戦場の薔薇

戦場の薔薇

第十六話「蘇る牙」



闇の中を駆け巡り、互いにぶつかり合って閃光を散らせる二つの流星。
無秩序なその動きは、残像を残しながら幾度も螺旋を描いていた。

「流石だよ、兄さん。一瞬とはいえ、この僕を気迫だけで押し退けるなんてねっ!」

「…クッ、機体性能に差があり過ぎるっ」

プロトレーヴェの攻撃をその分厚い装甲で尽く弾き返すエウリノーム。タクマが言った通り、機体性能には歴然たる差が存在していた。

「ハンドガンなど、撃つだけ無駄か…っ」

高速運動による斬撃から弾かれた反動を利用してのバックステップと同時射撃。しかし、プロトレーヴェが有する武装を全て駆使しても、エウリノームの装甲には傷一つ付いてはいなかった。

「だから言ったでしょう?…どんなに兄さんが凄くても、僕のエウリノームには傷一つ付けられやしないってねぇっ!」

「だからと言ってっ!」

だからと言って、諦めるワケにはいかなかった。
その背にはエンデュミオン。そして、そこで眠るティリアが居る。一歩たりとも引き下がる事は出来ないのだ。
今、自分が倒れれば、あの艦に防衛能力は皆無。瞬く間に、この化け物TPによって撃沈させられてしまうだろう。
しかし、そんな思いとは裏腹に、徐々に押され始めるタクマのプロトレーヴェ。

「ホラホラ、どうしたの?そんなんじゃ、僕は倒せない…よっ!」

プロトレーヴェの腹部に重い衝撃が走り、タクマはその反動で口の中を切ってしまった。

「ゥグッ!」

口の端から流れ滴る一筋の流血。それをパイロットスーツの袖で拭い、片足を前へと突き出したまま動きを止めているエウリノームをキッと睨み付ける。

「そんな量産機の…それも、旧式で僕に勝てるとでも思ったのかい?弟だからって、甘く見ないで欲しいなぁ…」

「…クッ。兄だの弟だのと…、貴様は、一体何だっ!?」

そう尋ねると、意外にもあっさりと答えを返すクルシェ。
一度突き出されたその足をゆっくりと下ろし、宇宙空間を漂うように武器を下ろした彼は語った。

「そのままの意味だよ…。僕の名前は、クルシェ・スペード。兄さんと同じ遺伝子から創られた、文字通りの弟さ♪」

「やはり、TACか…っ」

しかし、その確信を得ていた考えに、クルシェは首を横に振った。

「少し違うかな…。僕は…いや、僕達は、兄さんとは少しだけ違った処置を受けているんだ」

「違う…処置だと?」

「…ブーステッド・チルドレン…」

「っ!」

その呟くような一言がタクマの表情を一変させた。

「兄さんなら…、聞いた事くらいあるよね?」

「…公国軍がTACの開発以前に進めていた戦闘用強化兵士の総称…。だが、アレは…っ」

「…そう。余りの非人道的研究であったが為に、当時の公国軍中央軍部総統アルマンダインによって中止された公国軍のS級極秘プロジェクト。その産物こそ、ブーステッド・チルドレンと呼ばれる身体強化兵士…」

「そうだと言うのか…?貴様がっ」

「信じられないの?でも…、戦ってみれば分かる事さっ!!」

直後、右腕に握った三連ガトリング砲の銃口を上げ、プロトレーヴェに向けて発砲するエウリノーム。

「クッ!?」

高速回転する三本の砲身。そこから放たれる無数の弾丸と発砲音。
寸での所で、その銃弾の雨を交わすタクマだったが、次の攻め手に悩んで攻撃に転じる事までは出来なかった。

「時間稼ぎのつもりだったんだろうけど、お話しはもう終わりだよ。どんなに考えたって、このエウリノームには勝てない。…諦めなよ、兄さんっ!」

「チッ、目敏いっ!」

目粉しいガトリング砲とミサイルの波状攻撃。
タクマの駆るプロトレーヴェは、エウリノームへと近付く事さえ出来なくなっていた。

「クソッ、完全に押されてるっ!」

エンデュミオンのブリッジからモニタリングしていたベリオは戦況を見て危機感を覚えていた。

「このままでは、何時か被弾する…。あんな物をまともに食らえば、レーヴェの装甲など紙切れも同然だぞっ!?」

ヴァネッサを含め、全員の目はブリッジ中心のメインモニターに釘付けにされていた。
一瞬でも目を離してしまうと、次の瞬間にはタクマが撃墜されていそうで、気が気ではなかったのだ。

「何とかならないんですか、艦長!」

「このままじゃ、特尉が…っ」

ルチルとエミリーはインカムを取り払ってクレイブにそう投げ掛ける。
しかし、弾薬もエネルギーも尽きた今のエンデュミオンには、何一つ出来る事など無いと、彼は頭を抱えるだけだった。

「…クッ、ただ見ている事しか出来んのか…っ」

絶望の中で打ちひしがれる面々。だが、その静寂を引き裂いて艦内放送から呼び出しが掛けられる。

『ベリオ、ヴァネッサ!両名は至急格納庫まで来い!繰り返す!ベリオとヴァネッサの両名は、至急格納庫まで来い!』

「!?」

それは、その場に居なかったマクシミリアンの声だった。
何の用かも分からないが、その口調から急を要する呼び出しである事だけは感じ取れた。
二人は一度顔を見合わせ、モニターに映るプロトレーヴェに一言だけ告げて走り出した。

「死ぬなよ、タクマッ!」

一方の格納庫では、艦内放送による呼び出しを終えたマクシミリアンの下へ、ケンゾウが駈け寄っていた。

「カーミラの上半身だけは、何とか組み上がった。じゃが、こんなモン何の役に立つっちゅうんじゃ?」

「グーングニルは使えるのだろう?」

「う、うむ。…じゃが、それを撃つオーディンの腕が無くては…」

「腕ならある。…ここにな」

そう言ってマクシミリアンが振り向いた先に、ベリオとヴァネッサは居た。
二人とも全力で走って来たのか、酷く息を荒くしながら立ち止まる。

「何か策があるんだよな?隊長っ」

「…我々に何をっ?」

既に状況を察していたのか、ベリオとヴァネッサはそう尋ねた。
すると、マクシミリアンは嬉そうに小さく微笑むと、二人を見て考えを告げる。

「お前達二人には、このエンデュミオンの砲台代わりになってもらう」

「砲台…?」

「ヴァネッサ。お前はカーミラに乗り込め。ベリオは狙撃のサポートだ」

狙撃。その一つの単語しか、彼等は理解出来なかった。と、いうのも、マクシミリアンの指差した先には、クレーンに吊るされたカーミラの上半身と、無造作に床に転がる長銃身の狙撃ライフル「グーングニル」が放置されているだけだったからだ。

「た、隊長さんよ、アンタ正気かっ!?」

「こんな状態の機体に乗り込んで、一体何をしろと…」

怪訝な表情を浮べる二人に、マクシミリアンは急を促した。

「先ずは行動しろ。説明は追ってする」

顔を見合わせるも、今はマクシミリアンの言葉を信じるしかない。二人はそう思った。
今、この瞬間も、艦の外ではタクマが危機に瀕している。考えている時間など無い事は、承知していた。

「了解っ」・「わぁったよっ」

二人はそれぞれの持ち場へと急ぐ。
ヴァネッサは半身しか組み上げられていないカーミラのコックピットへ。そして、ベリオはマクシミリアンに連れられるまま、シミュレータールームへと、駆け込んだ。

「既にシステムが立ち上げられている…?」

コックピットハッチを閉じてみると、座席の前に備えられたモニター画面にOSが立ち上げられていた。
起動準備が済まされている事が一目にわかったヴァネッサは、起動スイッチを指先で強く押し込む。

「カーミラ、起動っ」

その目に火を灯すカーミラ。しかし、その様は何とも異様な物だった。
下半身も無く、自由に動く事さえ叶わない。こんな状態で、どう戦えばいいのか…。と、自身に投げ掛ける。
そして、それはベリオも同じ気持ちだった。

「こんな物持ち出して、どうしろってんだ?隊長」

ベリオが半ば強制的に座らされたのは、パイロット訓練用のTPシミュレーターだった。
コックピット部分だけがスッポリと引き抜かれたような、そんな装置が部屋の真ん中に、でん、と置かれ、その座席には、頭を抱えたベリオの姿が在った。
ヴァネッサもベリオも、乗せられる時にインカム付きのヘルメットを手渡されていた。
困惑する二人に、それぞれのヘルメットから声が発せられる。

『いいか?二人とも、良く聞け』

ただ、その指示を待つしかない二人は、黙々と説明に耳を傾けた。

『今から、クレーンに吊るしたままのカーミラをカタパルト内に出す。無論、グーングニルを握らせてな』

同時に、は?…と聞き返した気な表情を浮べる二人。だが、マクシミリアンの言葉は続けられる。

『現在、カーミラのコックピットシステムとシミュレーターのモニターはオンライン上でリンクしている。つまり、カーミラをベリオの指示を元にヴァネッサが操作し、グーングニルの管制をベリオのシミュレーターから行う。というワケだ』

やっと合点がいったのか、頷くヴァネッサとベリオ。だが、直ぐに表情が曇った。

「…って、ちょっと待てよ!」

「無茶だ!幾らなんでも、そんな人並みはずれた芸当が成功するとは、到底思えないっ」

彼等の反応は、極自然な事だった。
TPを操る者にとって、ライフルによる長距離狙撃は非常に困難を極める。ベリオには、それが尚更良く判っていた。
狙撃に必要とされる精密な射撃は、搭乗者が、そのTPを己の手足の如く自由に扱え、更には、動く標的を瞬時にその目で捉える洞察力と未来位置を予測する的確な判断力と計算力を必要とする。
言ってしまえば、使い慣れたTPによる咄嗟の「勘」が必要とされる訳だ。
しかし、現状では、そのどれもが欠落していた。これでは、狙撃など出来よう筈も無い。狙撃手であるベリオでなくても、ヴァネッサにさえ判りきった事だった。
二人の言葉は、そんな意味合いから放たれたもので、その難しさは彼にも理解出来ていた。

「…だが、今はやれる事をやるべき時ではないのか?ヴァネッサ、ベリオ」

『……………………』

例え無茶であったとしても、可能性に賭けるべきだ。というマクシミリアンの言葉に、心を動かされる二人。
そして、不満と不安を振り払い、決意をその目に宿す。

「…っちぇ、やりゃいいんだろ、やりゃっ!」

「例え困難であっても、やり遂げて見せろ…か。面白いっ」

『良く言った、二人共。ホーリークロスたる者、そうでなくてはなっ!』

インカムを耳に当て、にんまりと笑うマクシミリアン。

「よし、カーミラをカタパルトデッキへ移動させろ!」

腕を横薙ぎに振り払い、作業員達に指示を送るマクシミリアン。
それに呼応し、カーミラを吊るすクレーンはその機材ごと射出口へと移動を始める。

「…あと三十分…いや、十五分でもあればっ。…いや、例え組み上がったとしても、あの嬢ちゃんが居なければ、それも叶わんか…」

急ピッチで組み上げられて行く黒い機体を前に、悔しそうに唇をかみ締めるケンゾウ。
その希望の光りを灯すには、重要な物が欠けていた…。

「…タク…マ…」

病室のベッドの上で、うわ言のようにそう呟く少女。
ゆっくりと開かれた瞼の奥に、僅かな輝きを宿してティリアは目覚めていた。
艦の壁を伝って響く鈍い轟音。それは、外で戦闘が行われている事の表れ。そして、まだ温もりを湛えたベッド脇のパイプイスが、戦っている者の名を彼女に告げているようだった。
覗き見る窓の向こうに連れて煌く爆光。その中に、プロトレーヴェとエウリノームの二機が浮かんでいた。

「クゥッ!!」

立て続けに放たれる弾丸と砲弾の連続砲撃。徐々に動きを読まれ始め、遂に被弾して吹き飛ばされるプロトレーヴェの左脚。
タクマは、その強い衝撃に顔を歪めた。

「アッハハハハハハハハハ!さっきまでの威勢はどうしたのさ?…もっとだよ。もっと粘って見せてよ。兄さん!!」

「脚部に直撃!?クッ、バランサーがやられたのかっ」

残された右脚のスラスターを小刻みに噴射し、フラフラと体勢を整えるプロトレーヴェ。だが、誰がどう見ても、ただの的と化したタクマの機体は、エウリノームのメインカメラに弱々しく映り込んでいた。

「フンッ、姉さんは買い被り過ぎなんだよ…。旧式の兄さんが、僕等ビーテック(BTAC)に勝てるワケないじゃないか」

勝ち誇った薄ら笑みで、誰に語るでもなく、そう呟くクルシェ。
次の一撃は、もう避けられはしないと、完全に勝利を確信していた。

「…終わりだよ、兄さん。でも、兄さんが悪いんだよ?…そう、浮気はいけない。浮気はいけないんだよねぇ?だってさぁ…、姉さんが悲しむだろうっ!!」

「クッ!回避が間に合わないっ」

トドメとでも言うように、エウリノームの全身に装備されたミサイルポッドが射出口を全て開く。そして、同時に両手の三連装ガトリング砲の銃口もプロトレーヴェへと向けられる。

「姉さんは、僕の物だぁぁーーーーーーっ!!」

今まさに、クルシェがトリガーを引こうとした次の瞬間だった。
プロトレーヴェの脇を擦り抜け、一一条の光りが闇を切り裂いた。

「な…っ、クァッ!?」

その閃光はエウリノームの右肩ミサイルポッドを直撃し、射出口となっている装甲板が開かれていた事で内部の弾薬を誘爆させた。
大爆発を起こして吹き飛ばされるエウリノームの体。同時に破砕されて宙に散るその腕部。
クルシェは、衝撃に強く揺られ、頭を正面の操縦桿に叩き付けられてしまった。

「い、痛いっ痛いっ、痛いよぉーーーっ!!」

ゴーグルが割れてしまったヘルメット脱ぎ捨て、額を押さえて激痛に喘ぐクルシェ。その指の隙間からは、流血が零れ落ちていた。

「い、今のは…???」

光りが放たれたであろう後方に目を向けるタクマ。すると、そこにはエンデュミオンのカタパルトデッキに吊るされたカーミラの姿が在った。

『タクマ、その機体では、もう戦えはしない。今の内に後退しろ!』

「その声…ヴァネッサなのかっ!?」

プロトレーヴェの望遠レンズの倍率を上げるタクマ。そして、彼はその目を疑った。

「そんな機体で…まだまともに動かす事も出来ないだろうっ!?」

『それでも、砲台代わりにはなるってもんよ!』

今度は、通信機を通してベリオの声が響く。

「ベリオ…ッ、アンタまでっ!?」

『ホーリークロスは、決して仲間を見捨てない…。お前は一人ではないぞ、イオリ特尉』

「マクシミリアン…隊長っ」

シミュレータールームとカーミラのコックピットで連携を取る二人は、更に続けた。

『第ニ射、行くぜぇ!誤差修正値、差角0.7!』

『差角0.7…射線軸上クリアッ』

的確な指示を送るベリオと、カーミラを操るヴァネッサの精密な腕部微調整。無茶以外の何物でもないそんな芸当を、二人は完璧とも言える連携と信頼で補って成功させていた。

「もう一発…持って行きやがれっ!!」

カーミラが握るグーングニルは、その銃口内を赤々と燃焼させながら対特殊装甲弾を発射する。
ドフッと、篭るような発砲音の後に、宇宙の暗闇を音速で駆け抜ける一筋の閃光。

「グゥウッ!」

その第ニ射は、再びエウリノームを確実に捉えていた。しかし、咄嗟に上げられたその腕の分厚い装甲板を滑るように弾かれ、弾道を変えられてしまう。

「こ、この…まだ動けるヤツがっ!?」

「チッ、防がれたっ」

立て続けに第三射を放とうと構え直すカーミラ。しかし、既に気付いていたクルシェが、それを許すワケがなかった。

「ウザイんだよ…。お前から先に、沈めてやるっ!!」

眉間の裂傷から鮮血を撒き散らしながら、大声で吼えるクルシェ。
射出口を開かれたままの残された左肩と両脚のミサイルポッドをエンデュミオンのに向けるエウリノーム。そして、今度は間髪入れずにそのミサイルを発射した。

「止めろぉぉぉぉーーーーーーっ!」

上手くバランスを取れず、身動き出来ない機体で必死に手を伸ばすタクマ。
だが、無常にも放たれたミサイル郡は、無秩序に煙の螺旋を描き残しながら、迎撃の難しい軌道を進んでエンデュミオンを目指す。

「取舵、回避ぃーーーーーっ!」

「させるかよっ!!」

クレイブの指示に併せ、思い切り舵を取るフランツ。
エンデュミオンの船体が急激に左向きに傾き、その船底へとミサイルの雨が次々と直撃する。

「キャーーーーッ!!」

「ぬぉあっ!」

巨大な船体を揺らす轟音と爆発。悲鳴をあげるクルー達。
艦の装甲の中でも最も強固に作られている船底だけに、大破だけは免れるエンデュミオン。しかし、その被害は甚大な物だった。
裂けた装甲板。そこから吹き出すように溢れる艦内の空気。偶然にもその周囲に人はいなかったが、もし第ニ射を同じ場所に受ければ轟沈は免れないだろう。
その事は、エウリノームのパイロット、クルシェにも判っていた。

「ちぇ、頑丈なヤツ…。けど、次はないよっ!」

容赦なく次の攻撃へと移ろうとするエウリノームに、タクマは怒声を放つ。

「もう止めろ!貴様の相手は…このオレだった筈だっ!」

「………………ダメだね。そんな風に言われちゃ、余計に壊したくなるよ…」

「クッ、貴様はっ!」

「フッフフフ…、アッハハハハハハハハハハッ!…………死になよ」

楽しそうに大笑いし、そうかと思えば、唐突に真顔に戻って言い放つクルシェ。
その指は、容赦無くミサイルの発射スイッチを押し込んでいた。

「…沈め、邪魔者」

「止めてくれぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

絶望の余り、目を逸らすタクマ。しかし、その脳裏には発射された無数のミサイル群がエンデュミオンを直撃する様がまざまざと映し出されていた。

「…クッ、ここまでか…っ」

クレイブだけではなく、誰もがそう感じた。
迫り来る死神の鎌に、皆が目を塞ぐ。
だが、その時だった。

「…ターゲット、マルチロック…。迎撃開始…」

今まさに、エンデュミオンに直撃しようとしていたミサイル群。だが、それは、何かに貫かれて次々と爆光となり、宇宙の塵へと変換される。

「な、なんでっ!?」

百発近くものミサイルを発射したというのに、その全てが何者かによって同時迎撃された。その事実が信じ難く、クルシェは目を丸くしてモニターに向かって身を乗り出していた。

「何が…起こったんだ…?」

薄っすらと開かれる瞼。そこに映ったのは、見覚えのある黒い機影だった。

「…ティリア…なのか…?」

黒金の装甲の向こうに、待ち望んだ者の存在を感じるタクマ。
そして、返された言葉は、彼に感涙を浮かばせた。

「…タクマが守りたい物…、私も、守りたいから…」

そう囁くように言う彼女に、タクマは笑顔を見た。
しかし、彼女の傷は一朝一夕に回復するような物ではなかった。それを知っていたタクマは、彼女を叱責する。

「どうして…、何故出て来た!?オレが守りたかったのは…お前なんだぞ!?」

「…ごめんなさい…。でも、命の尊さを教えてくれたのは、貴方だから…」

あの時、彼女が撃たれ、死に直面していた時の自分の言葉。その意味の深さを、今になって知るタクマ。
そう…。本人さえ理解していなかったのだ。彼がティリアの死に直面し、衝動的に口にした言葉。それは。彼女に命の意味を説いていたのだと。

「…私も、大切な人の死を…見たくはないから…」

「ティリア、お前…」

その言葉に他意が無いと判っていただけに、タクマは少し顔を赤らめた。しかし、直ぐに真顔に戻ると、今度は彼女に尋ねる。

「…いけるのか?」

「現状で、60%…。それ以上は…」

「フッ、十分だ。…来い、ティリアッ!」

動けないプロトレーヴェに、ティリアの乗る見慣れた黒い機体が寄り添う。
だが、そんな絶好の的を取り逃がす程、彼も甘くは無かった。

「敵の目の前で生身を晒すバカはいないよ、兄さんッ!!」

ガトリング砲をプロトレーヴェとティリアの機体に向けるエウリノーム。しかし…

「感動の再会に、水差すんじゃねぇーよ!」

「野暮なんだよ、ガキはっ!」

いつの間にか体勢を整えていたエンデュミオンのカタパルトデッキから、グーングニルを構えたカーミラが隙を突かせまいと援護射撃を慣行する。
それに驚いたクルシェは、狙いを定められずに回避する事しか出来なかった。

「ま、またお前等かぁーっ!」

その間に、隣接した互いの機体のコックピットハッチを開き、宇宙空間へと身を投げ出すタクマに、ティリアは力一杯手を伸ばした。

「オレより先には死なせないぞ、ティリア」

「…私が、タクマを守る…。だから、タクマも…私も、死なないよ…」

戦場で互いに交わした誓いの言葉。そして、生まれ変わったケルベロスは完全な形となって咆哮をあげる。

ウォオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーンッ!!

獣の咆哮に似たケルベロスの起動音。全身に力が漲っているかのような、震える拳。
強化された黒い装甲はガンメタルに輝き、新たに装備された背部バックパックの大型キャノンが鋭い牙の如く砲身を煌かせる。
両腕には、肘の長さにまで及ぶ可変式のブレードクロー。同様に、両脚部先端に取り付けられた獣の爪の如きスラッシュカッター。
ケルベロスの名に相応しく蘇った新たな妖獣は、以前よりも更に鋭さを増した野獣の目をギラリと光らせていた。

「…クルシェ・スペード…。ここからが、本当の戦いだっ!」

「こ、この…っ、調子に乗るなよ、機体が変わったくらいでぇーーーーっ!!」

ガトリング砲の銃口を上げ、ケルベロスに照準を合わせるクルシェ。だが…

「あ、あれっ!?」

瞬きするまでは確かにそこに在った筈のケルベロス。しかし、一瞬の内にその姿を見失ったクルシェは、動揺と混乱でクルクルと周囲を見渡した。
しかし、何処にもその影さえ見つけ出す事が出来ず、遂には所構わずに乱射し始める。

「何処だっ!?何処にいるんだよっ!?」

しかし、ものの数秒とかからない内に、突然ガトリング砲がガチンガチンと奇妙な音を発て始めた。

「た、弾切れっ!?」

『…お前は、無駄弾を撃ち過ぎだ…』

「っ!?」

弾の切れたガトリング砲を見るような体勢のエウリノーム。その背後に、スゥーっと亡霊の如く浮かび上がる黒い機影。
そこまで近付かれ、ようやくケルベロスの存在に気付いたクルシェは、慌てて機体を反転させてエウリノームの腕を盾に防御体勢を取った。

「光学迷彩なんてっ!?」

「無駄だ、クルシェ」

「っ!」

ケルベロスの腕に折り畳まれていたブレードクローが手首間接近くから伸び、その鋭い切っ先をエウリノームの頭上へと振り下ろした。
だが、防御体勢を取っているエウリノームに、何故あえて正面から迎え撃つだけの時間を与えたのか。その理由は簡単だった。

ジャギンッ!!

プロトレーヴェの剣を易々と受け止めたエウリノームの装甲。だが、ケルベロスのブレードクローは、それをまるで紙切れでも引き裂くように容易に斬り落としてしまっていた。
…そう。タクマの狙いは、正面からエウリノームの力と向かい合う事で、クルシェの戦意を奪おうと考えていたのだ。

「ぐぅああああああああああああっ!」

腕を斬り落とされたエウリノーム。その直後、クルシェは突然で大声で絶叫を上げた。
まるで気が狂ったように身を捩り、暴れ回るエウリノーム。それはパイロットであるクルシェが苦痛を感じているようだった。

「…どういう事だ…?」

何が起こっているのか。それが判らず、タクマは不思議そうに小首を傾げた。

「…TPと痛覚を共有してる…。あのTP、きっと…パイロットとの完全な神経リンクによって動かされているのね…」

「完全な神経リンク…。だから、あの巨体でこれほどの精密な運動を可能にしていたのか…」

まるで呼吸しているかのように、肩で息をするエウリノーム。それが、ティリアの言った言葉の意味を証明していた。
おそらくは、BTACと呼ばれる彼等だからこそ可能な強化処置なのだろうが、それが逆に仇となったらしい。
激痛に喘ぎながらキーボードを操作に、システムを切り替えるクルシェ。

「ハァッ、ハァッ…よくも…っよくもやってくれたなっ!許さないぞ、お前ぇーーーーーっ!」

「まだ来るのか…」

両腕を失ったエウリノーム。だが、それでもクルシェは戦意を失っていなかった。
それ所か、怒りに我を忘れ、形振り構わずに攻撃を仕掛けて来る。

「潰れてしまえぇぇぇーーーーっ!」

突進と共に突き出されるエウリノームの巨大な脚。直撃すれば、並のTPなど一溜まりも無いだろう。
だが、ケルベロス…いや、タクマを相手にするには、その攻撃は大振り過ぎた。

「…遅いぞっ!」

「ぐぁっ!!」

交わし際に、エウリノームの背中へと後ろ蹴りを叩き込むケルベロス。勢いに乗せて飛ばされたエウリノームは、体勢を崩したままフラフラと宙を漂う。

「ク、クソッ!クソックソックソックソッ!チクショオオオオオーーーーーーーッ!」

腕をブンブンと振り回し、まるで駄々を捏ねる子供のようにコックピット内で騒ぎ立てるクルシェ。
だが、それでも尚諦めずに、今度は残された全てのミサイルをケルベロスへと向けて放つエウリノーム。
弾切れを起こした後の事など、もうどうでも良くなっていた。

「ティリア、ステルスだ」

「…了解。ステルスシステム、起動します…」

「っ!?」

しかし、またも姿を消してしまったケルベロスに、ミサイル群は目標を見失って明後日の方向へと飛散してしまう。
もはや攻撃の手段も反撃の術も完全に失ったエウリノームは、ただただ立ち尽くすしかなかった。

「…終わりにしよう。クルシェ」

再びエウリノームの背後へと現れたケルベロス。そして、今度は反応する隙さえも与えまいと即座にブレードクローを振り上げていた。

「っ!!」

完全なる敗北。それを間近に感じ、クルシェは恐くなって瞼を閉じた。
だが…

「…左舷後方、高熱源反応多数。タクマ、避けてっ」

「チィッ!」

咄嗟にエウリノームからケルベロスを引き離すタクマ。その直後、ティリアの示す通りい無数の弾丸がその場を通り抜けて行った。

「…後続が居たのか。いや、当然だな…」

冷静にそう呟き、弾道から新たな敵の位置を予測する。そして、目を向けた先には、幾つもの機影が浮かんでいた。

『…だから言ったのよ…。退きなさい、クルシェ』

「ね、姉さん…っ!?」

クルシェへと通信を送って来たのは、後続として待機している予定だったセツナだった。そして、救援に駆け付けたのは、彼女の操る量産型レーヴェの大群。

『本当はTHMの試験運用が目的だったけど…この分じゃもう無理みたいね』

「ち、違うんだよ、姉さん!予想外の邪魔が入って、それで…っ」

『良い訳はみっともないわよ、クルシェ。言ったでしょう?貴方じゃタクマは落とせないって…』

「で、でもっ!」

セツナに何とかして言い繕おうと、必死に食い下がるクルシェ。しかし、セツナは無慈悲な言葉で彼を引き離す。

「使えない子…」

『っ!』

無表情から放たれた残酷な言葉。それ以上にクルシェの戦意を削ぐ物など在りはしなかった。

『…覚えてろよ…。姉さんの前で、よくも恥をかかせてくれて…っ!』

ケルベロスに背を向け、即座に逃亡するエウリノーム。

「今度は…必ず落としてやるっ!!」

後を追おうともせず、ジッとその背中を見続けるタクマ。
彼には分かっていた。例え後を追ったとしても、後続隊が邪魔に入って追い付く事は困難であろうと。
だが、それ以上に追えない理由がもう一つあった。それは、敵艦ベルゼブルから送信されてきた通常回線での通信だった。

「…セツナか…」

『モニター越しの通信でゴメンね、タクマ。本当は、直接会ってお話ししたかったんだけど…』

複雑な気持ちだった。
以前はあれほど会いたいと願って止まなかった彼女の顔を、タクマは見たくなかったからだ。

「…ティリアを撃ったお前が言えたセリフか…?」

『そう…。また、その女なのね…。でもいいの。タクマはきっと、最後にはアタシの所へ帰って来てくれる筈だもの』

そう言って、屈託のない笑顔を見せるセツナ。クルシェと会話している時とは、まるで別人のようなその表情に、タクマの心理が揺れ動く。

「…ダメ…。タクマ…」

その言葉で、フッと我に帰るタクマ。
背後から掛けられた暖かな声。そのティリアの顔を思い出し、彼は再びモニターの向こうのセツナを睨みつける。

「…もう、引き返せない」

『…………チッ、何処までも気に入らない女っ!』

ガンッという音と同時に揺れる画像。おそらくは、彼女が脚でモニターを蹴飛ばしたのだろう。

「…まぁ、いいよ…。今日の所は、アタシにも戦闘の意思は無いから。でも、今度会った時は…」

そう言い掛け、タクマからその背後に座るティリアに目線を変えて続けるセツナ。

『タクマは返して貰うから』

キッと強くティリアを睨みつけるセツナ。だが、彼女も黙ってはいなかった。

「…渡しません。絶対…っ」

始めて聞かされた、強い感情の篭るティリアの一言。
一瞬、驚くタクマだったが、直ぐに表情を改め、彼は薄っすらと笑顔を浮べた。

『…フン、精々頑張る事ねっ!…それじゃまたネ、タクマ』

感情の起伏が酷く激しくなっているような気がする。
ティリアに向けられる冷たい視線と、タクマへと向けられた可愛らしい笑顔。その一言の中に、真逆の感情を二つ同時に込め、彼女は通信を切った。

「…量産型レーヴェ、後退…」

「セツナ…。今のお前は、オレの敵でしかないんだな…」

ティリアにも聞き取れない小さな声でそう呟き、表情に暗い影を落とすタクマ。
だが、その一方で、辛くも危機を脱したエンデュミオンは歓喜に沸いていた。

「…一時はどうなる事かと思ったが…、皆良くやってくれたな…」

度重なる苦しい戦いを乗り越えた事は、今後の部隊にとっても良い結果となるだろうと、マクシミリアンも胸を撫で下ろす思いだった。
そんな彼の気持ちを察したのか、合流したヴァネッサとベリオは親指を立ててニッコリと微笑む。
しかし、その背景で動き始めようとしていた歴史の影に、未だ、誰一人として気付く者はいなかった…。

「フッフフフフ…。神たる我は、新たな時代に人の天敵たる存在を与えよう…。そして、未来は進化を得て、より強く生まれ変わるのだ。…クックククク…ハァーッハハハハハハハハハハッ!!」

薄闇の中、巨大な円柱状の装置を前に高々と笑う白衣の男。
その眼鏡のレンズに狂気を写し、彼は両手を天に掲げるのだった…。

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