天使のつばさ

天使のつばさ

CP(仁王×丸井)








『好き』が『大好き』に変わる瞬間って、
案外色んなところに転がってるもんなんだって。
ほら、
 ――あそこにも。


























~ 小さな幸せ ~
















「…井……丸井!」
生暖かい風に混じって、人の声が聞こえてくる。
呼んでる。
   誰が?
揺れてる。
   視界が?
違う――
   俺の体?
徐々にはっきりとしてくる意識。
閉じようとする目蓋をこじ開け、ぐるりと辺りを見渡す。


「起きたか?丸井。次のところ、読んでみろ。」

えと…気持ちよくて、寝ちゃって、そんでもって、今は…授業中?

 ――ガタンッ!

大きな椅子の音を立てて立ち上がる。
完全に眠っていたらしい。
春眠暁を覚えず…ってこういう事?

「あ…はははは。先生ごめん。あんまり気持ちいいから、寝ちゃった。」
「この陽気だ。眠くなるのも分からなくは無いが、授業中はちゃんと目を開けとけ!」
「は~い。」

教科書を持ち上げ、まだ半分眠ったままの状態で、
指定された場所から声を出して読み始める。

えと、今は国語の時間だったんだっけ。





















「丸井、教科書貸してくれないか?」

休み時間、再び襲ってきた眠気に机に突っ伏してると、廊下側から徐々に近づいてくる声。
一々顔を上げて確認しなくても、誰だか直ぐに分かる。

「おーい、寝てんのか?」

頭上から聞こえる耳障りのいい声に、思わず緩んでしまう頬を、机に伏せたまま元へと戻す努力をしてみる。

「聞こえてんだろ?」
「聞こえてる。科目、何?」
「国語。」
「…あったっけ?」

緩慢な動きで体を起こし、ごそごそと机の中の教科書を探る。

「あったっけって…。さっきの時間、国語だったんだろ?」
「あれ、そだっけ?もう忘れた。っていうか、なんで分かった?」
「……それ、わざとか?それとも、本気で寝惚けてるのか?」

そこまで言われても、俺の顔には?が浮かんでいたんだと思う。
俺を見下ろす視線に、呆れきった色が浮かんでる。

えと…教科書教科書…。

「そこ。今、お前が枕代わりしてたもの、それはなんなんだよ。」
「国語、の教科書だ。」
「涎、ついてるんじゃないだろうな?」
「どうだろ?大丈夫っぽいけど。」
「…ほんとかよ。」
「――多分。」

ぽんっ、と頭の上に手が置かれる。

「重いっ!」

そう言うと、面白がって更に体重を乗せてくる。
でも、俺はその手を振り払う事はしない。
だって、俺のより少し大きなお前の手が、指が大好きだから。

でも俺は知ってる。
その手が、俺のものじゃないって事。

「ほら、ちゃんと起きろよ。」
「判ってるってば。」
「ああ、そうだ。昼飯、久し振りに一緒に食うか?」
「えっ?!食う食う。裏庭?」
「お前、そこ好きだな。分かった。じゃあ、後でな。」

俺に背を向けたまま、教科書を軽く持ち上げて「じゃあな」の挨拶。
そんな仕草もカッコイイと思ってしまうのは、惚れた欲目?
突然の思いも寄らない誘いに、俺は単純に喜んだ。
早く昼休みにならないかな…。
窓の外は、そんな俺の気持ちを反映しているかの様に、真っ青に澄みきっていた。























春の日差しが心地よく、俺達を包んでくれている。
こんな日は、外で食べるのが一番でしょ。

裏庭は、中庭ほど手入れはされてないけど、芝生はあるし、それを囲む様に草木が生い茂ってる。
学生が頻繁に出入りする校舎からは少し遠いから、ここまで来る人は少ない。
だから、静。

上を見れば青、下を見れば緑。
ここが一番…いや、テニスコートの次に好きな場所。
好きな場所で、好きな人と一緒に食べるご飯。
こんな贅沢、たまにはいいもんだ。

「おい、また寝る気か?」

芝にごろんと仰向けに寝転がる。
頭上に見える葉が揺れて、時々漏れ入ってくる光が眩しい。

「寝ないよ。勿体無いじゃん。」
「何が?」
「秘密。」
「ふ~ん。」

普段は木々の匂いを運んでくる風が、今は弁当の匂いを運んでる。
自分のはもう食べたから、これは仁王の弁当の匂い。

「なんだ?欲しいのか?」

あれ?
俺の目は、いつから葉っぱじゃなく、仁王の箸の先に付いたウィンナーを狙ってたんだろう?
コクリと頷いてみる。
ウィンナーが、口元へと運ばれてくる。

パクッ。

美味い。自然と笑みが零れる。

「そんなに美味いか?普通のウィンナーだろ?」
「うるさい。」
「はいはい。」

美味しいに決まってんじゃん。
だって、仁王の手から貰ったものなんだよ?











満腹で満足で。
心地良い風。
そして、聞こえてくるのは、鳥の声とお前の寝息。
うとうとし始めてから寝るまでの間が、すっげぇ短いの。
人に寝るなとか言っといて、自分が寝てるし。

食後のおやつに、ガムを口へ放り込む。
食後の味はミント。

風に揺れる葉音を聞きながら、口の中のガムを器用にぷぅっと膨らませる。
パチンッ。
口の周りに貼り付いたガムを、これまた器用に剥ぎ取って口の中へ。
芝生に寝転がる仁王を、体を起こして上から覗き込んでみる。
テニスをしている時の眼は、研ぎ澄まされ、何もかも見透かされてるみたいで怖い。
でも、今のお前からは、その鋭さが微塵も感じられない。
すごく穏やかな表情(かお)してる。
こんなお前見るのって、初めてじゃん?

銀色の髪が、木漏れ日に反射して輝いてる。
その髪に触れてみたくて、そっと手を伸ばした。
『起きるなよ…』
そう心で、何度も繰り返しながら。
見た目と違って、随分と柔らかい手触り。
風が、銀糸を優しく揺らす。

























「丸井、起きろよ。そろそろ時間だ。」
「ん…」
「起きないと、置いてくぞ。」

置いて行く?
寝てたのは仁王で、俺じゃなかったはず…?

揺り起こされ、徐々に現実の世界へと意識が戻ってくる。
目を開くと、仁王の顔があった。
俺の事を、上から見下ろしてる。
そうしてるのは、俺だったはずなのに…?

「おい…どうした?怖い夢でも見たのか?」
「へ?」
「泣いてるぞ?お前。夢見て泣く歳じゃねーだろ。」

そう言って笑う仁王を、下からじっと見つめる。
どうやら、寝てただけじゃなくて、泣いてもいたらしい。
目尻から耳元へと伝う、濡れた感触。
ほんとに泣いてたんだ、俺。
なんか、すっげ恥ずかしいんだけど…。
でも、なんで泣いてたんだ?
夢を見ていた気はするけど、起きて直ぐに忘れた。
恥ずかしくて、照れ笑いしながら雫を拭おうとした。

――出来なかった。

仁王の指が、それを拭ってくれたから。

「…サンキュ。」
「俺が居ないとこで泣くなよ。」
「…は?何??っていうか、そんなしょっちゅう泣かないし!」
「じゃあ、時々は泣いてるのか?」
「泣いてねぇよ。」
「なら、いい。」
「なんだよ、それ。」

訳の判らない事を言われ、睨み付てやろうとしてハッと息を呑んだ。
穏やかで、優しい笑みが、そこにあった。
こんな表情も、出来るんだ。
その横顔に、一瞬で目も心も奪われた。











涙を拭ってくれた手は、まだ俺の頬にある。
触れる掌を意識しすぎて、顔は火照るし、鼓動も早くなる。
ゆっくりと頬をなぞる親指が、なんだか気恥ずかしいのに、「どけろ」とは、言えなくて。
というか、言いたくないし。


「目、閉じてみ?」
「なんだよいきなり。」
「いいから、閉じてみろって。」
「なんで?」と、もう一度問い返しながらも、言われた通り目を閉じてみる。
「どうだ?聞こえるか?」
「何が?」
「風の音だよ。」

その言葉に目を開け、目の前の相手を眉間に皺を作りながら見た。

「……熱、あんのか?保健室、行く?」
「ねぇよ。」
「だって、らしくネェ事言ってる。もしかして、笑うとこ?」
「笑わしてねーよ。」
「だって、おかしいんだもんよ。」
「…いいから、笑ってないで目瞑れって。」
「わっ!ちょ、なんで目隠し?無理矢理すぎ。」
「ったく、ちょっとは静かにしろよ。…ほら、聞こえんだろ?色んな音が。」
「……。聞こえる。遠くで話してる人の声も……。」
「だろ?たまには、こういうのも悪くないもんだろ?」
「なあ、お前はいつもこんな風に五感使ってテニスしてんの?」
「…さあて、それはどうかな。」
「どうかなって…。隠す事ねぇじゃん。まぁ、仁王の場合は、目を一番使ってるんだろうけどさ。
相手の弱点見抜くのすごすぎ。俺、すっげ怖いもん。」
「怖い、か?」

声色が変わった。視界が無くなると、妙に聴覚が冴えてくる。
普段顔見ながらだと、コイツの変化は気付きにくい。

けど、今はハッキリと分かった。気がした。
「萎縮するね。あの眼見たらさ。」
「……。」
「?仁王?どし……ッ?!」

急に黙り込んだ相手の名前を呼んだ後、
何が起こったのか、俺の寝ぼけた頭でも直ぐに分かった。
全く経験が無かったわけじゃないし、ほんとは少し期待してたから。
目隠しされた時から…。

動けない。
無音。
今までうるさいくらいに聞こえていた周りの音が、急に無くなった。
全ての時間が止まってしまったみたいだ。
視界を奪っている手は、まだ離れなようとしない。

あれ?これって、前にもどこかで…。
ぐるぐると、混乱の中巡る思考を一生懸命に辿っていると、
「悪い」と、小さな声が聞こえた。
他の音は聞こえないのに、こいつの声だけは、俺の耳に届いた。

「…なに、謝ってんだよ?」
「お前、また泣いてる。」

泣いてる?
あっ、そうか。そうだったんだ。

「分かった。」
「なにが?」
「…思い出した。さっき、泣いてた理由。」

まだ、目の前は暗いまま。
視界を塞ぐ掌に、自分の手をそっと重ねる。
仁王の手が、ピクリと反応した。

「あのな?さっき、起きた時、俺泣いてたろ?」
「ああ。」
「あれな、嬉し泣きだったっぽい。」
「お菓子でも貰う夢でも見たのか?」
「違うって。しかもな、予知夢だったの。すごくね?」
「予知夢?」

クスクスと笑みが零れる。
それを不信に思ったらしい仁王は、俺の手ごと掌を顔から剥ぎ取ると、俺の顔を訝しがりながら見下ろしてくる。
その瞳を、真っ直ぐに捕らえる。


「好きだ。」
「…?」
「俺、仁王の事、好きだから。」
「な、んだよ唐突に。…つーか、何笑ってんだよ、お前は。」
「仁王が先にキスしてきたんだから、唐突じゃないっしょ?
それに、今仁王、変な顔してる。」
「変な顔で悪かったな。生まれつきだ。」

自分の前髪を、無造作にくしゃっとする仕草が可愛くて、
これはもう、笑わずにはいられないでしょ。
照れてる仁王も、初めて見た。

「…吃驚したけど、嬉しかった。」
「そりゃ、良かった。」
ほっと安堵の息を吐く仁王に、何をほっとしてるのかその理由を聞いてみると、
「ん~、まぁ普通、男にいきなりキスなんてされたら気持ちいいもんじゃないだろ?」
「そりゃ、相手によるよ。なぁ仁王、気付いてたか?」

ゆっくり上半身を起こし、再び視線を合わせる。
座ったままだと、そう変らない視線の高さに、俺はちょっと嬉しくて。

「何を?」
「俺ね、ずーっと前から好きだったんだよ、仁王のこと。」
「…マジ、かよ?」
「大マジ。っていうか、驚きすぎ。こんなんで嘘ついてどうすんだよ。」
「じゃあ、なんで言わなかったんだ?」
「それは、仁王がさっき言った。」
「俺が?」
「普通、男に告られたらキモイっしょ?」

そうさっき返ってきた言葉と同じ言葉を返すと、
「…相手によるさ」、と答えながら見せた笑顔に、俺の瞳は釘付けになってしまった。
今日で何度目だろう?俺、めちゃくちゃ好きじゃん。コイツの事。

「丸井?なに放心してんだ、大丈夫か?」
「あっ、うん。大丈夫。仁王の顔に、見惚れてただけ~。」
「…何、恥ずかしいこと言ってんだよ。」

俺よりも真っ赤になって、顔を横へ背けてしまう。
なんか、可愛いんですけど…。

「恥ずかしくてもいいよ。俺、今すっげぇ幸せだから。試合に勝った時みたいに。」



再び頬に触れた手は、やっぱり暖かくて、優しくて、大きかった。

二度目のキスは、徐々に深さを増していく。
お互いの気持ちを確かめるように。
自分の気持ちを、もっともっと伝えるために。

小さな濡れた音と共に離れる唇。
目と目が合うと、ちょっと照れくさい。
でも、照れてるのは、俺だけじゃないらしい。

「好き。仁王のこと、ずっと好き。」
「俺も、お前が好きだ。」
「……。」
「どうした?」

黙り込んだ俺の顔を不思議そうに覗き込んでくる。

「う~ん…この顔が良くないんだろな。」
「は?どんな顔だよ。さっきから失礼なヤツだな、お前は。」
「俺は、この顔に騙されたんだ。いや、眼かな?」

ぐいっと片頬を抓ると、抗議の言葉と共に抓っている手を掴まれた。

「何訳の分からない事ばっかり言ってるんだ?」
「あのな、俺仁王の眼が怖いって言ったろ?
それと同時になんて言うのかなぁ、なんか惹きつけられるもんもあるっていうか…上手く言えないんだけどさ。
でも、仁王の眼力も大した事無いって事もわかった。」
「お前ねぇ…俺は人を見抜くのだけは得意だぜ?試合でミスったことねぇだろ?」
「そなんだけど、俺の弱点は見抜けなかったろ?」
「お前の弱点?癖なら分かってるけどな。」
「えっ?!癖?教えろよ!」
「嫌だね。」
「ケチッ。」
「あのなぁ…俺は、誰も騙した覚えはねぇよ。勝手に騙されただけだろ?」
「うわっ!それって、もっとヤバクね?無意識に人騙してるってことだろ?」
「お前ねぇ…。そうやって、人のせいにばっかするとこ、天才的だよな。」
「人のせいにばっかしねぇよ。人聞き悪る過ぎだから、それ。俺の天才振りは、コートの中だけだっての。」
「自覚無しか。」
「それ、お互い様だし。」

いつもどおりの他愛の無い会話。
視線が合うと、何が可笑しいのか、二人して笑った。



好きだった場所が、大好きな場所に変わった。



「さてと、そろそろ授業始まるな。戻るか。」
「そだな。」
「そだ、お前キスする時は、ガム出せよ。やりずれぇから。」
「なに、それ!前触れなく勝手に襲われたのに、ガムなんか出してる余裕も暇もねーって!」
「…襲ったって、それこそ人聞き悪いからやめろ。」
「事実を言っただけだろ。」
「……まぁいいから。今度から出せよ。」
「ふんっ。出させてみろぃ。」
「言ったな?」
「……。」

その時仁王が浮かべた笑みは、見なかったことにしようと決めた。
あまりに怖すぎて、俺は自分の意識をどかへと飛ばした。

















木漏れ日が降り注ぐ裏庭。
その中でも一際大きな木の下。
その場所をもう一度振り返る。





「ブン太。置いて行くぞ!」
「置いてくなよ!」












振り返ったらきっと、俺に手を伸ばして立ってる仁王がいる。
今まで見たことの無い、温かい笑みを浮かべて。
そして、俺はその手を掴みに行くんだ。
放れないように、ぎゅっと。












ほらな?
だから言ったろ?





大好きな場所が、またひとつ



      ――増えた。

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コメント:書いてて恥ずかしくなった(照


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