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エピローグ
あれから、一週間たった。
省吾と沢村とはあの後すぐに別れて、その後連絡は取り合っていない。
ただ、別れ際に沢村は、気になる事を言い残して行った。
「とりあえず、極東における拠点はツブすことができたからな、しばらくの間はFOSも手出しはしてこないだろう」
タバコを吸いながら、そう言う沢村の左手は、肘から先が無い。恐らく、この義手によるロケットパンチも、彼の最後の手段ではないのだろう。
奥の手が好きな男である。
「しばらくの間」
彼の残して行った言葉が本当だとすると、いずれまた和美の身は狙われる事になる。
それを考えまいとしても、どうしても気分が滅入ってしまう。
一体、彼女の身に平穏が訪れることはないのだろうか?
教室の窓枠に肘をついて、外を眺めていた和美の肩を、誰かが叩く。
「?」
振り向こうとした彼女のほっぺたに、人差し指がめりこんだ。
弥生が立っていた。
「こぉら、また一人でたそがれてたなあ」
「あ、ごめんなさい──」
思わず、謝ってしまう。
その表情を見て、弥生はヘッドロックをかけた。
「ほらほら、いちいち謝るんじゃないっての、もう、いい若いモンが!」
年寄りじみたセリフを言って、わざと乱暴にぐりぐりやる。
「きゃー、いたたっ!痛いよ弥生さん」
「い~や、許さない、ただではこの手を離す訳にはいかないなあ」
「じ、じゃあ今日はあたしがアイス、おごりますからあっ」
あははっ、と和美は笑い声をあげた。
それだけの、心の余裕が出て来たと言える。
事件前なら、そんな無防備に笑い声をあげることなど、ほとんど無かったのだから。
事件の前後で、変わったことがいくつかある。
今言った、和美に明るさが出て来たことがひとつ。
次に、転入生。
なんと、あのフウ・ホウランは斎木学園にまで明郎を追っかけてきたのである。
ただし、FOSとはもはや関係なく、彼女個人の意志で行動しているらしい。
『我的愛人』とまるで呪文のようにリピートしながら、ピンク色のオーラをまといつつ、明郎の後を朝も昼も夜も追いかけ続けている。
かくて、この学園にまたもや変な奴が仲間入りしたのであった。
そして、和美についてもう一つ。
あの凄まじい超能力はどこへ行ってしまったのやら、ほとんど使えなくなってしまい、今やただのおとなしい少女として、ごく普通に学園生活を送っている。
ただ、たまに誰かを探すように、視線が宙をさまようクセがついてしまった。
弥生は弥生で、今回失くしてしまった『修羅王』に代わる新しい木刀を手に入れたため、使い心地を味わうための獲物を求めているという噂である。
学園内の様子は、全て事件前の落ち着きと活気を、完全に取り戻したようだった。
今日もまた、新聞部から怒鳴り声と悲鳴が聞こえ、SF研究部の名物コンビは殴り合い。調理室で、ひたすら美味を追求する男が研究に没頭していたり、廊下を忍者が走り回ったり、科学部の実験失敗により校舎の一部が吹き飛んだ挙げ句、神経ガスが漏れかかって大騒ぎになったり──。
そんな、平和な日々であった。
「いい、和美ちゃん?オゴるといっても、三段重ねじゃなきゃ、お姉さんの怒りはおさまらないなあ」
「あははっ、判ってますって」
ふたりは、にこやかに玄関を抜けた。
校門をくぐり、行きつけのアイスクリーム屋へ向かおうとする。──────と、
忘れられない男が、そこに立っていた。
「ひ・・・・・・」
和美が息をのむ。
思わず弥生は身構えていた。
「兵藤っ!」
長身の男の、仮面のような無表情さは、FOSの殺し屋、山猫・兵藤のものだった。
無言で、こちらをにらんでいる。
まさか、こんなに早くFOSが攻めてくるなんて・・・、青い顔をして、弥生は背中から『新・修羅王』を抜き出す。
ぴりっ、と空気が緊張のため張り詰めた。
「何度来ても同じよ、和美ちゃんは渡さないからね」
木刀を正眼に構えて、弥生は低くつぶやく。
しかし、兵藤の身に、少しも殺気がないことに気づいていた。
「──?」
とまどう弥生に対して、兵藤はふん、と鼻を鳴らした。
「ティンカーベルなど、どうでもいい」
「え・・・」
「あいつは、戻っているか?」
ゆっくりと兵藤は訊ねた。
あいつ、というのが誰のことを指しているのか、弥生は一瞬判らなかった。
はっ、と和美が口を押さえる。
「相沢一郎はいないのかと、聞いているんだ」
淡々と、兵藤はセリフを繰り返す。
だが彼は、弥生と和美の顔を眺めて、答えを聞かなくても悟ったらしい。
くるり、とふたりに背を向けて、そのまま歩き去って行く。
が、
ふと、足を止めて振り返る。
「奴が戻って来たら伝えろ、今度こそ決着をつけるとな──」
そうつぶやくと、今度こそ兵藤は去って行った。
彼の後ろ姿が完全に見えなくなると、緊張が解けて、弥生の全身に、どっと冷や汗が吹き出した。
ふううっ、と息を吐いて、ふと和美が震えているのに気がつく。
「和美ちゃん?」
声をかけると、彼女は泣いていた。
「よかった──」
和美はつぶやく。それは、兵藤が去った安心感から出たものか。涙を流しながら、彼女は心底うれしそうな顔で弥生を見上げた。
だが、次のセリフは、弥生の意表をつくものだった。
「弥生さん、やっぱりお兄ちゃんは、生きてたんですね・・・」
何をいってるの、とは弥生は言わなかった。彼女にも、和美の言葉の意味がよく理解できたからである。
弥生の表情も、ぱっ、と明るくなった。
「そうね、そういうことよ!」
思わず、大声をあげていた。
「兵藤なんかが生きてこの場に現れたんだから、あのバカが死んでる訳がないのよ!」
きゃ─────っ!!、と喜びの声をあげて、ふたりは抱き合った。
「弥生さん! 早く陽平さんや明郎さんにも教えてあげなきゃ!」
「そうね、部長権限で新聞だって出しちゃうっ! 忙しくなるわね、そーだ、和美ちゃん、あんたも新聞部を手伝いなさい!」
「ええっ、人間変わっちゃうからイヤですっ」
かん高い笑い声をあげて、ふたりは勢い良く校舎の中へ駆け込んでいった。
見上げれば、青空には入道雲。
夏本番にはまだ早いが、とても暑い、午後だった。
そしてまた、斎木学園に風が吹く──。
(斎木学園騒動記1・完)
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