自家製酵母について



 まず、自家製酵母の定義をしなければいけません。

 世の中には、「自家製酵母」とか「天然酵母」とか「自然種」とか、いろんな呼称があって、どこかに統一しておかなければ、表現がおかしくなってしまいます。
 ちなみに、うちのサイトで言うところの「酵母」は、いわゆるイーストを含むパン酵母全てを指しています。製パンに向いている酵母を「パン酵母」としています。

 さて、自家製酵母の定義を行いますが、このサイトでは、「パン酵母が付着したものから、パンの作り手自身によって、培養したパン酵母および細菌群」とします。

 レーズンから起こしたり、リンゴから起こしたり、ビールから起こしたり、イチジクから起こしたり。要は、そんな感じです。

 地球上の至る所に、微生物なり、酵母なりは生息しています。ですので、どんなものでも、「自家製酵母」を起こす事ができる可能性はあります。
 しかし、この「可能性」は、「付着しているパン酵母がゼロでは無い」という事で、「含まれているパン酵母の強い、弱い」には、関係ありません。

 極端な例を出せば、有名な「天然酵母」であるパネトーネ種などは、羊(あれ?山羊だったかな?)の腸内に生息しているパン酵母です。どうやって、その酵母を取り出すかは、御想像にお任せします。

 そういうわけで、この世の中の至る所に、パン酵母が存在している事を、まずは理解しておきたいと思います。

 ちなみにいわゆる「天然酵母」のほうですが、私の考えでは、世の中に通用しているパン酵母はイーストを含めてすべて「天然のもの」と考えています。「天然でない酵母」というものがあれば、あえて「天然」と呼称することが出来ると思いますが、すべて「天然」のものですので、わざわざ「天然」と呼ばなくても・・・。

 そういうわけで、私はあまり好きな言葉では無いのですが、一般的に「天然酵母」という言葉が通用しているので、それに従い、さしあたり、私も「天然酵母」という言葉を扱っています。

 どうして、こんな「言葉の混乱」が起こったのか・・・。

 多分、「酵母の入っている生地」を「種」と呼ぶのですが、それが「種=酵母」となったと考えるのが、妥当な線です。

 過去の資料をひもときますと「天然酵母」というよりも「自然種」と書かれている文献が多いので、どこかで言葉の混乱が生じたのか、と、考えています。
 つまり、「自然=天然」プラス「種=酵母」で、「天然酵母」。ちょっとした、言葉の取り違えが、現在の混乱の原因でしょう。

 まとめます。

1)「自家製酵母」は作り手によって、なんらかのものから起こされたパン酵母と細菌群、または、それらを含む液(発酵液)。
2)「自然種」は、その「自家製酵母」から作られた「生地」。
3)「天然酵母」は、1)と2)を含み、酵母での状態も、発酵液での状態も、生地での状態も含む、通称。(ただし、当サイトでは、私自身が使用することを自粛させて頂きます。でないと、混乱しますので。)

 そういうわけで、第1回は、共通の土壌を用意しておかないと、この「自家製酵母」に関しては、誤解を招きやすいものですので・・・。

 最後に、「ホシノ天然酵母」について、すこしだけ、私見を書いておきます。
 ホシノ天然酵母は、パン酵母と乳酸菌と麹を調合し、それを簡便な形で流通させているものです。くわしくは、公式サイトをご覧下さればよいと思いますが。

 ホシノ天然酵母に限らず、自家製酵母も、イーストも、すべて「生き物」です。ですので、きちんとした「生育しやすい」環境を整えてあげる事が、一番大事な事です。
 つまり、パン酵母は、パンを作る上では、単に「パン酵母」でしかありません。どれを選択したとしても、パン酵母が活動してくれなければ、パンにはなりません。その点が、ほかのパン作りに使用する食材と異なることです。

 どのパン酵母を選択するかは、あくまでも作り手が、どんなパンをつくりたいか、という「頭の中のイメージ」で変化します。
 そして、それぞれの「酵母の特性」がありますので、その「酵母の特性」を考えてパン作りを行う事が、なによりも大事なことだと思います。


~ 第2回 ~

 第1回では、「自家製酵母」という言葉を定義しました。世の中に、「自家製酵母」やら、「天然酵母」やら、なんやらかんやら、表現が溢れているので、私のサイトでの統一した表現として「自家製酵母」を扱う為に、定義せざるを得ないというのは、いかがなものかと。

 あと、これは、「自家製酵母」とは関係ないのですが、「冷蔵発酵」という言葉。これも、多少表現として問題ありなのですが、また、後日、それについては、触れたいと思います。私的には、「冷蔵発酵」という「発酵」は無い、と思っています。言葉的には「冷蔵熟成」の方が、正しいし、単に「冷蔵発酵すれば、生地が良くなる」とも考えていません。「冷蔵発酵」は、ある意味、ごまかしの技術であり、まっとうなパンを作る為には、その「ごまかし」た事を修正して、パンを作らねば、良い状態のパンを作る事が出来ません。・・・と、今回は、「自家製酵母の歴史」が内容ですので、これは、余談ですね。

 本題に入ります。

 世の中、いろんな「自家製酵母」があります。いろんなものから「自家製酵母」が起こす事ができる可能性の話は、前回書きましたが、今回は、その次の段階である、「自家製酵母パンの歴史」を考えていこうと思います。

 そもそも、「自家製酵母のパン」というものは、パンの伝統的な作り方の一つです。

 パン酵母の存在を世に知らしめたのは19世紀のフランス人であるパスツールですが、パスツールは、パン酵母だけでなく、ワイン酵母などの存在も発見している、「酵母の父」と呼んでも良いような人物です。

 そういう事ですので、イーストを使ったパン作りは、19世紀後半に、やっと始まった事になり、それまでは、「自家製酵母」によってパン作りが行われていました。

 パン食の文化の発達したヨーロッパにおいては、そういった経緯により、「自家製酵母」から「イースト」へ、パンを作る為の酵母は変遷していった訳です。

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 余談ですが、ヨーロッパでは、2度の世界大戦に巻き込まれ、ヨーロッパ中が壊滅的な被害を受けるまでは、パン作りは、主婦の仕事でもあり、パン屋の仕事でもありました。
 世界大戦で、街が荒廃し、大変だったパン作りを主婦が出来なくなってしまい(窯も戦争で破壊されてしまった事も要因の一つ)、その後は、パン屋がパン作りを一手に引き受ける事になっていきました。

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 パン自体の歴史は、どこまで遡れるのか。すこしだけ触れてみたいと思います。もちろん、最初は「自家製酵母」を使用していた訳ですので、「自家製酵母パンの歴史」としても、間違いでは無いですね。


 まず、パンは、無発酵パンとして誕生しました。

 紀元前7000年ぐらいのメソポタミア(現在のイラクあたり)にて、小麦や大麦を栽培して、食されていたと言われています。当時は、お粥や煎餅状のものを食べていたと言われていますので、今で言う「無発酵パン」の原形は、ここにあると考えられます。

 その無発酵パンは、エジプトに渡り、発酵パンとして、発達していきます。当時は、なんと太陽光を利用した窯でパンを焼いていたりしていました。暑いエジプトならではですね。

 エジプトでは、主にユダヤ人が、パン作りに従事していました。そして、ローマ帝国が地中海一体を支配した頃、そのユダヤ人達も、ローマ帝国の地域に散らばり、地中海沿岸から、ヨーロッパへ、パン作りが広まっていきました。
 ユダヤ人の職人の技術は各地へと分散し、パン文化は、ここで一気にヨーロッパ中に広がる事になります。

 ヨーロッパでは、ローマ帝国の時代、フランク王国の時代、専制君主国家の時代へと流れていきます。

 甘いパンが生まれたのは、ビール酵母を利用するようになってからです。

 これは、オーストリアのハプスブルグ家が力を持つようになり、ウィーンの文化が華開いた頃、なにかのきっかけで、パンにビール種を利用するようになりました。ビール種は、耐糖性が、それまでの種より強く、甘いパン(ブリオッシュやクグロフなど)が作られるようになりました。それが、フランスへ渡っていったのです。
 たしか、この時代の近辺に、オスマン・トルコがウィーン包囲を行っています。その時に生まれてたのが、イスラムの象徴である「三日月」をかたどった、「クロワッサン」でした。でも、今のクロワッサンと違い、生地を三角にしただけ、というものだったと言われています。

 ドイツでは、小麦があまり取れない気候でしたので、ライ麦による製パンが発達しました。ライ麦をいかに美味しく食べるか、という発想から、サワー種などが考えられ、それは、現在のドイツパンの特徴でもあります。

 フランスでは、ブルボン王朝時代に、ウィーンから渡ってきた(マリー・アントワネットが、たくさんの職人を連れてきた、と言われています)、ヴィエノワズリーと、伝統的なカンパーニュが発達する事となります。

 19世紀末、イーストが使われるようになると、現在よく見られる「バゲット」のような、フランスパンが作られるようになりました。フランスパンとは、以外と新しいパンなんです。

 ざっと、ここまで書いてきましたが、自家製酵母のパンのほんとうにおおまかな流れをわかって頂けますでしょうか。ほんとうに、ざっと書いたので、それぞれの話を詳しく書くことは、また別の機会に譲る事にします。

 自家製酵母のパンについては、ヨーロッパにおいて、伝統的なパンであり、そして、それは現在でも伝統的なパンとして扱われている、と考える事ができると思います。

 パン文化のなかった日本においては、同時にいろんなパンが流入してきていますので、そのパン自体の歴史について、考える事は少ないのですが、歴史を知る事により、そのパンが、どのようにして発展して、どのように食べられてきたのかを知る事が出来ます。

 そういう理解が、本当の自家製酵母という特性を知る、手がかりになると思いましたので、今回は、簡単に「自家製酵母を含むパンの歴史」を考えてみました。

 次回は、自家製酵母の特性について、考えていきたいと思います。


~ 第3回 ~

 自家製酵母についての第3回は、「自家製酵母の特性」について考えていきます。

 まず、自家製酵母とイーストの、根本的な違いとは何でしょう。

 それは、発酵と品質の安定性です。

 イーストは、純粋培養された酵母が安定した状態で供給されています。同じ銘柄のイーストなら、10グラム入れれば、イーストの品質が悪くなっていない限り、きちんと10グラムの効果が出ます。
 これが、安定性というものです。

 イーストは発酵に対して安定性を持っているのと比べ、自家製酵母は、発酵がかなり不安定です。
 それは、自家製酵母による発酵が、いろいろな酵母や菌などの活動が混合した「酵母と菌の共同作業」であることが理由です。

 自家製酵母のパンを作るには、まず「種起こし」から始めるわけですが、この時点で、何から種を起こすか、という選択肢が生まれます。
 そして、種を起こしてからも、それが強いか弱いか、という状況が起こります。もちろん、そこには、「パン酵母がどれだけ含まれているのか」という事と、「その他の細菌群は、どのようになっているのか」という事が由来しています。
 つまり、種を起こす所から、自家製酵母は不安定なものなのです。

 その不安定さの要因は、種起こしする材料にも由来しますし、種起こしの状況にも由来しますし、種継ぎの時の発酵時間や温度にも由来します。

 もし、それで、常に安定した「自家製酵母」を維持する為には、とてもたくさんの要素の「管理」が必要とされます。

 それほど、「自家製酵母」というものは、繊細なものなのです。

 しかし、その繊細な自家製酵母でパンを作るという事は、イーストでパンを作る事よりも、多くの事を考える必要がある事から、パンという食べ物についての理解を深める「最高の教材」とも言えるでしょう。自家製酵母で起こるトラブルを解決できるようになれば、イーストを使って、より美味しいパンを作る「知識と経験」を得る事になると思います。

 自家製酵母のパンは、基本的に伝統的な技法ですから、パン作りの基礎とも言えますし、長いパン技術の伝統を考える上でも、重要な要素とも言えるでしょう。

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 さて、自家製酵母の特性ですが、まずは、その自家製酵母の構成要素を考えていきましょう。

 まず、自家製酵母をきちんとした手段で起こすと、その自家製酵母には、パン酵母がいるはずです。そして、乳酸菌がいて、酢酸菌がいて、もしかすると、雑菌がいる可能性も考えられます。
 もし、パン酵母がいない場合には、パンにならない場合があります。つまり、生地は焼いてもは少ししか膨らまず、酸味や苦味だけの「パンらしきもの」になる、ということです。


 自家製酵母を使って作るパンは、基本的にイーストのパンと比較して、発酵時間が長くなります。
 意図的に、イーストを使用し「長時間発酵」を行う場合もありますが、それに関しては、後で触れる事になります。
 自家製酵母のパンが、イーストのパンより、生地に含まれるパン酵母の数が少ないことが、「長時間の発酵が必要になる」原因です。

 長時間発酵は、生地の熟成が進みますので、味わいに関して、メリットがあります。
 そして、「生地の熟成」とは、発酵によるガスの発生と発酵生成物の生成とは別の要素になります。同じ小麦粉を使用した食べ物である「うどん」の生地の熟成は、発酵を伴っていない、という点が、理解の糸口になると考えられます。

 その為、「長時間発酵」は、発酵により酵母から生成される「発酵生成物の旨み」と、生地の熟成による、「生地自体の旨み」が得られると考えることができるでしょう。

 短時間で作るパンには、どうしても生地の熟成が不足してしまうのですが、自家製酵母を使用することにより、知らず知らずに、長時間発酵になり、知らず知らずに、生地が熟成され、もちろん発酵による生成物の旨みも加わり、「自家製酵母独特」とも思える味わい深いパンを作ることが可能になります。

 何より、自家製酵母のパンの発酵では、乳酸菌や酢酸菌の発酵生成物をパンの味わいに加わることも、重要な点です。


 自家製酵母の特性とは、つまりこういうことになります。

・パンができあがるまで、長時間かかるため、生地の熟成が進む。
・乳酸菌と酢酸菌による、発酵生成物(有機酸)が独特の味わいや風味を生み出す。 

 上記2点が、自家製酵母の特性とも言えるでしょう。

 しかし、イーストを少量使用し、長時間発酵を行えば、「生地の熟成」は確保する事ができます。

 ですので、自家製酵母の最大の特性は、「パン酵母以外の菌の活動による発酵生成物の確保」という点が、もっとも重要な点であると考えることができます。

 次回は、自家製酵母における「パン酵母以外の菌の活動(乳酸菌と酢酸菌の活動)」について、考えていきたいと思います。

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