masochist organ

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 霧雨が降っている。
 気温は暑くもなく寒くもなく丁度いい感じ。
 湿度も悪くない。
 朝からずっとこんな調子で、TVからはひっきりなしに音がしていて。

 あいつが居ないだけなのに。
 この不快感は何だろう?
 とても好みの日なのに。


 デュオはさっきからTVのチャンネルを変えては戻しを繰り返していた。
 ニュースは何処も同じ事ばかり取り上げているし、バラエティは下らない笑いを垂れ流しているし、昼ドラは見る気もしないし映画は途中からじゃ全く意味が分からない。
 暇だ。
 TVを消す。ぷつんと音がして、それまで保たれていた雑音は急に聞こえなくなった。
 外の雨は音もなく降っているので、この部屋で音を立てるものは自分の呼吸だけになってしまった。
   不快だ。
 息を止めてみる。
 ゆっくり数をカウント。
 血管の音が耳の奥でこだまする。
 180を超えた辺りから脳が膨張する気がして一気に吐き出す。
 それからぜいぜいと吸い込む。
 一人でこんな事をやっても虚しいだけだ。
      ツマラナイ。
 胸の辺りに不快感を覚えてそこに手を当てた。まだどきどきと脈打っているそこは命の要だ。
「……人間て、脳と心臓とどっちが長生きなんだっけ?」
 そんな独り言も宙に掻き消える程の、無音。
 ここを、たとえば机の上にあるナイフで一突きにしたら?
 果物を剥くために買ったにしてはやけに細身の、良く研がれた刃物がこちらを見ている。
 結局買ってきて一月ばかりはリンゴだのオレンジだのを剥いていたが、そのうち研がれるだけになって、卓上の置物と化してしまった。二人で居ることが少ないから、果物を買ってきても一緒に食べる相手が居ないのだ。一人で食べても、何だか美味しくなくて、デュオはそのうち買ってくるのを止めてしまった。
 その点はヒイロも同意見だったらしく、買い置きしていた果物は腐ってゴミ箱行きになった。
 その時捨てたオレンジの黴の色を思い出して、何となく胸が悪くなる。
 まだ脈拍が120位有る。
 軽い吐き気がする。
 あんな遊びをしたからだと一人ごちる。
 みんなは今頃なにしてんのかな?
 メールをしなくなって随分経つ。
 何となく、疎遠、て云うんじゃないな。違う。
 五人集まるのが怖いのかも知れない。
 だってヒイロとは一緒にいられる。
 それは彼が長期間留守にしたり、殴り書きのメモ用紙にたった一言『任務』だけで突然出掛けたりするヤツだからで。
 毎日一緒にいるわけじゃないんだ。
 二日とか、三日とか、時には一週間、一ヶ月なんて一緒にいたりすることもあるけれど、オレたちはそれぞれに暇の潰し方を知っているわけで。
 それは一人で出来ることだったり、二人で居ることだったりするわけで。
 ……つまりはそう云う関係なんだけれども。
 でもともかくともかく二人で長期間一緒にいるなんて事は滅多にないわけで。
 だからこの状態が別に不満なわけでは決して無くて。

 なんだろう、これ。
 何か、こんなに俺好みの日なのに、あいつが居ないってだけでこんなに俺って不機嫌になる人間だったっけ?
 いや、不機嫌とかじゃなくて。
 ……なんか、ムツカシイ。

 寝そべっていたソファの上のクッションを抱きかかえて座り直してみる。
 フローリングの床にうっすら溜まった埃を見て、掃除しなきゃな、とか思いながら、そこにヒイロの名前を指で綴ってみたりする。
 (コイツが居なきゃ、俺は自由なのか?)
 違う。
 そんなの違う。
 自由とか、自由じゃないとか、何かそんなややこしいことは何だか考えたくない。
 寝室のドアを開けてみる。
 シングルのベッドが二つ並んで置いてある。
 どうせどっちが何をしていても関係なく寝起きするのだから、余計なスペースは要らないだろうと寝室を一つに纏めたのはヒイロだ。
 だから跳ね起きてすぐメールを開くことが出来るように、サイドテーブルのようにPCデスクがある。意外と広い寝室は、その所為で手狭に感じられるけれど、リビングよりここの方が二人一緒にいる時間が長い。
 大抵、寝てるか、PCの前にいるか、それか……って感じで。
 もう、何日になる?二日?三日?数えていない。
 デュオは寝室のドアを閉じてため息を吐いた。
 背を付けて、ずるずるとその場に座り込む。
「……なーんかオレ、超、情けない?」
 このドアの向こうが全てだ、なんて、今一瞬思ったりした。


 もう、夜か、なんて思いながら、昼間のことを思い出して、食卓の上の果物ナイフを片手に弄びながら、パンを齧る。
 外は相変わらず好みの天気なのにな。
 ふと空耳が聞こえて、パンを置く。

 ああ、知ってる、このメロディ。

 遙か昔に聞いたオルガンが、海馬の奥でこだまする。
 こんなに、好みの天気だからかな。
 死ぬなら、こんな霧雨の日。
 雨の音と血液の音が解け合うような、そんな感じ。
「ああ、薬、飲まなきゃ」
 この音が聞こえたら、注意しないといけない。
 この音はオレのための葬送曲なんだ。
 だってヒイロが居ないから、時間の感覚なんてとうの昔に狂ってて。
 もう何日?五日?一週間?
 この音はダメだ。
 コレは自由への空耳。
 そんな事考えちゃダメだ。
 だってヒイロが帰ってくるかも知れないだろ。
 帰ってきたときに笑顔で『お帰り』って云って、あいつの無愛想な顔がちょっとだけ、ほんのちょっとだけゆるむのを見るのが、今一番の幸せなんだから。
 こんなに執着してるのは、オレの方?
 分からない。
 でも。

 ああ、早くこの音を止めなきゃ。
 鳴りやまない、オルガン。


 もう少しだけ生きていたいって、戦争終わったら死んじゃおうかななんて思ってたオレにしては、スゴイ前向きな進歩なんだよ。
 だからさ。


 まだ鳴りやまない、オルガン。


はやく、このおと、とめなきゃ。



 目の前にある果物ナイフも隠さなきゃ。


 もうちょっとだけ。
 もうちょっとだけ、さ。
 この温い平和の中で生きてても良いかな、なんて、思ってるんだから。





だから、このて、とまってよ。



 フローリングに血溜まりが出来るのをぼんやり眺めて、それからオレは、血の滴る腕でピルケースを開けた。


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