みずたまもよう245

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保育園入園(三歳児年少)


そして入園式当日。みんな静かに座り園長先生の話が続く中、息子はひたすら絵本を読んでいた。そうしなければ離席してしまうのが分かっていたので完全なる私の苦肉の策だった。でも・・・突然息子は席を離れピアノを弾く先生のところへ走っていってしまった。他の先生方が息子を止めようとしたとき「キーーーーッ」と大きな奇声を出す。他の父兄及び子供たちはびっくりして息子を見る。私はとうとう息子を抱きかかえて部屋を出て行ったのだった。そのときに大きな不安にかられた。本当に仕事しながら保育園へ通わせられるのだろうか・・。そんな事でほとんど参加出来ないまま入園式を終えてしまったのだった。翌日、即保育園より電話もらう。「明日面接しますので早急に来てください」と・・。私は入園式の指摘があるのだと直感した。そして直感は当たった。翌日保育園で園長及び年配の先生二人と私とで面接。母子手帳を見せて欲しいという。食い入るように見る先生方。
そして一言「入園式の奇声が気になります。病院へは行かれていますか?」と。私は今までの経過を説明した。言葉が少ないという事。そして情緒が不安定である事。三歳児検診で要フォローになり、八ヵ月後に再検診し診断名が出るという事。面談は一時間以上かかった。そして保育所としていくつかの条件が提示された。
★市役所へは保育所より連絡しておくので働かないでほしいという事。
★しばらくは午前中のみにして欲しいという事。
★トイレトレーニングをして欲しいという事。
★病院の経過を知らせて欲しいということ。
★外の公園へ散歩に行ったり運動したりする日があるときはお母さんも一緒に参加して子供と共に行動して欲しいということ。

えっ??チョット待って。働かないで下さいってどういうこと?
それじゃあ保育園に入れる意味無いじゃん。
子供二人分の保育料はどうやって払うの?冗談でしょ?
私は三歳児精密検診で医師に普通の子供と同じ生活をしてくださいといわれた事を説明した。でも保育園側の答えは冷淡なものだった。
ハンディがある子供は保育できないって事?
旦那に夜伝えたら「そんな保育園は辞めちまえ!!」とカンカンだった。
でもとりあえずやれるとこまでやってみよう。そんな事思っていた。
四月が過ぎ五月が過ぎた・・でも一向に午前中保育は続いていた。
もちろん下の娘は三時半まで保育園で生活してくるわけで私は二度迎えに行く事になるのだった。
そして六月・・面接でこういわれるのだった。
「00くんの保育は今後も午前中のみで午後は出来ません。はっきり言って他の子供さんとはずれて私ひとりで個人的に保育しているのです。私も午後は他の子供さんの世話もしなければならない都合上これ以上の時間帯の保育は無理です。それでもよろしければこちらでもこのまま継続して保育させていただきます」と。
・・ってことはずっと卒園するまでうちの子供は午前保育。
これじゃあ困る。何の意味も無い。保育料だって払っていけない。
何だかくやしくて涙が出てしまった。
そんな時旦那の実家から電話がくるのだった。
「こっちで保育所へ入園させてみないか? 子供も10人しかいないし先生は3人いるからのんびりすごせるぞ。一年だけこっちで保育して見ないか?」と。
私はこのとき決心した。一年だけやってみよう。今の息子を救ってくれるなら親子三人旦那の実家で生活して見よう。
そしてのんびり育てて見てそれから考えて見よう。
とにかく今の保育園から逃げたかった。
数日間私達夫婦は考え話し合った。私の体もイマイチだという事。
なれない東北での生活は大変だという事。
一年夫婦別居になるという事。
でも私は子供を喜んで受け入れてくれるという保育所の園長先生の言葉に感動しわらにもすがる思いで、東北で生活する事になるのだった。
六月。正式に転出。東北市民になった。

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