戦場の薔薇

戦場の薔薇

第五話「なくしたモノ(後編)」


試験場の中は、宛ら戦場と化していた。

「クッ、止めろっ」

どんなに叫んだ所で、サイクロプスのパイロットには届く筈もなかった。
繰り返される格闘攻撃と砲撃の嵐を掻い潜りながら、それでもタクマは諦め切れずに居た。

「これは…、いったい何の為の戦いだっ!」

遣り切れない想いが胸の内を満たし、唇から溢れ出して零れる。
ドレインの嘘の指令に操られるサイクロプスのパイロットは、コチラに同じTACが搭乗している事など微塵も気付いていないだろう。
その攻撃は回を追う毎に激しさを増し、タクマ自身も本気に成らざるおえない状況へと追い込まれていた。

『クックククク…。それで良いのですよ。さぁ、本当の力を見せて下さい。私の可愛いモルモット君。…クッククク…アッハハハハハ!』

モニターを見つめるドレイン。明りを反射したメガネのレンズの向こうで、その口端を吊り上げ、彼は不気味にほくそ笑んだ。

「クッ、…やるしか、ないのか…っ!?」

行き場の無い怒りと悔しみに苛まれ、血が滲む程握り締められた拳をコンソールに叩きつけるタクマ。
この世に生を受け、今まで共に戦って来た友を踏み台にしてまで勝ち残る。そんな行いに意味を見出せずにいた。だが、その苦悩の中で、彼女の残像が語った約束。「必ず、一緒に地球へ…」その言葉が脳裏を過ぎった瞬間、頭の中が急速にクリアーになる感覚を覚えた。

「…戦う事を宿命付けられ、勝利する事だけがオレの存在意義だというのなら、生残って見せる…。そして、約束を果たす!」

決意と共にタクマの目に浮かぶ文字の羅列。
モニターの放つ光が緑から赤へと変わった直後、異変が始まった。

『…セーフティー解除。マインドリンク開始。システム「クロノス」起動…』

聞き覚えの無いシステムコールと共に開けた視界。それは、周囲の全てを感じ取れる程に鋭敏で、まるでスローモーションを見ているかのような気分だった。

「見える…。時の流れが…!」

嘗て感じた事がないその感覚に、全身が高揚感で満たされて行くのが分った。
身体が軽い。そして、何より機体との一体感のようなモノまで信じる事が出来る。
今の自分には、出来ない事など何もないような、そんな気がした。

「…クロノスが…起動した…?…ハッ、アハハハ、アッハハハハハ!やったぞ!やはり私は天才だぁー!クッハハハハハハハッハハハハ!!」

モニター越しにクロノスというそのシステムの起動を見たドレインは、突然両手を挙げて馬鹿笑いを始める。そんな彼の表情には、鬼気迫るモノさえあった。

「さぁ、神に選ばれし鼠よ、この手の中で、その真価を示しておくれぇーっ!ヒィーヒャハハハハハ!!」

危なげなその視線の先で、眼光を赤から緑へと変えたグリフォンが宙を舞って構えた。

「…破壊する…」

クロノスと呼ばれるそのシステムの影響なのだろう。感情を忘れてしまったかのような冷たい声で、タクマはそう呟いた。
だが、その機体の動きだけは一変していて、まるで人間そのもの…いや、むしろヒトでさえも成しえないような滑らかな反応を見せていた。

「…アーマーペイン…」

彼の新たな呟きに呼応するように、グリフォンはバックパックから折り畳み式の大型アーミーナイフを引き抜くと、既に装備済みのもう一刀と重ねて二刀流の構えを取った。
そして、バーニアを使っての急速降下からサイクロプスの頭上へと迫る。

「!?」

まだ状況の変化が飲み込めていないのか、サイクロプスのパイロットは驚きから回避行動を取る事で精一杯だった。
だが、二刀同時に振り下ろされた刃が装甲を掠め、火花が散る。

「…逃しはしない…」

その言葉通り、グリフォンは回避したサイクロプスの顔面を目掛け、着地の直後に鋭く切っ先を突き出す。が、慌てながらも咄嗟に反応したサイクロプスの腕が間に入り込み、それを犠牲にする形で何とか攻撃を凌いでいた。

ガシャッ!

砕けたのか千切れたのか、サイクロプスの右腕はそんな音を発てて破壊され、無理矢理に千切り取られてしまう。しかし、それでも勢いを殺す事なく、グリフォンの猛攻は続いた。
サイクロプスの右腕を奪ったアーマーペインを振り払った直後に、今度はグリフォンの右手が握るアーマーペインの刃がサイクロプスの左袈裟に振り下ろされていた。
圧倒的速さだった。ほんの一秒足らずの間にこの攻防は行われ、まるで早送りの映像を観賞しているかのような錯覚さえ覚える。

ズガッ!

防ぐ間も与えられず、切り裂かれるサイクロプスの胸部装甲。高熱で融解されたのか、その傷口は赤々と燃焼していた。
だが、サイクロプスのパイロットもタクマと同じTAC。ただで終わらせるようなつもりは無かったのだろう。
残された左腕で腰からアーマーペインを抜き取ると、折り畳まれた刃の変形速度を生かし、鋭い斬撃をグリフォンの面に振り下ろした。

「…遅い…」

その動きの全てがタクマには見えていた。そして、それを止まった時間の流れの中で感じていたのだ。
サイクロプスの斬撃は、グリフォンの頭に触れる前にその進行方向を変えられてしまっていた。

ザンッ!

アーマーペインを握ったままのサイクロプスの腕は、木枯らしに吹かれる枯れ葉のように宙を舞っていた。
グリフォンの攻撃によって、切り裂かれていたのである。
両手を失ったサイクロプス。機体自体の戦闘能力は辛うじて残されていたが、パイロットの方にはもはや戦う気力など僅かも残されていなかった。
だが、それでも尚、グリフォンを駆るタクマは追撃の体勢を崩そうとはしなかった。

「…勝利条件、敵機の完全破壊…」

今や、タクマは与えられた任務を完遂する事しか考えられなかった。
逃げ腰になっている敵機の動きを封じる為、グリフォンのアーマーペインがサイクロプスの脚部に向けられた。そして…

ザンッ・・・・・・・・・ドッガシャンッ!!

立ったままの両足を残し、サイクロプスの上体は地面に叩き付けられていた。
戦う事も、逃げる事さえも出来なくなったサイクロプスそのメインカメラに映り込んできたのは、恐ろしく揺れるグリフォンの眼光だった。

グシャッ!

静寂の中で刺されたトドメの一撃。それはコックピットハッチに減り込むグリフォンの拳だった。
メキメキと音を発て、引き抜かれる鉄拳。試験の終わりを告げるブザーと共に、タクマの意識も自我へと引き戻されて行く。
だが、そこに見たモノは、想像を絶する絶望的光景だった…。

「…セ…ツナ……?」

抜き取られた拳に張り付き、千切られたコックピットハッチ。その奥で潰された人影を見たタクマは青ざめた。

「…セツナッ!?」

大量の流血に溺れたセツナの姿。それを目の当たりにしたタクマは慌てふためいてグリフォンのコックピットを飛び出した。
横たわるサイクロプスの残骸。それを攀じ登り、セツナの下へと駆け寄る。

「セツナ!返事をしろ、セツナ!!」

抱き上げた彼女の身体は、人の物とは思えないほど冷たく、冷え切っていた。
その手に滑る嫌な感触を顧みず、呼び掛けるタクマ。

「しっかりしろ、目を開けろ!」

「…タク…マ…?」

薄っすらと瞼を開けたセツナの瞳に映るタクマの顔。その今にも泣き出してしまいそうな表情を見て、彼女は優しく微笑んだ。

「…そっか…。あのグリフォン、タクマの…。どおりで、強いワケだ…。あはは…」

「どうして…こんなっ」

何を言うべきか、何を考えるべきか、そんな事も思考出来ず、口から出るのは、後悔と悲痛な言葉ばかりだった。
己の手で、何よりも大切にしていた物を壊してしまった。その想いだけが、心を暗い海の底へと追い遣ってしう。
しかし、そんな彼を慰めるように、満面の笑みを浮かべて語るセツナ。

「…約束…守ってくれたんだね…。でも、ゴメン…。アタシの方が、駄目だった…みた…い…コフッ!」

「セツナッ!?」

咳と共に吐き出されるドス黒い吐血。それは、肝臓などの臓器に致命的な重症を負っている証拠だった。

「もういい!もう喋るなっ!」

しかし、タクマのそんな叫びに耳を貸さず、彼女は今にも消え入りそうなか細い声で話し続けた。

「…そんな顔しないで…。タクマのせいじゃ…ない…から…」

「…けど、オレが…っ」

血に染まった手を差し出し、タクマの頬を優しく撫でるセツナ。その跡をなぞるような赤を残し、伝う手を取って強く握る。
冷たいというのに、温もりを感じるその不可思議さに、タクマは涙を浮かべた。

「…大丈夫…。アタシなんか居なくても、タクマなら、一人で戦える…。そうじゃないと、先になんて逝けないよ…」

「……………………クッ」

涙を無理矢理胸の奥に閉じ込めようとしたタクマの表情に、セツナは満足気な笑顔を見せた。

「…アタシの分も…ううん、アタシも、一緒に戦うヨ…」

「あぁ…。ずっと、一緒だ…」

浮かべた優しげな笑顔を残し、彼女は瞼を閉じた。


そして、約束を果たす為に、彼は今も、ここに居る。
月明かりに滲む極寒の砂漠。その朧に身を翳し、再び決意は成される。

「…だから、オレは死ねない。アイツがどんな気持ちで笑ってくれたのか、その意味を知るまでは…」

ティリアの虚ろな目に浮かぶタクマの背中。消え行く焚き火の炎が一筋の白紐と変わる中、彼女の唇が何かを語った…。

「…大丈夫…。…は、…が…るから…」


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