「目には目を」は、間違いか 2003.10.25
曾野綾子というばあさん作家が、
俺の愛読書「身長45」の10月号の連載の中で
「宅間から我我は何を学んだか」というタイトルで
俺みたいな考えの持ち主に対して、
こんなことを言ってた。
「それじゃあハンムラビ法典の時代から
なんの進歩もしてない。
許すことを覚えなあかん」(要約)
もう、アフォか、ヴォケかと。
あなた、自分の最愛の子供や孫が同じ目にあっても
同じコトいえるんかと。
俺なら右の頬を打たれた瞬間に相手の右頬を打ち抜くわ。ブーメランフックで。
こんなこというとすかさず
「その考え自体がもうダメぽ」
なんて言われるだろうが。
曾野ばーさんの言ってることはわかるし、
正しいと思う。
おっしゃるとおりだ。
この考えが報復の連鎖を生み出す元凶に
なっていることも分かってる。
「アタマ」では。
でもいざ、自分の身に降りかかったら…と考えると
もうダメ。
感情が理性=大脳辺縁系が大脳新皮質=ココロがアタマを一瞬にして踏み越える。
今の日本は犯罪被害者に対してホントに
冷たすぎる。
加害者の人権? 要りません。
更正? させなくてよろしい。
子供だろうが大人だろうが、
他人の利益を不当に侵害する権利はだれにもない。
(というか、ないように決められているのだ。
我々の生きる社会では。)
我々の先人は、社会的生活を快適に送るために、「倫理」を発明した。
そもそも倫理とは、欲望渦巻く人間社会の中で
「お互いがお互いの欲望を尊重しあって、
なるべくお互いの不利益なことはしないで、
仲良く、欲望を満たしていきましょう」
という発想から生まれたものだ。
でもいうだけじゃ、守らない人もいるから、
ルールを作って違反した人には罰を与えましょう。
これが法律だ。
人を殺してはなぜいけないか?
自分も殺されたくないでしょ?
基本的にはそういうことだ。
(もちろん、それだけじゃないが。
人を殺しても罪に問われないとしても、
自分の欲望のために人を殺すことは
ふつしない、というか、できない)
よって、加害者の人権も更正もこの世に存在しなくてよろしい。
存在させたいのなら、
まず被害者の人権をちゃんと確立させてからだ。
14歳の少年だろうが、ハタチ越えた大人だろうが、
自分の欲望のために人を殺した人間は
即死刑。
これが正しい資本主義社会の
基本的なルールだと思うが、いかがだろうか。