ロシア人との国際結婚   

ロシア人との国際結婚   

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

samimai

samimai

コメント新着

masashi25 @ コメント失礼します☆ ブログ覗かせてもらいましたm(__)m もし…
samimai @ Re[1]:牛丼値下げ(12/21) ぶおさん 牛丼は永遠に不滅です。(笑)
ぶお @ Re:牛丼値下げ(12/21) 昔、昔新橋でたべた牛丼は美味しかった!…
samimai @ Re:日本人の平均像では(12/02) ユトプスさん はじめまして 書き込みい…
2009年02月23日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類




そこに彼がいたのだけど  そんなに親しくなかった。

ただ撮影のほうに興味があって自主映画などの撮影監督を務めていた。


ともだちを介してあったりしていたが印象はあいまいだった。


縁あってフイリピンを訪問することになって フィリピン人を奥さんにした時期


偶然にも彼に トレーダスホテルの喫茶店であった。


やあ


おおお



国外で会うなんて  なんか すごい親しみを感じたのだった。 そのころ 彼は、日本からフイリピンを取材に来る





もちろんカメラマンとして取材もしていて  結構現地では有名だった記憶がある。



それからしばらくして  取材中 現地警察の凶弾に倒れるも  奇跡の復活を遂げた

弾丸が 1ミリずれていたら 帰らぬ人だったらしい



それから彼は いろいろと考えているようで  彼の人生観をこの出来事が変えたのかもしれない


私財をなげうって現地に学校を作ったりと  とても普通の人にはできない活躍を続けている。

でも  もともと彼の気持ちの中に貧しい人への思いやりと 優しい心を持ち合わせていたのだろう


私のような凡人から見て  とても尊敬できる大先輩でもある。



瓜生敏彦は、瓜生家の二男として千葉に生まれた。彼は、「夢」という空想の世界を嫌い、パヤタスまたは、スモーキーマウンテンの苛酷な生活による現実の世界に到達する。19才にジャーナリストとしての志しをもち、25才で映画やテレビのカメラマンになる。


1988年には、フィリピンを訪問する国際飢餓対策機構のプロデュースによるドキュメンタリー映画のに参加し、スカベンジャー(ゴミを生活の糧として生活する人々)の生活を中心に貧困という苛酷な現実や問題を取り上げたドキュメンタリー映画を撮影した。

撮影する各シーン、取材などで出会った人々は彼に大きな影響を与えた。カメラが動き出すとそこには、現実の世界が映り、悲惨な貧困の世界に住む人々の生活が描き出された。



フィリピン クリエイティブ・イメージ財団とは





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2009年03月02日 17時39分59秒 コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: