじをついて遠いところを見ていた。
遠いところ。
あるいは、その瞳には何も写っていないのかもしれない。
その横顔を見て、弥生は声をかけることもできず、その場に立ち尽くしていた。
夏の夕方 けだるい午後 静まりかえった廊下 放課後の教室・・・・・
かすかなセミの鳴き声と野球部の声・・・・・
蒸し暑い空気が、ねっとりと身体にからみついてくる廊下に無言で立っていた。
弥生はその少女の横顔に見惚れていたのだ。
絵になる。
和美がそうしている様子は、おとなしいタッチで描かれたイラストを連想させた。声をかけて彼女を振り向かせるのは、その完成されたイラストを破り捨てるのと同じ事のような気がしたのである。
しばらくの間、そこの時間の流れが止まったようだった。
「・・・・・・・・・・・」
時間が動いた。
ふわっ、とやさしい風が弥生の前髪をゆらめかせる。
いつの間にか和美は目を閉じて、何かの歌をハミングしていた。
まるで、和美の歌声に合わせるように風が吹きはじめ、廊下の蒸し暑い空気を吹き飛ばしていく。
さらり、と弥生の黒髪が風になびいた。
気持ちの良い風であった、涼しくなるのはもちろんだが、心までがさわやかになる。
そんな風であった。
知らず知らずのうちに、弥生は微笑みを浮かべていた。
自分でも気づいていないが、すごくやさしい気分になっていたからだ。
その風に和美のセミロングの髪もゆれ、青い光を放った。
「えっ?」
思わず弥生は目をこすった。が、確かに和美の髪は青く輝いている。
髪自体が輝いているのだ。
と、ふいに和美はこちらを向いて、にこっと笑った。
その時には、すでに髪は光を発してはいなかった。
和美はぺろっと舌を出し、はにかんで、
「あは、やだあ、聞いていたんですか」
「え?あ、ご、ごめんごめん。あはははは」
弥生の笑顔は何かぎこちなかった。
「また会いましたね、島村 弥生さん」
和美、首をちょっと傾けて上目づかいで笑う。
弥生もつられて、にこっと笑う。それから少し考えて、
「あれ?なんであたしの名前知ってんの?」
弥生の質問に、なぜか和美はぴくっと身体を震わせたようだった。少し目を伏せたが、一瞬のことで弥生は気づかなかった。
「噂を聞いたんですよ、新聞部の編集長をやっていて、とても活発な人だって・・・」
はね上がったトーンの声で和美は言った。なんとなくごまかしているような気がしたが窓から入ってくる風になびく、和美の髪に弥生は目をうばわれた。
まただ。
“青い光を放っている、一体どうして?”
目の前の少女は、ひょっとすると妖精ではないだろうか。という考えがふいに頭に浮かんだ。
ばかみたいな想像だが、この娘の青い髪を見よ。
そんな考えを信じてしまうこともできそうではないか。
さわさわさわ・・・・
夏のそよ風が窓から入り込む。
暑かった一日が暮れようとしている。
ちょっとした沈黙がずいぶん長い時間に感じられ、たまらなくなって弥生は口を開いた.
「あ、そうそう、あたし今からアイス食べに行くんだけど一緒に行かない?」
「え?あの、今すぐですか」
「うん、あなた転入生でしょ、あたしが学校内から寮まで全部案内してあげる。お近づきのしるしよ、どう?」
「はい、お願いします!」
心底うれしいという表情で、和美ははしゃいだ。
「じゃ、行こうか」
と、弥生が振り向いたときだった。
どこから飛んできたのか、一匹の大きなスズメバチが弥生の首筋めがけて襲いかかった!
刺されたら命に関わる部分である。
それを見て、和美は目を見開いた。声にならない声! そして──────
次の瞬間、奇妙な事が起こった。
飛んできたスズメバチが、突然、空中で破裂してしまったのだ。
「ん?どうしたの?」
何も気づいていない弥生が振り向いて聞いた。
「いえ、何でもないんです」
そう言うと、和美はぴったりと弥生の後についていった。
何事もなかったかのように・・・・・
☆ ☆ ☆
「はあ・・・・」
と、明郎、『すくらっぷ』を出てから何十回目かのため息をつく。
「何だよ、うっとおしい」
言って一郎はワイシャツのボタンを外した。
少し風が吹いてきたといっても、ここ、駅前通りはまだまだ暑さが残っている。
────駅前通り。
道路の両側にはポプラ並木がずらりと並び、あのエルムストリートを連想させる。
秋が深まれば、ポプラ並木はすっかり黄色く染まり、風に散る葉が通りを黄金に変え、道行く人を感傷的にする事で有名である。
そのため、その季節にはあちこちに画家や、デートする恋人たちが集まってくる一種の名所になっている。
「いや、なにが悲しくて、ここを男ばっかりで歩かなきゃならないのかと思って・・・」
さみしげな表情で、明郎はつぶやいた。
「ウソをゆーな、ウソを! お前、さっきの事にビビってるんだろーが!」
「けどね、あの連中は町中で平気でマシンガンぶっぱなすんだよ。どっから狙ってきてもおかしくないだろ」
「その通り、オレもいつ襲ってこられるかと思うと、恐ろしくてたまらないでござる」
そう言いつつ、陽平の顔は気味悪いほどニヤついていた。
その右手はしきりにふところを行ったり来たりして、その中にある物の感触を楽しんでいた。
ぶるるっと、突然一郎が身震いする。
もちろん、恐ろしがっているわけではない。武者震いである。
この二人は敵ができたことが、うれしくてたまらないらしい。
あきれて明郎はこめかみに手をやり、また深いため息をついた。
さわさわ・・・・
ポプラの葉が、そよ風にざわめく─────。
────夏の夕暮れ。
道行く人が、ふいに途切れた。
「──ん?」
聞きおぼえのある声に、ふと明郎は顔を上げる。と、呆けたように口を大きく開いた。
「どした、明郎?」
「あ、あれ一郎、弥生!」
叫んで、明郎は前方を指差す。
「弥生ィ?やばい・・・アイスおごらされる」
くるりと回れ右をした一郎の襟をつかみ、明郎が無理やり振り向かせる。
「ちがうっ、弥生の隣にいる女の子を見な!」
「あの子がどうかしたでござるか?」
「あの子・・・さっきの写真の女の子じゃないのか?」
一郎と陽平、ぽかんと口を開いてとっさに声が出せない。
サーティワンから、アイスを食べながら出てきた弥生と少女。
───間違いない、あの写真の娘だ。
だが・・・なぜあの子が弥生と一緒にいるのか?
「とにかく、行ってみようぜ」
と、三人が走り出そうとした時、
「うわっ、あぶねえっ!」
目の前を、一台の乗用車と数台のバイクが、とんでもないスピードで横切った。
疾風のように、弥生たちの方へ向かって行く。
弥生と和美は、きょとんとしていた。
だが、さすがに弥生は危険を感じ、和美をかばうようにして立つ。
暴走してきた車やバイクが、二人の目の前で止まると、乗用車からサングラスをかけた屈強な男たちがばらばらっと出てきて、二人を取り囲んだ。
非常にスピーディで、なおかつ、これほど統率されているのは、よほどの訓練を受けているのだろう。
どうやら、ただの暴走族ではないようだ。
バイクに乗っているのは、十六~十八歳ぐらいの少年たちであったが、しっかりと二人が逃げられないようにバイクを停止してある。
なおかつ、普通の暴走族がやるようにエンジン音で脅しをかけた。
「相沢和美さんだね? 我々と一緒に来てもらいたいんだが」
周りを取り囲んだ男の一人が口を開いた。
和美は弥生の後ろで小さく震えている。代わりに弥生が答えた。
「何よ、あんたたち、どういうつもり?」
そう言って、きっとにらみつけると、バイクの少年たちがどっと笑う。
男は苦笑した。
「元気な娘さんだな。我々は和美さんに用があるんだが」
「だから何の用?人を呼ぶわよ」
また少年たちはゲラゲラ笑い出した。
「呼んでみなよねーちゃん」「だーれも来ないぜェ」
「我々の用件は、和美さん本人がよく知っているはずですがねえ」
ごつい手を和美に向かって伸ばしたのを、弥生は思い切りはじいた。
とたんに、話をしていた男の表情が変わり、弥生、身構える。
「ここで手間をとらせないで欲しいんだがね・・・力づくでも連れていきますよ」
すっと掴みかかってきた男の手を、弥生は思い切りひねった。
合気道の技。
それだけで、弥生よりふたまわりも大きい男が一回転した。吹っ飛んで、後ろにいた男にぶつかる。
「ほら、逃げるよ」
弥生は和美の手を握ると、一目散に走り去ろうとした。が、退路をバイクによってふさがれてしまった。
「おやあ?どこへ行くのかなァ、元気のいいねーちゃんよォ」
「もうちっと遊ぼうヨオ」
へへへ、ひひひ、と少年たちは下品に笑った。
「そら、こっちに来な」
背後から少年の一人が、和美をはがいじめにした。
「きゃあっ」
その、和美を押さえる力がふいにゆるんだ。
白目をむいて、男は地面に倒れてしまった。
「てめェら、いいかげんにしとけよ」
その後ろに、牙をむいた一郎が立っていた。
「一郎ッ!」
「な・・何だ、てめえは!」
バイクから降りた男が、ポケットからナイフを取り出す。
「ぐわっ!」
その手が突然はじかれ、呆然と男は手首を見つめた。
何かナイフのようなものが刺さり、血がどくどくと流れ出している。
「オレたちは、正義の味方でござる!」
とんぼをきって現れたのは、陽平であった。手にはしっかりと、得意の一文字手裏剣が握られている。
話によれば、彼は由緒正しき忍者一族の末裔なのだそうだ。腕前もなかなかである。
「かよわい女の子を集団でいじめるのは、けしからんでござるぞ」
「弥生は別だが」
一郎はつけ足した。
「けっ!」
少年たちはすぐさま体制を整えて、バイクのエンジンをふかし始めた。
気の弱い者にはたまらない脅しであるが、一郎たちには通じない。
と見るや、いきなり背後からチェーンが飛び、一郎の首にからみついた。
「ぐうっ!」
「イヤッホーゥ!」
奇声をあげ、チェーンを持った少年がバイクを発進させると、一郎の身体も吹っ飛び、ものすごい勢いで路面をひきずられていく。
「一郎っ!」
「きゃあっ」
そちらに気をとられたスキに、今度は和美が車に押し込められてしまった。
「和美ちゃん!」
弥生が車に駆け寄る。 しかし、窓から巨漢の腕がのぞいたかと思うと、ばすっというくぐもった音とともに、弥生の身体から力が抜けた。そのまま道路に倒れてしまう。
「手間かけさせやがって」
冷たく言い捨てると、男の握る拳銃が窓の中にすいこまれていった。
「後はまかせたぞ」
そのセリフを残して、乗用車は走り出した。
「一郎ォッ、あの子がさらわれたでござる!」
「弥生が、弥生が撃たれたっ!」
首にからまったチェーンにより、路上をさんざん引きずられ、背中からは煙を吹いている状況だったが、その言葉をきいたとたん──────
一郎の髪の毛が逆立った!
「うおおおおっ!」
引きずられながら一郎は吠えた。そして、そのままの姿勢から、エビのように宙に跳ね上がった。
バイクを運転していた少年の目が、丸く見開かれる。
一郎はその後頭部をオーバーヘッドキックの要領で蹴っていた。
「ぐぶっ」
血を吐いて、少年はバイクごとひっくり返った。
空中で身をひねり、一郎は猫のように地面に着地する。しかし、まだ、首に巻きついたチェーンは吹っ飛んだ少年に握られていた。
やはり、ただの暴走族ではない。プロの訓練を受けているに違いない。
しかし、今の一郎にはそんなことは関係なかった。
『怒り』または『身の危険』を感じた時、一郎の髪の毛は生き物のように『逆立つ』のである。そして、『髪の毛逆立ち現象』を起こした一郎は、『常識外れの体力』の持ち主となる。
「てめえら・・・・」低く低く、一郎はつぶやいた。「ただじゃ帰さねェぞ」
そう言って、首にからみついたチェーンを素手でひきちぎってしまった。
これには、さすがの少年たちもたじろいだ。
「あひいいいっ」
狂ったようにバイクを突っ込ませたヤツがいた。
ひき殺そうとしたのだろうが、逆に一郎の飛び蹴りをくらって、顔面をつぶされた。
バイクが転倒して電柱に激突、炎上する。
その炎をバックに立つ一郎の姿は、修羅のような恐ろしさがあった。
「ちっ、引き上げるぞ!」
形勢不利と見たか、少年たちは一斉に逃走を図った。しかし─────
「うわっ!」「ひいっ!」
たて続けに数台のバイクがひっくり返った。
路上に放り出された少年たちはタイヤに深々と刺さる手裏剣に気づいた。
「見たか、我が乱れ手裏剣!」
陽平の放ったものだった。
「てめえら、逃がさねえよ」
そう言った一郎が飛び掛かろうとした時、銃声が轟いた。
一郎の足元がビシッと弾ける。
はっとして、一郎は銃声の方向に目をやった。
「む・・・」
そいつと目が合った時、戦慄が一郎の背中を駆け昇った。
すらりとした長身の少年であった。フルフェイスのヘルメットをかぶっているために、顔は判らないが、その目だけは見える。
およそ、感情というものが欠落した瞳であった。
機械か人形のような、無機質な目である。
一郎の瞳が、常に燃えるようなエネルギーに満ちているのに比べ、この少年のそれは、単なる冷たさしか感じさせない。
二人が向かい合っている様子は、炎と氷のように対照的であった。
少年は、拳銃をぴたりと一郎に向けた。
「バカどもが・・・早く行け」
声までが、感情のこもらない冷たいものだった。これは暴走族の少年たちに言ったものであったらしく、バイクをパンクさせられた者は無事なヤツの後ろに座り、あわてて走り出す。
「あっ、逃げるでござるか!」
手裏剣を構えたとたん、陽平の足元で銃弾が弾けた。
陽平は、ひえっと言ってひっくり返る。
そのスキに一郎が少年に殴りかかった。しかし、この行動は無茶だ!
あわてもせず、少年は飛び掛かってくる一郎の顔に銃弾を撃ちこんだ。
「がはっ!」
やられた!この距離では外しっこない。
一郎はのけぞって、どさっと地に倒れた。
「一郎!う・・撃たれたあっ」
真っ青になって明郎が叫んだ。
「何ィ、オレが撃たれた?」
次の瞬間、一郎はがばっと起き上がったので、「んが」と明郎と陽平は目を丸くする。 もう一人、撃った少年も目を見開いていた。
“確かに顔面を実弾がヒットしたのに、なぜこいつは生きてる?”
そう言いたそうな顔をしていた。
答えは、一郎のじょうぶな歯であった。
「貴様、弾丸を口で受け止めたのか・・・」
少年は驚くのを通りこして、あきれた。
「へっ、こんなヘナチョコ弾丸でオレはやられねーぞ。オレを殺りたかったら、手榴弾の一ダースぐらい持ってきな」
そう言って、ニヤリと笑った一郎の顔がひきつった。言うが早いか、すでに少年は手榴弾を投げてよこしたのである。
「うわっうわっ」
逃げ出す暇はなかった。ズン!
強烈な爆発に巻き込まれ、一郎は吹っ飛ばされた。
きりきりまいして路面に全身を打ちつけ、さすがに動けなくなった。
「い、一郎、大丈夫でござるか!」
「死んではいないよーだけど」
陽平と明郎が、あわてて駆け寄って行く。
ふん。
その様子に冷たいまなざしを送って、少年のバイクは走り去っていった。
一郎が動けるようになるまで、しばらくかかった────。
「つう・・・あの野郎ォ、本当に手榴弾使いやがった」
もぞもぞと一郎は起き上がり、頭や肩にかかったほこりを払った。
「メチャクチャでござるな」
「メチャクチャっていうんなら一郎もだよ、よく生きてるもんだ」
「何だと明郎、人をバケモンみてェに言いやがって」
と一郎は言った。だが、弾丸をくわえて止め、至近距離での爆弾の爆発でも平気なヤツのどこが普通の人間なのか?
「ところで、弥生は?あの子は?」
「あ、そうだ」
思い出して、明郎は倒れている弥生に駆け寄り、脈を探った。
「あ・・・・」
明郎はつぶやいた。暗い表情で首を振る。
「なんてこった・・・残念だけど・・・・」
がっくりと、肩を落とした。
「こいつ、生きてるよ・・・」
非常に残念だが、あの男たちの使ったのは麻酔銃だったらしい。
ぐーぐーと弥生は寝息をたてていた。
「くそォ、とどめ刺してもらえれば、世の中平和になったんだがな」
一郎、ほっとため息をつく。
そして、すぐに険しい表情になると、明郎と陽平に向き直った。
「おい、お前らそのお荷物頼んだぞ」
「一郎はどうするでござる?」
「オレか?オレはやつらを追っかける!」
言うなり、一郎は走り出した。およそ、人間の常識を無視したスピードであった。
走って車に追いつけるはずはないが、今の一郎ならやれるかもしれない。
あきれ顔で陽平と明郎は一郎を見送った。
「おい、この中学生の小娘で本当にいいのか?」
ガムを噛みながら男の一人が聞く。
「ああ、間違いない」運転しているヤツが答えた。「この娘が『ティンカーベル』だ」
巨漢が何人も入り込んでいるので、車内はかなり狭かった。
和美は両脇からごつい手に押さえつけられ、ぴくりとも動けない。
その上、口にはさるぐつわをかまされて、大声で叫ぶ事もできない状態である。
もっとも、たとえ両腕が自由だったとしても、身長百五十五センチそこそこのいかにも『か弱い』和美ではどうすることもできはしまい。
「ま、大体この計画にはあんなのが多いからな」
和美の右に座っている男がいまいましそうに言う。
「見かけじゃ判らないな、こいつがそんな『化け物』とはね」
男は和美のあごに手をあてて、ぐいと自分の方へ向けさせた。
遠慮なしに、じろじろとなめるように和美の顔を見つめる。
和美は、口臭がにおってくるほどの位置にある男の顔から顔をそむけようとした。だが強い力で押さえられているため、それができない。
弱々しく、視線だけそらせる。
いやらしく、男が唇をゆがめるのが視界のすみにうつった。
“力があれば───”
和美の目に涙があふれてきた。
その時。
にぶい、木の棒が折れるような音が車内に響いた。
「ひっ・・・ひいいいいっ!」
悲鳴があがった。見ると、和美の顔を固定していた男の腕が、異様な角度にねじ曲がっていた。
「な・・・・」
男たちは見た。和美の髪が青く輝き、ざあっと生き物のように動きだすのを────。
一郎は走った。信じがたいスピードで走った。
そのスピードは先行している乗用車さえ追い抜いた。
買い物途中の主婦も追い抜いた。
「────」
「ママー、今どっかのお兄ちゃんが走っていたよ、すごく速いね」
「そ、そうね・・・グリコでもいっぱい食べたんじゃないかしら・・・ホホホ」
「ボクもグリコ食べたらあんなに速くなるの?」
「ええ、ええ、きっと速くなるわよ・・・」
母親の頭は、理性が現実を否定していた。今自分が何を話しているのかすら、判ってはいない。そして手を引かれている子供は目をキラキラさせて、自分が車より速く走る姿を想像した。
次の日、グリコの食べ過ぎで、病院にかつぎこまれた子供のニュースが、新聞のすみに小さく出たが本編には関係ない。
とにかく、一郎は走っていた。
“マスターの話からすると、あいつらはFOSってやつらだな。あんな娘をさらって一体どーしようってんだ”
少し走っていくと、道が二つに分かれていたので、立ち止まる。
「ちっ」
舌うちして、一郎は空気の匂いに神経を集中した。
一郎は体力だけでなく五感までもが人間離れしているのである。
わずかな排気ガスの匂いを一郎はすぐに嗅ぎわけた。
どうやら、ここで二組に別れたらしい。車はともかく、バイク集団は目立ちすぎるので、ここから別行動をとったのだろう。
だが、それはつまり車に護衛はいなくなったということだ。
“追いつければなんとかなる!”
一郎は、再度走り出そうとした。しかし、正面から歩いてくる人影を見て、目を丸くした。
「な・・・逃げられたのかよ?」
そこには、うつろな目をした和美が立っていた。
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