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戦場の薔薇
第十三話「崩れ行く秩序」
昨日の戦闘で腹部に銃弾を受けたティリア。通常の人間には命を落とし兼ねない重傷だったが、リンクドールである彼女にとっては、死など一時の機能停止状態に陥ったのと同じであった。しかし、その痛みや苦しみはヒトのそれと変らない。「死」という概念こそ無いが、彼女にとっても、それは苦痛を伴うモノだったのだ。
抑え付けていた感情を解き放ち、涙ながらに訴えた「死にたくない」という言葉。それは、タクマによって押し開かれた、彼女のヒトとしての覚醒だった。
そんな重傷を負ったティリアを急ぎ連れ帰ったタクマは、医療班に彼女の身を託し、今はエンデュミオン艦内のオペ室前で苛々としていた…。
「…なぁ、何をそんなにイラついてんだ?アイツはリンクドールなんだろ。メモリー移し変えりゃ済む話しじゃねぇか」
「っ!」
ベリオは大した考えもせずに、単純に苛つくタクマを落ち着かせようと、善意でとった行動だった。
しかし、それがタクマには許せなかった。
「ぐぁっ」
オペ室の前で、鉄の冷たい壁に叩き付けられるベリオ。それは、タクマが彼の胸倉を掴んで押し付けたからだった。
「…オレ達は、モノじゃないっ!ティリアも…アイツだって、同じ人間だっ!!」
「グゥ…ァ……ッ」
興奮し、怒りに我を忘れたタクマは、壁に押し付けたベリオの首を力一杯に握り絞めていた。
驚異的な腕力でそのまま持ち上げられてしまった彼は、首を締め付けるタクマの腕を振り払おうともがくが、徐々に酸欠から意識が遠のき始めていた。
「なっ、何をやっている、タクマ!」
「!?」
そこに飛び込んで来たヴァネッサの言葉で、ようやく我を取り戻すタクマ。
その手の中では、ベリオが失神寸前の状態にまで追い込まれていた。
「手を放せ!ベリオを殺す気か!?」
そう怒鳴られ、慌ててベリオを開放するタクマ。だが、壁を滑るように膝から崩れ落ちたベリオは、喉を押さえ、咳き込みながらもヴァネッサを制止した。
「ま、待てって…。悪いのは、コイツじゃない。…むしろ、俺が…ゴホッゴホッ」
「な…に…??」
赤みが差した喉を摩りながら、肩を貸してくれたヴァネッサに事情を説明するベリオ。
彼は、タクマの怒りの理由に気付いていた。
リンクドールは、人の姿をしていても所詮はモノ。心の何処かで、確かにそう思っていた。それが言葉として表に出てしまい、近しい存在であるTACのタクマを傷付けたのだと。
そんな、立ったまま、何も語ろうとしないタクマを側に、待合室のベンチに腰掛けたベリオは、そう語った。
「…私も、同罪だな…」
ヴァネッサもまた、ベリオの言葉に共感を覚えた。
同じ部隊の仲間だと、そう思っていながらも、やはり何処か、見下した物の見方をしていたのだと気付かされた。
医療区画の一角。オペ室の扉を目の前にした、その待合室の空気は、重く彼等の肩にのしかかっていた。
「…すまない…」
ベリオとヴァネッサの話しはタクマにも当然聞こえていて、自責の念にかられたのか、彼は二人に謝罪した。
「いいって。悪かったのは、俺の方だしな」
そう言って微笑んだベリオ。だが、仲間を殺し掛けたという事実は、タクマを更に追い込んでいた。
「………………」
塞ぎ込むタクマ。そんな彼を見て、ベリオとヴァネッサは言葉を掛けられずに居た。だが、タイミングが良いのか悪いのか、オペ室の手術中ランプが赤色からノーマルの緑色へと変化し、直後に扉が開け放たれた。
「っ!」
タクマはそれに逸早く気付き、開かれた自動ドアに駆け寄った。そして、最初にオペ室から出て来た白衣の女性に大声で尋ねる。
「ティリアはっ!?」
「大丈夫。今はグッスリ眠っているわ」
それを聞き、急に肩の荷が降りたのか、タクマは床にしゃがみ込んでしまった。
「行ってあげて。あの子、手術中、ずっと君の名前をうわ言のように呼び続けていたから」
座り込んだタクマに、女性は微笑みながらそう語り、彼の肩をポンっと叩いた。
その言葉を聞いたタクマは、即座に立ち上がると、走って手術室の中へと消えて行く。
「…ふぅ」
っと、一息ついて、女性はベリオとヴァネッサが座るベンチの上に腰掛ける。
「お疲れさん。アキノ女史」
ベリオは、そのメガネが良く似合う知的な雰囲気の金髪女性をアキノと呼び、胸ポケットから取り出したタバコを一本彼女に差し出した。
「…アリガト、るいんばーぐ君」
そのタバコを受け取り、口にくわえた彼女に、続けて火を灯したライターを差し出す。さながら、ホストクラブのホストと女性客のような構図だ。
すると、アキノはベリオが手に持ったままのライターからタバコに火を着け、中指と人差し指で挟んだそれを吸い、胸一杯に溜め込んでから溜め息と一緒に吐き出した。
「最初はどうなるかと思ったけど…リンクドールって、人間と大した変わりないのね…」
「あぁ、俺等も今、その話しをしてたトコッスよ」
タバコを片手に、「ん?」と小首を傾げるアキノ。しかし、ほぼ丸一日を要した大出術の後で、彼女は質問よりもストレスを発散しようと自身の話しに切り替えた。
「でも、まさかリンクドールを切る事になるなんてね…。始めは驚いたけど、あの子…タクマ君だっけ?彼の顔を見ていたら、助けなきゃって、そう思ったわ…」
「タクマは、TACなんだ。おそらく、自分の立場と重ね合わせていたんだろうね…」
ヴァネッサの話しに、少し考えた彼女は小さく頷いて納得していた。
「そうだったの…。だから、あんなに…でも、それだけかしら…?」
「…?」
アキノはそこまで言い掛けて、ヴァネッサとベリオの疑問の視線を受けながらも回答を避けた。
「…ううん、なんでもないわ。そこから先は、あの子達二人の問題だものね」
そう言ってクスっと笑うアキノ。そんな彼女とは対照的に、怪訝な顔を見合わせる二人だった。
【同刻、エンデュミオン/ブリッジ】
丁度、同じ頃。ブリッジでは今後の隊の方針について、代表者同士の話し合いが行われていた…。
普段は身の丈ほど高い位置に固定されている艦長席。それを一段下げ、目線の高さに合せて話すクレイブ。
対して、その脇に立ち、両腕を組んで横目に彼を見るマクシミリアン。
周囲では、艦を維持する為にクルー達が各々自身の作業に追われているようだった。
「…今回の作戦失敗を受け、上層部は酷く荒れているようです」
「当然だな…。たかがテロリスト相手に、こうまでしてやられたのだ。老人共は、己の保身に必死だろう…」
そう溜め息交じりに語り合うクレイブとマクシミリアン。
「そういえば、情報が交錯している為、真偽の程は定かではないのですが、こんな情報も紛れ込んで来ました」
そう言って、マクシミリアンにファイルに纏められた報告書の一部を開いて見せるクレイブ。
それを手に取り、目を通したマクシミリアンの表情が変った。
「テラフォーミング…。ヤツの目的は、これだったか…」
「情報に間違いが無ければ、おそらく」
テラフォーミングプロジェクト。それは、数百年前、新暦以前から進められていた物で、現段階で最も地球の環境に近い火星を開拓し、人類の移住を図ろうという計画だった。しかし、地球からの距離の問題や、それ等諸事情と不都合により、開発は随分と遅れ、結果として中途に投げ出されてしまったままとなっていた。
だが、近年になって、OP2から発掘された新資源から「ゲート」と呼ばれる設備が開発され、これによって星間航行が容易になった事で公国内部のマスメディアでは再びスポットライトが当てられるようになったのだ。
「ラピスには、ゲート開発の研究資料や設備が整っていました。どうやら、グレイス・ドレインの目的は、そこにあったようですね…」
「…これで察しがついた。あの大量の新型と兵力の出所は、火星のアレクタリアか」
テラフォーミングプロジェクトに先立って開発された惑星開拓の拠点。それが、火星都市アレクタリアだった。
OP2の新資源や、火星採掘による恩恵を一所に集めていた公国は、それを利用されてしまったのだとマクシミリアンは示唆した。
全ての事象がドレインの思惑通りに動いていた事を知り、マクシミリアンは下唇を噛み締めた。
「…だが、この機を見逃すような男ではないな。…動くか、アルマンダイン…」
その予想通り、本国ではある男が動きを見せ始めていた…。
【0020/12/25/12:15】
月面都市セレス/公国軍アルテミス基地・議事堂
メイス公国は、特殊な政治形態を持っている。国の方針を定めるのは公国軍官僚であり、軍幹部と総統クラスの数十名の人間達によって、政策は決議されるのだ。そして、それらを国民が受け入れる事で、全てが成り立っている。
軍の独裁のようでもあり、同時に民主主義的一面も持ち合わせている。それは、国民の意識が一つに統率されているからだ。
ここ議事堂は、そんな公国の全てを決定する軍部でも最も重要な要所であり、月に一度はこうして上層部の人間が一度に会して集まる会議が開かれている。
「これは由々しき事態だ!我々は、断じてテロリストなどに屈する訳にはいかない!」
「軍備拡張を進言する!連中をこれ以上のさばらせる事だけは出来ん!」
議事堂内に響き渡る政治屋達の声。賛成派と反対派の罵声が飛び交い、扇状の立体会議場は揺れていた。
「…やはり、変らんな…」
その中に在り、唯一冷静な表情を崩さない一人の男。
中央軍部総統、アルマンダインだった。
彼が感じていたのは、時代や形態が変っても、政治家は政治家だという事だった。
先の戦闘で失われた戦力は、軍部に甚大な影響を及ぼしていた。その責任の擦り合いや国民への示し方。話し合われる内容は、そんな物ばかりだったからだ。
国民の為の政治など、ここには在りはしない。在るのは、自らの保身に躍起になる無能な政治屋達の結論を先送りにする無意味な野次の飛ばし合いだけだった。
「…では、対テロリスト対策本部を設立し、その上で軍備拡張を…」
扇状の会議場。その中心に座る最も位の高い権力者。大総統の地位を預かる老人が決議を下そうとしたその時だった。
「お待ち下さい。大総統閣下」
「…ム?」
話の腰を折るような発言に、老人は不機嫌な顔でその声の主を睨み付けた。
その視線の先に居たのは、他でもないアルマンダインだった。
「無礼な。大総統のお言葉を遮るとは…っ」
「全くもって、けしからんっ」
他の総統クラスの政治屋達が一斉にそういった声を発した。しかし、アルマンダインは一礼し、言葉を続ける。
「失礼を承知で申し上げます。大総統閣下」
「…ふぅ。何かね?アルマンダイン君」
面倒な…。とも言いたげな態度を示し、それでも聞き入れる体勢でアルマンダインに尋ねる大総統。すると、彼は立ち上がり、答弁を始めた。
「対テロリストの為に軍備を拡張するのは大いに結構。ですが、これでは死んでいった兵士達が余りに不憫でなりません」
「…君は、何が言いたいのかね?ここは国の政策を左右する議事堂であり、人の「命」を説く場ではないのだよ」
「確かに…。しかし、死んで行った彼等は、公国の為にと、軍の為にと、戦って死んだ訳ではありません。それぞれが守るべき者の為、愛する人の為に戦い、次代の礎となったのです。…それは決して、無能な御老人達の為ではない」
「今…、なんと…言ったのかね…?」
見る見る顔を紅潮させて行く大総統。怒りが最高潮に達したのか、立ち上がって体を震わせる彼に、駄目押しとも思える一言を言い放つアルマンダイン。
「時代は、もはや貴方がたを必要とはしていない」
「き、貴様、良くもこのワシに!退場しろ!…いいや、誰でも良い、誰かこの男を摘み出せ!!」
その命令に従おうと、数人の将校が席を立ち上がったその時だった。
「退場すべきは私ではない。…貴方には、舞台を降りて頂く。ヘイズル大総統」
「っ!?」
アルマンダインは自らの懐より引き抜いた小銃を手に、その銃口を大総統に向けて容赦なく引き金を引いた。
サイレンサーが取り付けられていたのか、音も無く大総統の胸板を貫く銃弾。老人は何も出来ずに口から僅かな血を吹き出して床の上へと崩れ落ちる。
「な…、なんという事を…っ!」
「…撃って…しまったのか…っ」
周囲の総統クラスや将校達は驚きと恐怖に足が竦んでいた。そんな彼等に対してか、それとも、足元に伏し、既に息絶えた老人に向けてか、アルマンダインは銃を下ろして小さく呟いた。
「…政治は人に権力と格差を与える。だが、権力だけが政治の全てではないのですよ…」
震え上がり、その場を逃げ出そうとする高官達。だが、マクシミリアンの合図一つで、状況が一変する。
彼が挙げた左手に併せ、何処に隠れていたのか、数十人という兵士達が官僚達を囲い、その退路を断った。
「動かないで頂きたい」
「うっ!」
兵士達は、皆自動小銃などで武装していた。その銃口を向けられ、身動き一つ取れなくなった彼等は、言葉に訴えるしかなかった。
「これは、貴様の差し金か!?マクシミリアン!」
「こ、こんな事をしてただで済むと思っているのか!?」
各々が口々に同じような言葉で講義していた。しかし、それさえも、マクシミリアンには哀れに思えてならなかった。
官僚とは言っても軍人。それが、力による講義ではなく、こんな形でしか命乞いも出来ない。彼等は既に、兵士ではなく、何の力も持たない権力と金の亡者に成り下がってしまっているのだと。
だが、そんな嘆きさえも彼等には届く事がなかった。だからこそ、自分が起たなければならないのだ。…と、そう感じた。
「今のままでは、公国は食い潰されてしまう。出来る事なら、こんなマネはしたくはなかったが…。これも運命か…」
そう呟き、マクシミリアンは、続けて声を大きく宣言した。
「私が歴史の表舞台に立とう。そして、公国は新たな次代を築くのだ」
アルマンダインは兵士達に無言の指示を下す。それにより、官僚達は拘束され、兵士達によって連れて行かれてしまった。
皆が恐怖に震え、なんとか逃げ出そうと口々にしたのは、結局「金」だった。
救い様もない腐れ果てた政治家に、深い絶望を感じたアルマンダインはその場でしばし、頭を抱えた。
「総統閣下。宜しかったのですか?」
「…大総統の…事かね?」
兵士達を指揮していた年配の指揮官に尋ねられ、頭を抱えたままで受け応えるアルマンダイン。
「…大総統含め、多くの官僚達は、最後の瞬間まで勇敢にも戦って見せた。しかし、残忍なるテロリスト共の凶弾は、無慈悲にも彼等の命を奪い、自らも自決した…。そういう筋書きなのだよ。大尉」
「…了解しました。「そのように」処理しておきます。…やはり、時代は閣下を求めているのですな。これで、公国の民も救われる」
「それは買い被り過ぎというものだよ、大尉。私は、君が思うほど出来た人間ではないし、野心家でもない。ただ…人の未来を憂う者の一人として、成すべき事を成したい。それだけだ…」
その言葉に敬礼して答える指揮官。
こうして、公国は新たな歴史を歩み始める事となったのである。
大総統含め、捕らえられた官僚達の一部は非公式に処刑され、プロパガンダとして利用された。これにより、国民のアルマンダインを支持する声は高まり、彼は瞬く間に大総統として公国の頂点に立つのだった…。
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