TRY!

長女の出産

アイの出産

 陣痛のはじまり


アイの出産予定日は2000年7月20日だった。7月7日におしるし(産徴)があり、その夜
AM1時ごろから5分おきでお腹が張り出した。その日の朝から、夫は健診の仕事があった
ので、他の人に代わってもらった。朝の6時ごろその前駆陣痛は遠のいて、すっかりおさまってしまった。
ちょうど、土日にかかり、義母が様子見にやってきた。でも、結局、陣痛がこなくて、義母は帰って行った。
10日がが妊婦健診で、多少、お腹は張っていたけど、健診で卵膜剥離をドクターにしてもらって、
すぐにお腹が張り出した。マイリス(頚管熟化剤)を注射してもらって痛いお腹をさすりながら、帰っていたけど、
不規則だった。規則的になったのは、夕方の5時頃だった。それから、朝まで、ずっと10分おきに陣痛がきて、
陣痛が来ては起きる。の繰り返しだった。11日の日中もひとりだったが、陣痛の感覚も狭くならずに、
陣痛がきては、ひとりで苦しんでいた。


 いよいよ、病院へ。

11日の夜になって、ようやく、3~5分おきの陣痛でかなり痛くなってきた。自分で内診したけど、
児頭が下降しすぎていて、子宮口が後方にあって手が届かない。こんなんじゃ、
生まれないかもと思いながら、自分で移動できるのも今しかないと思って、夫にTELした。
夫も仕事で忙しかったが、なんとか、病院までは送れるというので、お願いした。
病院になんとか着いて、診察の結果、5センチほど子宮口が開いていた。
「このぶんだと、遅くても3時には生まれるかな?」と予想した。


陣痛室

なにしろ、元職場なので、普通は陣痛室を案内するんだけど、それも、なくて、自分で
陣痛室に行った。それで、モニターも自分でつけて、モニターを眺めていた。
浣腸も渡されて、自分でグリセリン浣腸をやってしまった。 (-_-;)
12日AM3時に破水。それから、分娩室へ移動。


  分娩室

分娩室に入ってから、陣痛が最大になってきた。ずっと、よつんばいで、絶叫マシーンに
乗ってるような騒ぎようだった。夫に助けて!って頼んでいた気がする。
先輩助産婦もずっとついていてくれていたけど、分娩経過が停滞しつつあったので
主治医をコールした。AM4時ぐらいに主治医がやってきて、エコーの結果、赤ちゃんの回旋が悪いと言った。
それが、このさき、どんなに長い陣痛に耐えないといけないか、すぐにわかるので、
「帝王切開してほしい!」と頼んだ。でも、主治医は
今のところ、胎児心拍も良好だし、帝王切開する必要性はないと言われた。
確かに、そうなんだけど、
そのときの私には、もう耐えられなかった。それからも、ずいぶん騒いで、
スタッフ間では帝王切開しようか~っていうことになっていた。
分娩室に夫とふたりで、あとの医師、助産婦は帝王切開の準備をしていたらしい。
なんか早く出て欲しかったので、勝手にいきんでしまっていた。そしたら、「??なんか、やばい」と思って、
思わず、自分で内診した。
赤ちゃんの頭が触れて、「うわ。出そう!ナースコールして~」って夫に頼んで、
ドタドタとスタッフが集まった時には、大慌てで、アイが出てきました。
7月12日、午前6時35分、2486g元気な女児誕生!したのである。



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