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スーパー・プロデューサーといって誰を思い浮かべますか?
今ならTimbalandが絶頂期でしょう。でも歴史的に見た場合はやっぱりこの人、Quincy Jonesが筆頭ではないでしょうか?'50から活躍していますので50年以上の芸歴を誇ります。もともとはJazz畑のひとでカウント・ベイシー、デューク・エリントン、サラ・ヴォーンなどのアレンジを手がけることから入っています。'60にはいるとプロデュース業を始めレスリー・ゴーアの「涙のバースデイ・パーティー」を全米NO.1にしています。またマイルス・デイビス、フランク・シナトラなどのプロデュースで着実に地位を固めていきます。
’70は’60と’80の活躍に比べて端境期のような印象がありますが、映画Wizを経てMichael Jacksonの『Off The Wall』をプロデュース、Hitの法則をきづきあげていきます。’80、本人名義の『Dude』を発表。James Ingramの歌う『愛のコリーダ』が大ヒットしました。そして’82の『Thriller』が産み落とされるのです。この頃にはQuincy Familyという人脈ができあがっており、そこから『We Are The World』の大合唱へとつながるわけです。このときがQuincyのPeakでしょう。
プロデューサーとしてはこの後一派のNarada Michael WaldenがWhitney Houstonの成功で頭角を現してきます。ただ、Quincyの秘蔵っ子と呼ばれる歌手達は必ずしも大成功は収めておらず、Tevin CampbellやSiedah Garretなども小ヒットのみで今はシーンで名前を聞くこともありません。Quincy自身も裏へ回ってしまっているようで表立った活動を最近聞くことはありません。
どなたか近況をご存じでしたらお教えいただけたら幸いです。
次回はQuincyが東の横綱なら西の横綱のあの人を紹介したいと思っています。
ようこそ、昭和30年代へ。 Jun 18, 2008 コメント(8)
Blog パーツ Apr 27, 2008