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雪香楼箚記
春(1)_梅が香に
藤原家隆
梅が香に昔を問へば春の月答へぬ影ぞ袖にうつれる
梅の香りにむかしのことを問えば、梅も、春の月も答えてもくれず、ただ、はかない光が涙に濡れた袖にうつっている(涙で濡れた袖に月がうつるというのは、古典和歌の常套的な表現)、という意味。家隆は、定家とともに新古今集の選者六人のうちの一人。温雅で艶麗な歌風であり、定家とはちがって、後鳥羽院との関係も良好でした(定家は再三衝突しています)。院が承久の乱によって隠岐に配流されてのちも、手紙のやりとりがあったらしい。
この歌にも下敷きがありますね。イメージの源泉。伊勢物語の「月やあらぬ」という段の、
在原業平
月やあらぬ春やむかしの春ならぬ我が身ひとりはもとの身にして
という歌(歌意は「月も春も、これがむかしのものとおなじであろうか、いや、変ってしまったのだ。ただ我が身だけがむかしと変らない」ということ)。これは、業平らしき男は、むかし恋人が住んでいてよく通っていた家に久しぶりに行ってみると、あとかたもなく荒れはてている。茫然と悲しみにおそわれて詠んだ歌です。伊勢物語には、二人はどちらかが飽きて別れたというのではなく、女が親によって無理矢理宮中に嫁がされたために二人の仲が裂かれたのである、と注記してありますが、そうであればなおさら涙を誘うお話。業平は、古今集の序文で、紀貫之に「心あまりて詞たらず」(歌いたい感情が大きすぎて言葉が不足してしまう)と批評されているほどですので、この、月やあらぬの歌も、上の句がやや説明不足の感じはします。けれども、それを補ってあまりあるつよい感情が、歌のなかからあふれ出てきて感動を誘うのは、なにもぼくだけの主観的な見方ではないでしょう。
こういう事情があるので、家隆は梅の花や春の月に、昔のことをたずねているのですね。私が愛したあの人は、いったいどうなったのだろうか、と。あの切ない恋心は、ほんとにあったのだろうか、今となっては夢のようだ、と。しかし、そうした想像は、ぼくがするよりも、むしろひとりひとり、この歌を読むあなた自身がした方がいいのです。伊勢物語と、家隆と、あなたと、三つの恋、三つの涙が重なりあうところに、和歌というものの真実があるはずです。
(むろん、このような本歌取りの歌では、かならずしも家隆が実際に伊勢物語と同じような恋をしたとは言えません。むしろ、架空の物語であることが多いでしょう。しかし、家隆はあえてそういう誤解や空想を期待して歌を読んでいるのですし、また、定家の歌のところで言ったように、歌の作者と、歌の世界の主人公―語り手―を分けて考えるなら、作者はともかく、主人公は確実にそういう恋を経験しているわけです。したがって、そういう前提で一首を読むことにします。)
梅と春の月が擬人化されているこの歌は、作者がそれらに対して、答え得ぬ問を投げかけています。「私の過去は、いったいどうしてしまったのか」と。梅も月も、かつてこう問いかける人の恋愛を見守っていたものであり、いってみれば、ひとつの思い出を作者と共有している。いや、もちろん、思い出を共有しているのはもう一人、かつての恋人がいるわけですが、しかし、今となっては彼女に逢って過去への感傷をともにするわけにはゆかない(逢えるのであれば、それは過去でも、感傷でもないでしょうしね)。恋は終って、しかし恋心は終らない、二律背反の心が、恋人の不在を中心にして作者の孤独と悲しみ、感傷をつのらせてゆく。だからこそ、答えないことを知っていてなお、梅や月に問わねばならないのではないでしょうか。空しい恋心をうずめるためには、例え物言わぬ自然であろうと(これを、非情のもの、というふうに、当時の人は表現しました)、思い出を共有するものたちに語りかけねばならなかったのではないでしょうか。
うつろう自然は、しかし、一年を単位にして循環します。花はやはり翌年も咲く。ですから、漢文学でも、日本文学でも、自然は変らないもの、変化しないものの代表として扱われました。では、変化するのはなにか? 人の感情ですね。年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず。ところが、伊勢物語の本歌では、あえて業平は、変化する自然、変化しない自分の心、という構図を一首のなかに詠みこみました。ひとつの新しい境地ですが、むろん、それを本歌取りしたこの家隆の歌にも、おなじ構図がややアレンジされて(主題と変奏のように)引継がれています。この歌では、自然の変化は全面に押しだされているわけではありません。変らない恋心のほうをつよく打ちだしているために、自然との対比は軽くしています。ですから、梅と月は変化するものとしても捉えられるし、作者の心と同じように不変のものと捉えられなくもないのではないでしょうか?
この歌の主人公とて、一年中、かつての恋人のことを忘れられないわけではないでしょう。ときに気持はうすらぎ、日々の生活に悲哀の念さえ流されてゆくこともあるでしょう。しかし、こうして梅と月を目の前にしてみると、胸に迫るような感情があふれてくる。秘密の暗号のように、悲恋を思い出させるものこそは、二人の愛情の象徴であり、証人であり、似たような伊勢物語のお話の(正確には、実際の恋を伊勢物語に似せているのですが)キー・ワードでもある、梅と月なのです。そうやって喚起される感情はあたかも、一年の時間をおいてふたたびめぐってくる春の自然のように、変化しつつ、かつ不変であるものではないでしょうか? いつでも胸の底にあるという意味では不変であり、しかし、時によってはどうしようもないほどにふくれあがって、ふだんは平気で日常をやりすごせるほどに落ちついている、という意味では、変化している。自然が循環するように、恋心もまた、循環している。これこそ、家隆が、伊勢物語の歌の「主題」から発展させた「変奏」なのではないでしょうか? 鳴り響くフーガのように、幾度となく寄せてくる悲哀の恋の主題が、自然の循環に重ねられている……。
この歌の涙は、きっと、はらはらと落ちるというよりは、慟哭に近いものではなかったかと思うのは、ぼくが最後の失恋のときにこの歌を読んだからなのでしょうか?
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