狎鴎亭的横濱生活

狎鴎亭的横濱生活

仕事から学んだ事


ADONには私が日本でRNだった事を話してあるのだが、実際に働きに行ったら、み~んな知っていた!!

これはやばい。
私が変な事をしたら、日本のRNってこんなに馬鹿なのねって思われちゃう。私のプレッシャーはさらに高まった。

私ができることは、早くスタッフと患者さんの名前を覚える事、仕事を把握する事、そしてはきはきする事だと思っていた。

正直患者さんの名前を覚えるのは自信がなかった。アメリカ人の名前なんて全然なじみがない。でもここは精神科、患者さんの名前を覚えられなかったり、間違えたら信頼関係に大きく影響する。
幸い、あまり難しくなく患者さんの名前を把握する事ができた。早い患者さんは数日で、長くても2週間で出て行ってしまうので、次々覚えていかないといけないけど、それはあまり苦ではなかった。

普通精神科の患者さんは話がはっきりしない。話し方もそうだし、薬のせいで発音がはっきりしなかったりする。日本でも話を聞くのに苦労する事結構あった。今回は英語なのに、と心配だったけど、対応は日本もアメリカも同じなんだな。「ちゃんと聞き取れないからゆっくりはっきり話してね」といえばいいのだ。時々私が外国人なのをからかったり、それを理由にあんたが悪いのよ的な文句が来る。そうしたら「そうなの、ごめんね~。OOさんが助けてくれないと」と返しちゃう。

言葉も国も人も違うけど、対応を変える必要はなかったのだ。みんな感じる事、心配な事は一緒。大切なのは、人種が違うからということより、一人一人違うから、という事だ。

この病院ではMHWのスタッフは病棟をあっちこっち行く人が多かった。私も同じような扱いだったけど、ある日主任に言ってみた。できるだけ同じ病棟で同じ患者さんたちと接したいと。レポートを書いて説明した。その結果3Northという病棟(一番急性期の成人病棟)にとどまらせてもらえる事になった。
そこは一番大変な患者さんたちが来るので、スタッフもほとんど男。だけど私はそこで働くのが好きだった。

お母さんが日本人だというブラックとのハーフのMichael。もうおじさんだけど一番働き者でまじめで正義感がある人だった。
私を笑わせるのが趣味だったRoger。フィリピン人とハワイとのハーフ。私より何歳か若い。ダンスが大好きで仕事も張り切ってやる人。
みんなに一緒に働きたくないといわれてたMartell。自分のやるべきことしかやらないので嫌われてた。
この3人と良く働いてたけど、だんだんみんながお互いを助け合うようになった。できないことは他の人が代わってやろう、そんな雰囲気ができてきた。嫌われ者のMartellも私たちと働く時はいつも気遣ってくれた。だから彼と働く事も全然嫌じゃなかった。
そうなるまでには色々長い道のりがあったけど、最終的に私たちがそんなに仲間としてまとまれた事、この仕事で大きな収穫だったと思う。

いつかまたみんなに会えるといいな。

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