時の旅人

時の旅人

その23


 現在研究中のジョージ・オーウェルのエッセイ『なぜ書くか』(小野寺健先生訳 オーウェル評論集、岩波文庫)の中にこんな一節がある。

 人類の大部分はそう自己中心的ではない。三十をこす頃になると個人的な野心など捨ててしまい、それどころか、そもそも個人としての意識さえ捨てたも同然になって、他人の為に生きるようになるか、骨が折れるだけの労働の中で窒息してしまうものだ。

 初めてそれを読んだとき、あまりの明確さに思わず笑ってしまったものだ。今でも夢を見続けていられる僕だが、周囲では時の流れの速さに流されるままと言う感じて、立ち止まることすら出来ないというのが現実である。
 同期の連中の中には既に結婚して父親になっているのもいれば、額の広さが増し始めているのもいる。もう夢と言う言葉は遠い過去のものになっていると言っても過言ではない。でも、それが同世代の人間の常識と言うものであるのなら、僕は既に乗り遅れつつあるのだろうか。これまでも何度となく弱気になったが、今更彼らの真似など出来やしない。全く、教育実習も終わってあと少しで卒業、いよいよ教員採用試験に挑戦と言う段階になって、何故僕はこんな思いにとらわれるのだろう。呪縛云々という以前にこれは僕自身との戦いだ。今後も何度もその戦いが続くことだろう。

 僕は冷たくなりかけた甘酒を飲み干した。ふと気が付くと、太陽は更に傾き風もひんやりとしてきた。現実にとらわれるのがいくら嫌でもこの街に居場所がないことがけはどうしようもない。僕は本殿に参拝してから、広小路方面に向かってゆっくり歩いた。そして狭い小路をわざと選んで幾つも通り、それでいて全く道に迷わずに三島駅に着いた。

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