日韓夫婦の心の旅もよう

日韓夫婦の心の旅もよう

とっておきの魔法の言葉


「意図的に今日を生きよう」と自分に言い聞かせる。
 そうすると
(そうだ、今のこの感情は私に責任があるんだ)
 ということを思い出して、かなり落ち着く。
 感情の揺れの振幅は小さくなる。
 いつまでも思い返して時間を無駄にしなくてすむ。

 そうはいっても異国で暮らすとなると、人間関係でそれなりの摩擦は出てくる。

 1ヶ月の一時帰国のあと、夫の家族が「一緒に焼肉でも食べようよ」と連絡をくれた。
 長らくご無沙汰していたので、日本で撮った子どもの写真を携えて出かける。

 義妹夫妻がご馳走するというかたちで、義父母、それに私と子どもが参加した。
 プルコギを食べ、義妹夫妻が帰ったあと、義父が私に対して怒っているような態度に急変した。
 どうやら私が日本語を話したということで、ご立腹らしい(ほかにもあるかもしれないけど)。
 大人に対しては韓国語で話をしていたのだが、子どもには普段話している日本語だった。「これは危ないよ」「こっちにおいで」「おいしいの?」とか、そんなことである。

 義父は常々「ここは韓国なんだから日本語を使うな。韓国語を話せ」と主張している。にも関わらず、またコイツは日本語を使うよと思ったのだろう。

 それに対して、私にも言いたいことはある。
 義父、そのほか大人には韓国語で話したではないか。子どもに話しかける言葉が日本語だからといって誰にどんな迷惑がかかるというのか?

「ここは韓国だから」という考え方もおかしい。日本に来ている韓国人が韓国語を話したからといって日本語を強要する日本人がいるか? いないであろう。
 義父説が正しいのなら入国管理で「韓国語の話せない者は入国するな」ぐらい言って入国拒否してみろ。だれが韓国なんかに行くもんか。

 と、まあ、言いたいことが言えないこともあって、その日の夜は頭の中で言い分が渦を巻いていた。

「意図的に~」でも効果が薄いときの、とっておきの魔法の言葉は
「来年の今日、私はこの問題で怒っているか?」
 と問いかけることである。

 さすがに1年後、いやこの程度なら1ヶ月後でも忘れていると思う。
 義父とは考えが合わないことには変わりはないのだが、そんなにねちっこく怒るような問題でもないなと思えてくる。

 食事に誘われたら何回かは「腹が痛くて下痢してます」とウソこいて逃げればいいじゃん。
 お義理で行くときは、何となくニコニコしてればいいじゃん。

 気分はお気楽な方へ。
 お気楽というか、やんわりジワジワ距離を置いていって、チャンスがあれば日本へ逃亡するのが、もめごとを大きくしない、なかなかよい解決方法に思えるのだ。

 間違っても義父の考えを変えようなどと思ってはいけない。彼とは価値観も、それを形成してきた文化的な背景も、まるで違うのだから。
 彼には彼なりの価値観、考えをもつ自由がある。
 ただ私にとって、ちと迷惑なだけなのだ。
 私には、やんわりジワジワ戦略がある。

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